275 / 312
番外編
先輩は私のものなの! 抱っこして甘えさせてくれなきゃヤダ!
しおりを挟む「あやめ、まだ怒っているのか。怪我人だったんだから仕方ないだろ」
「……」
あれから私は先輩と口を利かなかった。
『なぜ待っていなかったのか』と小言を頂いたし、『仕方ないだろう、子どもみたいに不貞腐れるな』とも言われたけど、全て華麗に無視して差し上げた。
それには先輩も不機嫌になったけど、旅館に戻って夕飯の時間になっても私が口聞かない、目を合わせないものだからとうとう困り果てたらしい。
フン、もっと困ればいいんだ。
私は怒っているんだ。それをもっとちゃんと理解しろ。
美味しいお夕飯を頂いた後、私は無言で大浴場に向かって大きなお風呂でのんびり過ごさせていただいた。
長い長いお風呂タイムを終えて部屋に戻ってくると、部屋の真ん中には布団が並んで敷かれていた。私は迷わずにそれを引き離した。窓際なので少し冷えるが仕方がない。布団に入ってしまえば暖かいだろう。
そのまま布団に潜り込んで寝る体制を整えると、先輩がため息をつく音が聞こえてきた。
知らないもん。私は悪くないもんね。何も聞こえないふりをして私は背中を向けて目を閉じた。
「…あやめ。いい加減に機嫌を直してくれないか。俺達は喧嘩するために旅行に来たんじゃないだろう?」
「……」
先輩は困り果てた声を出していた。
私が頑なに無視するものだから、気持ちがしぼんだようだ。情けない声である。
……だが、先輩は私が何に腹を立てているのか理解していない。
「…じゃあ帰りましょうか。今なら夜行バス間に合いますよ」
私はムクリと起き上がると布団から這い出て、自分の旅行カバンに手をかけた。
私だってこんな旅行嫌だよ。
お人好し先輩の馬鹿。他の女の子抱っこして…しかもあの女の怪我は多分嘘だろう。
「待て、そんなこと言ってないだろ」
かばんに荷物を詰め始めた私の肩を掴んで止めようとする先輩。
大好きな先輩なのに。優しくて頼りがいのある先輩のことを好きになったのに、それが今は憎らしい。
「私と旅行に来たのに! 他の女の子優先した! あの人絶対に怪我してませんから。ただの口実に決まってます! 先輩はモテるんです、狙われてる自覚してください!」
私は怒りに任せて先輩の胸を拳で叩いた。
痛いと呟いて私の手を止めようとする先輩の拘束から逃れながら、某太鼓の達人みたいに私は連打した。10コンボだドン!
「馬鹿ーッ! 先輩は私のなの、他の女の子抱っこしちゃいけないんです! 抱っこしていいのは私だけなんです!!」
「わかった。痛いから。ごめんって」
嫉妬心がブワッと溢れてきて涙まで出てきてしまった。先輩が着用している民宿の浴衣をギュウ、と握ると私は嗚咽を漏らした。
ふわっと身体が浮いたかと思えば、私は先輩に抱き上げられていた。乗せられたのは安定感のある先輩の太ももだ。対面式抱っこさせられた。
私を抱っこした先輩は指で私の目元を拭うと、そこに吸い付くようにキスを落としてきた。
「あの人は直ぐ側を通っていたスキー場のパトロール隊の人に引き渡したよ」
「え…」
「流石に俺でも見ず知らずの女性の部屋まで行けないぞ。他人の怪我まで面倒見きれないしな。その点パトロール隊のほうがプロだ。…なんだけど怪我人だと伝えて引き渡そうとしたら、彼女は急に元気になってどこかに行ってしまった」
なんだったんだろうな。歩けないと言っていたのにと先輩は首を傾げていた。
先輩は彼女を送り届けた。
だけどそれはスキー場関係者に救護を任せるために運んだだけ。
それを聞いた私はホッとした。
お人好し先輩のことだからあの女に騙されたんじゃないかって思っていたけど、先輩は冷静に対処してたのかって。
先輩はお人好しだもん。あそこで見捨てる真似はできない人だ。時々そこが憎らしくなるけど惚れた弱みだ。
ていうかやっぱりあの女、怪我したって嘘だったんじゃないか! 救護された時に怪我が嘘だとバレると思って逃げたんじゃないか!
……あぁ。やっぱり。
私が先輩を守らねば…! 危なっかしい子羊ちゃんな先輩は私が守る! 私が守らなきゃ肉食女子に頭からぺろりと食べられてしまうじゃないか!!
