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番外編

彼の父が選んだ可愛い人【橘裕亮視点】

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 親しくなっていく内に知ることが出来た彼女の事。

 彼女は厳しい両親の元、両親と同じ道を、両親が引いたレールの上を歩くように育てられたという。
 それが自分のためだと理解していたが、年頃の女子がしている事を我慢して、友達付き合いも程々に勉学に没頭してきたと言う。
 抑圧されながら、親の顔色をうかがい過ごしてきた中で、ストレス発散の方法が甘いものを食べるという行為だったらしい。悩みを気軽に相談できる相手を作らなかったから、そうなってしまったのだろうと言っていた。

「甘いものを食べていると…幸せな気分になれるんです」
「…だが食べ過ぎるのはよくない」
「わかってますよ。裕亮さんに言われてからは…控えてます…」
「本当か?」

 俺は疑わしく彼女を見ていたが、彼女は苦悶の表情をしてこう言った。

「…約束破ったら、裕亮さんがお店に連れて行ってくれなくなるから…頑張ってます…」
「……」

 そんなにか。
 嬉しいことを言われているはずなのに、彼女の見ている方向は甘いものに向かっているような気がしてならない。

「お待たせいたしました。抹茶クリームパフェのお客様」
「はいっ」

 頼んだパフェが届くと、英恵さんは瞳を輝かせてそれを受け取っていた。
 仕事の時はスイッチが入ってキビキビしているのに、プライベートではただの甘いもの好きになる英恵さん。
 なんだかんだ言いながら、店を調べては彼女を連れて行っている自分も甘いなとは思っている。

 タイミングを逃してしまって、付き合おうという言葉を改めて言ったことはないが、もう交際をしているつもりであった。
 だから自分の両親にも今度会わせようと考えていたのだか、英恵さんはそうは思っていなかったらしい。


 とある休日の朝。英恵さんから電話が掛かってきたかと思えば、申し訳無さそうに今日の約束をキャンセルして欲しいと言われたのだ。電話口の彼女の声は沈んでおり、そこが気に掛かった。

「何か用事でも?」
『……両親に…会わせたい人がいると言われてしまって…』

 言葉を失った。
 俺たちは付き合っているのではないかと。俺の好意は相手に伝わっているはずだと。彼女に問い詰めようかと思ったが俺はふと我に返った。
 …そうだ、俺から気持ちを伝えたことはなかったのだ。英恵さんからもそういう話をされたこともない。

 完全に俺が出遅れたのだ。
 話を聞く限り、彼女の両親は自分達が考えて選んだ道を娘に歩ませたいと考えているのだろう。
 30過ぎた娘に過保護すぎるとは思ったし、彼女も親の言うことを聞き過ぎじゃないかとも思ったが…子供にとって親というのは何歳になっても親。彼女はずっと親に従ってきた故に、自分で選択することを躊躇っているのではないか。

 何より、俺がはっきり言わなかったのがそもそもの事の発端だ。

「…英恵さん、それに俺も行ってもいいか?」
『えっ…』
「俺から君のご両親に挨拶をしたい」

 俺の頼みに対して英恵さんは戸惑っている様子だった。
 だけど、電話で気持ちを伝えるのは嫌だった。

「今、どこにいる? 直接顔を見て話したいんだ」
『…駅にいます。でも、裕亮さん』
「待っていてくれ。すぐに行く」

 ここで彼女のことを諦めて見送ることも出来た。
 だけど、俺は彼女以上に笑顔の可愛い人は知らないのだ。あの笑顔が他の男のものになるなんて耐えられない。
 黙って見送るなんて真似はできなかった。


 彼女は駅のロータリーでまたあの迷子の顔をして落ち着かない様子で待っていた。
 今まで自分から告白したことはない。いい年をした大人の告白がこんな色気の欠片もない、駅のロータリーというのはどうなんだろうと思ったが、この際場所にかまってはいられなかった。
 俺は彼女の目を見てはっきりと想いを告げた。

「英恵さんが好きなんだ。…俺のそばに居てほしい」

 もっと捻った言葉を言えばよかったと後悔したが、俺は甘い言葉を言えるような気の利いた男ではない。気恥ずかしいし、言ってしまったら逆に引かれる気がする。

 だけど、その言葉で彼女は俺の気持ちを理解してくれたらしい。顔を真っ赤にさせて、涙目で頷いてくれた。


 そのまま二人で彼女の実家に伺うと、急な来訪に向こうのご両親は驚いていた。非礼を侘びて、自己紹介をするとアッサリ受け入れられた。

「橘さんは警察関係のご職業なのね? お父様は? あらあら同じ警察の方なのね…」

 自分が警察官である事で交際を認められたという事で複雑な心境に陥った、しかしこれで彼女と一緒に居られるなら、そんな事どうでも良い。警察官と結婚する人間も身辺調査される決まりだからどちらにせよ、お互い身辺調査される運命だったはず。
 大体相手親が子供の結婚相手の事を探ってくるのは仕方のないことだ。自分がお固い職業だったことを今更になって感謝した。


■□■

 俺達の交際は親同士の間でトントン拍子に婚約話へと進んでいった。
 後日自分の両親に彼女のことを紹介して、日を改めての両家顔合わせを経てから婚約へと至ったのだが、婚約の場で英恵は結婚に関しての不安事を漏らしていた。

「私…お仕事は好きなんです。辞めたくはない。でもこのお仕事で家庭との両立ができるか不安で…」
「英恵、あなたって子は…そんな甘えた事を言うんじゃありませんよ。私だって仕事と家庭を両立したのですからね」

 娘が不安を吐露したというのに、英恵の母は娘のその悩みを切り捨ててしまった。同じ女で同じ仕事をしていたのだから大変さは分かっているだろうにそれはないだろう。英恵は母親の叱責に暗い表情で沈んでしまった。

 家庭を持つと言うことで生活は様変わりしてしまう。それはわかっていたし、俺も家族の一員として協力するつもりだが、激務のため出来る事も時間も限られてしまう。
 英恵の検察官という仕事だって人手不足でかなり多忙だ。だからお互い共倒れする可能性もある。
 家政婦を雇うという手もあるが、俺たちは公務員というだけで、超高給取りなわけではない。人一人雇うだけでかなりの大出費になってしまう。

 落ち込んでしまった英恵になんて言葉を掛けようかと必死に考えていると、俺の母がとある提案をしてきた。

「私達と同居って形になるけれど、私が家事の補助をしましょうか? お父さんのついでだから気にしないで?」
「ですが…」
「もちろんただじゃないわ。家政婦料をしっかり頂くから問題ないわよ」

 当時21歳だった父と結婚したのは母が20歳のとき。早いうちから家事育児と奮闘してきた母の言葉は心強いが、英恵はどうだろう? 赤の他人の住む家に同居となるとプレッシャーが…

「私、娘も欲しかったの。だから息子にお嫁さんが出来るのがとても嬉しいの♪」

 俺の両親は是非にと歓迎していた。 
 英恵はそれに恐縮していたが、まずはお試し同居して、お互いに見極めましょうという話に落ち着いた。
 
 結婚式は半年後の英恵の誕生日。自分達というより親が中心になって式の準備をしていて、口を挟む隙が無かった…というかあまりにも過剰な演出は控えてほしくて口を挟んだら「男は全然わかってない」とダメ出しされるから何も言えなかった。なのでそんなに大変では無かった気がする。

「裕亮、あなた何もしていないんだから、婚約指輪くらいは英恵さんの欲しいものを買ってあげなさい! 給料3ヶ月分とは言わないから! ごめんなさいね英恵さん、気が利かない息子で…どうか見捨てないでやってね」

 口出す隙を与えずに、ダメ出ししてきたくせに…
 ここで反論しても10になって返ってきそうなので口をつぐむ。自分の結婚式じゃないのになんでそうもやる気に満ちているんだろうかこの母親は。

「あの、お母様…私は結婚指輪だけで…」

 英恵は着飾るタイプでもないから、結婚指輪もシンプルなものを選択していたのでそれで満足なのかと思っていたが、母はそれだけじゃ満足できなかったらしい。
 追い出されるようにして外に出された俺達は仕方なく、宝飾店へと出かけていった。

「好きなものを選びなさい」
「私は何でも…むしろ結婚指輪だけでいいです。婚約期間も長くないですし」
「…母がうるさいから形だけでも贈らせてくれ」

 仕事が仕事なので華美すぎるものは付けにくいから、婚約指輪もシンプルなものでいいという彼女。ショーケースに顔を近づけて眺める英恵を俺は観察していた。

「あらぁ? 似ていると思って近づいてみたら…裕亮じゃない」
「……あぁ…久しぶりだな」

 俺に声を掛けてきたのは2年前に別れた元カノだった。俺と付き合っている時よりも華美になって、随分贅沢な暮らしをしているように見える。
 もともと気持ちは冷めていたので別れても悔しくともなんともなかった。再会した所で「元気そうだな」という感想しかわかない。
 元カノは俺の隣でショーケースを眺めていた英恵をみて、眉を動かしていた。

「…なに? 結婚すんの?」
「あぁ。半年…いやもう5ヶ月後だな。婚約指輪を買いに来たんだ」

 何気ないやり取りだったのだが、元カノの表情が面白くなさそうに歪んだのが見えた。

「そっかー…はじめまして、私ぃ裕亮の元カノなんです」
「えっ…あ、はぁ…どうも」

 間違いではないけど、その自己紹介はどうなんだろうか。英恵は指輪を見ていた所で横から突然声を掛けられて、驚いた顔をしていた。
 俺は顔をしかめて元カノを見たのだが、相手はそれにまったく気にする素振りもない。

「この人、頭でっかちだし、口下手で真面目人間だから…そのうちつまらなくなりますよぉ?」
「え…?」

 英恵は訝しげに元カノを見ていた。

「デートはつまらないし、連絡は少ないし、話は屁理屈ばかりで」
 
 何が楽しいのか、俺を見てニヤニヤする元カノ。
 この女は俺の結婚話をダメにしようとでも思っているのだろうか。どっちかといえば手ひどく振られたのは俺の方なんだが、何故今になってこっちをこき下ろす真似を…

「…そんなことないですよ? …私は裕亮さんと一緒だと楽しいですし。いつも私が喜ぶお店に連れて行ってくれます。私も仕事が忙しいから、連絡は頻繁には出来ません。…それは仕方のないことです。それに連絡より会うことのほうが大事ですから」

 彼女も一緒に過ごすことを楽しいと思っていてくれたとわかると、俺はホッとした。母の言う通り俺は気が利かない男だから少し不安だったんだ。彼女が好きそうな店を下調べして連れて行った甲斐がある。
 それに…と英恵は更に続けた。

「私みたいな勉強しかできない何の面白みのない女を選んでくれた彼は、私にはもったいないくらい、いい人です…」

 ポッと頬を赤らめた彼女はとても可愛かった。…何を謙遜しているんだろう。俺は彼女のように賢くて可愛らしい女性は知らないというのに。
 彼女の赤くなった頬を親指でなぞると、更にその頬は赤く染まった。それを見てしまった俺は彼女を抱きしめて愛でたくなった。

「そんな事ない。自分を卑下するのはやめなさい」
「裕亮さん…」

 むしろ英恵のほうが、今まで男が寄ってこなかったことが奇跡なんだが。そんな事言っても仕方がないので、余計なことは言わないけれど。

 いつの間にか元カノの姿は消え去っていた。いつ帰ったのだろうか。
 宝飾店の店員は完璧な笑顔で、高くて装飾が華美な指輪を薦めてきたが。英恵が選んだのはやはりシンプルな指輪。小さな石が埋め込まれた細いシルバーリングだ。
 最初は遠慮をしていたものの、実際に指にはめると彼女は嬉しそうに頬を緩めた。その笑顔を見て思った。…やっぱり彼女よりも可愛い人は他にはいないと。
 検察官としての顔と、甘いもの好きの顔。そのどちらも彼女で、そのどちらにも惚れ込んだ俺は彼女のことが好きで仕方ないのだと納得した。

 俺は改めて彼女を幸せにしようと誓ったのだ。

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