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番外編

割れ蓋に綴じ蓋。信じてくれない先輩が悪い!

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 ホストクラブでカモられた私は3日くらい、割に合わない出費のことを凹んでいたけども、そのうち諦めが付いた。
 ナナはといえば、幸本さんと同じサークルなので顔を合わせる機会があったが、彼女からナナに話しかけてくることはなかったそうだ。そして幸本さんはまた新たな金づるを勧誘していたらしい。お気に入りのホストに紹介してと頼まれたのかな…だけどお店の内容を話さずに誘うのはどうかと思う。
 見兼ねたナナがそこに割って入ったので新たな被害者は生まれなかったみたい。しかし、ナナの注意で幸本さんが反省した様子はなくて、サークルでも浮いた存在になっているという話を聞いた。

 彼女は自分がしていることを客観視出来ているのだろうか? ホストに狂ってツケが払えずに体を売ったり、自ら命を捨てる女性が後を絶たないのに、そのことを知らないのだろうか。
 せめて、自分で稼いだ範囲で遊ぶということは出来ないのであろうか…


 ホスト事件は私にとってはもう終わったことだったので、あくまで他人事だ。
 なぜなら注意をしても本人がそれを跳ね除けてしまうから。彼女と接点があるわけでもないので、自然とその話は流れていった。


■□■


「あれー? アヤメちゃんこないだぶりだね~」
「……」
「ちょっとイチヤ、誰よこの女」

 忘れたかったのに、道端で遭遇したのはホスト仕様の久松である。今日もチャラチャラしているようだ。隣にいる女性は多分…20代半ば辺り。…久松と親密そうに見えるが…今は夕方。繁華街からそう遠くはない駅前でホスト仕様の男と、客らしき女。これが同伴というものだろうか。
 久松は心の底から楽しんでいるように見えるけど、いつまでホストをやるんだろうか。

「…あんた、お金に困ってるの?」
「えー? アヤメちゃん俺のこと指名してくれんのー?」
「しない。するわけがない。ただちょっとどうなのかなと思っただけ」

 二度といかんわ。あんなボッタクリホストクラブなんぞ。質問したのは、元同級生だったから気になっただけだよ。
 久松はざんね~んと全く残念そうじゃなさそうに笑っていたが、お客のお姉さまにちょっと待っててと声をかけると、私の方に近づいてきた。後ろにいるお姉さまには聞こえない声量でボソボソと何かを話し始めたので、私は訝しんだ目を向けた。

「あそこのホストクラブ、女の子を風俗に沈めているからあまり深入りしないほうがいいよ~? 俺も飽きたから、もーやめるし?」
「…あぁ、そうかい」

 …久松は知っていたのか。知っていて女の子が売られていくのを黙認していたのか。ホント屑だなコイツは。計画性のない女の子にも多少非はあるけど、その女の子の恋心を利用して食い物にするホストもどうかしてるよ。

「んーでもぉ、アヤメちゃんならタダでお相手してあげるけど~?」
「間に合ってます」

 ていうか顔近い。私がシッシッと久松をあしらっていると、久松が私の頭の上を見てゲッと顔を歪めていた。

「あやめ…」
「はっ!」

 決してご機嫌とは言えない声音で名前を呼ばれた私はギギギと首を動かした。…私の背後に難しい顔をした亮介先輩が立っていた…

 そうだ、デートの待ち合わせをしていたんだ私は。
 あのカモられ事件の事を私は忘れてしまいたかった。かなり凹んでいた。反省している所で更に怒られたくはなかったので先輩には話さなかったのだが、それが裏目に出てしまったようだ。

「…今の話は何だ? …久松は何故そんな格好をしているんだ」

 先輩が気になったのは今の会話だけでなく、久松のホスト風の服装にも、らしい。

「もー最悪ぅー! なんで橘と会わなきゃいけないんだよ! いこいこ!」
「ちょっとぉ!」

 久松は幾度となく風紀の生活指導でお説教をしてきた先輩のことが苦手らしい。お客のお姉さんとスタスタとこの場を立ち去ってしまった。残された私は…隣に立つ先輩の顔を見るのが怖くて出来なかった。
 先輩が私の前で腕を組んでいるのがわかった。顔が見れないから先輩の胸元をじっと見つめているの…

「……詳しく話を聞かせてもらおうか」
「…ナナと同じサークル生に飲みに誘われたんですけど、行き着いた場所がホストクラブでした。そしたらあいつが働いてました。あの店はまずいと思ったので、長居せずに退店しました」

 できるだけ簡潔に嘘偽り無く説明をしたのだが、先輩はそれじゃ納得できなかったらしい。

「…お前は、誘われたら誰にでもホイホイついていくのか?」
「違いますよ! ホストクラブなんて一言も教えてもらえなかったんですから! 店に入らずに帰ろうとしたらホストに捕まって逃げられなくて…。5千円で食べ飲み放題って言われたから居酒屋だと思ってたのに災難でしたよ!」

 そんな、人をまるで尻軽のような言い方しなくても! 仮にもあなたの彼女なんですよ私!
 私は弁解したが、先輩にはその言葉すら怒りへの導火線になったらしい。

「何度も言っているだろう! お前は無防備すぎると。ホストに囲まれたなら大声出して逃げればいいものを…店内に入ったら同意したものとみなされるに決まっている!」

 先輩は激昂して私を怒鳴りつけてきた。私は一瞬それに怯んだが、こっちだって反省したことだし、騙し討ちで連れて行かれたのだ。先輩は自分よりも身体の大きい男達に囲まれる恐怖がわかるか? 恐怖で咄嗟に声が出せないんだよ? …なぜ叱るのか。私は望んで行ったのではない。
 ていうか先輩は自分の普段の行動を把握した上でそんな発言してますか?

「浮気心で行ったのではないし、すぐに退店したのだからそこまで詰ることはないではないじゃないですか! …合コンまがいの飲み会に参加している先輩に言われたくありません!」

 知ってるよ、上の学年の先輩に逆らえないからって言うのは本当のことだって。同じ剣道サークルの女子部員のお姉さまも渋々参加しているって聞いたことあるもの。
 だけどね、それでも私は嫌なの。純粋にサークルの人間だけの飲み会なら私だってそこまで嫌がらないよ。だけど違うじゃない!
 私が良く思っていないのを知っているくせに、私のいない所で知らない女の子と楽しくお酒を飲んでいるのだ。それとお金で割り切りのホストクラブ、なにか大差でもあるか? 回数の多い先輩のほうが罪は重いと思うんだけど。

 だから今回のことはお互い様だと思って大目に見てくれよ! なんで私ばかり行動を制限するの、なんで先輩じぶんは許されるだなんて思っているの!
 先輩がこんなんだから言いたくなかったんだよ! 言ったら絶対に説教してくる。なんで私だけが責を受けなきゃならないの?

「だからサークルの飲み会は合コンじゃないと何度も言っているだろう」
「他校の女子大生が参加してるじゃないですか! 先輩はいつもモテモテだそうですね。割安のキャバクラに行っているようなものじゃないですか!」

 浮気心はない、騙されて連れて行かれた、反省した、それでもう終わりでは済まないのか? 
 自分のことを棚に上げて尻軽扱いはよして欲しい。大体ホストクラブには二度と行かないし、ホストにくらっとしなかったんだからいいじゃないか。
 
「…お前…前はもっと素直だったのに」
「私を人形か何かと勘違いしてません? 私だって意志があるんです。嫌なものは嫌だと言うようにしてるのに先輩は全く聞き入れてくれませんでしたよね? …先輩は全く成長していませんね。説得力ないです」

 先輩の顔が歪んだ。今のイラッとしたかな。だけど、私だって怒っているんだ。
 私が何でもかんでも言うこと聞く従順な女とでも思っていた? それはさすがに傲慢だわ。

「大体なんで私のこと信じてくれないんですか? 今回は何事も起きませんでしたよ! 8千円の痛手はありましたが、勉強代と思って深く反省してますし、私とナナは金づるとしてはめられたんです! 危ない所を逃げ出したんですからそれでいいじゃないですか!」

 いつもなら私のことを心配してくれているがための説教だと聞き入れることはできるけど、今回は降り積もった不満のせいで聞き入れる事ができない。
 
「そう言ってお前は毎回トラブルに巻き込まれているだろうが! 俺は心配だから言っているんだ!」
「だから、私はもう子供じゃないんです! 自分なりにトラブル回避するようには気をつけています! 先輩は私のお母さんじゃないんだから、いい加減過保護止めてください!」

 高校時代よりも私は冷静に判断できるようになっていると思う! 変な人に付き纏われるのは相変わらずだけど、今回だって危ないと判断したからホストクラブから飛び出していったんだから!
 先輩の合コンまがいの飲み会の度に私がネチネチしても先輩は平気か? …私が粘着して先輩の参加する飲み会について行っても文句は言わないのか?

「……どうなっても知らないからな…」
「私だって先輩なんか知りませんよ!」

 私達は睨み合うと、同時に顔をそむけて別々の道を歩いて喧嘩別れした。今まで何度か喧嘩したけども、こんなに激しく喧嘩したのは久々かもしれない。

 だけど、先輩の発言にかちんと来た! 

 先輩なんかもう知らん!!

 一度目の別れの危機は私がまだ高校生だった頃。あの時は先輩の悪い点に加え、私の悪い癖が合わさって拗れに拗れた。

 そして今回はお互いの悪い所を擦り付けあってからの口論だったので、ものの見事に拗れた。
 …今度こそ私達はおしまいなのかもしれない。

 だけど謝ったら負けな気がする…!

 私達は大学で遭遇してもお互いに無視し合い、完全に冷戦状態に陥ったのである。

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