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続編
小話・幼女あやめと黒薔薇のプリンス様。
しおりを挟むキュートプリンセスという幼女向けアニメがある。我が家の娘はそれに夢中だ。
「ブラックプリンセスのドレスがいいの! くろばらのプリンス様の花嫁さんになるから!」
「でもプリンセスコスモのコスチュームしか売ってないのよ? お母さん、これも可愛いと思うな」
「やぁだぁ!」
店頭で泣き出した娘は、そのアニメの主人公に横恋慕する悪役の王子にご執心中。
あやめの5歳の誕生日プレゼントは何がいいかと尋ねてみると、変身コスチュームがいいと言われたので、街で一番大きなおもちゃ屋に買いに行った。だがそういう商品は取り扱いもないし、公式でも販売してないと店員さんに言われてしまった。
他のおもちゃはどうかと娘のご機嫌を取りながら勧めてみたが、そのどれも嫌と泣きじゃくって拒否するものだから私は途方に暮れた。
女の子ってこういうこだわりがあるから大変だ。
困りに困ってしまった私は娘の手を引いて、行く宛もなくその辺りをぶらついていた。その途中で偶然通りかかった手芸店に【季節もの割引セール】というのぼりが上がっているのを見かけて、私はピンときた。
私はそこまで手芸が得意なわけじゃないが、斜向かいの山浦さんのところの奥さんが手先が器用で手芸が得意だ。ちょっと助けを求めてみようか。
「あやめ、わかった。お母さん頑張ってブラックプリンセスのコスチューム用意してあげる」
「…ほんと?」
「うん! 約束ね」
大変だった。そりゃもう大変だった。洋服をイチから作るなんて経験したことないし、失敗してやり直したのは一回じゃない。山浦さんの奥さんにはすごくお世話になったから、今度差し入れしなきゃ。
その苦労は報われた。
憧れの黒薔薇のプリンス様の花嫁と同じ姿になれてあやめはご機嫌だった。その笑顔の可愛いこと。頑張ってよかったと思えた。
私は小さな娘の可愛い花嫁写真を激写した。
因みにブラックプリンセスというのは、アニメの主人公であるプリンセスコスモが罠にかかって、敵の催眠術により黒薔薇のプリンス様の花嫁となるのだ。その催眠状態のプリンセスコスモがブラックプリンセスという名前で呼ばれていたのだ。
メインヒーローの白百合のナイト様よりも敵の黒薔薇のプリンス様の方が娘の好みにドンピシャだったらしい。まぁダークヒーロー好きな女子もいるからね。当て馬のほうが好きだったりする子とかね。
日曜朝はテレビにしがみついて離れない娘。そして黒薔薇のプリンス様が出てこない日はその日一日不機嫌だからどうしようもない。
「あやめ、プリンス様の花嫁さんになっちゃったー」
「可愛いなぁあやめ~。でもプリンス様は架空の人物だからなー」
「お父さん、夢を壊すようなこと言わないで」
夫が余計なことを言っていたので、私は口止めしておく。全く、アニメの人物に嫉妬なんかして大人げないったらありゃしない。
夫の夢は娘に「パパのお嫁さんになる」と言われることだったらしいが、あやめが選んだのは二次元の敵役王子であった。影で夫が悔しがっていたのを私は知っている。
「お母さん、かくうのじんぶつってなに?」
「和真が大きくなったらわかることだから、今はわからなくていいのよ」
「なんで?」
息子の和真は教えてくれないのを不満そうにこっちを見てくるが、ここで説明してしまったらお姉ちゃんの夢が崩れてしまうから…我慢してね和真。
和真だって大好きな戦闘ものヒーローの真実を知ってしまったらショックだろうし。
花嫁さんになっちゃったと喜ぶあやめは口周りにケーキのクリームを付けてニコニコしていた。
…あやめが大人になって、本当の花嫁姿を見せてくれた時、私はきっと今のように笑えてないと思う。きっと泣いてしまう。
私にとって娘であることには変わりはないのに、お嫁に行ってしまうことが寂しくてきっと泣いてしまうわ。
そのあやめの誕生日から半年後のこと。
とある日曜の朝、黒薔薇のプリンス様は、主人公を庇って死んでしまった。プリンセスコスモを一途に想っていた彼は、満足そうな表情でコスモの腕の中で愛の告白をした後に息を引き取った。
あやめは大きなショックを受け、その日一日泣き濡れて、知恵熱を出してしまったので翌日の幼稚園はお休みした。そのあと暫く引き摺っていたのは言うまでもない。
…そこまで好きだったのかと衝撃を受けたのはここだけの話。
■□■
「それでね、これが」
「母さん!? なんてものを先輩に見せてるの!?
」
「あやめの小さい頃の写真だけど?」
「こんなものっ! こんなもの見ちゃ駄目です先輩!」
娘の彼氏に昔話を交えながらアルバムを見せていたのだが、血相変えた娘にアルバムを奪われてしまった
「だって亮介君が見たいって言うから。あやめだって亮介君の昔の写真見せてもらったんでしょう?」
「見たけど、先輩のはこんなんじゃなかったもん!」
「可愛いからいいじゃない」
「可愛くない! 没収!」
アルバムを抱え込んで後退りすると、あやめはリビングを飛び出して階段を駆け上っていってしまった。
「全くもう」
アルバムは一冊だけではない。私は新たなアルバムを取り出すと亮介君に見せてまた説明を始めた。
「これはねあやめが小学生の時」
「あ゛ぁぁぁぁー!!」
アルバムを何処かに隠して、リビングに戻ってきたあやめがそれを見つけて絶叫しながら奪い取ろうとした所で亮介君が持ち上げた。あやめの手の届かない位置でアルバムを広げて写真を眺めていた。
あやめが亮介君にしがみついて発狂しているが、亮介君は聞く耳持たずにまじまじと写真を見つめていた。
亮介君たら大人っぽく見えるのに子供っぽい所があるのねと私は微笑ましく思った。
「母さんの馬鹿! 恥ずかしい写真が沢山なのに! やめてぇぇ先輩見ないでぇぇぇ」
心配しなくても亮介君はさっき小さく「…可愛い」って呟いていたから大丈夫だと思うのだけど。
……あやめが大好きだった黒薔薇のプリンス様の花嫁にはなれなかったけど、彼の花嫁さんにはなれるかしら?
あやめの本当の花嫁姿を見るのが今からとっても楽しみよ。
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