上 下
117 / 312
続編

いくら大人っぽくっても彼女は高校1年。大人に反抗して突っ走ってしまうのだろう。

しおりを挟む

「田端せんぱーい! 一緒に帰りましょー」
「植草さん。今日は彼氏のお迎えは無いの?」
「のり君は今日用事があるんですって」
「へぇそうなんだ」

 帰りのHRを終えて帰宅する準備をしていると、植草さんがわざわざ三年の教室までやって来て元気よくお誘いをしてきた。
 彼氏が出来てから毎日ずっと彼氏がお迎えに来ているというのに珍しいと思ったら、今日は彼氏君の用事でお迎えがないみたいだ。

 ……ていうか学校が違うのによくも毎回迎えに来れるなと感心していた。彼氏君の学校、ここから二駅くらい離れてるよね。
 よく間に合うな。

「ね、先輩今日はウチ来ません? ママが連れてこいってうるさくて」
「んー…まぁいいけど…」

 一応私達期末テスト前なんだけど、たまにはいいかと思って彼女の誘いに乗ることにした。
 この間も亮介先輩に勉強教えてもらったし、今回のテストは自信があるのだ。

 彼女の家にお邪魔して、植草ママンの熱烈なハグを受けた後、おもてなしのエスプレッソをごちそうになった。毎度のことながら効くわこれ。
 植草さんと植草ママンが私のためにご飯を作ってくれているのを勉強しながら(二人に勉強しててと言われたからお言葉に甘えた)待機していると、リビングのテーブルに置かれた植草さんのスマホの着信音が鳴った。

「植草さん、電話鳴ってるよ?」
「えー? のり君からかなぁ」

 手を拭きながらダイニングキッチンから出てきた植草さんはスマホを手に取ると、明るい声で電話に出た。
 おぉ、恋する乙女の表情だな。

「もしもし、のり君?」

 彼女は嬉しそうに彼氏君と会話をしていたので、私は邪魔にならないように植草ママンのお手伝いでもしてこようかなと腰を上げた。

「……あ、ごめんね。今日うちに先輩が遊びに来てて……ほら、この間紹介したでしょ? 田端先輩だよ」
 
 植草ママンに手伝いますよと声を掛けて手を洗った私は、人生初の生パスタ作りに挑戦した。
 うちにはパスタマシーンがないから普段乾麺しか使わないけど、手作りってやっぱり美味しいよねぇ。作るの大変だけど。

「え…? どうして? だってのり君が今日は用事があるって言ってたから……な、なんでそんな事言うの!?」

 麺棒でパスタ生地を伸ばしていた私だったが、植草さんの荒げた声にびっくりしてその手をピタリと止めた。
 何だ喧嘩か? さっきまで普通に会話してたよね?

 ひょこっとダイニングキッチンからリビングに居る植草さんを覗き見ると彼女は泣きそうに顔を歪めていた

「そんな事無いっ! のり君が一番だよ!……先輩は女の人だよ!? 比較する相手じゃない……ひどい! そんなひどいこと言わないでよ! 先輩はそんな人じゃない!」

 なにやら電話の向こうで私は罵倒されているらしい。
 おい、ちょっと待てよ。会ったの一度で態度悪かったのは向こうじゃないのよ。どこで私の印象悪くなったっていうの?
 こっちは植草さんにその事を漏らす事無く心の中に押しとどめてやったというのに。

 とうとう植草さんは泣き出してしまった。
 植草ママンも手を止めて植草さんを訝しげに見ていたが、口を開くなり私の知らない言語で喋りだした。
 私が宇宙語!? と目を丸くして植草ママンを見ると彼女は植草さんに険しい顔を向けて何やら話しているようだ。
 ……あ。イタリア語かな?

 それにムッとした植草さんも負けじとイタリア語(仮)で反論していた。いきなり始まった親子喧嘩(何言っているかわからない)に私は麺棒を片手にオロオロするしか無い。

 何かが決め手となったのか、植草さんは「すぐに行く」と電話先の彼氏君に返事をすると電話を切り、私に泣きそうな表情を向けてこう言った。

「……すいません先輩。あたし、行かなきゃ」
「えっ?」
「埋め合わせはいつかします!」

 植草さんは追い詰められた様子でそう叫ぶなり、制服姿のまま家を飛び出してしまった。
 植草ママンが止めようと玄関へと追いかけていく。
 バタン、と玄関の扉が閉まる音がして、家の外で何やら口論しているのがここまで聞こえてきた。
 
 残された私はと言うと……

「えぇ? …えぇどういうこと??」

 人様のダイニングキッチンで麺棒を持ったまま呆然としていたのである。




 どうしようどうしようと混乱しつつも私は取り敢えず麺棒でパスタ生地を伸ばしていた。この後どうすれば良いのか指示貰ってないのでひたすら伸ばしては折って伸ばしては折って。
 それを繰り返して……15分位して植草ママンが疲れた表情で帰ってきた。

「あぁ、イリスごめんなさいね、あの子が…」
「…いえ……なにかあったんですか? 電話の相手、紅愛ちゃんの彼氏…ですよね?」

 植草さんからノロケを聞かされてきたが、私は植草さんの彼氏・のり君とやらの人柄を全く知らない。
 植草ママンなら知っているのかもと思って質問したら、植草ママンはため息を吐いてダイニングキッチン備え付けの椅子にゆっくり腰掛けた。
 ……彼女はおでこを手で覆ってうなだれていた。

「…クレアのね、付き合ってる男の子ね……あぁして、クレアを呼び出すのよ。……それが夕飯時でも夜遅くでもお構いなしに。デートと言ってはそのままその男の子の家に泊まったりして……一度、会ったことはあるけど…あの子はだめよ」

 はぁぁ…とふかーい疲れたようなため息を吐く植草ママン。
 この数分間でいつも明るく生き生きしている植草ママンの顔がげっそり痩せこけたように見える。

「…反対しているんですね」
「そうよ。……本当ならこんな事言いたくはないけど、クレアが今付き合ってる子はクレアを大切になんてしていない。恋に憧れて愛されたがっているクレアを弄んでるんだわ」

 反対されたら余計に恋が燃え上がるとも言うし、植草さんは思春期真っ盛り。
 親の言うことに反抗したくなるのもわかる。
 …だけど健全な親なら、子供の交際相手に口を出すものなんだと思う。それはうちの父のような「彼氏なんてまだ早い!」というワガママ込みの持論も含めて。
 よく結婚相手として連れてきた相手を猛反対する親がいるけど、そのあと相手がとんでもない相手だったと判明することがあるらしいし、子を育ててきた親の見る目は侮ってはいけないのだと思う。

「……紅愛ちゃんの彼氏はお金持ち学校の子ですよね、紅愛ちゃんが指輪を見せてくれましたけど……決して安いものじゃありませんでした。…それにまだ高校生なのに高いマンションで一人暮らししてるとか…」

 いくらセレブでもさ、高校生よ? 植草さんの彼氏も高一だからこの間まで中学生だったのよ?
 例えば学業とかスポーツが優秀で遠い地域の学校へ通うために寮暮らしや一人暮らししてるならわかるけど……彼氏君は近くに親が住んでるらしいからそうじゃないし。
 偏見かもだけど彼氏君の親もどうかと思う。

「……イリス、お願いよ。あなたからもあの子に言ってくれないかしら? クレアは私の言うことを聞こうともしないの。あなたの言う事なら耳を傾けてくれるかもしれないわ」
「えっ」

 ぎゅっと植草ママンに手を握られ、涙ながらに懇願された。少々困ったけども私自身、今さっきの流れを見てしまったので彼女のことが心配になってきた。

「……わかりました。明日にでも紅愛ちゃんと話してみます」
「ありがとう…お願いね…」


 テスト前なんだけどなぁ。
 ……植草さんは私の話を聞いてくれるのかな…果たして…


 その後、食事する雰囲気でもなくパスタとソース、ちょっとしたおかずをお持ち帰りをさせてもらった私だったが、門限までの時間にまだ余裕があったのでそのまま亮介先輩のお家にお邪魔した。
 パスタを作って先輩と一緒に食べながら、私はどこか上の空だった。
 そんな私に気づかない訳がない先輩は訝しげな顔をして問いかけてきた。
 
「…あやめ…また何か首突っ込んでいるのか」
「…いえ、まだ…」
「……今度は何だ」

 呆れたようなため息を吐かれてしまった。言っておくけど私が起こしたトラブルじゃないんだぞ。
 …この事は先輩に関係ないしなぁ。話して良いものか。

「うーん…人の恋路に口出すことになりまして」
「なんだまた林道か」
「いえいえ林道さんじゃなくて…植草さんです。あの綺麗な一年生の女の子の彼氏がちょっと問題ありで、さっきちょっと修羅場ってたんですよね」

 先輩の中で林道さんはインパクトが大きいらしい。確かにあの人アクションが激しいから嫌でも眼に入るよね。
 私がたまに林道さんの事を話すからかもしれないけど。

「植草…というと、例の借り物競争で連れて行かれていた相手か?」
「そうですそうです。……なんか、その彼氏君が時間問わずに植草さんを呼び出したり、頻繁に宿泊させたりで。…行動が目に余ってるみたいなんです。植草さんのお母さんも説教してたけど植草さん聞く耳持たずに飛び出しちゃって」
「それで何故お前が?」
「私が植草さんの唯一の女友達かつ先輩だからですかね。植草さんのお母さんが私の口からだったら話を聞いてくれるかもって頼まれちゃって」

 私の説明に先輩は少し難しい表情をしていたが、仕方がないなと呟く。

「その後輩と話すだけなら良いが、例の彼氏とやらに直談判するようなマネはするなよ」
「しませんよ。私そこまで猪突猛進じゃありません」
「………」
「なんですかその目は!」

 まるっきし信用されてない。私は彼女なんだぞ! 彼女を信じろよ!

 イラッとしたので先輩の皿に乗っていた植草ママンお手製イタリア風コロッケをフォークで刺して奪取してやった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界転生したら、なんか詰んでた 精霊に愛されて幸せをつかみます!

もきち
ファンタジー
旧題:50代で異世界転生~現状はあまりかわりませんが… 第14回ファンタジー小説大賞順位7位&奨励賞 ありがとうございました(^^♪ 書籍化に伴い、題名が一新しました。どうぞよろしくお願い致します。 50代で異世界転生してしまったが、現状は前世とあまり変わらない? でも今世は容姿端麗で精霊という味方もいるからこれから幸せになる予定。 52歳までの前世記憶持ちだが、飯テロも政治テロもなにもありません。 【完結】閑話有り ※書籍化させていただくことになりました( *´艸`)  アルファポリスにて24年5月末頃に発売予定だそうです。 『異世界転生したら、なんか詰んでた ~精霊に愛されて幸せをつかみます!~』    題名が変更して発売です。  よろしくお願いいたします(^^♪  その辺の事を私の近況ボードで詳しくお知らせをしたいと思います(^_-)-☆

記憶をなくしたジュリエット

詩海猫
恋愛
もしも前世で死に別れたロミオとジュリエットが生まれ変わって再会したら……? というお話を現世の高校を舞台に書いてみました。 *体調不良につき不定期更新

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています

平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。 生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。 絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。 しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

異世界転移したら、推しのガチムチ騎士団長様の性癖が止まりません

冬見 六花
恋愛
旧題:ロングヘア=美人の世界にショートカットの私が転移したら推しのガチムチ騎士団長様の性癖が開花した件 異世界転移したアユミが行き着いた世界は、ロングヘアが美人とされている世界だった。 ショートカットのために醜女&珍獣扱いされたアユミを助けてくれたのはガチムチの騎士団長のウィルフレッド。 「…え、ちょっと待って。騎士団長めちゃくちゃドタイプなんですけど!」 でもこの世界ではとんでもないほどのブスの私を好きになってくれるわけない…。 それならイケメン騎士団長様の推し活に専念しますか! ―――――【筋肉フェチの推し活充女アユミ × アユミが現れて突如として自分の性癖が目覚めてしまったガチムチ騎士団長様】 そんな2人の山なし谷なしイチャイチャエッチラブコメ。 ●ムーンライトノベルズで掲載していたものをより糖度高めに改稿してます。 ●11/6本編完結しました。番外編はゆっくり投稿します。 ●11/12番外編もすべて完結しました! ●ノーチェブックス様より書籍化します!

処理中です...