68 / 312
本編
見直して損した。やっぱりコイツは節操なしだな。
しおりを挟むこの間の噂事件で橘先輩に巻野・木場と呼ばれていた三年女子に私は呼び止められていた。彼女たちは私を睨みつけていて、ケチをつけるために呼び止めたのだとすぐに気づいた。
一応相手は先輩だから一年の時のようにあしらえない為、私はその問いに素直に答える。
「……お世話になっている人に配る義理チョコですけど」
「橘君にもあげるの?」
「…あげますけど?」
私は彼女たちの動向に警戒しながら、正直に答える。
するとあの日泣きそうな顔をして走り去った方の三年女子が一瞬で表情を険しくして私の紙袋を乱暴に奪い取った。
「なっ…何するんですか! 返して下さいよ!」
「なんであんたなのよ! …私は沙織だから諦めたのに…!」
「…え?」
彼女が言った言葉に私が疑問を覚えた瞬間、彼女がその紙袋を地面に投げ落とし、足を振り下ろすとグシャリと音を立てて踏み潰した。
私は目と口を大きく開き呆然とした。
「………」
「ふん、こんなもの橘君にあげられないでしょ」
「ちょっと橘君に目をかけてもらってるからって調子乗らないでよね」
三年女子は鼻で笑い、歪んだ笑みを浮かべていた。そして小さく「ざまあみろ」とつぶやくのが聞こえた。
チョコレートギフトを入れていた紙袋はグッシャリ踏み潰されており、中身もきっと酷いことになっているのが見て取れた。
私は呆然とする。
ここまでするか?
それに今、三年女子の片割れが言っていたことって……
私は怯えか怒りなのか分からないがブルブル震えながら、チョコレートを踏み付けにした三年女子を睨みつけた。
「…橘先輩のこと、あなたも好きなんですね」
「……だからなによ」
「好きだからって何しても良いわけじゃないんですよ? 私に嫌がらせするんじゃなくて…好きなら好きって好意を伝えたら良いじゃないですか! …嫌がらせするような人を橘先輩が好きになってくれると思いますか?」
「うっ、うるさい!」
彼女は顔を怒りで赤く染め上げて怒鳴ってきた。
大きく振り上げられた彼女の腕。
また殴られるのかと私はギュッと目を閉じて構えたが、いつまで経っても痛みが来ないので目を開けると、そこにはアイツがいた。
「ちょっとちょっと~不穏だなぁ。え、なにこれいじめ?」
「…久松?」
「あーぁ…折角頑張って作ってきただろうに……酷いことするなぁ…」
なんと私に向かっていた三年女子の攻撃を久松が軽々防御して私を庇っていたのだ。
私はその光景が信じられずに呆然としていた。
久松はひどい状態になった紙袋を見て肩をガックリ下ろすと、身をかがめて三年女子の顔を覗き込んだ。それには三年女子も頬を赤くする。
コイツ顔はいいからね顔は。そりゃドキッとするだろうよ。
「…俺さぁ、女の子大好きなわけ。たまに気性荒い子もいるけど、ベッドの中では素直だし? …女の扱いには自信があるわけよ」
「はっ? な、何を言ってるのよ」
話しだしたと思えば下ネタか。コイツ、やっぱり最低だ。
三年女子もそれにドン引きしている。彼女が橘先輩を好きならこういう男子は正反対すぎてダメなのだろう。
私は久松を呆れた目で見上げていたのだが、ニコニコしていた久松の目が鋭く光り、私はギクッとした。
…コイツ、こんな顔するんだ。
「でも…あんたみたいな性格ぶっさいくな女は無理だわ。多分橘もそうだと思うよ? ていうか性欲湧かないわマジで」
「なっ、ななな」
私まで唖然とした。
おい、最後。女子になんてことを言うんだ。この歩く18禁男め!
