上 下
175 / 312
続編

羨望から嫉妬へ【蛯原月夏視点】

しおりを挟む

『──月夏せれな、どうしてこんな事もできないの? お母さんを困らせないでちょうだい』

『仲間はずれ? …そんなのお前がなにかしたからお友達に嫌われたんだろう。いじめられる方が悪いからいじめられるんだ』


 ──あたしの両親は教師だ。
 それぞれ中学と高校で教鞭を取っていて、いつも忙しくしていた両親。あたしは小さい頃から一人で家にいることが多かった。頼れる祖父母は近所にはいなかった。風邪を引いた時などは誰も傍にはいてくれずにいつも家で一人寝かされていた。
 それが普通だと思っていたが、小学校の時に他所のお母さんはお仕事を休んででも寝込む子供の傍に居てくれる家が圧倒的多数だと知った時、あたしは衝撃を受けた。

 次第に両親は自分よりも他所の子供のほうが可愛くて、自分のことなんて愛していないんじゃないかと考えるようになった。 
 わがままを言ったら捨てられるんじゃないかと不安になってきて、あたしは両親の前で物分りの良い、いい子を演じるようになっていた。

 両親は自分の職業に誇りを持っており、同時にプライドも高かった。その為子供であるあたしに求める条件も高く、それをクリアするのは当然のことであると思われていた。
 だから両親から褒められたことはなかったと思う

 そんな両親を小さい頃から見てきたあたしは自分ながらイライラする事の多い子供であったと思う。
 思い通りにいかないと腹を立てて、それを繰り返していたら友達が離れてしまい、ハブられた時期があった。

 その時はとても悲しくてひどく落ち込んでしまい、幼いあたしは思い切って父に相談した。
 返ってきたのはあたしが悪いという回答。
 ならどうしたらいいんだ。どうしたらハブられずにお友達と仲良くできるんだ。それからしばらく、あたしはひとり悩む日々が続いた。
 
 親との会話は学校での成績のこと、自分の素行についての叱責、お小遣いの使い方など、業務連絡のようなやり取り。ああなるな、こうなるな、面倒をかけさせるなとあたしに念押しするだけ。
 …親に心配されたことなんて…あったかな。いつも注意されてばかりだった気がする。

 自然とあたしは自分に自信を持てない人間へと成長していった。

 このままじゃいけないとはわかっていたので、ひとりで悩みながらも今度はうまくやろうと自分なりに上手い付き合い方を学んでいった。
 だけどそれは何処か歪で、ちゃんとした友人関係を築くことは出来ていなかった。




 中学二年の時、三者面談があった。
 あたしは親に勧められた名門私立高校への進学を希望しており、もう既に進路相談も済んでいた。
 三者面談が終わった生徒は先に下校をしていいことになっていたが、あたしには部活動があったのでそのまま部活に向かっていた。

『わ! 誰のお母さんなのあの人!』
『びっじーん…』

 40に差し掛かるであろう婦人を下校中の生徒がマジマジと見つめていた。
 決して若作りではない。年相応なんだけど、それでも目を引くような美人だった。
 興味津々に生徒達が婦人を目で追っていると、「母さんこっち」という女の子の声が聞こえた。

 お母さんと呼んだのだからその子が婦人の娘なのだろう。その子は至って普通のかわいい女の子。丸顔で愛嬌のある顔立ちの女の子だった。
 だけど婦人と並んだらその差は歴然だった。
 きっとあの子はお父さん似なのね、お母さん似だったら良かったのにね、とあたしは同情の気持ちを持って彼女を見送っていた。


 だけどその同情の気持ちは、ほんの30分くらいの短い時間でガラリと180度変わってしまった。

『あそこの高校、偏差値高いけど大丈夫なの?』
『将来したい事への幅を広げるから勉強は出来たほうがいいって父さんが言ってたし、頑張るよ。私はまだしたいこと見つかってないから』
『高校に入ったらゆっくり考えたらいいわ。…それよりあやめ、制服のスカートが少し短くなってるからお直ししようか』
『いいよそんなの。それより母さん、二人に内緒でなんか食べに行こうよ』

 全く似ていない母子が仲良さそうに並んで、正門までの道を歩いていた。
 何気ない会話をして、娘が母親に甘える。至って普通で、何処にでもありふれた風景。


 だけど、あたしはそれを知らなかった。



☆☆☆


 その子とあたしは三年に進級した時に同じクラスになった。
 別にその子が悪いわけじゃないのはわかっていたけど、妬ましかった。
 だから無視した。
 
 無視してみたものの、面白い反応がないからわざとぶつかってみたり、聞こえるように悪口を言ったり、ごみを投げつけてみた。だけどあいつは泣くこともなく、何をしても無反応だった。
 学校も休まずに登校して、ひたすら勉強する。休み時間は決まってどこかへと姿を消す。

 その姿を見てると増々苛ついてきたあたしの行動はエスカレートした。
 だけどそれはあたしだけじゃない。クラスの大半が共犯者だった。みんなでやったんだからあたしだけが悪いんじゃない。
 だっていじめはいじめられる方に原因があるんだから、いじめられて当然なんでしょ? 教師である父がそう言っていたのだから間違いない。

 受験のストレスもあったのかもしれない。彼女はクラスで八つ当たりの的になっていた。誰も庇わなかった。
 だから、私がやっていることは何も悪くないんだって思った。だってみんなも田端のことが気に入らないからいじめていたんでしょ?




『…ごめんなさい……』
『あなたを過大評価してたみたいだわ……もうがっかりよ』
『ごめんなさい。大学は教育学部に入れるように頑張るから!』
『当然でしょう……これ以上お母さんをがっかりさせないでちょうだい』

 第一志望の高校に落ちたあたしを母は失望した眼差しで見下ろしていた。

 ちょうど同時期に高校教諭をしていた父が同僚と不倫関係に陥り、家庭内の雰囲気は最悪。職業上離婚はしにくいので両親は事実上家庭内別居生活に入った。
 母はその苛立ちをあたしにぶつけるようになった。

 高校受験に失敗したあたしは二次募集の高校に間に合せで入学をすることになった。
 風の噂であいつは第一志望の公立の進学校に合格したという。
 ……なんでよ。あたしはちゃんと頑張ったのになんであいつだけが合格するのよ。
 なんであいつだけ…!





 あたしがあいつを妬むようになるのは自然のことだった。
 大学受験のために通っていたゼミで再会した時には、カッコいい彼氏に迎えに来させていたし、海で遭遇した時にはその彼氏に守ってもらっていた。

 なんであいつがあんなに大切にされているんだ。あたしは男にそんなに大切にされたことがないのに。
 あいつばかりずるい。
 羨ましくて妬ましい気持ちが再び湧き出てきた。



 第一志望の私大が不合格だったあたしの前に、スマホを眺めてニヤニヤしている呑気そうなあいつが現れた時、すごく腹が立った。
 そういえば昨日から国立大学の入試が始まっていたんだ。
 国立希望のこの女はこれから大事な入試だと言うのにどうしてそんなに余裕なんだ。

 あたしは大学に落ちてしまったというのに。
 ……この女は、親に失望されたことがないのだろう。 ぬくぬく愛されて大切にされてきたのであろう。
 親に見捨てられてしまったあたしの苦しい気持ちなんて理解できないんだろう!

 どうしてあたしに持ってないものをこの女が持っているんだ!
 悔しい、許せない!

 …鞄についた2つのお守りを取ってやればこいつは動揺するだろうか。
 そうしたらこの女も受験に失敗するかもしれない。

 あたしは気配を消してあの女の背後に忍び寄る。電車を降車しようとする田端の鞄に手を伸ばして、お守りを力任せに引っ張った。


 田端こいつの絶望した顔を見てやりたかったから。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界転生したら、なんか詰んでた 精霊に愛されて幸せをつかみます!

もきち
ファンタジー
旧題:50代で異世界転生~現状はあまりかわりませんが… 第14回ファンタジー小説大賞順位7位&奨励賞 ありがとうございました(^^♪ 書籍化に伴い、題名が一新しました。どうぞよろしくお願い致します。 50代で異世界転生してしまったが、現状は前世とあまり変わらない? でも今世は容姿端麗で精霊という味方もいるからこれから幸せになる予定。 52歳までの前世記憶持ちだが、飯テロも政治テロもなにもありません。 【完結】閑話有り ※書籍化させていただくことになりました( *´艸`)  アルファポリスにて24年5月末頃に発売予定だそうです。 『異世界転生したら、なんか詰んでた ~精霊に愛されて幸せをつかみます!~』    題名が変更して発売です。  よろしくお願いいたします(^^♪  その辺の事を私の近況ボードで詳しくお知らせをしたいと思います(^_-)-☆

記憶をなくしたジュリエット

詩海猫
恋愛
もしも前世で死に別れたロミオとジュリエットが生まれ変わって再会したら……? というお話を現世の高校を舞台に書いてみました。 *体調不良につき不定期更新

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています

平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。 生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。 絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。 しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

処理中です...