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本編
班決めって何かしらアクシデントがある。それとなく上手くいかないものだろうか。
しおりを挟む突然だが、和真が黒髪に戻した。
それを見た瞬間私はなぜか「裏切ったな!」と思ってしまった。一体どういう心境の変化なのかはわからない。
そして私は今、スプレーで一時的に黒髪に戻っている。
その訳はというと。
「じゃあクリスマスの繁忙期は出れるのね?」
「はい! 23日から休みなのでフルで入れます。21や22も半ドンなので昼過ぎからなら出ることができます」
冬休みのバイトの面接のためである。
ファーストフード店でも働けるんだけどどうせなら時給の高い所が良い。
稼ぐためだ。黒髪にするのは仕方ない。
土曜で学校が休みの今日、早速面接を受けた。そして午後からはもう一軒面接の予定がある。そっちは年末までのおせち製造工場での短期バイトだ。
期末考査と和真の拉致事件から早くも一週間経過した。
テストも全て返却され、私のテスト結果は上々だった。夏休み前の結果にほぼ近い点数に戻り、なんとかバイトの許可を親からもぎ取ったのだ。
次の面接まで時間が余っていたため、私はコーヒーショップの窓際の席でのんびり過ごしていた。
あぁでもバイト本決まりしたら染めたほうが良いかもね。スプレーはちょっと高くつくし。
ふとスプレーで黒くした自分の髪の毛を見て唸る。
(いや、暗めの茶髪にするか?)
「あの」
「!?」
「…あやめさん。ですよね?」
「!」
私に声をかけてきた人に私は目を丸くした。
今日の彼女の装いは薄紫色の花が描かれた上品な訪問着。襟元に差し色を使っていてさりげないオシャレが見える。その上に羽織を着ているがそれだけで寒くないのだろうかとちょっと心配になった。
「小石川さん!」
「良かった。人間違いだったらどうしようかと思ったんです。髪の毛染められたんですね」
「あ、いえこれはスプレーで黒くしただけで」
「え? なぜ?」
「冬休みにアルバイトしようと思って。面接のために黒く染めたんです」
「まぁ…」
お嬢様育ちの小石川さんにはアルバイトなんて縁のない話だろう。目を丸くして口元を抑えている。
彼女もここでお茶しに来たのだろうか。その割には飲み物持ってないけど。
「アルバイトは何をなさるの?」
「まだ採用は決まってないですけどクリスマスケーキ販売とおせち製造工場の短期のバイトを。あと年始はファーストフード店で働こうかなと思って。完全なお小遣い稼ぎなんですけどね」
「すごいわ。しっかりしていらっしゃるのね。私も見習わないと」
「いやいやいや私なんて全然。人に迷惑かけてばっかりですし」
主に風紀とか橘先輩とか。
それにお小遣い稼ぎだから別に立派なんかじゃない。
一月に修学旅行もあるし、それのお小遣いの足しにしたいだけだ。
否定する私に小石川さんはコテンと首を傾げる。
「そうなのですか? …思ったのだけど私のほうが年下なのだから敬語は結構ですよ?」
「えっ…だけど」
「ぜひ私のことを雅とお呼びくださいな」
「…えっと。…雅ちゃん…?」
「はい」
にっこり微笑む美少女プライスレス。
私のようなモブになんて優しい…!
これだけで年末年始バイト頑張れる!
