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番外編

アカハラー不当な評価は断固抗議いたしますー【3】

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序盤は三人称になります。
ーーーーーーーーーーーー

『悪い話じゃないと思うのだが』
『…いえ、この論文は自分ひとりのものとして提出したいので、折角のお誘いですがお断りいたします』

 1人の男子学生が頭を下げて断っていた。彼は今しがた、教授から論文を共著書として提出しようと提案された。
 だがこの論文は彼1人で時間を掛けて書きあげたもの。出来上がったものを急に共著にしようと言われても、ハイわかりましたと頷けるものではない。

『私の名が連なれば、注目度も上がるのだよ?』
『僕の名一つで評価されないのであればそれまでの出来だったと諦めも付きますので。それでは、そういうことなので失礼いたします』

 学生の彼はその研究に熱中していた。大学に入学してから優秀な成績を修め続け、他の教授からの憶えもめでたく、大学院への推薦入学のきっぷを手に入れたも同然の未来を期待された青年であった。
 彼は自作の論文を持ち直すと、深々と一礼してそこから立ち去った。ぱたりと静かにドアが閉ざされ、部屋の中に残されたのは教授1人だけ。
 口を閉ざした男は席に戻るとパソコンの電源を入れ、カタカタとキーボード音を立ててなにか編集を始めた。
 その画面には論文用のデータが表示されていた。今しがた、退出した青年の名前が書かれた場所に上書きするようにして、男は自分の名前を入力したのであった。


■□■□■


 後夜祭でテーマパークのペアチケットをゲットできた私はご機嫌だった。ご褒美が待っていると分かれば、学業もバイトも頑張れるというものである。

 冬休みが終わってしばらくあとに後期試験が待っている。それまであと2ヶ月ほど時間があるが、早いうちから勉強を始めなければ。
 とはいえ、オンオフの切り替えは大事である。今日はサークル活動でかぼちゃを使ったメニューを作るのだ。私はかぼちゃのチーズケーキを作るんだ。甘さ控えめにしたら先輩も食べられるからね。
 浮足立つ気持ちを隠さずに、私はサークル場所に移動していた。

 そういえば蛍ちゃん、用事があるから先に行っててと言っていたけど、どこに行ったんだろう……。
 
「そんな、ひどいです! 確かに私は1日講義を欠席しました。だけどそれだけで単位をいただけないなんて話聞いたことがありません!」

 ギクリッと私は肩を揺らしてしまった。
 どこからか女性の悲痛な訴えが聞こえてきて、私の心臓がキュッとなってしまったぞ。
 何事だろうと思って探してみると……いた。教授室の前で女子学生と教授が話をしていたのだ。

「単位をいただけないと私は卒業できません! 企業にも内定を頂いているのに…今になってそんな事を言われても…あんまりです!!」
「私の講義を受けなかったものはひとり残らず単位を落とす。…学生の本分は勉強だ。受講態度を単位に反映させるのは当然のことだろう」

 ……あの偉そうに講釈たれてるのは……例の椹教授じゃないか! あの人なにしてんの!?
 会話の内容からして、あの女学生は卒業間近の4年で就職先も内定している。講義を一回欠席したことで単位をもらえないと聞いて騒いでいるのか?

 …いやいやいやそれはないわ。
 講義態度が単位に反映されるのはわかりきったことだけど、1日欠席でアウトと言うのはありえないでしょ。
 しかも卒業間近の4年生を狙っての嫌がらせとか……二周り以上年下の女の子をいじめて楽しいのかあのジジイ!!

「…君は単位が欲しいんだろう?」

 ネットリした声でささやくと、女子学生に近づく椹教授。女子学生はビクリと肩を揺らすと、表情をこわばらせていた。
 教授は、おとなしそうなその女子学生の髪の毛を触り、そっと耳にかけた。その触れ方はどこかいやらしい。私がされたわけじゃないけど、嫌悪感でゾッとした。

「見返りをもらわなければ、こちらとしても動けないんだがなぁ」

 その言葉に私は、椹教授がどんな見返りを求めているのかを察した。追い詰められた女子学生の顔は泣きそうになっている。
 なんてことを……女を馬鹿にしている。
 見返り? …なにを戯けたことを……

 ──それでも、教育者か…!?
 
「ちょっと待って下さい!! 今の話をすべて聞かせていただきました!! 椹教授! あなたの仰っていることはおかしい! 私は理解が出来ません!!」

 その場にズカズカと乗り込んだ私は声を張り上げて、異議申し立てを起こした。今しがたセクハラされていた女子学生を庇うようにして椹教授と対峙すると、相手を非難するように睨みつけた。
 私の乱入に驚いたのかふたりとも目を丸くしていたが、私はそんな事構わずに続けた。

「一日欠席だけで単位が落ちるわけがないでしょう! 彼女が提出したレポートになにか欠陥的な不備があったんですか? それとも全体の成績が思わしくなかったのですか? 落ち度があるなら、それを指導するのが教授の仕事であって、学生を脅すのは違うでしょう!」

 ていうかこの人のしていることはただの嫌がらせなんでしょうけどね!
 
「大体、あなたは教育者でしょう! 今、彼女に何を要求しました? 恥ずべきことですよこれは!」

 ほんっとにありえないから!
 女子学生を何だと思ってるんだ、単位欲しさに体を捧げるとでも思ってんのか!!
 椹教授は不快だとばかりにしかめっ面になった。私は何もあなたを誹謗しているわけじゃない。真実を指摘しているのだ。
 一学生の言葉に耳を傾けるような柔軟な性格の教授じゃないのはわかっていたが、さすがにあんまりだ。

「あぁ…君は確か……彼氏と構内で堂々とキスして…恥じらいというものはないのか? 後夜祭だからと気分が盛り上がったのかもしれないが困るんだよ」
「…えっ?」
「ああいうことをされると大学内の風紀が乱れるのだが。君のようなふしだらな人間にどうこう注意されるのは気分が悪い」

 ……マジか…
 後夜祭にいたんかこの人。そしてあれを見られていたのか……私は急激な羞恥に襲われたが、きっとこれはこの教授の作戦なのだ。
 いや、大学内で如何わしい行為をするのは褒められたことではないのはわかってるよ? 先輩も雰囲気に流されて軽くチュッとしてきただけだよ? 人様にお見せできないようなアハンウフンな行為は一切しておりませんよ!!

 私が羞恥に耐えかねて何も言えないのに勝利を確信したのか、椹教授は楽しそうに意地悪な笑みを浮かべた。

「だいたい学生の本分は勉強だろう。旅行なんざ生意気だ」

 ……どこまで見ていたんだ。私がネズミの国のパスポートゲットして旅行の話をしていたところも見ていたのか?
 生意気って……自分で稼いだお金で旅行に行く分は良いじゃないか。勉学はおろそかにしていない。旅行が大学で禁止されているわけではない。

「それは教授には関係ありません。学業とプライベートは別物です。教授にご指導頂かなくとも、私は学業に支障をきたさぬよう気をつけています」
 
 プライベートなことを教授に口出しされるいわれはないぞ。旅行に行くことは後ろ指さされるような行いじゃないだろう。何なのだこの間から訳のわからないイチャモンばかり付けて…
 私の反論に、椹教授の眉がひょこっと上がった。嫌味ったらしい仕草にムカッとした。

「後期試験の結果が出るのは3月だ。君が楽しく彼氏と旅行に行って帰ってきた後に留年が待ち構えているんだよ?いいのかね」

 また脅すのか。……それは、旅行に行くなということか?
 本当に成績が足りなくて留年になるとかではなく、教授の私情を交えて留年措置をするつもりなのだろうか?
 本当ふざけている……教授がそんな事しても良いのか。

 自分から突っ込んどいて何だが、この人は話が通じない。
 そして一学生である私がここで異議申し立てしたとしても簡単に潰されてしまう。

 どうしよう。

 目の前でニヤニヤ笑う椹教授の顔面にパンチを食らわせたくて仕方ない。
 私は拳を握りしめて、屈辱に耐えていた。

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