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続編
信じる信じないの問題じゃない。限界を超えてしまったのです。
しおりを挟む我慢していた涙が溢れ出してきた。
だけど走らないと追いつかれてしまう。
私は全力で走って走って、公園から離れた。
「うっ…」
じわじわと溢れ出す涙を指で拭いながら、自分の家までの道を歩き始める。遠回りの道を歩けば先輩に見つからないだろう。送ってもらう時はいつも決まったルートで帰っていたから。
泣き止みたいのに涙が止まらない。
私はいつの間にか泣きじゃくっていた。
「…また君か。今度はどうした」
「……もうやだぁ…顔そっくりなんだから今は会いたくなかったぁ」
「はぁ? …あいつと喧嘩したのか」
「口紅、口紅がぁ」
泣きじゃくるJKを訝しんだのだろうか。呆れた顔で声を掛けてきたのは先輩によく似た顔立ちの橘兄。大学帰りなのだろうか。
彼の姿を目にした私は先輩を思い出してしまった。私の涙腺は壊れてしまったのか、ブワッと涙が溢れ出してくる。
「先輩のシャツに口紅がついてたぁ、あの人が先輩もらうってぇぇ…」
「は? …もうちょっと順序立てて話せないのか」
アイメイクはもう全部落ちてしまったことであろう。私は橘兄に目元をハンカチで拭われながら、一個一個説明していた。
泣きじゃくっているから聞きづらいだろうに橘兄はうんうんと相槌を打ちながら聞いてくれる。
うう、橘兄はお兄ちゃんなんだな。面倒見が良いぞこの人。
おかしいな。私もお姉ちゃんなのに、妹な心境になってきた。
「兄さん!? 何してるんだ!」
「…亮介」
「あやめに何を言ったんだ!? 何故泣かせている」
幼児よろしく泣きじゃくる私を見た先輩が血相を変えて怒鳴ってきた。
私を追いかけてきた様子なのに全然息を切らせていない。私は息切れ起こしてるのにどういうことなの。
先輩の最初から疑いをかけるその言い方には橘兄も流石にイラッとした様子で、険しい顔で弟を睨んでいた。
「お前……お前というやつは…」
「兄さん、あやめから離れてくれ。あやめ、こっちに」
「お兄さんは何も悪くありません! 泣いてる私を心配してくれたんです!」
私のせいで兄弟仲が悪くなるのは私も願っていない。橘兄を庇うようにして間に入ってそう叫ぶと、目の前にいた先輩は信じられないものを見るかのような顔になった。
なんでそんな顔してんだよ! 私が泣いているのはあなたのせいだよ!
「…じゃあなんだ。何故泣いているんだ」
「……それは」
「…亮介、お前は自分の服をよく見てみろ。そんなんじゃ浮気してませんと言っても疑われて当然だぞ」
口ごもる私の内心を代弁してくれた橘兄の言葉に先輩は訝しげな顔をしながら下を向いて自分の服を見た。ジャケットを見て、おもむろにペラっと捲ってシャツを見ると…血相を変えた。
「!? 何だこれは!」
「女の口紅だろう。そんなことをする女がいることにびっくりする」
「…あ、光安さんか。あの人よく躓いているから」
「…お前はいい加減に気づけ。人が良いにしてもそこまで行くと…」
「あやめ、これは違うんだ」
「………」
私はずっと嫉妬を我慢していた。
光安さんと初めて会った時に先輩にはっきり「嫉妬してる」とも言った。言ったんだから、先輩だって理解してくれてると思っていた。
なのに、あの人とベタベタして。
口ではどうとでも言える。
先輩の心の中までは私はわからない。
違うと言われても今の私は先輩を信用できなくなっていた。
「……信用できません」
「…え?」
「先輩、そう言いながら実際は美女にベタベタされて嬉しいんじゃないですか?」
思ったよりも私は嫉妬深い質のようだ。
我慢していた事がついに爆発した。
自分さえ我慢すればと思っていたけども、もう限界だった。
皮肉げに笑ってそう言うと目の前の先輩はぽかんとしていた。私がそんな事言うとは思っていなかったのだろうか。
一度本音を吐き出すと私の口は止まらなくなっていた。
「そりゃそうですよね。だって私みたいな地味な女じゃそりゃ面白みがないですよね。…沙織さんみたいな美人な彼女の次が私って…馬鹿にもされますよ!」
ジワ、と涙がまた溢れ出してきたが私は目の前の先輩をギッと睨みつけるのをやめなかった。
今まで何度も容姿のことを罵倒されたけど、今回のはかなり心に来た。分かっていたけどもショックだった。
「違うって否定されるたびに私、先輩を信じよう信じようと思ってたけどもう無理です。なんであの人に優しくするんですか!?」
「あやめ、」
「私には付き合う前から男にベタベタするなとか、勘違いさせるような行動とるなとか言っておきながら何なんですか! 先輩は男だから許されるとでも言うんですか!?」
先輩の行動はそれと同じようなものだろう。
男の甲斐性という言い訳ならクソくらえである。
「違う、あやめ話を」
「いいですか! こういうことですよ!!」
私を落ち着かせようとする先輩の目の前で、私は橘兄の腕に抱きついた。
それには橘兄弟二人共ぎょっとしていた。
「…おい、あやめさん…」
「…あやめ、バカなことしてないで」
「こういうことなんですよ! 駅のホームで光安さんにこうされている先輩を見ました。振り払わないでずっとこうしてましたよね! 先輩の行動が許されるなら私だって他の男の人にこうしても許されるってことなんですよ!!」
いっつも私ばっかり我慢してる!
その気持ちをわかってほしくてやった行動なんだけど、先輩の顔はどんどん険しくなっていく。
「…いいから離れろ」
「よくありませんよ! 私はいっつもそんな心境で見てきたんです! 不安で不安で仕方がないんですよ! 先輩は口では否定するけど行動が伴ってないです!」
橘兄の腕を離すまいと固くホールドしながら私は訴える。私は頭に血が上っていたからそんな行動に出たけども、こうでもしないと先輩は分かってくれないと思ったのだ。
先輩は私を睨みつけてくるが、私は負けじと睨み返す。
「……俺の言うことが信じられないのか」
「…信じられません」
どのくらい睨み合っていたかわからないが、「もういい」と苛立たしげに呟くと先輩は踵を返していった。
「…俺を巻き込まないでくれ…」
橘兄の情けない声がやけに大きく聞こえた気がした。
先輩が遠ざかっていくのを見送っていたら、いつの間にか腕の力は抜け、橘兄の腕を解放していた。
あぁ、やってしまった。
……嫌われたかもしれない。
先輩、怒った顔をしていた。
すごく、怖い顔で怒っていた。
「おい! 亮介!!」
橘兄が大声で先輩を呼び止めようと追いかけていくのを私はぼんやりと眺めていたのである
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