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続編
彼が過保護になった理由【橘亮介視点】
しおりを挟む「そんなにサークルの先輩が大事ならその先輩と付き合っちゃえ!」
あやめは訳のわからないことを言い捨てると、俺の前から走り去ってしまった。サークルの先輩は男だぞ。お前は何を言っているんだ。
呼び止めてもあやめは立ち止まらず。その後を追いかけたが姿を見失ってしまった。
「…全くあいつは…」
俺はため息を吐いて項垂れた。
あいつが傷つくような浮気な行動は今までしてないし、これからもする気はないのだが…こっちも先輩の顔を立てないといけないから断りにくいんだよ…
後で連絡するか。なにか甘い物を与えたら機嫌直すか? アイス、クレープ、パンケーキ…うーん…なにか珍しいものを探しておくか。
その時の俺はてっきり、あやめはまっすぐ家に帰ったものだと思って安心していた。まだ外は明るいし、一人でも大丈夫だろうと。
だけど数時間後、親友からのメールを見て肝を冷やすことになる。
【田端姉が変な集団に連行されていたぜ】
「えっ…?」
飲み会の最中、親友から何度も着信があった。電話に出るタイミングが計れなくて出ずにいたのだが、直後に送られてきたメールに目を通した俺は先輩に伺うこともせずに席を離れると、すぐさま折り返した。
電話に出た健一郎の話を聞いて全身の血液が冷え切ったような感覚に襲われた。
『同じ大学の奴らだろうけど、あいつ、囲まれてどこかに連れて行かれていてよ……なんかおかしいなと思って』
「なんで呼び止めないんだ!」
『その前にビルに入っちまったし…お前何も知らないの?』
健一郎も始めは、あやめが友人達と移動しているのかと思ったらしいが、怪しげなビルに入っていったのを見てなにかおかしいと感じたらしい。だから俺に確認の連絡をしてきたと。
そのビルの場所を聞いて、一旦電話を切ると、俺はあやめに電話をかけた。
だけど何度掛けても留守番電話。そして念の為にあやめのお母さんに電話をかけてみたが、あやめは帰ってきていないという。
居ても立ってもいられなくなった俺は、財布を取りだして飲み会代を先輩に渡した。
「おい橘!?」
「すみません! 緊急事態なので帰ります!」
あいつはもう! 高校卒業しても何でこう落ち着かないんだ!
すごく嫌な予感がする。
変なやつもいるから気をつけろと言ったのに…!
俺は夜のネオンが光る街を全速力で駆け抜けていった。
■□■
健一郎に教えられたのは駅から少し離れた位置にある雑居ビルだ。この辺りはオフィス街になっていて、この時間になると残業している会社の明かりが窓から灯っているくらい。道にある外灯だけが頼りになる。
「亮介! やっぱり来てたか」
俺の電話を切った後に心配になったのか、健一郎も現場に駆けつけてきたらしい。俺たちは雑居ビルを見上げる。
…5階建ての古ぼけた雑居ビルだが…その4階部分から明かりが漏れている。
俺たちは無言でビルに入り込むと、階段を登り始めた。ビルの1階部分には人気がなかった。2階3階と階段を登っていくが、どこも人気がまったくない。テナント自体入っていないんじゃないと錯覚するくらい、静かだった。
だが、4階部分に差し掛かると、にぎやかな声が響き渡っていた。
…まるで自分のサークルの飲み会のときの様に…いや、それよりも悪乗りしたような盛り上がり方だ。
ここにはインターホンなどはないようだ。扉をノックしてドアノブを回す。鍵はかかっていないようでドアは簡単に開いた。建物自体が古くなってるせいでぎぎぃと耳障りの悪い音を立てて開かれたドア。
その先の光景を見た俺は息を呑んだ。
複数の学生たちが集まっている中で、ぐったりと意識を失った女性を複数の男が囲んで服を脱がせていたからだ。
周りにいる女達はそれを止めもせずに見ているだけだ。
…中心で意識を失っていたのはあやめだった。
「…お前ら! あやめに何してる!」
「な、なんだよお前ら勝手に!」
「おい亮介! 手は出すなよ!」
健一郎の声にハッとした。頭に血が上りかけていた自分を叱咤してその中心に乗り込んだ。周りを囲んでいた男たちを引き剥がしてあやめを救出すると抱き起こす。
すやすやと寝息を立てているあやめは眠っているだけのようだ。起こそうと肩を叩いて声を掛けると、彼女は寝ぼけ眼で俺の顔を見る。
「あ、しぇんぱい、しぇんぱーい!」
舌足らずな喋り方で俺に抱きついてきたが、なんだかいつもと様子がおかしい。
「…あやめ、お前今どんな状況か分かっているか?」
「あんね、ふわふわするの」
「…ふわふわ?」
寝起きのあやめを何度か見たことあるが、いつもシャッキリ起きているあやめの今の様子がおかしいのは俺でもわかる。
…それにふわふわ? 何を言っているんだ?
「コーヒー、のんだら…ふわふわ」
「………おい、何を飲ませた」
俺はあやめをしっかり抱きしめたまま、傍にいた学生に睨みをきかせた。男はビクリと肩を震わせると、裏返った声で返事した。
「ひぇっ…! た、ただの睡眠薬です!」
「はぁぁ!? お前らこいつに何するつもりだったんだよ!」
健一郎が怒鳴りつけるとそこにいた人間全員が竦み上がった。
睡眠薬という単語だけで俺も健一郎も何をするつもりだったか察した。…まさか。あやめが巻き込まれる事になるなんて…
そんな事件は全国で発生している。でもまさか自分の通う大学でそんな事が起きるなんて。
大学に通う人間は色々いる。
本当に真面目に勉強している人間もいれば、半々に楽しんでいる人間、そして就職したくないから大学に来た人間も。
だけど大部分は常識と良心を持った行動を取っているはずである。
…しかし、大学に入学した途端はっちゃけて悪いことに手を出す人間も一定数存在するのだ。物事の善悪がつかないのか、いい年してとんでもないことをするバカが居る。
コイツらはその一部のバカだったということだ。
俺達の手には負えないと判断した。警察に電話している健一郎が出入り口に立って奴らに睨みを効かせている間に俺はあやめの乱れた服を元に戻した。
…間に合ってよかった……
あやめのことだから誘いに断れずに着いてきたのだろうが……ちゃんと話しておかないとな……
俺は深いため息を吐くと、あやめを抱き起こした体制のまま、あやめの親に連絡をとった。
その後通報を受けた警察がやってきて、大学側やら加害者の親やらを呼び出しての取り調べやら何やらで事件にはなったが、未遂ということで大きなニュースにはならなかった。
だけど、大学には噂が広がり、首謀者らは大学を退学したり、幇助した学生は停学になったりしていた。
あやめをサークル勧誘していた女は好きな男があのサークルにいて、男に言われるがまま新入生の女子を誘い込んでいたそうだ。今までずっとあの手口を使って犯行を幇助していたらしい。
今回のターゲットがあやめであったけど、他にも被害を受けて泣き寝入りしていた女子生徒が続々と声を上げて、訴訟が起きているらしい。その辺りは俺も詳しくは知らないが。
あやめはあの後、病院で点滴をしてもらい、体の中の睡眠薬は体外に排出されたのでその成分を検査に回した。警察に被害届と一緒に検査結果を提出している。
「ご迷惑おかけしました…」
「…怪しいと思ったら手を振りほどいてでも逃げろ。頼むから」
「ごめんなさい…」
意識を取り戻したあやめは自分が意識朦朧としている間に起きていた事件の詳細を聞いて、かなりショックを受けている様子だった、なので俺も厳しくは怒れなかった。
傷ついている被害者に「警戒心が足りない」なんて注意するのはセカンドレイプにもなりかねないことだからだ。今回あやめは未遂で終わったけど、それでもショックであろう。
これを機にあやめも警戒心を一層深めてくれるに違いない。…そうじゃないと困る。
「女の人がいたから…大丈夫だと…」
「…もう大丈夫だから」
「ごめんなさい…」
俺に抱きついてきたあやめを抱きしめ返すと、彼女の頭をそっと撫でる。あやめは俺の服にしがみついてきた。
「…先輩、助けてくれて、守ってくれてありがとう…」
彼女の声は震えていた。
泣き止むまで彼女の背中を撫でて、気が済むまで泣かせてやった。
本当に間に合ってよかった。…もしも、未遂どころじゃなく完遂されていたら俺は…健一郎の止める声も聞かずに素人相手に手を上げていたに違いない。
危険な事を考える自分に内心苦笑いしながらも、自分の腕の中で泣きじゃくるあやめをしっかり抱きしめた。
…念の為に、あやめが入会した食べ歩き&実践サークルとやらも…確認しておいたほうが良いかな。
理工学部は男の集まりだから、呑気なあやめを狙ってくる男は大勢いるに違いない。目を光らせておかねば。
健一郎にも助けてもらったお礼でタコパーティを開きたいと泣き腫らした顔で提案しているあやめの頭を撫でながら、俺は次にすべき事を頭の中で優先順位を立てていた。
あやめは自分で事件を起こしているわけじゃないけど、巻き込まれる確率が高いのは一体何故なのだろうな。
そんなあやめだから目が離せないし、放っておけないのは惚れた弱みとも言うのだが。
泣き顔より笑った顔が見たい。なら俺はそれを守り続けるだけだ。
……俺はこれ以降もいろんな事に巻き込まれるあやめに振り回されることになる。
大学生になっても全く落ち着かないなお前は…
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