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番外編

遠く離れていても

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あやめ大学4年、亮介警察学校在籍時、初夏のお話。全2話。
ーーーーーーーーーーーー

『自由時間があまりなくて、会うことはおろか連絡もろくに取れそうにないんだ。だけど折を見て連絡する。…寂しい思いをさせてゴメンな、あやめ』

 最後に会った先輩はそう言って、申し訳無さそうな顔をしていた。
 無事に公務員試験をクリアした先輩は大学卒業後すぐに警察学校へ入校した。大卒の場合は半年の在籍期間を置いてから配属先が決まり、本格的な警察官デビューとなる。
 だがそれまでの道のりは生半可なものではないらしく、夢を見て警察学校に入校しても脱落してしまう人も少なくないそうだ。夢を叶えたらそれが現実となって、理想とのギャップに悩まされて退職する人も少なくない世界。
 先輩は大丈夫だろうかと心配にはなるが、連絡がないってことはきっと頑張れているのだろうと信じている。

 大学4年になった私はといえば、就活に力を入れて頑張っていた。会えない寂しさを埋めるとかじゃないけど、先輩に会えたときに胸張って就職が決まりましたと宣言したいからね!
 大学3年の頃からじわじわ就活を始めていたが、就職はこの先の人生に関わることだ。即決することではないので、いろんな企業や事業内容に触れて吟味している。
 今日は合同就職説明会に伺っていた。面接も兼ねたそれでありがたいことに何社かお声を掛けていただいた。持ち帰ってからじっくり考えることにするとして……

 どこだ、ここは。
 私は会場となっているホテルの中で迷子になっていた。
 おかしいな。入る時こっちから入ってきた気がするんだけど…反対側だったかな。
 ホテルの人に駅側の出口を聞こうとうろちょろしていると、余計に迷った。迷いに迷っていると、ホテルのレストラン…というよりもラウンジのような…お茶やお酒を楽しむような場所に出てきた。
 その中央では透明なピアノを奏でる外国人奏者、ラウンジでくつろぐは大人な方々。就活スーツな私には少々居心地がよろしくない。

 すぐに踵を返そうとしたのだが、その中である人を見つけてしまった私はその足を止めた。
 ササッと素早く入店すると、観葉植物に隠れる席に着いて相手にばれないように背中を向ける。

「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりですか?」
「あっ、コーヒーください」

 だよね、座ったらなにか注文しなきゃだよね。わざと声を2トーンくらい高くして誤魔化すと、店員さんが「喉の具合でも悪いですか?」と心配してきた。
 大丈夫です、なんともないのでそっとしておいてください。
 店員さんが去った後にうぅん、と咳払いをすると、私は観葉植物越しに聞こえる会話を盗み聞きすることにした。

「平野さん…そちらのお嬢さんは……?」
「うちの娘だよ。仁奈にいな、自己紹介しなさい」
「はじめまして、平野仁奈と申します」
「仁奈は亮介君の2個下だったかな?」

 ……なぜ、ここにいるんです、先輩。
 そちらのお嬢さんは誰ですか。
 
 私が見つけたのは、今現在遠距離恋愛中の彼氏様とそのお父様であった。
 私がとっさに隠れて盗み聞きしているのには訳があった。彼らの他にも人がいて、知らないおじさんと年頃の女性が対面していたからである。

 私の中の嫌な予感センサーがビシビシ反応している。
 その人達は誰なんだ一体。
 なかなか時間が作れないと言っていたのに、私の知らない人とは会う時間を作ったというのか。
 
「……どういうことかお聞きしてもよろしいですか?」

 久々に聞く気がする先輩の声。
 ずっとずっと聞きたかったのに、いまは胸が張り裂けそうに苦しい。

「そう急かさずとも。実はね、うちの仁奈が亮介君に好意を抱いていてね…」

 あぁやっぱり。
 いわゆるお見合いってやつか。私って彼女がいるのにお見合いとかしちゃうのか。お父様も同席の上で。…私、結構橘家に馴染んでる気がしてたけど、認められてなかったのかな……
 じわっと鼻の奥が熱くしびれた気がした。

「申し訳ありませんが、僕にはお付き合いしている女性がおりますので」
「そうなんです。次男坊には将来を考えた相手がいまして…相手方のお嬢さんとは大学に入る前からの付き合いでして。…申し訳ありません」

 しかし、先輩とお父様はその場できっぱり断っていた。泣きそうになっていた私の涙は一瞬で引っ込んでしまった。
 ……なんか、ふたりとも困惑してるふうな声音だな。
 もしかして私早とちりしてしまった感じ?

