上 下
128 / 312
続編

彼の惚気【橘亮介視点】

しおりを挟む

「亮介お前、変わったな」
「…え?」

 突然、兄さんにそんな言葉を掛けられた俺は呆けた顔をしてしまった。
 変わった…というのは…どういう意味なのだろうか

「大方あやめさんの影響だろうが……前よりも柔らかい表情をするようになった」
「……柔らかい…?」
「良いことだと思うぞ」

 そう言われて俺はふと思い出した。あやめと俺の出会いを。
 あやめと俺は彼女の高校入試の時に一度会っているのだ。
 …高校受験会場目前で堂々とエスケープしようとする受験生を簡単に忘れられると思うか?
 彼女は俺の事を憶えていないようだった。だから彼女が入学した時、俺は敢えて声をかけることはしなかった。

 あの時「ここは居場所じゃない」なんてあやめは言っていたから少し心配ではあったが、彼女は何事もなく学校生活を送っていたので、それからは全く意識することなく過ごしていた。
 学校ですれ違うことがあっても、俺たちは会話をするような間柄じゃなかったんだ。

 だけど俺が三年に進級した時、俺はあいつから目が離せなくなった。風紀的な意味で。

『おいおい…なんだあれどうした…金髪とはいい度胸してるな…』
『2-Aの…田端…あやめ……』

 俺は彼女の変貌ぶりに二度見ならず三度見をした記憶がある。一体何があったとクラスまで出向いて、本人に追求したくなった位だ。
 以前の清楚で愛嬌のある姿から一変、彼女はいわゆる派手なギャル系にイメージチェンジしていたから。

 
 接触してみて改めて思ったが、やはり彼女は変わっていた。
 体育祭で後輩のために必死に走ってやる優しい一面があるかと思えば、自分の力量を考えずに弟のために突っ走る猪突猛進型の性格だったり。
 いつもヘラヘラして、風紀指導の揚げ足取りをしてくるかと思えば、進路を真剣に悩む真面目な面があったり。
 芯の強いところがあるかと思えば、触ると壊れそうな脆い一面があったり。
 料理上手でお人好しで、何事にも一生懸命な後輩。
 俺は無意識の内に風紀指導という理由でなくて、田端あやめという一人の女性を特別気にかけるようになっていた。
 
 髪を派手に染め、濃い化粧で顔を華やかにするそれは、今まで傷ついてきた彼女なりの防衛。心を守るための鎧。
 …そんな事しなくてもあやめは十分可愛い。彼女が笑っている顔は一番可愛いと思う。
 だからそんな化粧で顔を覆い隠した状態じゃなくて、ありのままの彼女の笑顔を見たいと思うようになったのはいつ頃からだろうか。
 彼女を傷つける有象無象から、俺が守ってやりたい。そうすればいつかはあやめの本当の素顔の笑顔が見れるんじゃないかって思うようになった。

 放って置けない後輩から、いつの間にか守りたい女性へと変わっていったのはいつだっただろうか。

 
 
「…出来ればもう少し落ち着いて行動してほしいんだが……そういう危なっかしいところも含めてのあいつなんだけど…だから目を離せない」
「……俺に惚気けるんじゃない」

 考えていただけのつもりが口に出ていたようで、目の前で兄さんが遠い目をしていた。
 俺は恥ずかしくなって兄から目をそらすと咳払いをしてごまかす。

「…そう言えばお前はあやめさんと何処まで進んだんだ?」
「!? な、何でそんな事を…」
「……相当惚れ込んでるんだなお前」

 兄さんが生温かい目で俺を見てくる。
 おい待て、今ので察したのか。やめてくれ。そんな目で俺を見るのは。

 ……兄さんは俺のことを変わったとは言うが、兄さんも大分変わったと思うぞ。
 多分それもあやめの影響なんだろうなと俺は思っている。初対面は最悪の出会いだった兄さんとあやめは今では軽口を叩く位仲良くなっており、俺はさり気なく嫉妬していたりする。それほどふたりは仲良くなった。

 俺が高校受験に失敗して家族を失望をさせてしまってからずっと、兄さんともギクシャクした関係が続いていたのに、こんな風に話しているようになっているなんて……あやめと親しくなる前の俺なら想像すらしなかったから。

 あやめの一生懸命で真っ直ぐな性格は周りの人に変化を起こす。変わったのは何も俺たち兄弟だけじゃない。
 あやめは自分の影響力を全然わかっていないが、俺は彼女のそういう所に何度も惹かれた。
 だから俺はそんな彼女から目が離せないんだ。
 

【ピコン♪】
 スマートフォンがメールの受信を知らせた。
 メールを確認すると、自分の顔が緩むのがわかった。

「…顔がニヤけているぞ」
「うるさいな」

 兄さんが冷やかしてくるので軽く睨んでおく。
 いつもの何気ないメールの文章。メッセージアプリを好まない俺に合わせてメールでのやり取りをしてくれるあやめはいつも賑やかなメールを送ってくれる。彼女からのメールを待ち望むようになったのはいつからだっただろうか。
 彼女からのメールを見て、無機質な文章よりもあやめの声が聞きたくなった俺は彼女に電話を掛けた。

「…もしもし、あやめ?」
 
 
 あやめの何処が一番好きかと言われたら…俺には決められない。
 俺の前では少し甘えたになる可愛い所、一生懸命でひたむきな所、俺を見つけたらしっぽを振ってるかのように嬉しそうに駆け寄ってくる所、それに可愛い笑顔……
 彼女のことを思い出すと勝手に口角が上がってしまうのはそういうことなのだろう。
 ……なんだかあやめの声を聞いていたら会いたくなってきた。

「…今から会いに行ってもいいか?」

 俺は自分が思っているよりも、彼女に惚れ込んでいるようだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

英国紳士の熱い抱擁に、今にも腰が砕けそうです

坂合奏
恋愛
「I love much more than you think(君が思っているよりは、愛しているよ)」  祖母の策略によって、冷徹上司であるイギリス人のジャン・ブラウンと婚約することになってしまった、二十八歳の清水萌衣。  こんな男と結婚してしまったら、この先人生お先真っ暗だと思いきや、意外にもジャンは恋人に甘々の男で……。  あまりの熱い抱擁に、今にも腰が砕けそうです。   ※物語の都合で軽い性描写が2~3ページほどあります。

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

処理中です...