115 / 312
続編
彼の憂鬱【橘亮介視点】
しおりを挟むどこから間違えたのだろうか。
【もしも】なんて考えたところであの時に戻るわけでもないし、今の状況に自分は満足しているから別に戻らなくても良い。
だけど、未だに両親とギクシャクしている現状を思い出すと後悔してしまうことがある。
『恵介くんはすごいわね。亮介くん、ちゃんとお兄ちゃんを見習いなさいね』
3つ上の兄は幼い頃から優秀でいつも自分は兄が周りに褒められる姿を見てきた。
長男である兄は周りの期待を背負っていて、本人はプレッシャーを感じているようであったが、そんな様子を微塵も見せず両親の理想の息子でいる兄を尊敬していた。
自分も兄のように優秀であれと期待されるのは当然のことで、兄の背中を必死に追いかけていた。
だけど兄の背中は大きすぎて自分はいつも兄と比べられては一人いじけていた。
多忙である両親は昔から自分が寝るよりも遅くに帰宅し、自分が起きるよりも早く仕事に行く生活を送っていた。
長いことすれ違い生活を送ってきたため、実質自分たち兄弟は祖父母に育てられたもの。だがそれに不満はなかった。
なぜなら父は警察、母は検察官として人々のために働いているのだから。そんな両親を持って誇りに思ってきた。
そしていずれは自分も両親と同じように人々のために働く大人になるのだと信じて疑わなかったのだ。
中学生の時、同じ委員会のクラスメイトに交際を申し込まれた自分は二つ返事で受け入れた。
彼女に好意を持っていたこともあるが、彼女とは同じ志望校だったのでライバルとしてもきっといい関係になると思ったからだ。
共に受験勉強をしたり一緒に帰宅したり。自分はそれで満足だった。だけど彼女は寂しがり屋なのか、もっと長く一緒にいたいとせびることもあった。
自分は必要とされているのだなと感じて、彼女のわがままを聞くことも多かった。
あの日は本命私立高の受験3日前のこと。
連日の受験勉強で疲労が溜まっていたのか、自分は風邪気味だった。
祖父母には学校を休むことをすすめられたが、受験直前の時期に休むのは気が引けたので自分は登校した。
帰りもいつもどおりに彼女を家まで送って帰ろうと思ったのだが、その日も彼女からもっと一緒にいたいと強請られ、ついついそれに応じたのだ。
だけど、それが油断だった。
受験当日、朝から身体はしんどかった。
間違いなく風邪を拗らせたと自己嫌悪したが、取り敢えず受験だ。受験さえ乗り越えればなんとでもなると自分を叱咤して受験会場に向かった。
しかし、試験中どんどん体調は悪くなっていった。
頭痛に寒気に倦怠感に吐き気が自分を容赦なく襲いかかってきた。
そしてとうとう自分は試験中に意識を失い、その後意識を取り戻した時には自分の部屋で眠っていたのだ。
案の定だが受験は失敗。
友人や彼女の同情の眼差しはきつかったが、何よりも辛かったのは両親や兄の失望した目だ。
『交際するなら学業に支障のないようにしろといったのに…お前は何を考えているんだ? ……お前には失望した』
『大事な時期にデートなんて何を考えているの!? …受験生なのに彼女なんて作るからこうなるのよ! あなたの為にならない彼女とは別れなさい!』
『…自分の管理もできない人間が警察官として市民を守れるとでも思っているのか? …今のお前には無理だ。諦めて別の道を目指しなさい』
反論もできなかった。
自分が100%悪いとわかっていたから彼らの責めを受けるのは当然だと知っていたから。
祖父や父に憧れて昔から警察官になると夢見てきたのになんて体たらくだ。
あの時、彼女のわがままに応えなかったら合格に喜んでいたはずなのに。
……いや、彼女のせいじゃない。それは言い訳にしか過ぎない。
何もかも自分の責任なんだ。
そこから両親と兄とはギクシャクした関係になり、親の期待は志望校に難なく合格した兄へと一層注がれることになる。
今思えば、兄も期待が集中していることを重圧に感じていたのだろう。だから原因となった弟への当たりがきつくなったのだと思う。
当時の自分としては兄のキツい言葉を受け入れる事しかできずに辛かった。
今となっては兄の苦悩も理解できるから仕方ないとも思っている。
