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番外編

わんわん物語の主人公になったけど、ヒロインって何したらいいの?【いれぶん】

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 それはクリスマス前の寒い冬の日のことだった。
 私の保護犬活動ホームページのメールフォーム宛に緊急SOSが入ってきた。それは証拠動画へと繋がるURL付きで、送り主とは何度かやり取りを交わした後に連絡者と会うことになった。
 指定したのは最寄り駅前のファーストフード店。時間前には彼らは到着しており、私達は簡単な挨拶をすると、早速本題に入った。

 彼らは虐待されている犬を救うにはどうしたらいいかと私を頼ってきたのだそうだ。
 その人たちは私と同じ高校生で、いろんな手段を選び、段階を踏んでここまで来たようである。

「最初に警察に電話をしましたが、犬はモノ扱いなので、飼い主が手放さない限り、犬を取り上げる事はできないと言われました」

 犬猫は所有権を持つ人が大きな権限を持っている。ペットを物のように扱って捨てる輩なんか掃いて捨てるほどいるのだ。
 どんなに私達が手を伸ばそうと、法律が邪魔をして何もできない、そんな悔しい状況にこれまでに何度も涙を呑んだ。

「保護施設の人に相談してみて協力してもらったんですが、同じ理由で話し合いは無駄に終わりました」

 なので、交代で証拠動画を撮り続けてきたと。何度かその問題の飼い主に話をしようとしたけど、暴言を吐かれて追い払われたとか。
 いくつもの証拠動画には被害にあっている犬の悲痛な悲鳴が入っていた。私は怒りに打ち震える。
 虐待する人間というものは被虐対象を支配していると錯覚しているのだ。子供を虐待する親も同様。支配しているから何してもいいなんて傲慢な考えに陥っているのである。
 言ってしまえば理性が欠落しているのだ。

「わかりました。私も相手と接触を図ってみます」
「でもあなた女の子だし、一人じゃ危ないよ」

 彼らの通報に感謝し、自ら動こうとすると、通報者の一人が心配そうに声をかけてきた。
 心配してくれるのはありがたい。だが、こんな酷いことを黙って見過ごしてはおけない。私が動かなくて、誰が動くというのだ。動物愛護法違反者は絶許である。

「田端…?」

 私がテーブルの上でぐっと拳を握りしめていると斜め後ろから名字を呼ばれた。その声は…

「あ、橘先輩」
「…なにしてるんだ?」

 私と他校の生徒が話している姿を訝しんでいる様子の彼は休日だというのに制服姿だった。聞けば彼は受験対策でゼミに通っているらしく、今丁度帰りなのだという。

「虐待されている犬の通報を受けてお話を伺っていました」
「虐待…って」
「これです」

 色々言いたそうな先輩の眼前に証拠動画を見せると、先輩の顔は次第に険しくなっていく。
 動画内ではガリガリに痩せこけ、アバラが浮いた毛並みの悪いわんちゃんが足を引きずって散歩していた。

『ギャインッ』

 そこにすかさず飛んできた飼い主からの蹴り。痛みに悲鳴を上げ、地面に倒れ込むが、リードを引っ張られて首を吊られるようにして起こされる。そして弱々しく立ち上がるとわんちゃんはよろよろとついていくのだ。
 何も悪いことをしていない、粗相もしてないのに理不尽な暴力を振るう飼い主。躾の粋を超えているこれはただの虐待だ。

「このわんちゃんを保護しようと思います」

 まずは飼い主と一対一で直談判をしてみようと思う。動物愛護法も改正となったことだ。証拠や法律を盾にしてなんとか保護にこぎつけたい。

「…危険すぎる。こんな暴力を振るう飼い主はきっと女子供にも容赦しないはずだ」

 将来警察官を目指していて、お父さんが現役警察官であるという橘先輩は難色を示した。おそらく一般人よりも犯罪とか法律に詳しいであろう。だからこういう輩がどういう人間か、容易に想像できるのだろう。
 後輩を心配して声を掛けてくれたみたいだが、私はもう決めたのだ。

「先輩は受験生でしょう。この件は私に任せてください!」

 そもそも先輩に迷惑を掛ける気はサラサラ無いぞ。
 任せろ、私はこれまでに虐待飼い主と交渉して保護した実績もある。何としてでも保護してみせるさ!

「だから…」

 先輩がなにか言ってきたが、私は気が急いていて何を言ってるか全く覚えてなかった。
 目の前でオロオロする通報者には詳しい住所と、この飼い主が散歩するであろう時間帯を聞いておく。

 明日は日曜。私は動ける。うちの保護犬たちは家族に任せたらいいし、ひとりでサクサク移動していこう。日曜の日中なら人目もあるので交渉も進みやすいはずだ。
 通報者には後日連絡することを約束し、駅前で別れると、私は帰宅することにした。

「おい、田端聞いているのか?」
「先輩、ちょっと考え事してるので黙っていてください」

 私がよく通っている動物病院には前もって連絡しておこう。私が保護犬活動していることに協賛してくれている獣医さんなのできっと理解を示してくれるはずだ。
 それと保護する前に証拠に動画を取ろう。それから…

 私は今も苦しんでいるだろうわんちゃんを救うことだけを真剣に考え込んでいたので、隣で橘先輩が渋い顔をして私を見下ろしているなんて全く気づかなかったのである。


■□■


 翌日、私は例の虐待男の住まう近所にやってきた。証拠のためにカメラで撮影中である。ちなみに両手使えるように、ハンズフリーのショルダーパッドを使っている。
 通報者から散歩時間について、朝は何時かわからないけど、夕方は5時位に散歩していると聞いた。なので夕方4時頃から、散歩ルート付近をウロウロしていた。

 辺りを警戒しながら、今か今かと待ち構えていた私の目にその子が映った。
 年配の男にリードを引かれて散歩しているその子はよたよたと歩いていた。毛並みは悪く、ガリガリに痩せている。どう見ても状態はあまりよくなく、その目は悲しそうな目をしていた。
 この男が、虐待の…!
 私は怒りで頭がどうにかなりそうだったが、一呼吸置いて落ち着かせると一歩を踏みだした。

「あの、すみません」

 私が声をかけると、虐待男(推定)は振り向いた。足元のわんちゃんも私の声に反応して、顔を上げるなり目を輝かせてしっぽを振っていた。
 こんなに可愛いわんちゃんなのに…!

「私、犬の保護活動をしている田端と申します。今回あなたが飼い犬を虐待しているとの話を聞きつけて、お伺いしたのですが。ちょっとお話よろしいですか」

 ここで感情的になってはいけない。
 感情的になった時点で負けである。冷静に、建設的に話し合うのが肝なのだ。

「はぁ? いきなり来てなんだあんた」
「動画であなたが犬を暴行しているシーンを複数回確認しました。それにこのわんちゃん、ひどく痩せていますし、足を引きずっている。散歩する体力も限界を迎えそうに見えるんですが、病院には連れて行かれましたか?」

 声が上ずりそうだが、落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせる。
 だけど一度溢れ出した怒りはとどまるところを知らない。なんでこんな人間が、動物を飼うのか…! 少なくともわんちゃんは人間に暴力を振られるために生まれてきたんじゃないんだ…!

「動物病院ってのはボッタクリだ。飼ってやって、餌を与えられているだけマシだろ」
「それは飼い主としてどうかと思うんですが。確かに動物病院は高いです。そのためのペット保険があると思うんですが…」

 だいたいこの子の怪我はあんたの暴行による後遺症であろう。誰のせいでわんちゃんが弱っているのか理解していないのか。

「俺が飼っている犬だ! 他人の指図は受けねぇ!」

 予想していたが、短気な人だ。
 悪いことしている人って実は心の奥でそのことがマズイことだとわかっているから、他人に指摘されたら腹を立てちゃうんだよね。

「暴力ふるって、まともに医療を受けさせず…食事も満足に与えていないんでしょう? 飼うのが大変なら、私のところで預かり、里親さんを募ります、なので」
「うるせぇ! こいつは俺のもんだ! 急にやってきた小娘なんざに渡すわけがねぇだろが!」

 うぅん…駄目か。
 父さんに一緒に来てもらったほうが良かったかも。日を改めてまた行くことにするか…と今回の失敗を実感していると、膝にタシッと小さな手がかかった。

「くぅん…」
「あ…」

 その子は私を見て目をうるませていた。
 先程までぼんやりしていたその目にかすかな光が見えた気がする。まだ大丈夫。この子はまだ心が壊れていない。……わんちゃんは私に助けを求めている。
 私がその子を撫でようとしゃがみ込むと、シュッと風を斬る音が聞こえた。

 ──ガッ
「ギャン!」
「!? 何するんですか!?」

 まさかの行動である。私が撫でようとしたのを邪魔するかのように、暴力男はわんちゃんの横っ腹を蹴り飛ばしたのである。

「ぎゃいんぎゃいん!」
「このっクソ犬っ! 今までの恩を忘れて、他の人間にしっぽを振りやがって…!」

 悲鳴を上げて無抵抗に蹴られているわんちゃん。男は鬼の形相で狂ったように暴力をふるい始めた。

「ちょっやめて! やめてください!」

 私はわんちゃんを守るべく、その間に割って入ったが、男の蹴りがガッと肩にぶつかってきた。

「うっ!」

 年配と油断していたが、蹴る力は強い。
 今、本気で蹴ってきた。

 駄目だ、このまま引いたらわんちゃんが殺されてしまう…!
 私はわんちゃんを守るようにわんちゃんの上に覆いかぶさる。

「やめてください! 痛がってるでしょう!」
「何だお前は関係ないだろ!」

 もう暴力男には犬も人間も関係ないらしい。今度は私に向かって蹴りが降ってくる。
 情け容赦なく背中やお尻を蹴りつけられて、色んな部位に痛みが走るが、私はわんちゃんを守りたかった。
 いつもこの蹴りを受け止めて助けを求めていたんだね、痛かったね、苦しかったね。人間がごめんね。助けに来るのが遅くなってごめんね。

 私の下で痛みに震えるわんちゃんがか細い鳴き声を漏らす。あたたかい、生きている命なのに何故こんな虐げられなくてはならないのか。

「キュヒ…」

 その鳴き声を聞いていると、地震の瓦礫の下で共に最期を迎えた相棒・虹の事を思い出した。

 負けない。
 これは虹に託された私の使命。
 私の手の届く範囲のわんちゃんを幸せにしてみせると決めたのだ。
 いつかこの世界で虹と再会できたときに胸を張れるように。

 私は、わんわん物語のヒロインなのだから…!
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