上 下
160 / 312
続編

小話・幼女あやめと黒薔薇のプリンス様。

しおりを挟む

 キュートプリンセスという幼女向けアニメがある。我が家の娘はそれに夢中だ。

「ブラックプリンセスのドレスがいいの! くろばらのプリンス様の花嫁さんになるから!」
「でもプリンセスコスモのコスチュームしか売ってないのよ? お母さん、これも可愛いと思うな」
「やぁだぁ!」

 店頭で泣き出した娘は、そのアニメの主人公に横恋慕する悪役の王子にご執心中。
 あやめの5歳の誕生日プレゼントは何がいいかと尋ねてみると、変身コスチュームがいいと言われたので、街で一番大きなおもちゃ屋に買いに行った。だがそういう商品は取り扱いもないし、公式でも販売してないと店員さんに言われてしまった。
 他のおもちゃはどうかと娘のご機嫌を取りながら勧めてみたが、そのどれも嫌と泣きじゃくって拒否するものだから私は途方に暮れた。

 女の子ってこういうこだわりがあるから大変だ。
 困りに困ってしまった私は娘の手を引いて、行く宛もなくその辺りをぶらついていた。その途中で偶然通りかかった手芸店に【季節もの割引セール】というのぼりが上がっているのを見かけて、私はピンときた。

 私はそこまで手芸が得意なわけじゃないが、斜向かいの山浦さんのところの奥さんが手先が器用で手芸が得意だ。ちょっと助けを求めてみようか。

「あやめ、わかった。お母さん頑張ってブラックプリンセスのコスチューム用意してあげる」
「…ほんと?」
「うん! 約束ね」


 大変だった。そりゃもう大変だった。洋服をイチから作るなんて経験したことないし、失敗してやり直したのは一回じゃない。山浦さんの奥さんにはすごくお世話になったから、今度差し入れしなきゃ。

 その苦労は報われた。
 憧れの黒薔薇のプリンス様の花嫁と同じ姿になれてあやめはご機嫌だった。その笑顔の可愛いこと。頑張ってよかったと思えた。
 私は小さな娘の可愛い花嫁写真を激写した。

 因みにブラックプリンセスというのは、アニメの主人公であるプリンセスコスモが罠にかかって、敵の催眠術により黒薔薇のプリンス様の花嫁となるのだ。その催眠状態のプリンセスコスモがブラックプリンセスという名前で呼ばれていたのだ。

 メインヒーローの白百合のナイト様よりも敵の黒薔薇のプリンス様の方が娘の好みにドンピシャだったらしい。まぁダークヒーロー好きな女子もいるからね。当て馬のほうが好きだったりする子とかね。
 日曜朝はテレビにしがみついて離れない娘。そして黒薔薇のプリンス様が出てこない日はその日一日不機嫌だからどうしようもない。

 
「あやめ、プリンス様の花嫁さんになっちゃったー」
「可愛いなぁあやめ~。でもプリンス様は架空の人物だからなー」
「お父さん、夢を壊すようなこと言わないで」

 夫が余計なことを言っていたので、私は口止めしておく。全く、アニメの人物に嫉妬なんかして大人げないったらありゃしない。
 夫の夢は娘に「パパのお嫁さんになる」と言われることだったらしいが、あやめが選んだのは二次元の敵役王子であった。影で夫が悔しがっていたのを私は知っている。

「お母さん、かくうのじんぶつってなに?」
「和真が大きくなったらわかることだから、今はわからなくていいのよ」
「なんで?」

 息子の和真は教えてくれないのを不満そうにこっちを見てくるが、ここで説明してしまったらお姉ちゃんの夢が崩れてしまうから…我慢してね和真。
 和真だって大好きな戦闘ものヒーローの真実を知ってしまったらショックだろうし。

 花嫁さんになっちゃったと喜ぶあやめは口周りにケーキのクリームを付けてニコニコしていた。
 …あやめが大人になって、本当の花嫁姿を見せてくれた時、私はきっと今のように笑えてないと思う。きっと泣いてしまう。
 私にとって娘であることには変わりはないのに、お嫁に行ってしまうことが寂しくてきっと泣いてしまうわ。
 

 そのあやめの誕生日から半年後のこと。
 とある日曜の朝、黒薔薇のプリンス様は、主人公を庇って死んでしまった。プリンセスコスモを一途に想っていた彼は、満足そうな表情でコスモの腕の中で愛の告白をした後に息を引き取った。
 あやめは大きなショックを受け、その日一日泣き濡れて、知恵熱を出してしまったので翌日の幼稚園はお休みした。そのあと暫く引き摺っていたのは言うまでもない。
 …そこまで好きだったのかと衝撃を受けたのはここだけの話。


■□■

「それでね、これが」
「母さん!? なんてものを先輩に見せてるの!?

「あやめの小さい頃の写真だけど?」
「こんなものっ! こんなもの見ちゃ駄目です先輩!」

 娘の彼氏に昔話を交えながらアルバムを見せていたのだが、血相変えた娘にアルバムを奪われてしまった

「だって亮介君が見たいって言うから。あやめだって亮介君の昔の写真見せてもらったんでしょう?」
「見たけど、先輩のはこんなんじゃなかったもん!」
「可愛いからいいじゃない」
「可愛くない! 没収!」

 アルバムを抱え込んで後退りすると、あやめはリビングを飛び出して階段を駆け上っていってしまった。

「全くもう」

 アルバムは一冊だけではない。私は新たなアルバムを取り出すと亮介君に見せてまた説明を始めた。

「これはねあやめが小学生の時」
「あ゛ぁぁぁぁー!!」

 アルバムを何処かに隠して、リビングに戻ってきたあやめがそれを見つけて絶叫しながら奪い取ろうとした所で亮介君が持ち上げた。あやめの手の届かない位置でアルバムを広げて写真を眺めていた。
 あやめが亮介君にしがみついて発狂しているが、亮介君は聞く耳持たずにまじまじと写真を見つめていた。
 亮介君たら大人っぽく見えるのに子供っぽい所があるのねと私は微笑ましく思った。

「母さんの馬鹿! 恥ずかしい写真が沢山なのに! やめてぇぇ先輩見ないでぇぇぇ」

 心配しなくても亮介君はさっき小さく「…可愛い」って呟いていたから大丈夫だと思うのだけど。

 ……あやめが大好きだった黒薔薇のプリンス様の花嫁にはなれなかったけど、彼の花嫁さんにはなれるかしら?
 あやめの本当の花嫁姿を見るのが今からとっても楽しみよ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】ヤンデレ設定の義弟を手塩にかけたら、シスコン大魔法士に育ちました!?

三月よる
恋愛
14歳の誕生日、ピフラは自分が乙女ゲーム「LOVE/HEART(ラブハート)」通称「ラブハ」の悪役である事に気がついた。シナリオ通りなら、ピフラは義弟ガルムの心を病ませ、ヤンデレ化した彼に殺されてしまう運命。生き残りのため、ピフラはガルムのヤンデレ化を防止すべく、彼を手塩にかけて育てる事を決意する。その後、メイドに命を狙われる事件がありながらも、良好な関係を築いてきた2人。 そして10年後。シスコンに育ったガルムに、ピフラは婚活を邪魔されていた。姉離れのためにガルムを結婚させようと、ピフラは相手のヒロインを探すことに。そんなある日、ピフラは謎の美丈夫ウォラクに出会った。彼はガルムと同じ赤い瞳をしていた。そこで「赤目」と「悪魔と黒魔法士」の秘密の相関関係を聞かされる。その秘密が過去のメイド事件と重なり、ピフラはガルムに疑心を抱き始めた。一方、ピフラを監視していたガルムは自分以外の赤目と接触したピフラを監禁して──?

ゲームの序盤に殺されるモブに転生してしまった

白雲八鈴
恋愛
「お前の様な奴が俺に近づくな!身の程を知れ!」 な····なんて、推しが尊いのでしょう。ぐふっ。わが人生に悔いなし! ここは乙女ゲームの世界。学園の七不思議を興味をもった主人公が7人の男子生徒と共に学園の七不思議を調べていたところに学園内で次々と事件が起こっていくのです。 ある女生徒が何者かに襲われることで、本格的に話が始まるゲーム【ラビリンスは人の夢を喰らう】の世界なのです。 その事件の開始の合図かのように襲われる一番目の犠牲者というのが、なんとこの私なのです。 内容的にはホラーゲームなのですが、それよりも私の推しがいる世界で推しを陰ながら愛でることを堪能したいと思います! *ホラーゲームとありますが、全くホラー要素はありません。 *モブ主人のよくあるお話です。さらりと読んでいただけたらと思っております。 *作者の目は節穴のため、誤字脱字は存在します。 *小説家になろう様にも投稿しております。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています

平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。 生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。 絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。 しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?

残り一日で破滅フラグ全部へし折ります ざまぁRTA記録24Hr.

福留しゅん
恋愛
ヒロインに婚約者の王太子の心を奪われて嫉妬のあまりにいじめという名の悪意を振り撒きまくった公爵令嬢は突然ここが乙女ゲー『どきエデ』の世界だと思い出す。既にヒロインは全攻略対象者を虜にした逆ハーレムルート突入中で大団円まであと少し。婚約破棄まで残り二十四時間、『どきエデ』だったらとっくに詰みの状態じゃないですかやだも~! だったら残り一日で全部の破滅フラグへし折って逃げ切ってやる! あわよくば脳内ピンク色のヒロインと王太子に最大級のざまぁを……! ※Season 1,2:書籍版のみ公開中、Interlude 1:完結済(Season 1読了が前提)

【完結】もったいないですわ!乙女ゲームの世界に転生した悪役令嬢は、今日も生徒会活動に勤しむ~経済を回してる?それってただの無駄遣いですわ!~

鬼ヶ咲あちたん
恋愛
内容も知らない乙女ゲームの世界に転生してしまった悪役令嬢は、ヒロインや攻略対象者たちを放って今日も生徒会活動に勤しむ。もったいないおばけは日本人の心! まだ使える物を捨ててしまうなんて、もったいないですわ! 悪役令嬢が取り組む『もったいない革命』に、だんだん生徒会役員たちは巻き込まれていく。「このゲームのヒロインは私なのよ!?」荒れるヒロインから一方的に恨まれる悪役令嬢はどうなってしまうのか?

婚約破棄したい悪役令嬢と呪われたヤンデレ王子

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「フレデリック殿下、私が十七歳になったときに殿下の運命の方が現れるので安心して下さい」と婚約者は嬉々として自分の婚約破棄を語る。 それを阻止すべくフレデリックは婚約者のレティシアに愛を囁き、退路を断っていく。 そしてレティシアが十七歳に、フレデリックは真実を語る。 ※王子目線です。 ※一途で健全?なヤンデレ ※ざまああり。 ※なろう、カクヨムにも掲載

【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。

樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」 大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。 はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!! 私の必死の努力を返してー!! 乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。 気付けば物語が始まる学園への入学式の日。 私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!! 私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ! 所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。 でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!! 攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢! 必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!! やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!! 必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。 ※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。

処理中です...