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番外編
アカハラー不当な評価は断固抗議いたしますー【4完】
しおりを挟む「──それは、アカデミック・ハラスメントと言われる行為なのだが、椹教授、それをわかっていての発言ですか?」
その言葉に、椹教授の表情がさっと変わった。先程まで弱い者をいたぶって楽しんでいた人間とは思えないくらい、顔色が変わったのだ。
「学生から相談を受けて注意して見ていたら……数年前の論文盗作事件の時から全く変わっておりませんな」
感情の色を伺わせない、堅苦しい声。
その教授は気難しくて有名だ。フレンドリーさは一切なく、学生たちの中には怖がっている人もいる。私もそのうちのひとりだった。
だが、蛍ちゃんに言われて冷静に観察するようになったら見えてきた。
言い方が冷たいな、突き放すような言い方をして怖いなと思っていたが、彼は間違ったことは言っていない。論理的に物を言うタイプだから冷たく見えるのだ。
「常田、教授…」
そんな常田教授ではあるが、彼は学問に一途な真面目人間なだけである。それなりの地位にいるが、大学内の派閥争いには関わりたがらない。相手側から勝手に敵対視されたり、ゴマをすられたりはしているが、常田教授の興味は常に学問である。
……ていうか今何といった?
盗作事件とか言った?
「な、何を言ってるんですか…証拠もなしに…」
「君が真実を闇に葬ったからだろう。学生の力作を学会に発表したときの気分はいかがでした?」
しらばっくれようとしている椹教授だが、見るからに動揺している。図星なんだな。嘘つくのが下手なのによく盗作なんて出来たな。
「学生に共著を持ちかけて断られ、あらかじめ保存していた論文データを自分のものとして提出。学生側からの被害の訴えを無視して……相談できる相手がいなかった学生側が結局泣き寝入りしたんでしたな」
ハハハ、と笑い声を立てているが、常田教授の顔は全く笑っていない。怖い。
「まぁ、珍しいことではありませんよ。准教授に論文を制作させて、それを自分の名前で発表する教授もいますことですし……そうは思いませんかな?」
「……なにが言いたいのかね」
追い詰められた悪役のごとく、追い詰められた椹教授。見るからに顔色が悪く、へっぴり腰になっていた。足掻こうとしているみたいだが、もう無理だろう。
「…あまり、学生を舐めないほうが良い。今の彼らには情報がある。対抗する手段を持ち合わせているんだ。…まぁ、これからも椹教授が、教授でいられるのであればの話ですが」
目を細めて椹教授を見つめると、『大学長に掛け合ってみます』と彼は言った。
それにギクッとしたのは当然ながら椹教授だ。
「見聞きしてしまったものを見逃すほど私は愚かではないのでね。私は自分の環境を荒らされることがなによりも嫌いだ。私の愛する学問を、学び舎を汚し、破壊しようとする輩が一番嫌いだ」
それは自分勝手な言い分なようで、そうじゃないようにも聞こえる。
とにかく常田教授は学問をしたいのだ。そしてこの大学を愛している。それと関わりながら日々を過ごしたいだけなのに、私利私欲によってその楽園を荒らされることにひどく腹を立てているようである。
「なに、証言は入手できた。それに証拠も探せば出てくるだろう。…あなたはいささかやりすぎました。教授として学生に道を示さねばならないところを、その道を塞ごうとして……同じ教育者として情けない」
はぁーっとわざとらしくついたため息がいやみったらしい。だがこの場を制している常田教授が輝いて見えるぞ。
なんだよ、なんだか世直し人みたいじゃないか!
「あのっ! 私今の会話をスマホで録音してました! これ提出します!」
「!?」
なんと、女子学生は証拠音声を録音していたらしい。こんな事があるだろうと予測していたのか! 危機管理能力がすごい。
この調子でボロボロと椹教授の悪事が露見していきそうである。
「ありがとう。あぁ、そうだ椹教授のところの江島くんだが、彼からも話を聞かせてもらっていますよ。ずいぶんひどいことをしているようで…うちの准教授もひどく立腹していた。覚えていますかな? うちの准教授は、君が論文を盗作した学生だった彼だ」
常田教授の言葉を受けた椹教授はぎくりと肩を揺らしていた。過去に盗作した相手と同じ職場で働いていたのか。良心の呵責とか感じなかったのだろうか…
「……君は随分色んな人に恨まれている。今のうちに身辺整理をしておいたほうが良いかもしれませんな」
常田教授の脅しに似た言葉に椹教授は青ざめてふらついていた。
悪者は成敗されたのだ。
すごい。常田教授すごいわ。
■□■
最後まで常田教授の独壇場であった。頭のいい人は追い詰め方もえげつないなぁ。余罪をチクチク指摘されていた椹教授半泣きだったじゃないの。
「常田教授、ありがとうございました」
椹教授が尻尾巻いて逃げていった後に私は常田教授へお礼を告げた。
「蛍に言われたそのついでだ。ここに居合わせたのはたまたまで、私はお礼を言われることをしていない。学生諸君には息苦しい思いをさせてしまって申し訳なかった」
そう言って私と女子学生に頭を下げてきたのだ。
そんな、常田教授は庇ってくれたじゃないの。そして椹教授の悪事を公に晒すと宣言してくれた。
大学内でそういう事するのって自分の進退問題に関わるのに、動いてくれるって本当すごいよ。多分、証拠や証人集めした上で掛け合うのだろう。勝てる確証があるから動くはずだ。
それでも、行動をしてくれる事自体がすごい。
「謝らないでください。私達は助けられた側です。それに見ていてスッキリしましたよ」
「本当。かっこよかったです。正義の味方みたいで」
私達がそう言うと、常田教授はキョトンとして、「正義の味方…」と呟くと、少しだけ笑っていた。
その一月後、大学の掲示板にひっそりと椹教授が退職した旨が書かれた掲示物が貼られていた。それが解雇なのか、依願なのかは明らかにされていないが、彼は大学からいなくなった。
私達学生が知らないだけで、あの椹教授は他にもヤバいことしてたんじゃないか?
