上 下
67 / 312
本編

チョコレート亡者の発生する時期。チョコが欲しいのか気持ちが欲しいのかどっちなんだ。

しおりを挟む
 バレンタインは本来男性から女性に花やカードをプレゼントする日らしいけど、日本みたいに女性から好意を告げる日でも良いんじゃないかなと今の私は思う。

 オーブンのアラームが鳴ったので、こんがり焼きあがったビスケットの載った天板を取り出す。
 先程作り終えたトリュフチョコレートは冷蔵庫に入れて冷やしているし、後はビスケットが冷めるのを待って包装するだけだ。


「姉ちゃん唐揚げ作ってよ」
「こないだ作ってやっただろうが」

 台所でお菓子を作成していると弟がひょっこり現れて開口一番そう言ってきた。コイツは唐揚げジャンキーか。
 思わず荒い口調で反応してしまったが仕方のないことだと思う。それよりも私は14日のための準備に忙しいのだ。
 先輩の登校日は2月15日まで。それから二次試験までは自宅学習となる。それでも卒業までに何回か学校に来るとは言ってたけどもう会えなくなるのだ。

 だから私は先輩にバレンタインチョコレートを渡そうと決めていた。
 それが私の精一杯の告白だ。



「…苦い」
「ちょっと和真つまみ食いしないで」
「甘いのないの?」
「それは風紀の人にあげるから食べないで」
「あ、これうんま」
「だから食べるなってば!」


 気持ちが重いかもとは思ったけども折角なので手作りにした。お弁当食べてくれたことがあるし多分大丈夫だと思う。

 気合を入れすぎないように大久保先輩に渡す義理チョコの包装と同じものを選択したが、やっぱり中身の本命チョコレートは気合が入った。橘先輩の分は他とは違う。
 甘さ控えめのトリュフに口直しのビスケット。一番仕上がりがきれいなものを選んでおく。

 バレンタイン前日の夜にそれらを無事作り上げた私は達成感に満ちていた。綺麗にラッピングして、橘先輩の分だけは区別できるように他の人とは違う小袋に入れておく。

(喜んでくれると良いな)

 ニヤニヤしていたら和真に「顔すごい事なってるけど」とツッコまれたので奴の分のチョコレートは没収したのである。




 翌日。昨晩作ったバレンタインギフトを大きな紙袋に入れて、私は学校へ向かった。
 中には本命以外にも友チョコや義理チョコも入ってるので少々大荷物になったけども、重いのは行きだけだから大丈夫であろう。


「アヤちゃんおっはよー!」
「おはよ沢渡君」
「何それ何それすごい荷物!」
「はい友チョコあげる」
「友チョコ! でも嬉しいありがとう!」

 学校の昇降口に到着した時真っ先に声をかけてきた沢渡君に友チョコを渡すと喜んでいた。彼はその後も義理チョコ友チョコを貰っては「本命じゃないの~?」とぼやいていた。
 そこに丁度友人らが登校してきたので友チョコを渡すと「えぇ!?」と驚かれつつも喜んでもらえた。

「アヤが作ったの!? 女子力たっか!」
「いやぁ…そんな事ないよ」
「手作りかー。私は彼氏にいつも市販のやつあげてるから見習わないと」

 去年も自分の友達にあげたけど、その時はユカやリンと友達でもないしクラスメイトでもなかったからな。

「あやめせんぱーい。おはようございまーす!」
「おはよう室戸さん。…そうだ室戸さんにもあげる。友チョコなんだけど」
「えぇ!? いいんですか!?」

 下駄箱付近で友チョコを配っていると、何処からかドサドサドサドサ…と何かが雪崩落ちる音が聞こえてきた。

 なんだ? とその音の発生源を見に行けば、我が弟が不機嫌そうな顔してそれらを睨みつけていた。
 彼の靴箱からは大量のプレゼントの山。
 思うんだけど靴箱に食べ物入れられるってなんか嫌じゃない??

 私はカバンの中から常備していた大きめの袋を取り出し、弟に差し出す。

「相変わらず漫画みたいだね。カズ、エコバック貸してあげるからちゃんと持って帰りなさいよ」
「…めんどくせぇ」

 和真はそう毒吐きながらもしゃがんでプレゼントを袋にしまい始めた。
 流石我が弟、安定のモテっぷりである。

 よくよく自分のクラスの靴箱を見直して見れば、山ぴょんの靴箱も今にも雪崩落ちそうになっていた。
 部活であろう奴は朝練中だろうからこれに気づくのは帰りかな。

 いやぁ流石乙女ゲーム。古典的な少女マンガみたいなアクションがあって面白い。

 …そう言えばヒロインちゃんはどうするんだろうか。バレンタインは最終イベントの卒業式前の重要な局面である。
 …誰とエンドを迎えるのかが謎すぎて逆に気になるんだけど。


 そんな事考えながら教室に入るとヒロインちゃんは女の子の友達といつものように歓談していた。
 クラスの男子がチラチラヒロインちゃんを見てるが、あからさますぎないか。
 私は苦笑いして席に着く。

「あっ田端! 田端それ!」
「あんたらのじゃないよ。お世話になってる人に配る分だから」
「俺らもお世話してるだろ!?」

 チョコレート亡者が私が持ってる大きな紙袋に群がってきたが私は一蹴した。コイツら誰に貰ってもいいって思考してるから絶対にあげたくない。

 チョコレートを守っていると、朝練終わりの山ぴょんが教室に入ってきた。その手には既に紙袋いっぱいのチョコレート。
 男子達の視線が山ぴょんに集中する。

「山浦! 寄越せください!」
「いつもお前ばっかりー!」
「なんだよいきなり!?」

 亡者共は一斉に山ぴょんに群がっていく。
 山ぴょんのお陰で私のチョコレートは死守できた。さて、これを橘先輩にどうやって渡そうかと思ったのだが、シンプルにメールで一緒に帰ろうと誘ってみた。

 橘先輩から快諾いただいたので、帰りに渡す!
 これで完璧!

 ちなみに風紀の面々には昼休みに届けようと思ってる。申し訳程度のばらまきチョコなので代表者に預けておいて早いもの勝ちで食べて欲しい。

 心なしか学校中チョコレートの甘い香りが漂っている気がする。甘い物好きな人はいいけど苦手な人はきっついだろうなぁ。
 …橘先輩もたくさんチョコレート貰ってるんだろうな…当然だけど。
 …ちょっとジェラシー…


「おいお前らなにしてるんだ。席につきなさい」

 担任が教室に入ってきて、乱闘する男子を注意する。亡者共が山ぴょんへの恨み言を訴えると担任は「仕方ねぇなぁ」と言ってスラックスのポケットから黒飴を取り出した。

「家庭科の吉田先生がくれたアメやるからこれで落ち着け」
「黒飴って! ばあちゃんかよ!」
「間接的だが女性からの贈り物だ。ほら嬉しかろう」
「女だけど還暦近いじゃんよ!」


 バレンタインは男女ともにソワソワする日。
 義理チョコの文化をなくそうという動きが生まれ始めたけど、でもそれはそれで寂しい気がするのは私だけだろうか。



 午前の授業を終え、昼食を済ませると私は紙袋を持って席を立つ。

「ちょっと風紀室に顔だしてくるね」
「えー? 橘先輩じゃないのー?」
「…先輩は後でだもん」

 頬杖をしてニヤニヤ見送るユカから目を逸らし、私は教室を出た。
 風紀室のある階に降りるとその周辺は静かであった。バレンタインってなんやかんや忙しそうなのに意外である。

「失礼しまぁーす」
 
 外から呼びかけて応答があったので扉を開けるとそこには柿山君がいた。
 他の委員は出払っているらしい。

「どうした田端」
「これこれ。お世話になってるから義理チョコ作ってきたの。早いもの勝ちで食べてね」
「…なんか悪いな」
「柿山君はこっち。閉じ込められた件とか和真の件で本当にお世話になったからちょっと豪華だよ。あ、友チョコだからお返しとか要らないから」
「お、おう、そうか…」

 ばらまきチョコとは違う包装された箱を手渡すと何故か柿山君はギクシャクしていた。
 私は少し疑問に感じていたけども「じゃあ皆によろしくね」と声をかけて退室した。

 後は大久保先輩と保健室の眞田先生に義理チョコを配ろうと思っているのだが、三年の教室行くのってやっぱり勇気がいるんだよねぇ。

 ひとまず眞田先生のところに行くかと踵を返した私だったが、先へと進むことは出来なかった。

「ちょっと」
「え?」
「…それ、誰にやるわけ?」

 
 保健室に足を向けていた私の前に彼女たちが立ちはだかったからだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

記憶をなくしたジュリエット

詩海猫
恋愛
もしも前世で死に別れたロミオとジュリエットが生まれ変わって再会したら……? というお話を現世の高校を舞台に書いてみました。 *体調不良につき不定期更新

転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています

平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。 生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。 絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。 しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?