先輩は人のこと危なっかしいと言うくせにそういう自分が狙われているじゃないか。自覚を持つべきだ!
「…機嫌直ったか?」
ちゅっちゅと私の顔にキスを落としてくる先輩。私は先輩の身体に腕と足を絡めるとひしっとしがみついた。気分はまるで親コアラに抱きつく子コアラのよう。
「優しい先輩が好きだけど…やです。他の女の子に優しくしないで…」
「…俺にはあやめだけだ。あの人に優しくしたつもりはないぞ? 人として当然のことをしただけ。ほら、そんな顔しても可愛いだけだ」
むくれる私の頬の空気を抜くように指でつついてくる先輩。私はぷいっとそっぽ向いたけど、顎をくいっと引いてもとに戻された。
そっと唇を重ねてきた先輩の唇は少しカサついていた。スキーをしていて乾燥してしまったのだろうか。日差しが結構強かったからかな。明日滑る前にリップ塗ってあげなきゃ…。
私もお返しにたくさんキスをし返した。
「……もっとナデナデしてください。たくさん甘やかしてください……」
私のワガママに先輩は「それ、俺が喜ぶだけじゃないか」と笑っていた。
幼子をなだめるように私の頭をナデナデしていた先輩であったが、その手はだんだん怪しい動きに変わってきた。不埒な手は身体をまさぐっている。
「……明日も滑りたいから加減して下さい」
私がそう釘を刺すと、先輩は私の浴衣の合わせ目へ手を差し入れながら「善処する」とあまり安心できない返事をしてきたのである。
■□■
翌日、私達は早朝から滑っていた。
まだまだ人が少なく、夜の内に降り積もった雪はまだ人に踏み荒らされていない。
一旦スキーを中断して、スキー道から離れた場所で私と先輩は子どもに戻ったように雪だるま作りをした。自分たちの住んでいるところではここまで雪が積もらないので新鮮だったのだ。
大きな雪だるまを作り、雪の下に埋まっていた大きな石で顔を作ると私と先輩は記念撮影をしようとした。
だけど思いの外雪だるまが大きくてどうしてもフレームアウトする。何度か試したが、どちらかが見切れちゃうんだよね。
それを見かねたスキー場関係者の人が撮影してくれると言うので、お言葉に甘えて撮ってもらうことにした。
「撮りますよぉー」
パシャリパシャリとシャッター音が鳴り響く。
撮影者の腕がいいのか、とてもいい写真を残せた。私も先輩も寒さで鼻を真っ赤にさせていたが、それも記念だ。
先輩にも後で送ってあげよう。
スマホをマジックテープ付きの胸ポケットにしまって顔を上げると、こちらを見ている集団の視線にあっと気がついた。
私は相手を警戒しながら、がばっと先輩の腕に抱きついた。私達の仲の良さを見せびらかすのだ…!
「どうした、転んだか?」
急に腕に抱きついてきた私のことを、先輩は滑ったと勘違いしているが違うぞ。これは牽制だ。
私と先輩はラブラブで間に入れないくらい仲良しだとあの肉食系女子に思い知らせる必要があるのだ…! ていうかあの女フッツーにスキースタイルじゃないか! 滑れるんじゃないか! この嘘つきが!!
「頭に雪が降り積もってる」
パサパサと私のニット帽に乗った雪を先輩が払う。…この様子じゃあの視線に気づいていないな。もしかしてアレか? イケメン故に視線に慣れてしまって鈍くなっているのか?