空いてしまった科目の講義には、非常勤の教授で臨時に穴埋めすることになった。だが、もうすぐ冬休みということで大きな混乱は見られなかった。
冬休み後に少し講義を行った上で試験に入るが、多分大丈夫だろう。その科目を受け持っていた江島准教授がついているし。
しかし変な事に巻き込まれてジェットコースターのように去っていったな。
日が経つにつれて、私は椹教授のことを忘れ去ろうとしていた。
「あのっ」
お昼の学食にて、亮介先輩とお昼ごはんを食べていると、女子学生に話しかけられた。
彼女はあの時の……彼女は遠慮がちな笑みを浮かべると、私に向かって小さな紙袋を差し出してきた。
「この間はありがとう。あの時はお礼言いそこねてしまったから、どうしても伝えたくて。これほんのお礼」
あぁ。忘れてた。
そんなお礼なんて良いのに。と私が恐縮すると、彼女は首を横に振っていた。
私は最終的に言い負かされていたし、完全に勢いだけで飛び出してきただけだ。常田教授がいなければ負けていたに違いない。
「あらかじめ録音して抗議しに言ったけど、実際にあんなこと言われたら怖くて…振り払えなかった。あなたが来てくれたおかげで、きっと常田教授も駆けつけてくれたんだと思う」
椹教授のあの様子だと常習者だった可能性もある。
私が飛び出したことでその場が好転したのならいいのだが……
「……あやめ?」
「彼氏くんかな? 勇ましい彼女だね。私の危機を助けてくれたの。田端さん、本当に本当にありがとう」
4年の先輩は最後にもう一度お礼を言うと、じゃあね、と言って立ち去っていった。
なぜ、先輩と一緒にいる時にそれを言っちゃうのか。聞かれたら絶対に説教されるから黙っていたのに……
残された私は彼氏様の視線から目をそらすのに必死であった。
だって結局何事もなかったから良いかなと思ったんだよ。ほら、先輩は学部が違うし、こっちの教授のことわかんないしさ。介入も出来ないじゃない。
私はもう大人のレディだから、逐一彼氏様へ報告する義務はないと思うのだ。
「…あやめ、俺の目を見るんだ」
そういった先輩の声は明らかに怒っていた。
「いやです。絶対に怒ってますもん」
「怒ってない。…俺はお前から何も聞かされていないんだが……またなにか、面倒事に首を突っ込んだんだな?」
グワシッと顎を掴まれてほっぺをぶにゅっと潰される。顔を方向転換させられて、先輩と目が合った。
視線を無理やり合わさえた私は悟った。
……嘘つき。めっちゃ怒ってるやん。
「わたひは…人助けを……」
「ほぉう? お前はいつもそうだな、人助けのために向こう見ずに突っ込んでいって……」
私はすべてを吐かされた。
先輩かて、教授毎に癖があるってわかっているだろう。
法学部生である先輩にアカハラのことを言ったところで解決したと思うか? 大体絡んできたのは向こうからである。…あんな場面を見て黙っていられるわけがなかろうが!
先輩だってその場に居合わせたらきっと同じような行動をするに違いないぞ!
「私はどうしても許せなかったんです。 学生の弱みに付け込むあの教授の行いが!! 最終的には他の教授が助けに入ってくれて、悪者は成敗されました!」
「お前が最初からその教授を呼びに行けばよかったと思わないか?」
「ふぎゅぅ」
またほっぺた潰した!!
そこからチクチクお説教タイムに突入し、私はほっぺたを潰されたまま彼氏様に叱られることになったのである。
顔に変なシワができるからこれやめて欲しいな。
先輩はもっと、私を褒めるべきだ。
私は人助けをしたんだぞ。犬でももっと褒められるのに先輩は私をお説教してばかりじゃないか!
私の異議申し立てに、先輩の説教は更に長くなったのであった。
■□■
「さようなら常田教授」
講義終わりに常田教授と廊下ですれ違ったので挨拶をすると、彼がこちらに視線を向けてきた。
「あぁ…さようなら……蛍、そんな服ではお腹が冷えてしまうぞ」
「これはおしゃれだよ。おじさんは頭硬すぎ」
12月半ばなのにお腹を晒す蛍ちゃんのお腹を心配する常田教授。
このやり取りを見ていると常田教授がただの堅苦しい大学教授ではなく、心配性のお父さんに見える。
蛍ちゃんの反論に難しい顔をしていたが、彼はなにかを思い出したかのようにハッとしたのち、私に視線を向けてきた。
「あぁ、そうだ田端君、先日提出してくれたレポートだが、中々いい出来だったよ」
「ホントですか! ありがとうございます!」
なんだか以前よりも親しみが湧いてきたぞ。堅苦しく真面目で、評価も厳し目の常田教授に褒められると自信になるな。
よっしゃ! 来月末の後期試験も頑張るぞ!!
「蛍、腸は第二の脳なんだ。おしゃれといえど冷やしすぎるのは良くないんだぞ」
「外ではコート着てるから大丈夫だよ。…そんなんだから頭固いって言われるんだよ、おじさん」
「心配しているのにそんな言い方はないだろう…」
2人のやり取りがお父さんと年頃の娘のようで、なんだかおかしくなってきて私は小さく笑ってしまった。
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