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番外編

花恋ちゃんの新しい恋。大団円?

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 花恋ちゃんと蓮司兄ちゃんの後を追ってきた私は駅の改札を出ると、中央口か東口か一瞬迷ったが、取り敢えず中央口から飛び出した。中央口は大きな道路に面しており、すぐにバス停に到着する。

 そうそう、言ってなかったけど花恋ちゃんは大学に入学してひとり暮らしを始めたんだ。花恋ちゃん大学進学のタイミングでお父さんに転勤の辞令が下りたから、この機に一人暮らしをすることになったんだって。
 通っている大学近くの女性専用のセキュリティ万全な集合賃貸に今は暮らしている。花恋ちゃんは美少女だからそのくらい警戒しておいたほうが良いだろう。お部屋にも何度か遊びに行ったけど、男性禁制だった。交代制でスタッフがエントランスで監視してて徹底してる。
 
 花恋ちゃんは家に向かったのだろうか。できれば家に戻っててほしいけど…
 蓮司兄ちゃんは東口に出たのだろうか。…まぁいい、取り敢えず私は私で花恋ちゃんを探そう。
 私は花恋ちゃんの家までの道を走っていこうと気合い入れて駆け出した。


「やっ…離して下さい!」
「あいつなんてやめちまえ。俺ならお前を泣かせたりしないから」
「私は蓮司さんがっ、間先輩離して!」

 またか貴様。
 私が花恋ちゃんを見つけたのは彼女の住んでいる集合賃貸のすぐ側の路地裏。
 …ていうかあんたなんでここにいるの。あんたのウチここから正反対だよね? まさか花恋ちゃんの家に…いや考えるのはよそう。
 間先輩が花恋ちゃんを掻き抱いている姿を発見した私は、花恋ちゃんが嫌がっているのを見兼ねて妨害しようと口を開いた。
 だがその直後、私の横を一陣の風が吹いた。

グイッ
「いってぇ!」
「きゃっ…」

 間先輩の腕を力任せに捻り上げて、花恋ちゃんをその腕から引き剥がすと自身の腕の中に閉じ込めた。
 先程までウジウジしていた我が従兄殿が、である。
 …何してんだあの人。

「てめっ…! なにしやがる田端蓮司!」
「嫌がってるだろうが! お前はバカか!」
「れ、蓮司さん…」

 花恋ちゃんを慰めついでに口説こうとしていた間先輩が吠えた。…蓮司兄ちゃん、偉そうに言ってるけど、あんたも間先輩と同じことしてるからね。何ドサクサに紛れてハグしてんだよ。
 でも渦中の花恋ちゃんは抱きしめているのが蓮司兄ちゃんとわかると、頬を真っ赤にして、ポーッと蓮司兄ちゃんを見上げている。
 幸せそうで何よりです。

 今口出すのは得策じゃないと判断した私は、少し離れた位置で3人の姿を眺めていた。

「お前が花恋のこと泣かせたんだろうが! 偉そうに説教してんじゃねぇよ!」

 まぁこの状況から判断したらそうなるよね。そうなんだけど。
 間先輩にチクリと指摘された蓮司兄ちゃんはグッと口ごもっていた。元はと言えば間先輩が余計なこと言わなければこんなことにはならなかったんだけどね……いや、いずれバレて同じことが起きていたのだろうか。

 蓮司兄ちゃんは我に返ったのか、そっと花恋ちゃんを腕の中から解放した。すると今度は逆に花恋ちゃんが蓮司兄ちゃんの胸に飛び込んだ。
 飛び込んだ瞬間驚いたのは蓮司兄ちゃんもそうだけど、間先輩が顎が外れそうなくらい大口を開けて驚いていた。ふらりと後ずさり、ショックを隠しきれない様子である。…大丈夫かな。

「か、花恋ちゃん…?」
「…蓮司さんはあっくんじゃない…代わりなんかじゃない…! 今は私を意識してくれなくとも私は諦めない。振り向いてもらえるよう頑張ります!」
「……」
「私は蓮司さんが好きなんです! 穏やかで優しいあなたが好きなんです!」

 花恋ちゃんは一生懸命自分の気持ちを伝えようとしていた。花恋ちゃんの大きな瞳から涙が決壊しそうになっていたが、花恋ちゃんは既の所で涙をせき止めていた。涙で勝負したくはなかったのだろう。

「好きなんです…!」
「……ごめん」

 蓮司兄ちゃんが謝った瞬間、花恋ちゃんの目から光が失われたかのように見えた。その後の彼女の表情は隠れてしまった。
 何故かって、蓮司兄ちゃんが花恋ちゃんをきつく抱きしめていたので、顔が隠れて見えなくなったからだ。

「泣かせてごめん。…泣かないで」
「蓮司さ…んっ」

 蓮司兄ちゃんは身をかがめて、彼女の頬を両手で包んだ。名前を呼ぼうとした花恋ちゃんの唇に自分のそれを重ねる。
 花恋ちゃんは目を大きく見開いてびっくりしていたが、ゆっくり目を閉じると蓮司兄ちゃんから送られたそれを感受していた。

 …目の前で突然行われたラブシーンに私はポカーンである。だって血縁と友人のそれだ。他人のを目撃するよりも気まずいじゃないか。
 …何だよ。ウジウジした割にすぐ答え出たじゃないかよ。人騒がせな……でもちゃんと改めて言葉にして気持ちを伝えなよね蓮司兄ちゃんは。


 いつまでもラブシーンを鑑賞してても仕方がない。私は空気を読んでその場から消えようと思ったのだが、ドサッと何かが落ちる音がしたので、そっちに目を向けた。

「…ぐっ…」
「…ちょっと? …間先輩?」

 音の正体は間先輩だった。
 彼は崩れ落ちて、アスファルトに膝をついていたのだ。
 急にどうした? 気分でも悪いのかと思って私は心配になって彼の元に駆け寄って声を掛けた。…俯いている彼は……ブルブルと震えていた。寒気か?

「……あの、ご気分でも…?」
「……運命の、運命の女だと思っていたのに…!」
「……」

 ……うん、いうなればね。乙女ゲームヒロインだったから他にも運命の相手がいたんだけどね。
 そうか、間先輩は花恋ちゃんにすごく運命感じていたのね……なんかごめん。あっくん時代の私が何もかも悪い。

「…えっと…失恋には新しい恋が…」
「うるせー! お前のせいだ~!」

 肩をぽんと叩くと振り払われてしまった。間先輩の吊り目がちの瞳は涙目になっている。
 男泣きし始めてしまった間先輩を前に私は途方に暮れた。先程までラブシーンを繰り広げていた2人はいつの間にか姿を消しているし、ここは路地裏と言えど住宅もあるので、通行人からジロジロ見られてとても心苦しい。
 …間先輩泣き止まないし…泣くなよー…

 困った私は、間先輩の暫定婚約者である陽子様にヘルプを求めてみた。忙しいかなと思ったけど陽子様はすぐに電話に出てくれた。

「あ、もしもし、今大丈夫ですか?」
『どうしたのあやめさん、珍しいわね』
「あのー…間先輩が花恋ちゃんに失恋して…泣いているんです…どうしましょう?」

 間先輩と犬猿の仲である彼女に頼むのはとても心苦しいが、間先輩関連で頼れるのが彼女しかいなかったのだ。
 車でも良い。チャーターして迎えに来てくれないか。

『あら、花恋さんったら蓮司さんと上手く行ったのね、良かったわ』
「いやあの、そうなんですけど…」

 二人が上手く行ったのはめでたいけど、今はまず間先輩をだな。
 だけど陽子様はどこまでも陽子様だった。

『いいわよ。その男はその辺に転がしておきなさいな。放って置いても死なないわ。それよりも今度またマロンちゃんと一緒にドッグカフェにいきましょうねあやめさん』
「…あ、はい」
『あやめさんに似合いそうなお洋服見つけたのよ。マロンちゃんとおそろいなの♬』
「…ははは…」

 マイペースな陽子様から見捨てろ発言をされてしまった。今度遊びに行く約束をさせられて、電話は切れてしまった。

 今でもなお、背後で咽び泣く間先輩。
 失恋は辛いよね…なんて声を掛けたら良いんだろうか…

「あの…一人でも帰れますか?」
「うるせー! やっぱりお前は敵だ!」
「何と戦ってんですかあんたは」
「うるせーバーカ!」

 子どもか。面倒くさい。
 …もう置いて帰っちゃおうかな…


【♬♪♫…】

「あ」

 スーパーで放置したままだった亮介先輩から電話がかかってきた。さっき陽子様に電話しようとした時にもメールが来てたし、心配させてしまってたな。
 

「もしもし」
『あやめ? いきなり飛び出すからびっくりしたぞ。本橋がどうのと言ってたがどうなった』
「あ、無事ウチの従兄とお付き合いすることになったんですが……」

 亮介先輩と間先輩仲良くないしなぁ…と一瞬躊躇したけど、試しに聞いてみた。

「目の前で花恋ちゃんが蓮司兄ちゃんとくっついたのを目撃した間先輩が…泣いてるんですけどどうしたらいいですかね?」
『……間が? …泣く??』

 先輩はすっごい訝しんだ声を出している。だよね。あの間先輩が泣いてるなんて想像つかないよね。

「陽子さんに助け求めたらその辺に転がしておけって言われてしまって。花恋ちゃん達どっかに行っちゃったし…どうしましょ」
『……とにかく…早く家に来い。もうすぐ米が炊けるから。間は男だし…大丈夫だろ』

 つまり放置してこいってことですね。先輩がもう夕御飯を作ってくれているらしい。先輩も以前に比べて随分料理の腕が上がった。今日はどんな出来だろうか。楽しみだ。
 私は電話を切ると、後ろをちらっと振り返る。間先輩はまだ泣いている。

「私もう帰りますけど、ちゃんと帰ってくださいね?」
「……」
 
 返事がない。ただのしかば…いや生きてるけど。
 私の声は届いているだろうか。
 すっごい気になったけど、私は先輩のお家に向かうために踵を返したのであった。




 その日の夜、花恋ちゃんから蓮司兄ちゃんと無事交際することが決まったという報告を電話でもらったので、私は駅のホームで自分が花恋ちゃんを傷つけてしまうような発言を聞かせてしまったことを謝罪した。

『どうして謝るの? あやめちゃんは間違ったことは何も言っていないから大丈夫』
「でも泣いてたし…」

 蓮司兄ちゃんを発破かけるためにきつい事言ったんだけどまさか花恋ちゃんがこっちに来るとは思わなかったからさ…迂闊だったわ。

『ううん本当に気にしないで。それにあやめちゃんはわざわざ駆けつけてくれたもの。あやめちゃんのお陰で蓮司さんとお付き合いできた。…私嬉しかったよ。…こんなこと言ったらあれだけど、やっぱりあやめちゃんはかっこいいな』
「……」
『あっ蓮司さんには内緒だよ?』

 私はついついときめいてしまった。
 花恋ちゃんあかんて。彼氏出来た当日にそんなこと言っちゃあかんて。


『今度3人でパンケーキ食べに行こうね。お礼に私達にごちそうさせて?』
「うん…」

 二人のデートに無理やり組み込まれる約束を結ばされたが……最初から最後まで、彼女の口から間先輩の名前が出てくることはなかった。絶対に存在忘れてる。
 …間先輩が哀れに感じた。元攻略対象だったのに今や当て馬じゃないですか…
 彼は今もまだあそこで泣いているのだろうか…

 誰かが幸せになったら、誰かが悲しむ…なんていうか恋というのは罪深いものである。

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