「…その彼女はどこの大学のなに各部で?」
「彼女はT大学の理工学部所属で現在就職活動中なんです」

 ここで何故か私の学歴公表。知らない人に公表されるのなんか微妙な感じだな。いや聞かれたら答えざるをえないんだろうけどさ。
 先輩の交際相手である私の学歴を聞いた相手はハッと鼻で笑った。
 ……鼻で、笑われた。自惚れじゃないけど、鼻で笑われるような経歴じゃないんですけど…なんか傷ついた……

「ははは…女で学があっても仕方ないでしょう。亮介君の職業では妻の支えが無くてはやっていけないはず。女に職を持たせたらろくなことがない」

 はぁ?
 この人どうしたの。今何時代だと思ってんの令和だよ令和。時代は変わったの。共働きも珍しくないんだよ?

「……私の妻もバリバリ検察官として働いてますが?」

 反論したお父様の声が3トーンくらい低くなった気がした。
 そりゃそうだ。お父様の奥様である英恵さんのこともディスっているようなものだもの。人の家庭にはその家の事情がある。家族が納得しているなら、他所の人が口出すことじゃないのだ。
 そもそも他人が滅多なことは言わないほうがいい。責任も取れないくせに偉そうな口を叩くでないよ。

「君の家は実家で同居しているから特殊じゃないか。なぁ亮介君、家事を疎かにされたら困るだろう? 家にいてくれる妻のほうがいいだろう?」

 私は草葉の陰からその様子を黙って伺っていた。
 こちら側からは先輩とお父様の後ろ姿しか見えないので表情が窺えない。二人はどんな顔をしているのだろうか……

「うちの娘は聖ニコラ女学院短大卒で、気立てもよく、料理がうまくて…親の私が言うのはなんですが、見ての通りとても美人で……家庭に収まって、夫を立てるいい嫁になると思うんです」

 なんか会ったこともない人にディスられたんですけど。しかも聞いてもいない娘自慢してるし……
 確かに綺麗なお嬢さんだ。マイスイート雅ちゃんと同じ学校出身か。もしかしたら雅ちゃんと同じ学部卒の子かもしれないな。

「…彼女1人に負担を押し付けるような真似はしたくありません。僕はあやめ……彼女と家族になりたいと考えていますので。家族というのは協力関係になるということでしょう?」

 ん? んん?

「共働きの家庭は珍しくないですし、そんなの分担すればなんとかなります。ある程度の粗は仕方ないかと。手に負えない部分は代行サービスを使うなり、便利家電を活用するなりして簡素化を図る必要はありますけどね」

 なに、何の話をしているの先輩……

「それと…ご心配なさらなくとも僕の彼女は料理上手です。大学サークルではいつも差し入れしてくれて、仲間たちにも評判だったんです。とてもかわいくて優しくて一緒にいて楽しい、大事な彼女なんですよ」

 めっちゃ口説くやん…
 カッと私の頬に熱が集まった。顔が熱い。なんなの先輩、私のいないところで私のこと口説こうとして……好き。
 どうせなら私に言ってほしいな…なんかプロポーズみたいだし……。
 橘あやめ…うん、いい響き……

 先程まで浮気を疑って泣きそうだったのに私はニヤニヤして喜んでいた。きっと周りからしてみたら不審者で間違いない。リクルートスーツ姿の私は就活疲れで情緒不安定なんだなと思われているに違いない。

「おまたせしました、ブレンドコーヒー…お客様、やはりご気分が…」
「だ、大丈夫です…うふふ」

 店員さんがすごい心配してくるが、大丈夫だから。緩む頬が抑えられなくて笑いが漏れてしまう。


「…うちの息子と話したいと言うから呼び出して来たら、こういう事だったんですね。とにかくお断りします。こんな用なら貴重な休日に呼び出したりしなかったというのに……帰るぞ亮介」

 平静を保っているとはいえ、お父様は少しお怒りモードのようだ。相手はお父様の上司か先輩なのだろうか? 断っても大丈夫なのかな? 娘さんはどこで先輩を見初めたのか……先輩からしたら初対面みたいだけど。色々気になる。
 だけど今となってはもう終わった話のようである。

 ガタリと立ち上がる音が響いたので、私はササッと観葉植物に身を潜める。
 先輩とお父様が足早にその場から去って行くのを見届けると、ふぅ、とため息を吐いた。ここで出歯亀しているのがバレたらとても気まずいからね。
 でも良かった、はっきり断ってくれて。疑った私が馬鹿だったよ。

 …はぁぁ、先輩との久々の再会が隠密行動でだなんて……顔とかチラッとしか見えなかったし。

「パパァ…」
「仁奈、相手が悪かった。もっといい男をパパが見繕ってやる!」
「やだ! パパが連れてくる男みんなゴリラみたいなんだもん!」

 アホ父娘がなんかやり取りしてるが、もうここにいる理由はない。私はコーヒーを一気飲みすると、華麗に会計を済ませてその場を立ち去ったのである。

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