「…先輩、私が先輩を守りますからね!」
「……?」
意気込んだ私の言葉に先輩は困惑した顔をしていた。
その後私達は終始バカップルを隠さず楽しくスキーをして過ごした。あの肉食系女子が間に入れないように。
先輩に転送した雪だるまを囲んだふたりの写真。
先輩が友人の湊さんたちに見せたいから、顔をスタンプで隠してSNSにあげてもいいかと尋ねてきたので快諾した。
ネットは怖いもんね。顔を隠すのが無難だ。先輩を狙う輩がどこから湧いてくるか想定できないもんね。
あとで先輩のアカウントを覗きに行くと、先輩のお友達から「いいなぁ、雪だるま作りたい」「このリア充め…」といろんなリプライが上がっていた。私はそれを見てニヤニヤしていたのだが……ちょっとだけ気になる一文を見つけた。
先輩の友達の中では見たことのないアカウントにアイコン……
そこにはこう書かれていた。
【Tachibanaちゃん、隣の男は彼氏?^_^;】
私はそれを二度見した。
……彼氏? 何のことを言っているんだ。ここに映っているのは私と先輩と雪だるまだけ。一緒に写っているピンクのスキーウェア姿の私が男に見えるのか……えっ彼氏? 彼氏に彼氏? どういうことなの。顔を完全に隠しているからそう見えるっていうのか? 先輩よりも20cm以上背の低い私が、男に見えるのか……
私は少々混乱した。
…先輩あてのリプライだよね、これ……
「あやめ、風呂に行けるか?」
「あっはい!」
私が眉をひそめて固まっていた時間はわずかだった。先輩の声にハッとした私はそのままアプリを落としてスマホをかばんに収めた。
ここのお風呂めっちゃ気持ちいいんだ。今日もたっぷり満喫しようとお風呂セットを持って先輩と一緒に浴室に向かったのである。
ちょっとだけ喧嘩しちゃったけど、仲直りできたし、スキーも民宿も楽しくてたくさん満喫できた。お料理も家庭的で美味しかったし、お風呂が最高。この辺の民宿は温泉の源泉を引いてるんだって。協定の関係でホテルの方は引いてないらしい。…ちょっと得した気分になったよ。
2人きりでここまで遠出するのは初めてだったのでいい思い出になった。
今度はどこに行こうか。先輩とならきっとどこでも楽しいはずだ。
0
お気に入りに追加
480
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
生贄巫女はあやかし旦那様を溺愛します
桜桃-サクランボ-
恋愛
人身御供(ひとみごくう)は、人間を神への生贄とすること。
天魔神社の跡取り巫女の私、天魔華鈴(てんまかりん)は、今年の人身御供の生贄に選ばれた。
昔から続く儀式を、どうせ、いない神に対して行う。
私で最後、そうなるだろう。
親戚達も信じていない、神のために、私は命をささげる。
人身御供と言う口実で、厄介払いをされる。そのために。
親に捨てられ、親戚に捨てられて。
もう、誰も私を求めてはいない。
そう思っていたのに――……
『ぬし、一つ、我の願いを叶えてはくれぬか?』
『え、九尾の狐の、願い?』
『そうだ。ぬし、我の嫁となれ』
もう、全てを諦めた私目の前に現れたのは、顔を黒く、四角い布で顔を隠した、一人の九尾の狐でした。
※カクヨム・なろうでも公開中!
※表紙、挿絵:あニキさん

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

転生した世界のイケメンが怖い
祐月
恋愛
わたしの通う学院では、近頃毎日のように喜劇が繰り広げられている。
第二皇子殿下を含む学院で人気の美形子息達がこぞって一人の子爵令嬢に愛を囁き、殿下の婚約者の公爵令嬢が諌めては返り討ちにあうという、わたしにはどこかで見覚えのある光景だ。
わたし以外の皆が口を揃えて言う。彼らはものすごい美形だと。
でもわたしは彼らが怖い。
わたしの目には彼らは同じ人間には見えない。
彼らはどこからどう見ても、女児向けアニメキャラクターショーの着ぐるみだった。
2024/10/06 IF追加
小説を読もう!にも掲載しています。

【完結】嫌われ令嬢、部屋着姿を見せてから、王子に溺愛されてます。
airria
恋愛
グロース王国王太子妃、リリアナ。勝ち気そうなライラックの瞳、濡羽色の豪奢な巻き髪、スレンダーな姿形、知性溢れる社交術。見た目も中身も次期王妃として完璧な令嬢であるが、夫である王太子のセイラムからは忌み嫌われていた。
どうやら、セイラムの美しい乳兄妹、フリージアへのリリアナの態度が気に食わないらしい。
2ヶ月前に婚姻を結びはしたが、初夜もなく冷え切った夫婦関係。結婚も仕事の一環としか思えないリリアナは、セイラムと心が通じ合わなくても仕方ないし、必要ないと思い、王妃の仕事に邁進していた。
ある日、リリアナからのいじめを訴えるフリージアに泣きつかれたセイラムは、リリアナの自室を電撃訪問。
あまりの剣幕に仕方なく、部屋着のままで対応すると、なんだかセイラムの様子がおかしくて…
あの、私、自分の時間は大好きな部屋着姿でだらけて過ごしたいのですが、なぜそんな時に限って頻繁に私の部屋にいらっしゃるの?
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜
ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。
そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、
理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。
しかも理樹には婚約者がいたのである。
全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。
二人は結婚出来るのであろうか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる