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番外編

わんわん物語の主人公になったけど、ヒロインって何したらいいの?【ないん】

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 クラスマッチ当日、たまたま観戦していたバスケの試合中に本橋さんが自損事故を起こして怪我をした。

「…大丈夫か? 立てるか?」
「あ、足が…」
「捻挫したか。待て、動かすな」

 そう言って彼は彼女を軽々と抱き上げた。腕力すげぇ。

『イヤーッ!!』

 周りでは女子の悲鳴が聞こえる。
 それはひどく姦しいはずなんだけど、それがどこか遠くから聞こえるようで、私は呆然とその姿を見つめることしかできなかった。
 橘先輩が本橋さんをお姫様抱っこして体育館を出ていく。彼女は頬を赤く染めていた。その姿は可愛くて……この場面を私はどこかで見たことがあるような気がした。
 ずきりとまた頭が痛くなる。まただ。何かを思い出そうとする度に頭痛が起きて思い出しかけたことを忘れてしまう。
 対戦相手だった橘先輩が彼女を介助していたのだが、それを見た瞬間、なにかがちらついたのにまた消え去ってしまった。女子たちの喧々とした声も相まって頭が痛い。

 やっぱり、私は本橋さんの何かを知っている。それはわかるのに詳細がどうしても思い出せない。


■□■


 今回のクラスマッチでにて、私の出場種目はドッジボールだ。
 ドッジ決勝まで生き延びた私のクラスは今、最大のピンチに陥っていた。なぜなら、内野に生き残っているのが私だけだからである。
 先程から私は一方的な攻撃を避けに避けまくっていた。サドンデス方式のこの試合、私がアウトになるまで続く。こうなったら、意地でも逃げてしまいたくなるってもんである。
 ──だが私の体力も限界に近づいていた。

「あっ」

 私は逃げていた足を縺れさせてバランスを崩すと後方に傾いてそのまま尻もちをついた。

「もらったぁ!」
「!」

 相手は容赦なく、嬉々とした表情で私に向けてボールを投げてきた。
 私はもうダメだ! とギュッと目をつぶった。来るボールの衝撃に構えていたのだが…

 ボコッ!

 私の顔面にボールが激突した。
 鼻がツンとして、頭の中の脳みそが振動するほどの衝撃が私を襲った。その後に顔面に痛みが走る。

「…っ!」

 それには対戦相手、味方ともに静まり返る。
 バタリと後ろに向かって倒れ込んだ私は顔を手のひらで抑えてうめいた。
 イッタイ! めっちゃ痛い!!
 顔面にヒットした……

「うぅぅ…」

 私は痛みに呻きながら、雲が散った青空を見上げた。……今の衝撃でまた何かを思い出しそうになった。

「大丈夫か、田端!」

 こちらへと駆け寄る橘先輩。対戦相手のクラスメイトなのにいいのか、敵の心配なんかしちゃって……

「…?」

 橘先輩の心配そうな顔と、応援する生徒たちの群れの中にいる本橋さんの姿がちらっと見えた時、私はテレビ画面で見た“彼ら”の姿を思い出した。
 ヒロイン、攻略対象…?

 私の顔面にボールが当たって転倒したのを見ていた対戦相手の3年男子が「ぶはっ」と吹き出した。

「おい、今の見たか? すげーきれいに顔面入ったぞ!」
「おいやめろよ…ぷふっ」

 あろうことか3年は私を笑いものにしたのだ。
 顔面や頭部にぶつけては危険だから顔面セーフというルールが生まれたとも言うが、自分がやらかしたそれを笑うというのはどういう了見か。


 ふざけるな。


「田端、保健室に行こう」

 橘先輩が私を助け起こそうと手を伸ばしてきた。だが私はその手を振り払う。
 敵に情けは無用だ…! たとえ、橘先輩がバスケ選択であっても、今は対戦相手のクラスメイト。敵に塩を送るんじゃない…!

 私のことを対戦相手の3年が笑ってくる中、ふらりと立ち上がると、私の顔にぶつかって転がったボールが自分の陣地内に残っていることを確認する。
 それを拾い上げ、私は大きく振りかぶった。
 私を笑い飛ばした男子に向かって投球したのだ。

 ボコーン!

 完全に油断していた男子生徒は簡単に当たってくれた。
 跳ね返るように戻ったボールをキャッチすると、私は呆然とする対戦相手にニッコリ笑ってみせた。

「顔面はセーフ。ですよね?」

 一応相手は先輩なので笑ってそう言うと、私はボールを高く投げて外野にいる山ぴょんにパスした。

「山ぴょん! 3年を当てて戻ってきな! じゃないとあんたの恥ずかしい過去をバラす!」
「はぁ!? なんだよ恥ずかしい過去って!!」
「やかましい! 真っ先に外野に行きやがって! 早く戻って私を助けろ!」
「わ、わかったよ!」
「3年を潰すぞ野郎ども!!」

 私がそう怒鳴ると外野陣はピッと背筋を伸ばしていた。
 山ぴょんが持ち前のその腕力を生かして3年をボールで攻撃し始めた。返ってきたそのボールを拾うのがまた大変だったが、私は意地でも3年側にボールを渡したくなかったので、必死にしがみつく。そして外野側にボールを回すのだ。
 そうこうしてると山ぴょんが3年を一人当てて内野に戻ってくる。戻ってくるなり私を心配そうに見下ろしてきた。

「あやめ大丈夫か?」
「全然大丈夫じゃないよ! ほら攻撃するよ!」

 だけど山ぴょんが戻ってきて私は心強い気持ちになった。
 よっしゃこのまま相手を殲滅する!

 試合が白熱して、私は思い出しかけていたことをまた忘れてしまった。
 でも逆転優勝できたし、まぁいいか。
 優勝に湧き上がるクラスメイトたちに混じってはしゃごうとしたのだが、私は幼馴染によって抱っこされてしまった。

「何をする!」
「お前怪我してるぞ」
「怪我なんかしてないわい!」
「顔擦りむいてるって。派手にずっこけたんだから保健室で診てもらったほうがいい」

 暴れたが、今じゃ私よりも図体のでかい山ぴょんである。抵抗を物ともしない。そのまま私は保健室へとドナ・ドナされた。
 運ばれている時、山ぴょんの肩越しに橘先輩と目が合った。…ずっとこっちを見てるのが気になったけど、心配してくれてるのかな。


 その後なぜだか橘先輩から謝られた。
 顔面セーフ事件はクラスメイトがやらかしたことだからって。笑いものにさせてアイツらが悪かったって謝罪してきたのである。
 そんな他人の責任まで背負っていたら身がもたないってものである。本当ストイックだよね。自分を追い込み過ぎと言うか。

 そうだ、私はこの人のことが不思議で仕方がなかったのだ。見た感じ大きなトラウマがなさそうなのに、難易度は上から数えたほうが早くて……何が彼をそう追い詰めていたのかなって気になって……ん?
 気になっていた? 自分は何を考えているんだ? 難易度って何?

 自分で考えていたくせに、そのことに関して疑問に思う。頭の中がごちゃごちゃし始めたのでブンブンと頭を振ると気を取り直して橘先輩を見上げる。
 そこには折角の男前な顔を申し訳無さそうに歪めている先輩の整った顔があった。

「あのですね先輩、私は本人からの謝罪しか受け取りません。だって本人が反省してないと意味がないでしょ?」

 私が先輩の謝罪は受け取らない姿勢を見せると、彼は口をつぐんだ。
 無理やり謝罪させるのもなしだぞ。気持ちがこもってないなら、謝罪されても仕方がないからね。


■□■


 ドッジの部で優勝したクラスでは打ち上げムードが漂っていたが、私は全身筋肉痛の予感がしていたので、お先に失礼させてもらうつもりでいた。

「姉ちゃん」
「? どうしたの和真」
「今日は一緒に帰ろうぜ。荷物持ってやるよ」

 教室前の廊下で待ち伏せしていたらしい和真がこちらへ手を差し出してきた。
 もしかしてさっきのドッジの試合を見ていたのだろうか……恥ずかしいやらなんやらである。

「大丈夫、そんなに怪我ひどくないから」
「いいから貸せよ」

 和真は私の鞄を取り上げて先を行く。私は慌てて弟の後をついて行った。どうやら私の心配をして待っていたようだ。普段は用がない限り別々で帰るのに。
 階段を降りながら私は弟に今日の試合のことを聞いてみた。
 
「そういや和真も決勝まで行ったみたいじゃん」
「負けたけどな」
「何言ってんの1年で決勝まで行けただけで充分よ。去年私は初戦負けだったんだから」
「…そーかよ……姉ちゃん優勝おめでとう」
「ありがと」

 私は和真からの祝福の言葉にくすぐったい気持ちになったが、笑ってお礼を言った。いつもは生意気なくせにこういうところが可愛いんだ。
 私は微笑ましい気分になっていたのだが、すぐにその気分は何処かへと吹っ飛んでいった。

「和真くーん!」

 その声に隣の和真の顔が不機嫌そうに歪んだのを間近で見てしまったからだ。

「…なに」
「和真くん惜しかったね! でもすっごくカッコよかったよ! 私ずっと応援してたの。私の声聞こえてた?」

 黒髪ロングが頬を赤くして和真に声をかけてきたのだ。彼女には私が見えてないのか、一生懸命和真にアプローチしていた。目をキラキラ輝かせた恋する乙女は好きという気持ちを隠さず、和真にアタックしている。
 ここに姉がいるというのに……おや、私は空気か何かだったかな?
 ところでこれ、長くなるのかな…? それなら私先に帰りたいなぁ…。
 
「さぁ。…もういいか? 俺帰りたいんだけど」

 彼女に対して、和真はとっても素っ気なかった。

「そんなぁもう少しいいでしょ?」
「あんた見えてないの? ウチの姉貴が怪我してんの。だから早く家に帰りたいわけ」
「…あ、お姉ちゃん…そこにいたんだ…」

 見えてなかったんかい。
 地味に傷つくけど、別に泣いてなんかないから。そりゃあ和真は美形で、私は地味姉だと昔から比べられてきたけどさ…別に今更だし……

 和真は黒髪ロングを無感情に見下ろした。彼女はそれに怯えてビクリと肩を揺らす。

「…姉ちゃん、早く帰ろうぜ」
「待って和真くん!」

 私の腕を引っ張って和真は足早に廊下を突っ切ると下駄箱へと向かってった。
 校門を出ると和真は後ろを振り向いて彼女が来ていないことを確認すると私の腕から手を離した。

「和真」
「悪かったな、変なのに絡まれて」

 和真もあの子にいい印象はないらしい。それ以上深く彼女の話はしなかった。
 その代わりにクラスで最近よく話すようになった友達の話をしてくれた。不良グループとつるむこともなくなり、以前の和真に戻りつつある。
 クラスでも上手くやっているようだし私は安心したのである。
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