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続編

冷静に話し合いましょう。仲直りがしたいのです。

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【ピーンポーン! ピポッポポーン!】

 勢い余ってチャイムを連打してしまった。
 感情に任せて来てしまったけども彼はいるだろうか。
 応答を待つ間が長く感じた。
 走ってきたせいか、それとも緊張なのか私の心臓はバクバクしている。


 ……応答がない。
 やっぱり居ないのだろうか。

 私はがっかりと肩を落とす。
 だけどここに待ち伏せするのもアレなので、今日の所は帰ろうと踵を返した。
 先輩の部屋のドアに背中を向けて三歩くらい歩き始めた時、ガチャリと解錠される音がしてドアが開かれた。
 振り返る間もなく、そこから伸びてきた腕に私は引きずり込まれた。


「!?」
「………」

 私は先輩に抱きしめられていた。
 いきなりのハグにびっくりして固まっていたが、先輩の腕の力はなかなか強く、少々苦しくなってきた。

「…先輩苦しいです。……私、話をしに来たんです」

 そう言うと、先輩の腕がピクリと動いた気がする。
 私は先輩の胸に埋まっていた顔を上げて、先輩と目を合わせると私は真剣な目で言った。

「…先輩、あの人はやばいです。先輩のこと狙ってますけど、あの人…光安さんと付き合ったらブランド品のように扱われ、貢がされてポイされます」
「………は?」
「他の男の腕にも抱きついてたんですよ! サークル荒らしの女王って他の大学でも有名なんですって!!」

 真面目な先輩みたいなタイプが一番引っかかりやすい女だと思うんだ! 

「……話というのはそれなのか?」
「え? …あ、えっと」

 サークル荒らしの女王の話を聞いて慌ててやってきたけども、そう言えば私達喧嘩別れしたんだった。
 だけどあの時言ったことは本音だ。
 謝るというのは…

「…当てつけみたいにお兄さんの腕に抱きついて見せてすいませんでした。だけどああでもしないと先輩は分かってくれないかと思って」
「……俺も、お前の気持ちを推し量ってやれてなくて悪かった。本当にすまない。だけど、ああいうのはもうやめてくれ……兄さんには話すのに、俺には何も話してくれない……俺はお前の一体何なんだ?」

 そう言って私の頬を撫でる先輩。
 大きくて優しい手の感触に私の目にはジワリと涙が浮かぶ。

「ご、ごめんなさい、わたし嫌われたくなくて、」

 泣きたくないのに、涙がこみ上げてきて私の声は震える。

「…私、本当は信じたいんです。だけど不安で仕方がないんです。…嫉妬心をぶつけたら、先輩にうんざりされちゃうんじゃないかって怖いんです」
「…何を言ってるんだ」
「私は地味なんですよ!? 化粧してもそれなりにしかなれない。なんにも魅力がないんです! 先輩の隣にいても釣り合わないんです。だから嫉妬をして先輩にうんざりされて嫌われるのが怖かった…だから我慢してたんです」

 自分のコンプレックスを先輩にぶつけてもどうしようもないのに私は止められずに先輩に向かって吐き出していた。

「私、彼女なのに先輩に何もさせてあげられてない」
「…そんな事ない」
「だって! 光安さんが、先輩と寝てないでしょって、先輩可哀想だって…先輩もらうって言ってたんですもん!」

 私はしゃくり上げ始めた。
 泣いたら私の鎧が取れてしまうというのに。
 決壊し始めた私の涙を先輩の指が拭う。涙で視界が歪んでいるけどもきっといま先輩は困った顔をしていると思う。

「……俺はお前の中身を好きになった。それだけじゃダメか? そりゃあ俺も男だからいずれはお前とそういう行為をしたいとは思っているが……その行為をする為にお前と付き合ってるんじゃない。お前が好きだから一緒にいるんだ」
「でも、でも…」

 先輩の言葉は嬉しい。私を大切にしてくれてるって感じるから。でも他人の言った言葉が深く突き刺さってそれだけじゃ私は安心できなかった。
 不安なのだ。怖いのだ。先輩の言葉だけを信じたいのに、雑音が耳に残っていて言いようのない不安が襲ってくるのだ。

「それに他人の言葉を気にする必要はないと思うんだが?」
「先輩はカッコいいからわからないんです! 私だって、和真みたいにキレイな顔立ちなら、堂々と胸を張って先輩の隣に立てるのに、どうして私はこんななんだろ…」
 
 先輩が私の頬を指で撫でて宥めてきた。
 だがしかし、私の容姿のコンプレックスは相当根深い。
 もしも美形な弟じゃなかったらここまでではなかっただろう。
 田端あやめになる前の前世の記憶がうっすらあるにしても、私は私。田端あやめなのだ。今まで受けてきた心の傷は今でも尚、私の心に巣食っている。

 こんな事を先輩に言っても仕方ないと分かっている。だけどどうもこの間から負の感情が表に出やすくなっていて止まらなくなっていた。

「…お前が色々と不安に思ってるのを知ってたが、ここまで思いつめさせていたとは思わなかった……本当にすまん。俺も行動を改めるよう努力する。だけどすぐには無理だから何か気になることがあったらその都度言って欲しい」
「…でも、重い女っていやでしょ?」

 スンスンと鼻を啜りながら、ポケットからハンカチを取り出して涙を拭う。
 いつまでも玄関で話していても仕方がないからと先輩に手を引かれて部屋の中に通された。ワンルームの部屋に配置された二人掛けの小さなソファに座らされると、隣に先輩も座った。