「鏡見てみなよ。性格だけじゃなくて顔もブッサイクになってるから」
久松が皮肉げに笑うと彼女たちはカッと頬を赤くして「最低!」と怒鳴って走り去っていった。
…うん。まぁ彼女たちも明後日以降学校に来ることがないから多分もう、いちゃもんをつけることはないと思うけど…最近本当こういうの多いよな。
私が遠い目をしていると久松が紙袋を拾い上げていた。
「あーあ潰れちゃってるもったいない」
「…仕方ないよ。捨てるしかない…庇ってくれてありがとう」
助けてもらったので久松にお礼を言ったのだが、奴は何を思ったのか、ニッコリとあの色気たっぷりの笑みを浮かべると私に近づいてきた。
私は何の構えもしていなかったので逃げ遅れ、壁との間に挟みうちにされてしまった。なんて嬉しくない壁ドンなんだ。
呆然と奴を見上げると、久松は私の頬を怪しく撫でてゆっくり顔を近づける。
「…お礼なら…体で払ってくれる?」
「…いやです」
「超絶優しくするよ? アヤメちゃん初めてでしょ? 慣れてる男のほうがいいって」
「いやです絶対に。離して下さい」
助けられた代償として高すぎるだろ。
見直して損した。やっぱりコイツは最低だ。
久松の胸板を押し返してみたが動く気配がない。久松の腕の隙間から抜け出そうとするも余計に体を押し付けられ、奴との体の距離は0cmになった。つまり密着している。
あ、これあかんヤツや。
漸く身の危険を感じた私は暴れだしたが奴は「暴れないの」とくすくす笑ってやがる。全然堪えた様子がない。挙句の果てに私の腕は壁に縫い付けられてしまった。
嫌がってんだってば! やめろよ私の首の匂い嗅ぐな!!
「やめて! 嫌だってば!!」
「いい匂い。…あ、ムラムラしてきちゃった」
「ぎゃあー!!」
止めてくれほんとに。
こんな形で純潔を失うなんて嫌だ!!
私の叫びが天に届いたのかわからないが、そこに救いの神が現れた。
「久松! お前何してる!?」
「ぅおっ」
久松が勢いよく私から離れた。私は気が抜けてヘナヘナしゃがみこむ。
彼らの登場で私の貞操は守られたからだ。
「げっ! 大久保に橘だー」
「おっまえ嫌がる女子になんてことをしてんだ! だいたいここは学校だろうが!」
「だってアヤメちゃんがかわいかったから」
「かわいいからって襲って良いわけじゃないだろが! お前はこっち来い!」
風紀委員長になる前から久松をマークしていた大久保先輩は慣れた様子で久松を連行していく。
「…田端大丈夫か?」
「あ…はい…」
「アヤメちゃーん!」
気遣わしげに声をかけてくる橘先輩に返事を返していると、久松が私を呼んだ。奴は何故か私が作った潰れたチョコの箱を掲げている。
「アヤメちゃーん! これ貰っておくね~! それと今度は絶対遊ぼうねぇ~」
「…絶対嫌だ! もげちまえエロ大魔神!!」
私は自分の体を抱きしめながらいつぞやの女の子と同じセリフを叫んでいた。
やばい。柄にもなく震えている。あんな奴が怖いと感じるなんて。
「…田端」
「だ、大丈夫です。すぐに落ち着くんで」
しかしこんな所を橘先輩に見られるなんてついてない。
鼻がツンとして自分が泣きそうになっているとわかったが絶対に泣きたくはない。
「とりあえず保健室に行こう」
「せ、先輩、違うんですよ。私と久松そんな関係じゃないですからね?」
「知ってる。疑ってなんていないから」
「抵抗したんですよ。嫌だって言ったんです。だけど」
「わかってるから」
泣きたくはなかったが私の声は震えていた。先輩は「怖かったな」と小さく呟くとそっとその手を私の頭に伸ばした。
ポンポン、と私の頭を撫でてくれた橘先輩は私の腕を引っ張って私を立ち上がらせると保健室まで送ってくれた。
「帰りは教室まで迎えに行くから待ってろ」
「…はい」
俺は風紀室に行くからと言って先輩は保健室から出ていった。私は昼休みギリギリまで保健室で過ごすことに。眞田先生の出してくれたお茶で大分落ち着いた気がする。
眞田先生に事のあらましを話したら「残念だけど来年に期待しておくよ」と苦笑いの後わっしゃわっしゃと犬撫でされた。もう柴犬扱いされるのは諦めた。
「それにしても残念だったな。橘にあげる分も台無しになったんだろ?」
「あ、いえ帰りに渡すつもりだったからロッカーに保管してるんで無事です」
「おぉ抜かりないな」
そう、帰りに渡すつもりだった私は橘先輩に渡すチョコだけはクラスの男子もといチョコレート亡者たちから守るために安全な場所に隔離していたのだ。
鍵付きロッカーだから壊されない限り無事だと思う。教室の後ろにあるしそんな事してたら教室にいる誰かにバレるけど。
後で教室に戻って確認したけど無事だったのでホッとした。
…受け取ってくれると良いんだけど。
今から緊張してたら後が持たないよ。
1
お気に入りに追加
474
あなたにおすすめの小説
【完結】ヤンデレ設定の義弟を手塩にかけたら、シスコン大魔法士に育ちました!?
