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番外編
突撃! 肉食獣の巣窟! 〜私もあなたを束縛します!〜【後編】
しおりを挟む彼女は計算しつくされた上目遣いで、亮介先輩に話しかけてきた。
可愛さアピールで誤魔化しているが…今にも獲物の喉笛に食いつこうとする野生の肉食獣の目をしている。先輩は騙せても私は誤魔化されないからな!
「あのぉ…そちらの方ぁ、同じサークルの方ですか?」
「私、彼の恋人なんです~今日はご厚意に甘えて参加してて~」
負けるか。負けてたまるか。
私は先輩の腕に抱きつくと、にこやかに返事をして差し上げた。
すると相手はムッとした表情でこっちを見てくる。…先輩と話したかったんだね。だが私は今日彼氏様を束縛するためにここへやって来たのだ。重い彼女になる日だからとことん妨害しちゃうよ!
…お嬢さん、眉間にシワが寄ってますよ。
「…えー…同じサークルの人かと思った~。だって…」
相手はフフッとなにか意味を含めた笑い声を上げていたが、ハニーブラウンヘアのソフトギャルメイクの私が真面目そうな先輩と不釣り合いと言いたいのだろうか?
…私は大学入学してしばらくしてギャルに戻った。なんかこの方が落ち着くと言うか…社会人になったらもう羽目外せないし、今のうちにこういった格好をしておこうと思ってね…決して成績優秀なパンクファッションの人を見習っているわけじゃないよ。
化粧自体は高校の時よりはライトな感じになったと思うんだけどな。先輩ももう何も言わないし。
「そういえばあやめちゃんって化粧濃いよね~なんで?」
「…なんでと言われましても」
そこに割り込んできたのは例のクソ坊主・相模さんだ。…いつの間に寄ってきていたんだ?
化粧とか洋服とかその人の好みじゃん。なんでと言われてもねぇ…
「男はもーっとナチュラルでふわふわした女の子が好きってもんよ? ギャル系が可愛いと思うのは女子だけだって!」
「あー…そうですか…」
急に何だ。あんたの女の好みとかどうでもいいんですけど。
「ほら、まさに珠里ちゃんみたいな子みたいな! かわいいよね~」
「相模さんったらぁ、もう恥ずかしい~」
「あやめちゃんはもうちょっと男心を研究したほうがいいかもね?」
肉食女子はそれに恥じらう素振りを見せて、優越感を感じているのかニヤニヤ笑っていた。
あぁこれか。引き立てピエロ役にするっての。
…余計なお世話だなぁ。私は自分のためにお洒落してんだけど…格好なんて人それぞれ違って当然じゃない? 私にだって好みがあるんだけど。着たくない服は着たくないの。
…なんかイラッとする。特にこの人親しいわけでもないし、なんで上から目線なんだろ…亮介先輩の彼女だから、何言っても良いと思われてるの?
お姉様方は毎度これを味わっていたのか。面倒くさいな確かに。よく今まで耐えてきたな。
早く話を終えてほしくて「そうですか。すいませんねぇ」と流していたんだけど、クソ坊主のイジりが止まらない。
「いやすいませんじゃなくてさぁ、本当ケバいんだよ。そんなケバい化粧しないといけないくらい顔やばいの?」
「ヤダ可哀想ですよ~」
「はぁ…」
私がケバくてなにか相手に迷惑をかけただろうか? それってただ好みを押し付けているだけだよね? あんたは自分が世界の中心とでも思ってるの?
私をディスってること自覚してんのかなこの人。肉食女子は庇う素振り見せながらニヤニヤ笑ってるし…おい、猫が外れてるぞ。
…これが亮介先輩の知人でなければなぁと内心うんざりしていた私は、目の前にいるクソ坊主の頭頂部に向かってハゲろと呪っていた。
ナデナデ。
「…? 先輩?」
私の頭を大きな手が撫でる感触がしたので振り返ると、先輩が私の頭を撫でていた。
「自分はこの格好が一番あやめらしいと思っているんで構わないです」
「へ…」
ぽかんとしたのは私だけではない。隣にいたお姉様方、クソ坊主と肉食女子も揃って亮介先輩の言動に呆然としていた。
…先輩がそう思っていたとは…三年前は風紀検査であんなに追いかけ回してきていたというのに…諦めたものだと思ったら、悟りの境地に到ったというのか…
先輩は私の頭を撫でながら、薄くほほえむと爆弾発言をかました。
「…化粧を落とした顔が一番可愛いんですよ、あやめは。あやめの家族以外で自分だけが素顔を知っているみたいで…特別な感じがします」
こ、このイケメン、大勢の人の前で一体何を…! カッと私の頬に熱が走る。
「ば、バカ! 先輩ってば他の人の前でそんな事言わないで下さい!」
ベシッと先輩の背中を叩くと「痛い。何するんだ」と不満そうな返事が返ってきた。本人は爆弾発言したなんて思っていないらしい。
どこが口下手だ! この自称口下手め!
先輩のバカ! …好き!
「やるじゃーん橘ってば~」
「よく言ってやった!」
お姉様方が冷やかしてくる。私は手のひらで赤くなった顔を隠して俯いた。こんなに顔が熱いのはお酒のせい…きっとそうだ。
「えー? ならすっぴん見せてよ~」
私が迷惑に思っていると気づいていないのか、今度は私のすっぴんを見せろと請求してきたクソ坊主。いやだ。誰が見せるか。
私は顔を歪めて先輩にしがみついた。
「すいません。いくら相模先輩といえどそれは遠慮してもらえますか? 俺だけの特権なんで」
だ・か・ら!
好きだって言ってるだろうが! 何度惚れ直させるんだよ! こんな独占欲なら嬉しい! 超好き!
私は先輩の腕に顔を押し付けて照れ隠しをした。私の顔はきっと熟れたトマトのように真っ赤になっている事であろう。
「何だよ、しらけるな~」
つまんなそうにクソ坊主が呟く。
勝手にしらけておけ。…この人に彼女がいない理由が何となくわかったわ。多分、自分の彼女に対してもこんなイジりをする人だ。
「すいません。…あやめが酔ってしまったみたいなんで、俺はここで帰らせてもらいますね」
先輩は私の背中を支えながら申し出た。
酔ったのはあなたのせいだと言ってやりたかったけど、この場から辞すチャンスだ。あえて私は何も言わなかった。
「えぇー! 子どもじゃないんだからその人一人で帰れるでしょー?」
肉食系女子が先輩の腕を掴んで引き留めようとしてくる。さてはお主…光安嬢タイプの欲しいものは奪うタイプだな? よろしいならば戦争だ。
しかし、臨戦態勢に入る前に先輩が彼女の腕をそっと解いていたので、戦にはならなかった。
「一人じゃ帰せないんだ。こいつは危なっかしいから」
それに肉食女子はぽかんとしていた。
…未だに私はトラブルホイホイと思われているのか? 大丈夫だよ。こないだ橘兄と元カノさんと三人で飲んだ時も一人で帰宅したんだから…
先輩に手を引っ張られ、私は立ち上がった。腰に腕を回されて支えられるオプション付きだ。
「あっついねー」
「バカップルは帰れ帰れ~! っていうか私もイチ抜けまーす!」
「じゃあ私もかーえろ」
どさくさに紛れてお姉様方も帰ることにしたらしい。さっき2人で帰るタイミングをどうしようかヒソヒソ話していたもんね。
「おいちょっと待てよ!」
「お先に失礼します。ほら、あやめ帰るぞ」
クソ坊主の静止に対してぴしりと挨拶を済ませると、先輩は私の手を引いてさっさと座敷を後にしてしまった。事前に会費を支払っていたのでスムーズに店を出られた。
あぁだめだ。私は本当に酔ってしまったらしい。そんなに飲んでいないというのに。これは全て先輩のせいだ。先輩がいるから酔いが回りやすいのだ。
私達は店を出て、お姉様方と別れると2人で歩き始めた。
金曜日の夜。すれ違う人々は街へ繰り出して飲みに行くところなのだろうか。明日からの休みに心躍らせているように見えた。
チカチカ輝くネオンの間をすり抜けながら、私は先輩の腕にぎゅうと抱きついた。
「…先輩、あのですね…今日父さんが出張でうちにいないんですよ」
私は先輩の目をじっと見上げて甘えた声を出した。先輩の足がピタリと止まる。
そして私を無言で見下ろしてきた。
「…母さんにお願いしたら…いいって言われたんです……今日は先輩のお家に泊まりたいな…?」
まだ一緒にいたい。
あんな口説き文句を言われたら、このまま帰れないよ。先輩と一緒にいたい。
急だから駄目と言われるかなと思ったけど、先輩は私の手を引くと無言で歩き始めた。
「ちょ、せんぱ…早いですって!」
先輩のペースに合わせて早歩き気味に歩いて先輩の住むアパートにたどり着いた。
到着した頃には私は軽く息切れをしていた。さっきから呼びかけているのに先輩は無言だし…なにか気に触ったことを言ったであろうか?
先輩が部屋の鍵を解錠して中に入ると、私は手を引かれて…玄関で唇に噛みつかれた。いや、噛みつかれたというのは喩えであるが…噛みつかれるようなキスをされた私は身を縮こまらせた。
いきなりは心臓に悪いってば。
まだ玄関であるというのに先輩は私の洋服に手を掛けた。されるがままにバンザイスタイルで上の服を脱がされてしまった。
まさかここで事に及ぶのか!? ちょっと待てよ!
私は慌てて、スカートの留め具に手を掛けた先輩の手を掴んで阻止する。
先輩が何故止めると言いたげな不満そうな視線を送ってきたので、私は先輩の胸に抱きついて小さく囁いた。
「だめ…ベッドじゃなきゃ嫌です」
直後、先輩は私の体を持ち上げてそのままベッドに運んでいった。
その後しっかり化粧を落とされて、顔中にキスされた。
…先輩ったらいつの間にか拭き取りタイプのメイク落としを常備するようになって、スキあらば私のメイクを落としにかかって来るんだから。
顔にキスしてくれるから別にいいけど!
先輩は私を腕の中に包んで何度も私を可愛いと甘やかしてくれた。
それだけで私は幸せな気持ちになって、飲み会での嫌な気持ちは精算された気分になれた。
束縛するために飲み会に参加したけど、結局私は何も出来なかったな。でもまぁ先輩に想われているのを再確認できたから…結果オーライかな。
腕枕をしてもらい、先輩に髪を梳かれながら私はゆっくりと微睡んでいった。
以前よりもマシにはなったけど、私はまだちょっと地味な顔にコンプレックスがある。
だけど、この顔を可愛いと沢山キスしてくれる先輩のお陰でこの顔を好きになり始めているのも事実なのだ。
私の化粧が薄くなるその日まで、そう時間はかからないかもしれない。
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