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番外編
わんわん物語の主人公になったけど、ヒロインって何したらいいの?【えいと】
しおりを挟む「この、犬女…!」
「お前は……」
全く乗り気じゃなかったけど、先生に命じられて足を運んだオープンキャンパス。適当に大学構内をぶらついていた私の前に因縁の相手が現れた。
「この動物愛護法違反者!!」
「お前のせいで花恋の前で恥かいたじゃねぇか!」
何を隠そう、我が校の元生徒会長である。何故こんな場所でこの人と遭遇しなきゃならないのか。おかげで最悪な気分になってしまったぞ。
「ふん、何言ってるんですか。愛犬家の本橋さんの前でわんちゃんを蹴り飛ばした時点で圏外確定ですよ」
「あんな汚い犬が寄ってきたら誰だって警戒するだろうが」
攻撃されたわけでもないのに蹴り飛ばす行動が間違ってます。とんだバイオレンス野郎である。
私は思うのだ、そういう風に理由をつけて犬猫をいじめる輩は女子供にも理由をつけて手を上げるだろうって。
「本橋さんには、後々苦労するからあんたはやめておいたほうがいいよ、って言っときましたから!」
「花恋が最近素っ気ないのはお前のせいか!」
私はただ友人として忠告しただけ。そこからどう動くかは本橋さんの自由だ。私の忠告を無視して間先輩と親しくなる道もあったのに、それをしなかったのはつまりそういう事。
「なにもかも、あんたの暴力的な行動のせいだよ! 本橋さんは犬を飼ってる。気に入らないことをすれば、同じように蹴り飛ばされるんじゃないかって思うのが普通の反応だろうが!」
自分の行動は正しかったとでも言いたいのか?
私はそうは思わない。
「いいか、今度また動物を虐げてみろ。私が必ず逆襲に行くからな!」
それが仮に猫ちゃんでもハムスターでも……生類憐れみの令発動じゃい!
私はビシッと間先輩を指差して宣言してやった。すると相手は苛ついた顔でこちらを睨みつけてくる。
「……何をしているんだ、君は」
私と間先輩がぎりぎり睨み合っていると、横から呆れた声がかけられた。
あまり聞き覚えのない顔に私が怪訝な顔をすると、そこには最近よく話すようになった先輩と顔立ちがよく似た……しかし少しばかり冷たく見える瞳を持つ男性の姿があった。
「恋愛脳お兄さん…」
「俺は恋愛脳ではない」
つい口が滑って漏れ出てしまった言葉を相手に否定されてしまった。
なんだ、橘先輩のお兄さんってここの学生だったのか? 大学生だろうなぁとは思っていたけど、奇遇だな。
「こんな場所で騒ぎ立てて…何しにきたんだ君は」
呆れたような目で見下された。だがひとつ言わせて欲しい。私は私の正義の元、戦っているのだ!
「あいつはこの間無害なわんちゃんを暴行していたんです! 私はあいつを許せない!」
「まだ言うかこの犬女!」
「…よくわからんが、理解できない相手同士でいがみ合うのは時間の無駄だ。なにか飲んで落ち着くんだ」
「待ってください! 私はまだ…」
お兄さんは私の背中を押して、間先輩から引き剥がそうとする。私は踏ん張っていたが、グイグイ押されてその場から遠ざけられたのである。
「ほら、火傷するなよ」
そして間先輩のいない所に連れてこられると、お兄さんから缶のココアをおごってもらった。わざわざプルタブ開けて渡されたんだけど。なんかお兄ちゃんっぽいな。あ、実際にお兄ちゃんだったなこの人。
私はココアの缶に口をつける。甘い。
「さっきの彼とどういう諍いが起きたのかは詳しくは知らんが、いがみ合うためにここにきたわけじゃないんだろ? …君はこの大学を受験予定なのか?」
お兄さんの問いかけに私は首を横に振った。
「違います」
「では、なぜ?」
「…私は将来、犬のために仕事したいので、将来の夢も決めていました」
そのために公立ではあるが進学校に通っている。勉強で得た知識はいつか私の血肉になるはずだ。犬のために私は頑張ってきた。そして目標のために進んできたのだが…
「……なんですが、担任に進路反対されて、大学見学行ってこいと言われました。レポート書かなきゃいけないんです」
別にこの大学には全く興味がない。私立で学費が高そうだなぁとは思うけど。あ、でも今日行った獣医学部の講義は興味深かったかな。
「ちなみに、夢というのは?」
「トリマーになろうと専門学校と進路希望出すと先生に説教されました! ひどいですよね! 生徒の夢や希望を一蹴ですよ!」
私は感情的に訴えた。どうせ先生は自分の評価につながるから、教え子を進学させたいだけだろうに!
「大学に行け、進路は安定を考えろ」
しかし、お兄さんまで担任と同じことをいう。不満で私の顔がしわくちゃになるのは致し方のないことだと思う。
「トリマー資格は独学、通信講座でも取れるだろう。どうせなら大学で知見を広めて、犬のためになることを探ったらどうだ」
「うぅん…」
私が渋い反応していると気づいた彼は、持っていた鞄からノートパソコンを取り出してネットを起動させていた。カタカタカタとなにかを検索してみて、私に検索結果を見せてきた。
獣医師
調教師
トリマー
ブリーダー
ペットシッター
保護施設
ペットショップ
ハンドラー
・・・
「この中で安定を求めるとしたら…獣医師とかどうだ?」
「うーん…悩ましいところですね」
私に動物の生き死にの責任を抱えられるか……保護活動と一緒で全員を救えるわけでもなし。
「麻薬探知犬ハンドラーの資格をとるために国家公務員試験を受けて、税関職員になる手段もある」
「なるほど…」
確かに国家公務員は手厚いですね。
だけど今までイメージしてこなかったので、いまいちピンとこない。ずっとトリマーの専門学校に行くんだって考えていたから……
「……犬のために何ができるか…よく考えます」
「君の原点はそこに行き着くんだな……だけど知識は必要だ」
真面目に考えてるんだよこれでも。ふざけてるわけじゃないんだ。
私の人生は犬のためにあると言ってもいい。犬のためなら人生を費やしてもいい、私はそう思っているのだ。
「収入が安定すれば、犬にも安定を与えられる。君が大人になっても保護活動を続けると言うなら、よく考えたほうがいい」
めちゃくちゃいいこと言いますやん。うちの担任もこのくらい言ってくれたらいいのに。
私はしばらくお兄さんと並んで、大学情報についてネットで検索していた。
「うちの親は大学でも専門学校でも実家から通ってほしいって言うので通学圏内がいいです」
「そうか」
なんだか橘先輩のお兄さんによる進路相談教室になりつつあるな。
何もお返しができないし、申し訳なくなった私はお礼に可愛いものを見せてあげることにした。自分のスマホを取り出すと、自分が作った保護犬動画を再生させる。周りに人がいないので音付きである。
「かわいいでしょう」
お兄さんが犬派か猫派かは存じ上げないが、私はかわいいの押し売りを開始した。
「この子は先程の動物愛違反者に暴力ふるわれていて。元々は飼い犬で人間に捨てられたんでしょうね…でもとても優しくて…」
可愛い可愛い保護犬ちゃんたちのプレゼンをすると、お兄さんは黙って映像を視聴していた。
「こっちの子犬はもうすぐ里親さんのもとに旅立ちます。弟さん、この子達にメロメロでしたよ」
そういえばお兄さんと先輩は仲直りしたのかな? 私の中に疑問が湧いたその時、お兄さんがふと顔を上げた。私もつられて前を見ると、そこにはキレイな女性が立っていた。
「恵介…」
その女性はなんだか私のことを気にしているようだった。私を見て微妙な顔をしている。
はて、お兄さんの彼女さんだろうか。それなら申し訳ない。知らなかったんだ。決してやましい思いがあって保護犬活動布教していたわけでは……
「話をしたいの」
「君とは終わったことだ」
……違った。お別れした元カノさんだったらしい。
二人の間にぎこちない空気を感じ取った私は残ったココアを飲みきった。
「なんですか、彼女と別れたから弟に八つ当たりしてたんですか?」
もしそうなら合点がいく。ちょうどあの日彼女と別れたばかりだったのに、弟が女の子と仲良くしている姿(※保護犬活動布教していただけ)を見つけてしまい、八つ当たりも兼ねてあんなひどい事を言ったのだろう。
「違う」
意地を張っているお兄さんは即座に否定してきたが、私は信じない。
「何が違うんですか。あの日弟さん凹んでたんですよ。ちゃんと謝るべきです。それと、進路相談乗ってくれてありがとうございました! ココアもごちそうさまでした」
私は立ち上がると、そばにあったゴミ箱に空の缶を捨てた。座ったままのお兄さんにペコリと頭を下げると踵を返した。
10メートルくらい離れて言い忘れたことを思い出したので、大声で言い残しておく。
「いじけてないで、ちゃんと話したほうがいいですよ! 一度は情を交わし合った相手じゃないですか!」
その時お兄さんがどんな顔をしていたかはわかんない。他人の恋愛とか私には関係ないから。
まぁあれは進路相談とココアのお礼ということで。
■□■
「これを…兄から預かってきた」
週明け、2年のクラスまでやってきた橘先輩からレポート用紙を渡された。
「わぁ! 調べてくれたんですかお兄さん!」
それは獣医学部の情報やら、国家公務員試験を受けるために必要な情報、大学別学費進路、就職後の平均給与、それと比較するためのトリマー専門学校卒業後の進路、平均給与など事細かにリサーチされていた。
「…兄と何かあったのか?」
「たまたま行ったオープンキャンパスで遭遇したんですよ。その時進路相談しました! お兄さんから説明を受けて色々考えていましたが、私、国立の獣医学部目指そうと思います! 犬のためにがんばります!」
私は拳を握って橘先輩に宣言した。すると彼は気が抜けた顔で「ぁ、あぁ、そうか…」と相づちを打っていた。
「ところで、お兄さんとは仲直りできました?」
その問いに橘先輩は目をパチパチさせていたが、複雑そうな顔をして頷いた。
「なんか…バツの悪い顔でこの間の電車での事を謝られた」
複雑、というか困惑した顔してるのかな?
「良かったですね!」
仲良きことは美しきかなである。
まだ完全には仲良しというわけじゃないんだろうが、彼らの歪んでいた関係が少しだけ修復できたんじゃないかな?
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