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番外編

周りからしてみればきっと電波発言をしているように見えるはず。どうしたら彼女は現実を見てくれるんだ。

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 私は固まっていた。彼女に何を言えばいいのかわからなくて固まったとも言えるけど、まさかこの場所で「転生者」である事を指摘されるとは思わなかったからだ。
 関さんは私の反応を見て、してやったり顔をしていた。

「指摘されて言葉が出ないの? 私は知ってるのよ。あんたがモブである田端あやめだってことを! 言い逃れはさせないんだから!」

 またモブって言ってるし…それを言ったら、関さんはモブですらない、その他大勢に加わるんだよ? 自分で言っていることの意味をわかってる?
 それに彼女は現実とあのゲームの境界が怪しくなっている。あの頃の私もゲームの世界だと疑っていなかったからそれはわかるけど、彼女はやりすぎだ。

「…ここは漫画やアニメの世界じゃないんだよ?」

 なるべく相手を刺激しないように優しく声を掛けたけど、それが相手の気に触ったようだ。関さんはカッとなって私に怒鳴りつけてきた。

「すっとぼけないでよ! あんたどんな卑怯な手を使ったの?! ヒロインの役を乗っ取って、風紀副委員長の彼女になったの!?」
「落ち着いて話をしよう? とにかくここから出て…」

 もう一度外に出ようと関さんの腕を引っ張って促したが、苛立たしげにバッと振り払われてしまった。
 関さんは興奮状態だ。あのゲームが余程好きだったのであろう。私もあのゲームに熱中していたからわかる。あの頃はモブとして、乙女ゲームの世界に存在しているとわかると、生でイベントが見れるのだとワクワクしたものだ。
 …彼女の気持ちはよくわかる。

「あんただけずるい! 私だってキラキラな恋をしたかったのに! みんなみんなちっとも反応してくれない!」
「関さん、」
「全部あんたのせいよ! …許さないから! あんたと風紀副委員長を絶対に別れさせてやるんだからね!!」

 落ち着いて話をしてほしかったけども、彼女は私との対話を拒んだ。私と先輩を別れさせてやる宣言すると、関さんは道場から飛び出してしまった。
 シーンと静まり返ってしまった道場に残された私は、周りの人から注目を受けていた。悪目立ちしてしまったようだ。私はペコペコと頭を下げて、そそくさとその場から退場した。
 すると出口を出てすぐに「あやめちゃん待って!」と林道さんに呼び止められた。

「いまさっきの子、何? …まさか私達と同じ…?」
「…うん。元生徒会以外の人に声を掛けているみたい。亮介先輩だけは直接的被害には遭っていないけど、和真に眞田先生、大久保先輩と、先輩のお兄さんが…」

 人の目があるので【乙女ゲーム】【ヒロイン】【攻略対象】という単語は出さないように説明した。だけどそれだけで林道さんは理解してくれたようだ。

「…つまり、私が和真君にしていたことと同じことを?」
「うん…」

 林道さんは鳩に豆鉄砲を食らった顔をしていた。

「え、普通に無理じゃない? 橘先輩はあやめちゃん大好きだし、和真君はシスコンだもん! そんな無謀すぎる。もっと変化球を出さなきゃ射止めることなんて不可能に決まってる!」

 そういう問題なのだろうか。あと和真は別にシスコンではないと思う。唐揚げ星人なだけだ。

「心配することないって。放っておきなよ。…あやめちゃんったらすぐに厄介事に首突っ込もうとするよねぇ」
「…でも、眞田先生の立場が危うくなっているし、いつ先輩と接触するか…」
「あの子話が通じなさそうじゃない。一度彼らにフラレたら現実見るよ! …私みたいに…」

 林道さんは自分で言って自分で凹んでいた。和真に振られたことがあるのだろうか、それとも何度も袖にされている事を言っているのか…片思いって切ないよね。

「…姉ちゃん、大丈夫?」

 林道さんがジメジメし始めたのをボンヤリと眺めていると、道場の入り口から和真が顔を出してきた。
 関さんのせいで試合は中断となってしまったが、やり直しになったのか、それとも中止になってしまったのであろうか…

「あ…ごめんね、試合中なのに妨害するような形になって」
「姉ちゃんは悪くねぇだろ。…あの女…学校で絞られたっていうのに、まだ俺の周りをうろついてんのかよ」

 直接被害を受けた和真は学校に通報したらしい。私が知らないだけで、他にも被害を受けているようなのだ。多分家の場所も知られている。和真は以前にも付きまといに遭ったことがあるので、その辺はドライに対処しているようだ。
 普通なら注意されたら反省しておとなしくなるってものなのだが、彼女はしつこかった。眞田先生の件でお察しだけどさ。

「おーい、あやめ~和真~」

 そこへ、今までの騒動を全く知らない父が呑気に声を掛けてきた。息子の勇姿を見に来たらしい。この道場は最寄り駅近くなので、自宅から歩いていける。散歩がてらに寄ったのだろう…
 しかし、私は父が着用しているTシャツを見てゾッとした。
 私とマロンちゃんのツーショット写真がプリントされたTシャツ…ホワイトデーの悪夢が蘇ってくる。

「…ちょっと父さん?! またそれ着て近所をうろついてるの!? 信じらんない!」
「なんで? 可愛いのに」
「もう帰るよ! その格好で道場に入らないで!!」

 関さんのストーカー行為に転生者設定がくっついて頭が痛くなっていたところへ、父が私の写真付Tシャツを着用して登場したことで私の頭痛はますますひどくなった。
 そのTシャツを着るのは家の中なら百歩譲って許すけど、外はやめろとあれだけ…! 隣近所の人にこのTシャツを目撃され「あやめちゃんのお父さんは本当に娘大好きね。ところで柴犬好きなの?」と冷やかされる私の気持ちがわかるか!?

 私は「えー和真の試合観戦に来たのに」と渋る父の背中を押して強制的に帰宅させた。
 自宅前で斜向かいに住んでいる山ぴょんと遭遇して、Tシャツのことを笑われたので、奴の尻を蹴っておいた。


■□■


「蓮司さんが可愛いって言ってくれた水着を買ったんだ。あやめちゃんは?」
「元々持っている水着を着ていくよ。白のフリルレースビキニなんだけどね…」

 8月の下旬に友人、そしてその彼氏達と皆で海に行くことになっている私。今回は花恋ちゃんと、私の従兄の蓮司兄ちゃんも参加する予定である。
 海の砂浜ではバーベキューもするのでとても楽しみである。みんなで花火もするんだ。
 しかし、夏休みといえど遊んでばかりじゃいられないんだけどね。勉強は勿論、バイトもガッツリ入るので呑気には過ごせない。遊ぶときは遊ぶよ!
 今日は花恋ちゃんと久々にショッピングへ来ていた。今は休憩で近場のコーヒーショップでお茶をしていた。

 花恋ちゃんが購入したという水着の写真を見せてもらっていたら、急に視界が暗くなった。まるで光を遮られたような…
 異変を感じた私達が顔をあげると、そこには相変わらずの制服姿、関さんの姿があったのだ。彼女は花恋ちゃんを食い入るように睨みつけていた。花恋ちゃんは突然現れた見ず知らずの女子高生に睨みつけられ、驚いて固まっている。

「…関さん、何か用かな?」

 …よく会うね。ここ通学路なの?
 私は椅子に座ったままなので、彼女を見上げた状態だ。上から見下されると威圧感が増すね。

「…あんた、モブのくせにヒロインと仲良くしてるの…? …そうやってヒロインの座を奪ったってわけ?」
「……関さん、もうそれ止めない?」

 花恋ちゃんはゲームの世界で自分がヒロインだったことを知らない。そして何度も言うが、みんな成長してあの頃の彼らとは違うのだ。
 いい加減見切りをつけなくては彼女はいつまで経っても前へ進めない。

「答えてよ。ヒロインと親しくなって、その座を奪ったってわけ?」
「は? …いや、そんなことしたつもりないけど…」

 結果的に亮介先輩と両想いになれてお付き合いをしているけど、私は意識的に攻略したことはない。体育祭の種目選びで偶然ヒロインが出場するはずの種目に決まったことはあったけど、あれはジャンケンに負けて決まった事。私があのゲームのヒロインと同じ行動・言動を取ったことは一度もなかったはず。
 …いや、無意識で取っていたのか? そう言われると自信がなくなってくるんだけど…

「…あやめちゃん、この子、なに?」

 花恋ちゃんは関さんのことを訝しんでいるようだ。それもそうか。ヒロインとかモブとか耳慣れない発言してるもんね…
 私もあの頃は花恋ちゃんをヒロインちゃんと呼びかけてしまうことが多々あった…自分も十分痛い人間だったわ。

 何もわからない花恋ちゃんを巻き込むのは酷だ。私は席を立って、関さんを引き剥がそうとしたのだが、彼女は空気を読まずに爆弾発言を噛ましてきた。

「この女があなたのヒロインポジションを奪っているのよ!」
「…え…?」
「あなたが受けるべきだったイベントも、結ばれるはずだった攻略対象も全てこの女が奪ったの!」

 ちょっと待てよ。その言い方はおかしくないか?
 私は確かに攻略対象ポジの亮介先輩と結ばれたが、ヒロインポジを奪ったつもりはない。しかもあの時の状況を知らなかったからそんな事を言うのであろうが、花恋ちゃんはイベントをこなしつつも、誰のルートにも進まなかったんだよ! あっくん時代の私の行動は大目に見てよ!
 …そんな弁解してもどうせ聞き入れてくれないだろうし、ここでは言えないけどね!

 関さんの訴えに対して、花恋ちゃんはこわばった顔をしていた。そして私を恐る恐るチラ見して……ゆっくりと口を開いたのである。


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