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本編

人も街も変わっていくもの。変わらないものなんてあるのだろうか。

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 早くも2月に入った。
 三年生の先輩たちが卒業するまで約一ヶ月。
 そして乙女ゲームの舞台が終了するまで後僅かである。

 なのだが、ヒロインちゃんの攻略状況は未だに不明だ。
 だけど私から見たら、久松と親密になっているような気がする。

 (元)生徒会長は価値観の違う発言(大切なコート弁償する発言)でちょっと心の距離が生まれたらしいし、ヒロインちゃんは陽子様と犬仲間になった。
 (元)副会長は許嫁候補がいたことを黙っていたせいか、ヒロインちゃんが避けてる。不誠実な男性は良くないよね。
 眞田先生はただの保健室の先生ポジだし、大久保先輩はびっくりするほどヒロインちゃんと接触していない。

 私がハラハラしていた橘先輩もすれ違いざまに挨拶してるのを見かけただけで会話らしい会話をしているのを見たことがない。
 和真にしても学年も違うし、今は接触が一切なし。林道さんのせいかもしれないけど。

 山ぴょんは比較的ヒロインちゃんと仲がいいのでダークホースな気がする。修学旅行中にイベントしてたみたいだし。
 だけど山ぴょんよりも親しいのは久松だ。

 修学旅行二日目に私が寝た後…ヒロインちゃんは23時頃部屋に帰ってきたそうな。先生たちから説教を受けていただろう時間も加えてだが、門限から5時間も経って帰ってきたそうな。

 私は寝ていたし、詳しく話は聞いてないけど、ヒロインちゃんが友達と話している内容を聞いていたリンによると、祇園の一見さんお断りのお店に連れて行かれていたとかなんとか。
 ヒロインちゃんは「お座敷遊びって楽しいんだね!」と言っていたらしい。

 おいおい高校生の行く場所じゃないぜ。
 もっと高校生らしいデートしてこいよ。
 ヒロインちゃん、私が言うのは何だけどもっと反省しようね?

 しかし久松か…いやヒロインちゃんがいいならいいけど…
 でもやっぱり久松嫌だなぁ。


☆★☆


「それでコロは橘とはどうなんだ?」
「ごほっ!」
「大丈夫か?」

 翌日、保健室の眞田先生にもお土産を渡しに行った。それでお茶を出してもらって一緒におかきを食べていた所、いきなり何の前触れもなくそんな事を聞かれて私は動揺した。

 セーターにお茶を零してしまい、先生がタオルをくれたので叩いて水分を抜いていると「たつ兄!」と元気な声で三栗谷さんが入室してきた。

「あれっ田端さんも来てたんだ? それ京都で買ったやつ?」
「うん。眞田先生にあげたけど三栗谷さんも食べていいよ」
「わーい! 私あんまりお土産買えなかったんだよねー」

 三栗谷さんは保健室に入ってきて勝手知ったるとばかりにパイプ椅子を何処からか引っ張り出してきた。

「そういえばどうしたのそれ」
「…お茶零しちゃって」
「橘との進展具合を確認したらコロはわかりやすく動揺してなぁ」
「先生、シッ!」

 淹れたてのお茶を三栗谷さんに手渡しながらネタバラシをなさる眞田先生。
 ちょっと待ってなんで先生まで気づいているの!? そんな事一度も話したことないのに!

「…橘って…風紀副委員長だった人? 剣道部の部長だった人だよね? え、田端さん付き合ってるの!?」
「付き合ってない付き合ってない! …その、私が一方的に…」
「そーなのー!? 田端さんああいうタイプが好きなんだ!」

 三栗谷さんにまでバレてしまって私は両手で顔を隠した。
 どんどんバレていくんだけど…

「橘先輩、大学でも剣道続けるのかな? 夏の大会でも惜しい所まで行ったらしいけど、辞めるのもったいないよね」
「あぁ…志望大学にサークルがあるらしいから入る予定だとは言ってたよ」
「えっ! そんな話するほど仲いいんだね! うわぁいいなぁ」
「ちがっ、先輩は面倒見がいいから!」
「照れるな照れるな」

 三栗谷さんがニヤニヤしながら肘でツンツンしてくる。
 あぁ顔が熱い。
 止めてくれ。ほんとに。


 …そう言えば先輩が剣道する姿って見たことないかも。
 夏の時点では全く意識してなかったし、私バイトに熱中してたからなぁ。観に行こうとか考えたことがなかった。

 …大学での剣道の試合とか観に行っちゃダメかな? 絶対にカッコいいに決まってる。
 …観戦なんてしたら余計好きになって諦めることができないかもしれないけど…

 はぁ~あ…とため息を吐くと、三栗谷さんが首を傾げていた。眞田先生が苦笑いして三栗谷さんを嗜める。

「楓、からかうのは止めてやれ。コロはこういうのに慣れてないから一杯一杯なんだろう」
「えー? でも来月卒業なんだよ? 行動するなら早めが良いと思うんだけど」 

 私はそれにギクッとする。

 そうだ。来月橘先輩は高校を卒業する。
 しかも今月下旬に二次試験を控えており、二月の半ば以降は自宅学習として卒業までは自由登校に切り替わるので会えなくなるのだ。


「………」

 無言になって項垂れる私に二人は気遣わしげに視線を向けてフォローしてくれたが、私は現実に打ちのめされていた。

 想いを告げる気はない。
 だけど、別れを覚悟出来ていなかったのかもしれない。

 今までは後輩として側にいられたらそれで良かったのに、最近の私は欲がどんどん深くなっている。



☆★☆


「明日試合あるから弁当作って」
「……なんで私に言うのよ」
「唐揚げが良い」
「……あんたね」


 金曜の帰りに和真が迎えに来たかと思えばいきなりそんな事を言ってきた。
 空手に熱中している和真は雰囲気が変わった。
 イケメンなのは変わらないが、空手バカになりつつある。コイツが武道にハマるとは思わなかった。

 だけど私が弁当を作る話とは別問題である。

「じゃー作り方教えてあげるから自分で作れば?」
「無理」
「無理じゃないでしょ。作れるでしょ」

 私は了承していないというのに、私の鞄を引っ張り、二年の教室のある階から昇降口に誘導する。

「はやく」
「えぇ~」
「和真くーん!」

 元気よく突っ込んできた林道さんは和真に抱きつこうとした。それをひょいっと避ける和真。勢い余った林道さんは私に抱きついてきた。
 グリグリと頭を鎖骨付近に押し付けるの止めてくれ。
 最近体当たりアタックするようになったよね林道さん…スキンシップ激しすぎるよあなた…

「フカフカ…あれっ和真くんがあやめちゃんになった!!」
「カズが避けただけだよ…」
「酷い和真君なんで避けるの!?」

 和真は聞こえないふりをしてシカトをしていた。
 弟よ。姉を見捨てるとはどういう了見か。

「姉ちゃん早く行こうぜ」

 私はニヤリと笑った。
 転生者であるものの林道さんが害のない人間と知った今、別に協力するわけじゃないけど飯炊きババア扱いする弟に制裁を与えてやろうかと。


「カズー? ここにこんなに可愛い女の子がいるんだから林道さんに大好きな唐揚げ作ってもらったら?」
「はぁ?」
「えっ? なになに唐揚げ?」
「あのね和真ねぇ…空手習ってるんだけど、明日練習試合があるからお弁当作ってもらいたいんだって~」

 林道さんにそう教えると和真がぎょっとした顔をしたのが見えた。
 和真は私が林道さんを苦手に思っている事を知っていたのでまさかっていうのと、多分和真も林道さんタイプをどう扱えば良いのかわからなくて同様に苦手と思っているのだろう。
 私の話を聞いた林道さんはキラキラ目を輝かせて胸の前でグッと拳を握った。

「えぇ!? そうなの!? 行く行く! 美味しい唐揚げ作ってくるね!」
「……姉ちゃん…」
「ふん、お姉様を飯炊きババア扱いした報いだ」

 恨みがましい目を向けられたが、私にとって弟の睨みなんて怖くない。鼻で笑ってやるわ。
 …なんだけど強引にスーパーに連行されて材料買わされた。
 和真、もう少しお姉様を敬いなさいよ。