三月よる
恋愛
14歳の誕生日、ピフラは自分が乙女ゲーム「LOVE/HEART(ラブハート)」通称「ラブハ」の悪役である事に気がついた。シナリオ通りなら、ピフラは義弟ガルムの心を病ませ、ヤンデレ化した彼に殺されてしまう運命。生き残りのため、ピフラはガルムのヤンデレ化を防止すべく、彼を手塩にかけて育てる事を決意する。その後、メイドに命を狙われる事件がありながらも、良好な関係を築いてきた2人。
そして10年後。シスコンに育ったガルムに、ピフラは婚活を邪魔されていた。姉離れのためにガルムを結婚させようと、ピフラは相手のヒロインを探すことに。そんなある日、ピフラは謎の美丈夫ウォラクに出会った。彼はガルムと同じ赤い瞳をしていた。そこで「赤目」と「悪魔と黒魔法士」の秘密の相関関係を聞かされる。その秘密が過去のメイド事件と重なり、ピフラはガルムに疑心を抱き始めた。一方、ピフラを監視していたガルムは自分以外の赤目と接触したピフラを監禁して──?
ゲームの序盤に殺されるモブに転生してしまった
白雲八鈴
恋愛
「お前の様な奴が俺に近づくな!身の程を知れ!」
な····なんて、推しが尊いのでしょう。ぐふっ。わが人生に悔いなし!
ここは乙女ゲームの世界。学園の七不思議を興味をもった主人公が7人の男子生徒と共に学園の七不思議を調べていたところに学園内で次々と事件が起こっていくのです。
ある女生徒が何者かに襲われることで、本格的に話が始まるゲーム【ラビリンスは人の夢を喰らう】の世界なのです。
その事件の開始の合図かのように襲われる一番目の犠牲者というのが、なんとこの私なのです。
内容的にはホラーゲームなのですが、それよりも私の推しがいる世界で推しを陰ながら愛でることを堪能したいと思います!
*ホラーゲームとありますが、全くホラー要素はありません。
*モブ主人のよくあるお話です。さらりと読んでいただけたらと思っております。
*作者の目は節穴のため、誤字脱字は存在します。
*小説家になろう様にも投稿しております。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています
平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。
生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。
絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。
しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?
婚約破棄したい悪役令嬢と呪われたヤンデレ王子
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「フレデリック殿下、私が十七歳になったときに殿下の運命の方が現れるので安心して下さい」と婚約者は嬉々として自分の婚約破棄を語る。
それを阻止すべくフレデリックは婚約者のレティシアに愛を囁き、退路を断っていく。
そしてレティシアが十七歳に、フレデリックは真実を語る。
※王子目線です。
※一途で健全?なヤンデレ
※ざまああり。
※なろう、カクヨムにも掲載
残り一日で破滅フラグ全部へし折ります ざまぁRTA記録24Hr.
福留しゅん
恋愛
ヒロインに婚約者の王太子の心を奪われて嫉妬のあまりにいじめという名の悪意を振り撒きまくった公爵令嬢は突然ここが乙女ゲー『どきエデ』の世界だと思い出す。既にヒロインは全攻略対象者を虜にした逆ハーレムルート突入中で大団円まであと少し。婚約破棄まで残り二十四時間、『どきエデ』だったらとっくに詰みの状態じゃないですかやだも~! だったら残り一日で全部の破滅フラグへし折って逃げ切ってやる! あわよくば脳内ピンク色のヒロインと王太子に最大級のざまぁを……!
※Season 1,2:書籍版のみ公開中、Interlude 1:完結済(Season 1読了が前提)
【完結】もったいないですわ!乙女ゲームの世界に転生した悪役令嬢は、今日も生徒会活動に勤しむ~経済を回してる?それってただの無駄遣いですわ!~
鬼ヶ咲あちたん
恋愛
内容も知らない乙女ゲームの世界に転生してしまった悪役令嬢は、ヒロインや攻略対象者たちを放って今日も生徒会活動に勤しむ。もったいないおばけは日本人の心! まだ使える物を捨ててしまうなんて、もったいないですわ! 悪役令嬢が取り組む『もったいない革命』に、だんだん生徒会役員たちは巻き込まれていく。「このゲームのヒロインは私なのよ!?」荒れるヒロインから一方的に恨まれる悪役令嬢はどうなってしまうのか?
【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。
樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」
大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。
はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!!
私の必死の努力を返してー!!
乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。
気付けば物語が始まる学園への入学式の日。
私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!!
私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ!
所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。
でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!!
攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢!
必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!!
やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!!
必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。
※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。
※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる