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番外編

私のバイトは食べ物を提供するのが仕事! パパ活は取り扱っておりません!【中編】

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「この間さぁ、田端ちゃんが男と一緒に帰っているの見たけど…あれが彼氏?」
「……いらっしゃいませ、ご注文がお決まりでしたらどうぞ」

 店に入って開口一番それか。
 先輩は心配性すぎると思っていたけど、そんな事なかった。このおっさんヤバイ人かも。

「うーんまぁ、遠くから見た感じ? いい男かもしれないけどさぁ、頼りない子供じゃあん? やっぱり田端ちゃんには大人の男が似合うと言うかー。ほら俺みたいな~」
「田端さん、ちょっと裏でポテト揚げる作業してもらっていい? …いらっしゃいませ、代わりにご注文を承ります」

 裏の冷蔵庫で在庫確認をしていた店長が異変を察知して、すかさず避難誘導してくれた。店長がうん十年鍛えに鍛えた営業スマイルでおっさんに注文を伺うと、おっさんは渋々コーヒーを購入していた。
 このおっさんいつも長話に来る割に全く購入しないんだよね。

 私は店長の指示に沿ってそそくさと裏に入ると、ため息を吐いた。ポテトはただの逃げ道を作る口実なので、本当に揚げる必要はない。
 …帰り際に先輩に迎えに来てもらって一緒に帰っている私を見たってことは……偶然か、それとも張り込んでいたのか…

 あの日、自分の家まで送ってくれた先輩に【一方的な好意がストーカーに発展して事件になった例】を説明された。話を一緒に聞いていた両親の方が怖がって、「バイトを辞めなさい!」と血相を変えて言われて大変だった。
 慣れたバイト先だし、仕事はキツいこともあるけど、従業員とも仲いいし、仲良くなった常連さんもいるからそれは嫌だ、大丈夫だって説得したのだが……あまりにも酷くなったらここを辞めるように親にも言われてしまったんだよな…

 それを店長に報告の際に話したら、店長も本腰を入れてカバーしてくれるようになった。前はこんなにひどくなかったから、店長も私と同じで重くは受け止めてなかったんだよね。

 接客業していると、お客さんがナンパしてくることはよくあることだ。だがお客さんに対して平等に向けている愛想を、一部の人間が特別な好意だと勘違いして、行動をエスカレートさせる
のだ。
 日本は未だ客の立場が強い。それを逆手に取って、従業員に言うことを聞かせようとする客がいる。

 …ぶっちゃけやりにくい。こっちはお金を稼ぎたいだけなのに、なんで客の一方的な欲望に振り回されなきゃならないんだ…
 早く…飽きてどっかに行ってくれないかな。


「あれー? 今日田端さんいないのー?」

 常連のお客さんの声が聞こえてきたので、私は裏の厨房から顔を出した。

「今日から暫く裏方で働くことになったんです~」
「あ、そうなの?」

 カウンターに立っていると、決まっておっさんがやってくるので、ほとほと呆れた店長に裏方で働くように命じられた。
 私もその方が良いと思う。作るの嫌いじゃないし、精神衛生上ね。

 駅前にあるので、早朝に朝ごはんがてらここで食事して仕事に行く人も多いこのお店。なので今の時間はとても忙しい。
 作るのに時間がかかるメニューは出来上がり次第席に運んでいくのだが、カウンターで接客しているスタッフが手を離せない状況なので、私は自分で持っていくことにした。

「おまたせしました。ごゆっくりどうぞ」

 お客さんに食べ物を提供し、番号札を回収して再び裏の方に戻ろうとしたら、私の道を塞ぐかのように、あのおっさんが立ちはだかっていた。

 邪魔なんだけど。また来たんかおっさん。ていうかもうホラーの域に入っているんですけど。

 だけどそんな事を言えるはずもなく、私は「いらっしゃいませ、ご注文がお決まりでしたらあちらのカウンターでお伺いいたします」とマニュアル通りの接客をした。

「今日何時上がり? 奢るからご飯に行こうよ」
「…この後大学の講義がございますのでお断りいたします」
「いいじゃん、大学なんてサボっちゃえば」
「そうはいきません。…仕事中なので失礼いたします」

 きっぱりお断りをして横を通り過ぎた。
 サボればいいとかよく言えたもんだな。なんでおっさんと食事するためなんかにサボらないといけないんだよ。私は勉強するために大学に行っているんだからサボりません。そもそもお弁当持ってきてるから要らないし!
 私は足早にカウンターの中に入って裏に逃げ込んだ。

 あのおっさん、頻繁にお店に来てはナンパしてくるけど…本当に仕事してるの? うちの父さんは朝から晩まで頑張って働いているから、こんな風に水を売っている暇はなさそうに見えるけど?