 翌朝、和真に監視されながら仕込んでいた唐揚げの材料を揚げると、試合に出かけていく和真に渡した。

「まぁ多かったら仲間にあげたら?」
「ん」
「ん。じゃないよ。ちゃんとお礼は?」
「…アリガトーゴザイマース」

 なんかいちいち生意気だが大目に見てやる。

 本当は観戦に行くつもりはなかったけど、林道さんが不安がっていたので暇つぶしも兼ねて私も試合開始時間に合わせて向かうことにしている。



 化粧してばっちり変身すると、自分のお弁当と水筒を入れたトートバックを持って林道さんと待ち合わせしている駅前まで向かった。

「あやめちゃーん! おはよー」
「おはよ。早速だけど行こうか」
「うん!」

 林道さんは可愛らしい格好だった。
 自分の魅力をわかった服装で、よく似合っている。
 膝上丈チェック柄スカートにショートブーツ組み合わせに、ボンボン飾りのついているフード付きのもこもこ上着に毛糸の帽子。
 まぁ可愛い。でも寒くないの?

 私はデニムショートパンツだけど寒いからタイツ着用の上ロングブーツ履いてるし、白のVネックのセーターの上はやっぱりダウンジャケット。
 だって寒いやん。今二月よ?


 空手教室は最寄り駅に近い。
 なのだが林道さんの家の最寄りから離れているので道案内も兼ねていた。


「あれ? 橘先輩じゃない?」
「あ…本当だ…勉強してるね…」
「追い込みの時期だもんね」

 夏と冬休みにバイトしていたファーストフード店の前を通り過ぎると、店内の窓際で勉強している橘先輩の姿を見かけた。集中しててこちらには気づいていないようだ。
 窓を叩けは多分気づくだろうけど、邪魔しちゃ悪いので私達は先輩に気付かれないように通り過ぎた。

「…あやめちゃん、本当に告白しなくていいの?」
「…しないよ」
「むーっあやめちゃんの意気地なし」


 自分のことじゃないのに腹を立てている林道さんに私は苦笑いしてしまった。

「…そうだね私は意気地なしだ」
「…あやめちゃんは本当に可愛くなったよ。…もっと自信持てばいいのに」

 林道さんがそう言ってきたけども、やっぱり私はモブでしかなくて、告白なんてそんな大それた事をする勇気はなかった。


「もうその話は終わり。…ここだよ和真の通ってる空手教室」
「わぁすごい歓声! 和真君もう試合してるのかな?」

 道場にたどり着くと既に試合は始まっていた。
 少年部から青年部まであるこの道場。初心者の和真は少年部に所属している。
 12月の下旬に入ったばかりだが、大分らしくなってきたように思えるのは姉の欲目だろうか。

「きゃっ! 和真君! 和真くーん!! かっこいいー!」
「林道さん落ち着いて。あと私の腕にぎんないで」

 和真の試合になると林道さんが興奮して大変だった。周りの人の迷惑にならないように配慮していたら全然試合に集中できなかった。
 残念ながら判定負けしたけども、いい試合だったと思う。
 和真は悔しそうにしつつもその目には闘志が宿っているように思えた。
 うん、前よりも良い顔してるよ。

「和真くーん! お疲れ様~」
「…ホントに来たんだ…」
「おい和真! 誰だこのかわい子ちゃんは!」
「…姉の同級生です」

 待機場所に戻った和真に特攻した林道さんを追いかけた所、和真は熱烈なハグを受けていた。
 すっごいなぁ林道さんのその積極的な所、私も見習うべきなのかもしれない。

「林道さん、道場の人に迷惑なるから止めてってば」
「だってぇ和真君カッコいいんだもん」
「…騒ぐなら帰ってくんない?」

 和真の不機嫌そうな声に林道さんはビクッとして急にしおらしくなった。
 借りた猫のごとく静かに戻ってく林道さんを呆れた目で見送り、私は弟に激励を送った。

「和真あんた良い顔するようになったね。カッコよかったよ」
「…うるせ」
「私もう帰るけど、多分林道さんおとなしくなったから安心したら良いよ。じゃあね」
「ん」


 私は和真の試合を見れたらすぐに帰るつもりでいた。
 今月末に学年末テストがあるので少し早いけど勉強しようと思って図書館に行くつもりだったのだ。
 もしかしたら受験生で多いかもしれないけど、一席くらいなら空いているかもしれないしダメ元で行ってみることにした。



「「あ…」」

 図書館にたどり着くと、私は意外な人物と遭遇した。

「あなた…田端さん」
「…沙織さん…」


 それは決して友好的な相手ではなく、彼女は私を見た瞬間そのきれいな顔を歪めていた。
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