私はとりあえず明日美容室に予約入れようと思った。
☆★☆
「アヤ!? どうしたのその髪!」
「んーアルバイトしようと思ってねぇ。昨日染めた」
「似合ってんじゃん。前より親しみやすくなってる」
「え!? 地味オーラ出てきてる!?」
「違う違う」
私は茶色に染めた。ハニーブラウンなので以前よりは暗くなった。
「あんた達姉弟一体どういう心境の変化なの?」
「私は今だけだよ。…和真はねぇ…わかんない」
タカギの事件からそう日は経ってないが、和真の雰囲気は変わった。突然空手を始めたいとか言い出したのには私だけでなく両親も驚いていた。
なにか負い目があるのかもしれないが…今まで習い事らしい習い事をしたこともないし、やりたいとも言わなかったあの和真が、空手。
この高校にも空手部はあるけども、大体が段持ちのベテラン。そこじゃ和真がついていけないだろうから、校外の空手教室に今度見学に行ってみたらどうだ? と父さんが提案していた。
しかし空手ねぇ…喧嘩が全くできないのを気にしてるのかな。
私は机に頬杖ついて弟のことを考えていたのだが、その間に担任が教室に入ってきた。
「お前らー席つけー。お、田端髪染めたのか。先生としてはもっと暗くてもいいと思うぞ」
「修学旅行前には戻しまーす」
目ざとい担任に突っ込まれた私はとりあえずそう返しておく。担任がそれに何やら小言を言っているが私は耳を塞いで聞こえないふりをした。
「田端は後で職員室な。来月に二年は修学旅行がある。皆知ってる通り行き先は京都。基本団体行動だが、二日目と三日目に自由行動があるのでこの時間で男女混合6人以内の班を作るように」
なんか呼び出しくらった気がするけど私はなんにも聞こえていない。
くじ引きではなく、好きな者同士で班決めをしていいと言われたので、私はユカとリンと組んだ。
これって3人じゃだめなのかな。男子が居ても意見の不一致で結局現地解散になると思うんだけど。
「アヤちゃんユカちゃんリンちゃん! 俺と組もー!」
「別にいいけど」
沢渡君がいつものノリで加わってきた。4人でもまぁ問題ないだろうと私は先生に提出する修学旅行のグループ班員の名前欄に沢渡君の名前を足した。
「俺もいいか?」
「えぇ…?」
「…おい、あやめお前ちょいちょい俺への態度失礼だからな」
「だってぇ…山ぴょんでしょ…? うわめんどくさ…」
「お前なぁ! 俺だって傷付くんだからな! 仕方ねぇだろ人数余っちまったんだから!」
山ぴょんは友達と組もうとしたが、6人以上になってしまったらしく、自分が外れたという。
私は元々集まっていた集団をちらりと見てみたのだが、その中に居た三人組の女子生徒たちにキッと睨みつけられた。
…あ。嫌な予感がするな。ほらやっぱりめんどくさい。
彼女たちは山ぴょん目当てで誘ってきたが定員オーバーになってしまい、気を遣った山ぴょんに逃げられたというわけか。
私らとは違うグループで、女子力の高いきれいどころの集まる彼女たちから目を逸らし、私は再び「めんどくさ」と呟いたのであった。
こっちとしては派閥争いとかには興味はないんだけど、あっちは何かにつけて敵視してくるんだよね。ユカもリンも慣れたようにシカトしてるから私も無視してるんだけど。
私なんにもしてないじゃん。なんで睨まれるのよ。
その後同じようにハブられた(違う)メガネ委員長が加わって、纏まりの無さそうな6人班ができあがった。
ちなみにヒロインちゃんは大人しめの子と組んでた。ドッジで共に戦った皆川さんとかゲームのサポキャラとか物静かな男子とか。
修学旅行は久松や山ぴょんとのイベントがあるにはあるんだけど、今となってはヒロインちゃんがどう動くかわからないし、違う班なので見守ることもできない。
折角の修学旅行だし、乙女ゲームのことは忘れて自分は自分で楽しもうかと思っている。
★☆★
「なぁなぁ見てみろ! あそこに聖ニコラ女学院の子がいるぜ!」
「めっちゃかわいいらしいぞ!」
なんか男子達が騒いでいる。
私も奴らに混じって窓から正門を覗き込んでみる。帰り時間帯の今、帰宅部の生徒らが正門を通って帰っていたのだが、みんなしてとある少女を見つめていた。
「!」
遠目だから顔は確認できないが、制服に見覚えがある。
もしかしてと思った私はカバンを持つなり早歩きで正門に向かった。
この間廊下を走ったことで現風紀委員長に注意されたので気をつけているのだ。
仕方ないじゃんね。あの時は気が動転してたんだから。
正門に行くと彼女はあの攻略対象と対峙していた。男子生徒の方は友好ムードはなく、何処か警戒した様子で彼女を煩わしそうに見つめていた。
「雅さん、学校にまで来て俺に何か用でもあるのですか?」
「……志信様にはございませんわ。…私が来て何か不都合でも?」
「まさか、花恋になにかするつもりじゃないでしょうね」
「あら、心外ですわ」
うふふ、と上品に微笑む雅ちゃんはやっぱり気高い女性だ。
冷静になって考えたら(元)副会長の伊達志信はちょっと最低だよね。乙女ゲームはヒロインちゃん視点で行うからその辺が全く見えないけど、雅ちゃん視点から見るととんだ最低男だと思う。
「まぁまぁ志信、そんな怖い顔すんなって。雅ちゃんっていうの? 君可愛いねぇ志信の知り合い?」
「…親の決めた許嫁候補ですわ。…馴れ馴れしく名前を呼ばないでくださる?」
「えー? そんなつれない事言わないでよー」
間に入っていく勇気がなくて傍観していた私だが、あの野郎が雅ちゃんの白魚のような手を取った瞬間、私はその場に特攻していた。
「雅ちゃんに近寄るなこの色魔!」
「うわっ、…あれアヤメちゃん? 髪染めたの? いいじゃんいいじゃん可愛いね。俺ソッチのほうが好きだな」
「うん、来年なったら金髪に染め直すわ!」
こいつの好みになるとか真っ平ごめんである。
雅ちゃんと久松の間に割って入って行って雅ちゃんを背に隠すと私は目の前のヘラヘラした久松を睨みあげる。「相変わらず冷たいなー」とブツブツいっている奴から目を逸らし、後ろにいる雅ちゃんに体を向ける。
「雅ちゃん! 大丈夫!? こいつはね女の敵なの! 妊娠するから近づいちゃダメだよ!」
「ちゃんと避妊してるってばー」
「うるせぇ色魔てめぇは黙ってろ。…それでどうしたの雅ちゃんこんな所に」
久松がうるさいので睨みつけておいたが全く効果がないようだ。仕方ないので無視して雅ちゃんにそう尋ねてみた。
そこには目を丸くして驚いた様子の雅ちゃん。
ああしまった! 私のガラの悪い所見られてしまった!
だけどやってしまった事はなしにはできない。
内心冷や汗モノだったが、雅ちゃんは苦笑いしながら手に持っていた紙袋を私へと差し出してきた。
私は何も考えずに受け取って中身を覗いてみると見慣れたタオルハンカチが入っていた。
「あ! わざわざ返しに来てくれたの? なんか気を遣わせちゃってごめんね」
「いいえ。改めてお礼に伺おうと思っていたのですが私も中々都合がつかなかったので…中にお菓子も入ってますので良かったら召し上がってください」
「お菓子? はっ!!」
私は紙袋の中から可愛らしくラッピングされたマフィンを取り出す。
「今日調理実習で作ったものなんですけど良かったら…」
それを、私に、モブたる私にくれるというのか!!
頬を赤く染めてはにかむ雅ちゃん尊い。
「だっ大事に食べるね! ありがとう!!」
私ホント美少女に弱いな。
あ、林道さんは別だけどね。未だ苦手意識が抜けないんだ。
自分の顔がだらしなくにやけている自覚はあったけど真顔に戻すことなんてできなかった。
幸せいっぱいだった私だったのだが、ヌッと現れた久松の顔に真顔に戻った。
嘘だ結構簡単に戻ったよ。
「何二人共知り合いなの?」
「そうだけどあんたにはカンケーないっしょ」
「えーだって志信の許嫁候補だっていうしー」
「そうだとしても伊達先輩には雅ちゃんの交友関係に口出す権利なんてないじゃない」
フン、と鼻を鳴らしてうっとおしそうに久松を見上げる私。
「…許嫁となれば、付き合う相手を選んでもらわないとこちらにも影響があるので口出しはしますよ」
「…へぇ? それを先輩が言いますか?」
「…どういう意味です」
私と伊達先輩は睨み合った。
私は雅ちゃんのことが好きだ。“前の私”の時から憧れの存在でもあった。
その所為もあってこの攻略対象を好まないのだ。だから余計に相手の粗を見つけてしまって当事者でもないのについついチクリと嫌味を言ってしまった。
「自分の胸に手を当ててよく考えてみては?」
「あやめさん、いいのです。私は大丈夫ですから。…私は貴女にどうしても言いたいことがあったから伺ったのです」
雅ちゃんに肩を叩かれ、渋々伊達先輩から目をそらすと彼女に目を向けた。
彼女は困った顔をしていたが、もうあの時のように泣いてはいない。私はそれにホッとした。
彼女はもう伊達先輩に目を向けることもなく私にこう言った。
「私とお友達になってくださいませんか? あやめさん」
「喜んで!!」
居酒屋の店員のノリで私は返事をした。
子供のころ親に連れていかれた居酒屋の店員こんな返事してた気がする。
雅ちゃんに誘われるがまま、先日行った喫茶店に行ってお喋りの後、番号とメルアドの交換をした。
夢心地で家に帰った後に雅ちゃんからメールが届いた喜びにニヤニヤしていたら和真に「気持ち悪い」と言われてイラッとしたので奴の尻を蹴り飛ばしておいた。
やばい私、超ついてるかもしれない!
バイト両方共採用連絡きたし、雅ちゃんと友だちになったし!!
かなりハッピーな気分でいた私だったが、そんな私に悪意が降り掛かってきたのはすぐ翌日のこと。
「田端さん。ちょっといいかな」
「…なに?」
「ここじゃ話せないから来てよ」
お昼休み、ユカとリンが売店に行っているのを教室で待っている時に私は三人の女子に囲まれた。
…そう。修学旅行の班決めで山ぴょんと同じ班になれずに私を逆恨みしているらしいキラキラ系女子達に。
「…私、リンとユカ待ってるし」
「私が二人に言っておくからさ。すぐ済むよ」
有無を言わせない雰囲気だ。
嫌な予感が当たったなとため息を吐きながら席を立って彼女たちに着いていったのである。
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〈あらすじ〉
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