異世界転生したら、なんか詰んでた 精霊に愛されて幸せをつかみます!

もきち
ファンタジー
旧題:50代で異世界転生~現状はあまりかわりませんが… 第14回ファンタジー小説大賞順位7位&奨励賞 ありがとうございました(^^♪ 書籍化に伴い、題名が一新しました。どうぞよろしくお願い致します。 50代で異世界転生してしまったが、現状は前世とあまり変わらない? でも今世は容姿端麗で精霊という味方もいるからこれから幸せになる予定。 52歳までの前世記憶持ちだが、飯テロも政治テロもなにもありません。 【完結】閑話有り ※書籍化させていただくことになりました( *´艸`)  アルファポリスにて24年5月末頃に発売予定だそうです。 『異世界転生したら、なんか詰んでた ~精霊に愛されて幸せをつかみます!~』    題名が変更して発売です。  よろしくお願いいたします(^^♪  その辺の事を私の近況ボードで詳しくお知らせをしたいと思います(^_-)-☆

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

先輩に退部を命じられた僕を励ましてくれたアイドル級美少女の後輩マネージャーを成り行きで家に上げたら、なぜかその後も入り浸るようになった件

桜 偉村
恋愛
 別にいいんじゃないんですか? 上手くならなくても——。  後輩マネージャーのその一言が、彼の人生を変えた。  全国常連の高校サッカー部の三軍に所属していた如月 巧(きさらぎ たくみ)は、自分の能力に限界を感じていた。  練習試合でも敗因となってしまった巧は、三軍キャプテンの武岡(たけおか)に退部を命じられて絶望する。  武岡にとって、巧はチームのお荷物であると同時に、アイドル級美少女マネージャーの白雪 香奈(しらゆき かな)と親しくしている目障りな存在だった。  だから、自信をなくしている巧を追い込んで退部させ、香奈と距離を置かせようとしたのだ。  そうすれば、香奈は自分のモノになると思っていたから。  武岡の思惑通り、巧はサッカー部を辞めようとしていた。  しかし、そこに香奈が現れる。  成り行きで香奈を家に上げた巧だが、なぜか彼女はその後も彼の家を訪れるようになって——。 「これは警告だよ」 「勘違いしないんでしょ?」 「僕がサッカーを続けられたのは、君のおかげだから」 「仲が良いだけの先輩に、あんなことまですると思ってたんですか?」  甘酸っぱくて、爽やかで、焦れったくて、クスッと笑えて……  オレンジジュース(のような青春)が好きな人必見の現代ラブコメ、ここに開幕! ※これより下では今後のストーリーの大まかな流れについて記載しています。 「話のなんとなくの流れや雰囲気を抑えておきたい」「ざまぁ展開がいつになるのか知りたい!」という方のみご一読ください。 【今後の大まかな流れ】 第1話、第2話でざまぁの伏線が作られます。 第1話はざまぁへの伏線というよりはラブコメ要素が強いので、「早くざまぁ展開見たい!」という方はサラッと読んでいただいて構いません! 本格的なざまぁが行われるのは第15話前後を予定しています。どうかお楽しみに! また、特に第4話からは基本的にラブコメ展開が続きます。シリアス展開はないので、ほっこりしつつ甘さも補充できます! ※最初のざまぁが行われた後も基本はラブコメしつつ、ちょくちょくざまぁ要素も入れていこうかなと思っています。 少しでも「面白いな」「続きが気になる」と思った方は、ざっと内容を把握しつつ第20話、いえ第2話くらいまでお読みいただけると嬉しいです! ※基本は一途ですが、メインヒロイン以外との絡みも多少あります。 ※本作品は小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

処理中です...