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続編

私だって変わったんだ。いつまでも黙っていると思うな。

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「あれー? そこにいるのってもしかしなくても田端ー?」
「………蛯原…さん」

 まさかの遭遇である。
 久松にしてもこの人にしてもなんで今日海に来るんだよ…タイミング悪いなぁ…

 私はもう表情を取り繕うことはせずに蛯原を睨みつけることにした。
 目の前に居る蛯原は黄色ドット柄のビキニスカート姿で、サーファー風の20代くらいの男性に肩を抱かれていた。…やけに親しげだが…彼氏か?
 ……え、この人彼氏いるのにこの前、亮介先輩に色仕掛けしてきたの?
 私はそれにショックを受けていた。

 蛯原はこちらをまじまじ観察してきた。私のいるパラソルの下に荷物が沢山置いてあることを確認すると、片眉をヒョイと動かして「誰かと来てんの?」と尋ねてきた。

「…友達や彼氏と来たけど」
「ふーん?」
「友達?」
「ううんー元クラスメイトなだけー」

 サーファー風の男性…サーファー兄さんの問いに蛯原は鼻で笑うと、私を見下すような視線を送ってきた。
 …あー同じ空間に居るだけでイライラしてきたぞ。なんだ。何の目的でここに居るんだよ。
 私がイライラしているのに気づいているのかいないのか、蛯原はドヤ顔をしてサーファー兄さんの腕に抱きついた。
 ドヤ顔されても全然羨ましくともなんともないんですけどなんなの? この間の仕返し?

「……ていうかーあんた、その格好可愛いとでも思ってんの? 全然似合ってないんだけど」
「は…?」
「弟と違って地味顔なんだからスク水でも着てろっての。調子のんないでくれる?」

 蛯原は私を貶し始めた。
 …何故そこまで言われないといけないのか。
 ユカとリンにお墨付きをもらった水着だ。高かったけど気に入っているそれを似合ってないと言われて私は悔しくなった。

「…調子乗るとか…言っている意味がよくわからないんだけど」
「は? お勉強は出来るくせにあたしの言ってることわかんないの?」
「…あんたにそこまで貶される謂われはないんだけど。気分悪いからどこかに行って?」

 私が反抗するとは思っていなかったのか蛯原の顔は苛立たしげに歪み始めた。
 昔の私なら黙って耐えていたことであろう。でも、中3の時の私とは違う。私だって成長したんだ。
 こいつの嫌がらせに身を縮めて耐えるだけなんてもう嫌だ。せめて一矢報いたい。

「なによ…イケメンの彼氏がいるからって……あんたなんかそのうち飽きられて捨てられるに決まってるんだから。…ほんっと、田端のくせに生意気…」
「お生憎様。私は先輩に大切にされてるし、超ラブラブですから」
「なっ…!」
「…田端のくせに、ってなに? あのさ私は弟に変な女を紹介したくなかった訳よ。それに私がなんで協力しないといけない訳? 断って何が悪いの? どうしてそれで私は一年間ハブられないといけなかったの?」

 中3の時からずっと表には出さなかった私の不平不満を主犯だった蛯原にぶつけてみた。蛯原は私を睨みつけてくるが、私は負けじと睨み返してやる。
 私と蛯原の間が刺々しいものになっていると気づいたサーファー兄さんは居心地悪そうに、しかし蛯原に腕を掴まれているからここから立ち去れずにいた。
 ……この人蛯原の彼氏じゃないのだろうか?

「うるさいブスのくせに!」
「あんたさ、人のこと言える顔面してるの? 私と同じで化粧で綺麗にしてるだけじゃん。それブーメランだからね?」

 蛯原も私と同じ平凡な容姿の持ち主だ。化粧をして綺麗になっているのは私と同じ。本当は人の容姿のことを悪く言うのは嫌だけど、ムカッときたから言い返してやった。
 仮に私が和真に紹介したとしても絶対に付き合える保証はない。上手く行かなかったら行かなかったで結局同じことをされていたと思う。
 100%付き合える保証なんてないのに、今まで紹介を求めてきた人はそれを考えないわけ? 
 私は和真の姉なんだよ? その姉をいじめるような真似したら和真は悪印象を持つとか考えないの?
 蛯原はいつまで根に持つのか。
   
 蛯原は見るからにイライラしていた。
 蛯原も私と同じように容姿コンプレックスがあるのか。それとも私に言われたのがただ単に腹が立ったのか…

「進学校に通ってて、イケメンの彼氏がいるからっていい気にならないでよ…!」
「……は?」
「あんたみたいな女が一番嫌い! 飄々ひょうひょうとして好いとこ取りしてるあんたみたいなズルい女!」


 …飄々してる? 好いとこ取り?
 ……ズルい女??

 何を言ってんだろうねこの人。
 私が何の努力もなく今の高校に合格して、何もせずに先輩とお付き合いできるようになったって言いたいの?
 何もしなかったら何も変わらないに決まってんじゃん。
 あー今のはムカッときたぞー。

「……あんたが……私に向けて消しゴムのカスやゴミを投げつけて遊んだり、私をハブったり、観察して笑い者にしてた頃、私は勉強をすごく頑張ってたの」
「…は?」
「あんたたちが勉強せずにSNSのグループ内で人を笑い者にして騒いでいる間、私はひたすら勉強してたんだよ! 他でもない、私の居場所を見つけるため。私はやれば出来るんだって証明するために!」

 とうとう私はキレてしまった。
 先輩には相手にするなって言われたけどもうダメだ。この女に言いたいことすべてぶちまけてやる。
 私がキレたことに蛯原は驚いた顔をしているが、あんた本当に私を馬鹿にし過ぎだからね!?

「私みたいな地味な女が何もせずにぼーっとしてるだけで先輩と付き合えると思う? 先輩はモテるんだよ! 何もしなかったら私のことなんて知らずに終わったような高嶺の花なの! それをズルしたみたいな言い方すんな!」

 お行儀悪いけど、蛯原にビシッと指をさす。親には人に指差すなと躾けられたが、指ささずにはいられない。
 私は努力したんだ! あんたは努力をしてないじゃないか。そんな奴に理不尽に罵倒される謂われはない! 
 努力した結果で僻むならわかるけど…何もしてない人が何を勝手に僻んでるんだか!

「それと! あんたみたいな女、私の彼氏は嫌いなんだからね!!」
「…っムカつくんだよてめぇ!」

 私の反撃にカッとなった蛯原が私の腕をつかもうとしたので私はサッと避けた。

ドンッ

「ん?」

 避けた先に熱い壁があり、私はそれにぶつかった。見上げた先には先輩の姿があり、彼は凍りつきそうな視線を蛯原に向けていた。
 先輩の睨みに怖気づいたのか、蛯原は先程までの勢いがなくなって大人しくなった。
 …先輩の睨みすごい。

「……自分の不出来を八つ当たりして…馬鹿じゃないのか」
「先輩…」
「学歴を気にしていると言うならいつまでも中学生みたいなことしてないで受験に集中したらどうだ」

 先輩の腕が私の肩に回ってきて、私は軽くハグされる体制になった。それに私の頬はボッと熱くなった。
 だって、半裸だよ!? めっちゃ密着してるんだよ…? 洋服越しとはやっぱり違います……
 夏の暑さと先輩の体温で溶けそうです私…

「だがな……学歴があろうとなかろうと、友人や恋人に恵まれていようとなかろうとな…人を見下すような人間は結局その程度の人間にしかなれない」

 蛯原は先輩の睨みに負けてるのか、二の句が継げないようだ。ただ悔しそうにこちらを睨みつけている。
 私も睨み返してやったけど。先輩に抱きつきながらな!

「ここで気づけなかったら一生そのままだ。……まぁ君がどうなろうと俺には関係ないが…今後一切、あやめに近づくな。あやめは大事な時期なんだ。君にあやめの人生を狂わせる権利なんてない。くだらない僻みで煩わせるな……わかったな」

 蛯原は唇を噛み締め、両手を握りしめて沈黙していた。
 先輩の睨みに気圧されたサーファー兄さんはそそくさとこの場を去って行った。それに気づいた蛯原は彼の後を追いかけて口論になっていたけど、ようやくどっかに行ってくれたので私はホッとした。


「……全くお前は…」
「あ、すいません、つい腹が立ってしまって」
「…こうなるというのはなんとなく予想はしてたがな」
「うぅ…」

 先輩に呆れた目を向けられて私はしょんぼりする。
 こんなはずじゃなかった。この場で蛯原と会わなきゃ、あの人が喧嘩を売ってこなければ私だってね……

「でもよく立ち向かえたな」
「……多分、亮介先輩の影響ですかね?」
「…そうか?」

 先輩は私の言葉に意外そうな顔をしていたが、そうなのだ。
 私にはコンプレックスがあった。それこそあの【乙女ゲームの田端あやめ】と同様に。周りの人の言葉、クラスメイトの仕打ちに人知れずに自信を失っていた。
 表には出さないようにはしていたけども、私の心の根深い所で根付いていたコンプレックス。それを受け止め、失っていた自信をちょっとずつ取り戻せるようになってきたのはきっと先輩のおかげだと思うんだ。
 先輩とぶつかり、先輩に守られ、先輩の影響を受けて私は変わった。

 少なくとも、先輩と出会っていなければ今の私はいない。


「…先輩…ありがとうございます」
「よく頑張ったな」
「……ぎゅってしてください」
「はいはい」

 呆れ顔だけどハグしてくれる先輩…好き。
 甘えるように先輩の胸にグリグリ顔を押し付けていると、何処からかピロリーンと明るいシャッター音が聞こえてきた。

「いやーん、もーお二人さん熱すぎ! だから今年猛暑なんじゃない!?」
「…井上、お前な」
「仲良くていいねー。ユカ、俺らもいちゃついとく?」
「嫌だ暑いもん」

 いつの間にか同行者達が寄ってきていたらしい。
 ハグし合う私達を激写したユカとケンジさんが悪戯げな笑みを向けて来ていた。

「お腹すいたからそろそろご飯食べよ~」
「俺なんか買ってきましょうか?」

 リンと彼氏くんもやって来たのでこの辺りで昼食にしようという話になった。
 私はクーラーボックスに入れておいた大きなお弁当箱を取り出してここぞとばかりに女子力を披露したのである。

 
 本当なら夕焼け見たりしたいけど帰宅の時間とか渋滞のことも考えて夕方前には撤収した。
 人が多いからあんまりイチャイチャできなかったし、遠泳したせいで疲れたのか、帰りの車の中で私は先輩に寄りかかってすやすやと寝入っていた。

 帰ってからユカが海の写真をスマホに送ってくれたけど、私がマヌケ面で居眠りしてる隣で先輩も眠っている写真があって私は奇声を上げてしまった。
 やだぁ! 先輩の寝顔幼い! 可愛いぃ!!!
 ありがとうユカ様。先輩の所拡大して待ち受けにするわ。

 明日からまた灰色受験生に戻るけども…充電しっかり出来たし、また頑張ろう。
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