「…程度によるけど、お前のそれはそこまで負担に思わない。…俺達はお互いのことを全ては分かっていない。俺もお前に話していないことがあるし、俺だってお前の過去に何があったかも知らない。話したくないことは話す必要はないけど、今回みたいなことで我慢するのはやめろ」
「…でも私、うんざりされて嫌われたくないんです」

 こんなにも気分が落ち込むのは梅雨のせいなのだろうか。光合成しないと調子が出ない植物と同じなのか私は。
 大体、何でもかんでも話すっていうのは今は良くても、そのうち愛想つかされそうで怖い。

 自分のこの言いたいことを押し殺す姿勢は良くないとは自分でもわかっている。だけど好きだからこそ臆病になってしまうのだ。
 暗い方に考え込んでいた私は俯きがちになっていた。
 すると何を思ったのか、いつまでもうじうじジメジメしている私の鼻を先輩がぶにっと摘んだ。

「ふぐっ!?」
「お前は何でもかんでも我慢しすぎだ。今度からグダグダ考えてないでちゃんと言え。交際は二人でするものだとお前が言ったんだろうが」
「でも」
「でももしかしもない」

 先輩に鼻を摘まれて目を白黒させていた私だったが、先輩の腕に引き寄せられて彼の胸に収まった。
 先輩の大きな手が私の頭を撫でる。

「ごめんなさい…」
「もう泣くな。分かったから」

 溢れてくる涙が先輩のシャツに染み込んでいく。
 マスカラなのかアイライナーなのかわからないが、先輩のシャツに涙と共に染み込む黒い染料。

 あ、私完璧アイメイク落ちてるわ。

「先輩、ちょっと…化粧直ししてもいいですか?」
「今ここで言うか?」

 顔を見られないように下を向いていたのだけど、先輩に顔を上に向けられてしまった。
 先輩と目が合った私は自分の裸を見られたような気分になり、顔を逸らそうとしたが、先輩は何を思ったか私の化粧が落ちてぐちゃぐちゃの顔のあちこちに口付けを落とし始めた。

「や、ちょ…すっぴんだから見ないで!」
「大丈夫、可愛い」
「え…」
 
 その言葉に私はぽかんとする。
 だって先輩が私を可愛いと言ったのは初めてだったから。
 この流れで言われるのは慰めなのかもしれないと私は疑ってかかってていたけども、そんな私の内心を読み取ったのか先輩が眉をしかめた。

「…お前、今お世辞だとか思ってるだろう」
「…なんでわかったんですか?」
「顔に出てる。……健一郎に言われた時はヘラヘラ笑っていたくせに…」
「いつの話してるんですか」

 拗ねてしまった。
 だいぶ前のこと引っ張ってきたぞこの人。

「…俺は気の利いた言葉を言うのが下手くそなんだ。知っているだろう」
「…先輩、拗ねても可愛いだけですよ」
「……男に可愛いとか言うな」

 ムッスリした先輩が私の唇に噛み付くようなキスを落とした。
 私はそれを受け入れていたのだが、なんだか先輩に体重をかけられているようで、後ろに倒れそうになるのをなんとか踏ん張った。
 だがしかし、先輩は尚も体重をかけてくる。その重みに耐えきれずに私の体はソファに倒れ込んだ。
 
 ソファに寝転んだ私の上に乗り上がった先輩と目が合った。

「先輩、」
「…あやめ」

 頬を撫でられ、先輩の唇が私の唇をなぞるように触れて重なった。それと同時進行で彼の手が私の胸の上に乗っかっていた。

 ここまで来て何もわからないほど私もおこちゃまではない。目標体重にはまだ到達していないが、このまま先輩に抱かれても構わないと思っていた。

 私の制服のリボンの留め具を外され、カッターシャツのボタンに手がかかる。
 部屋が静かすぎて、心臓がドキドキしているのが自分の耳に大きく聞こえてくる。この音が先輩にバレているかもしれない。
 シャツの一番下のボタンまで外されると、下着の上に着用しているキャミソールが現れる。その上から大きな手が私の身体を撫でてきた。

 そんなにマジマジと見ないで欲しい。恥ずかしいから。
 あとお腹は触るなとあれほど言っているのになんで触るかな。ポンポンは撫でなくていいです。

 先輩の熱い手が私の首から鎖骨を撫で、キャミソールに指をかける。私はドキッとして先輩の手を掴んで止めようとしたが、その動きを読んだらしい先輩は私の鼻の頭に宥めるようにキスを落とす。
 好奇心の裏に隠れた未知の恐怖をごまかすために、先輩の首に抱きついて自分からキスをした。


【♪……】

 そのタイミングで着信音は流れた。
 私達の動きはピタリと止まり、私の鞄に目が行く。

 私は手の届く距離に置いてあった鞄に手を伸ばしてスマホを取り出して見ると、液晶画面には【母さん】と表示されていた。
 それを見ていた先輩も出ていいと頷いていたので私は母からの電話に出た。

「…もしもし…?」

 訝しげな声が出ていた気がする。
 だけど電話口で言われた母の言葉に私はハッとした。

「ご、ごめん。すぐ帰る。うん、じゃあね」

 電話を切ると、開かれたカッターシャツの前を手で抑えながら私は先輩に頭を下げた。

「門限が迫ってるんで…その、すいません……」
「………わかった。送っていく」

 20時近くになっているなんて気づかなかった。
 私は慌ててカッターシャツのボタンを締めていたのだけど、ソファから立ち上がった先輩が背中を向けた状態で深い溜め息を吐いているのが聞こえて、何だかとても申し訳ない気持ちになったのである。
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