 作業をしながらぐるぐると考えていたが、いつまでもおっさんのことを考えていたくない。私は頭を振って忘れることにした。

 朝のピークが過ぎた頃に表のカウンターで接客をしていたパートのおばちゃんが「おっさんは何やら悪態をついて店を出て行った」と教えてくれた。
 おっさんが私に悪質なナンパをしているというのはこのお店の従業員全員共通の認識となっていた。店のドアはガラス張りなので、おっさんが入ってこようとしたら従業員からおっさん警報が発令され、私はそのタイミングで雲隠れする。その流れがしっかり定着した。

 夜シフトに入ったら亮介先輩が迎えに来てくれるし、裏口からお店の外に出て表通りに向かう時は、同じシフトに入っているスタッフが途中まで一緒に歩いてくれる。
 日中は人通りが多いからそんな事は起きない。私はバイトのある日は駅付近でうろつかないでなるべくすぐに離れるように心がけた。

 だから自然とおっさんとの接触はなくなっていったかに見えた。





【5分くらい遅れそうです! 走って向かいます!】

 その日の講義は午前中だけだったので、私は午後からバイトのシフトを入れた。
 そして莉音ちゃんから遊びのお誘いがあったのでバイト終わりの時間に合わせて、約束をしていたのだ。この辺りに最近新しくワッフル専門店が出来たので、そこに食べに行く予定だ。

 時刻は17時。夏に入ろうとしている時期なので、まだまだ明るい時間帯。
 既に着替え終わって退店した私は、店前で莉音ちゃんを待っていた。怪我したら危ないから走ってこなくていいよと彼女にメッセージを送りながら。


 ジャリッ…

「…彼氏待ってるの?」
「!」

 そこにまさかのおっさんの登場である。
 今はもう業務時間外だし、人通りの多いこの場所でまさか声を掛けてくるなんて思いもしなかった。

「…だったらどうなんです?」
「彼氏なんか放っておいて俺とご飯行こうよ」
「何度も言ってますがお断りします」

 くどい。いい加減にくどいよ。何度も断っているのになんでこうしつこいのこのおっさんは…

「いいから来いよ!」
「いっ…」

 カチャーン
 ガッと乱暴に手首を掴まれて、その反動で持っていたスマートフォンを地面に落としてしまった。
 ちょっとー! なんてことしてくれるの!? 液晶保護フィルム貼ってても割れる時は割れるのよ!?

「離してください!」
「おいおい客に逆らっていいと思ってんのか? 店にクレーム言っちゃおうよ~?」

 おい、ファーストフード店を別の店と誤解してんのか。こっちはそんなサービスしておりません!

「今は勤務時間外です。それと、従業員はお客様の奴隷ではございません。何でもかんでも言うことを聞くと思ったら大間違いです!」

 こっちは嫌がっているし、ハッキリ拒否の意を示しているのに、力任せに引っ張って私を連れて行こうとするおっさん。振りほどこうにもガッチリ掴まれていて解けない。

「俺が来たらいつも嬉しそうにしてたじゃ~ん! 子供な彼氏より大人な俺の方にときめいてるんでしょー?」
「イタッ…!」

 誰がそんな素振りを見せましたか。最後あたりはあんたに対して迷惑そうな態度隠しませんでしたけど。あんたにはそれがツンデレに見えたんですか?

「私は…彼氏のことが大好きです! 彼氏と超ラブラブなんです! あんたのなんてお呼びじゃない! いい加減しつこいんだよ!」

 私は踏ん張って抵抗しているが、乱暴に腕を引かれて肩と腕に激痛が走る。その痛みに気を取られて、スマホを地面に放置したまま私は引きずられていた。
 周りの通行人は遠巻きに此方を眺めてくるだけだ。援軍は期待できそうにない。
 どうか店のスタッフ、異変に気づいてくれ!
 私は窓ガラス越しにスタッフに目配せをしたが、接客中でこっちを誰も見ていない…! なんというタイミング! 万事休すか!?

 孤立無援というのはこの事か。

「離してよ!」
 
 周りは見ているだけ、店のスタッフは気付かない。
 私はこのままおっさんに連れ攫われてしまい……今から起きるであろう最悪なシナリオが頭の中に思い浮かんだのであった。 
 
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