祖父母や友人たちが居てくれたお陰で自分は乗り切れた。
学業に部活に委員会にと充実した高校生活が送れたことに感謝している。
それにあの高校に進まなければあいつとも出会わなかっただろうから。
☆★☆
「………」
【あなたの彼女ともう一度お話したいのだけど】
大学の講義の後、スマートフォンに連絡が入っていないかを確認しようと電源をいれると、珍しく母から連絡が入っていた。
彼女というのは同じ高校だった後輩のことだ。先日彼女が兄から借りたハンカチを返しに実家へ行った際に母と遭遇したらしい。
彼女は母について何か気にしてる風でもなかったけども……。普段連絡の来ない母からそんなメールが来ると、あの時のことを思い出して不安になった。
まさか彼女になにか言うつもりなんじゃないだろうかと。
例えば…交際をやめるようにとか。
学業に支障をきたすからと横槍を入れてくるのではないだろうかと疑ってしまう。
特に自分は一度恋愛にかまけて体調管理を怠って失敗した例があるから尚更。
高校受験の失敗以来、自分は両親と必要最低限話すことはなくなった。
失望されたから合わす顔もなかっただけなのだが、話すことがなかったとも言える。
元々そうなる前から会話も少なかったから。
一人暮らしがしたいと言った時も両親が何か苦言を呈することもなく、大学へ進学した時も「学業に励むように」と告げられただけ。
両親が自分にはもう関心がないのだろうという事は前からわかっていたので今更ショックを受ける事もなかったのだが…
彼女に母からの連絡の内容を伝えると、彼女は何かを考えるような仕草を見せたものの、あっさり頷いた。
自分としては断って欲しかったので、自分の家族に彼女が傷つけられるんじゃないかと危惧していることを話してみた。
それでもやっぱり会ってみると言う。
気が乗らないが母にその事を返信した。
不安なので自分も着いていくと彼女に言ったが、「先輩がいたら話せないこともあるでしょうから一対一で会ってきます」と返されてしまった。
「心配しなくても、それで私が先輩から離れることはありませんよ」
それも怖い。
怖いけど俺が一番怖いのは…あやめ、お前が傷つくことなんだ。
約束の日、彼女が母と会っているであろう時間。
自分は自宅待機を彼女に命じられ、そわそわしつつも勉強して気を紛らわせようとしていたがどうにも集中できずにスマートフォンの液晶ばかり眺めていた。
0
お気に入りに追加
478
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
シンメトリーの翼 〜天帝異聞奇譚〜
長月京子
恋愛
学院には立ち入りを禁じられた場所があり、鬼が棲んでいるという噂がある。
朱里(あかり)はクラスメートと共に、禁じられた場所へ向かった。
禁じられた場所へ向かう途中、朱里は端正な容姿の男と出会う。
――君が望むのなら、私は全身全霊をかけて護る。
不思議な言葉を残して立ち去った男。
その日を境に、朱里の周りで、説明のつかない不思議な出来事が起こり始める。
※本文中のルビは読み方ではなく、意味合いの場合があります。
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
若社長な旦那様は欲望に正直~新妻が可愛すぎて仕事が手につかない~
雪宮凛
恋愛
「来週からしばらく、在宅ワークをすることになった」
夕食時、突如告げられた夫の言葉に驚く静香。だけど、大好きな旦那様のために、少しでも良い仕事環境を整えようと奮闘する。
そんな健気な妻の姿を目の当たりにした夫の至は、仕事中にも関わらずムラムラしてしまい――。
全3話 ※タグにご注意ください/ムーンライトノベルズより転載
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話
よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。
「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる