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本編

乙女ゲームでよくあること。だけど実際は傷害とか殺人未遂だよ。

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 中間テストを終えた生徒たちはテストのことなんて忘れたかのように文化祭の準備に勤しんでいた。
 例に漏れず私もである。

 現実逃避とも言えるが楽しむときは楽しむ。これ鉄則だ。
 

 お化け屋敷をする我がクラスはお化け屋敷のセットや仕掛けの他に自前でお化けの衣装を準備する必要がある話はしていたかと思う。

 私は沢渡君とおそろい…というか同じ作品に出てくるお化けのコスプレをすることにした。まぁそれは文化祭当日のお楽しみだが準備は着々と進んでいた。
 確かヒロインちゃんはブラッディナースで山浦くんが狼男なんだよね。
 


 文化祭の準備期間にもゲームイベントがある。
 ヒロインちゃんが誰のルートに行っているのかは未だに不明だが、この期間中にヒロインちゃんが階段から転落する事故が起き、そこで助けた相手が攻略相手となるのだ。
 正直ヒロインちゃんは誰も攻略する気はないんじゃないかなとは感じてるんだが…こればっかりはわからない。


 それはそうとお化け屋敷のセットだ。
 暗幕を教室に張り巡らしただけでは全く怖くないので限られた資金、学生の力で作れる範囲で小道具を精一杯作成中だ。
 特にお化け屋敷のテーマは決まっておらず、貞○が出てきそうな井戸があるかと思えば墓地(何故かキリスト式)があったりする。いろいろ混じっているため、小道具制作も担当別に分けられている。

 私はなんの因果なのかヒロインちゃんと幼馴染の山浦大志と同じチームであった。


「あ。ペンキがない」 
「私買ってこようか」
「一人で大丈夫か?」
「へーきへーき。いってきまーす」

 ホームセンターは徒歩圏内にあるから三十分くらいで戻れるかな? と考えながら同じく準備をしているたくさんの生徒の間をすり抜け、私は下駄箱に向けて階段を降りていた。

「田端さーん待って! お金大丈夫? ていうか私も行こうか?」

 私の後を追いかけてきたのかヒロインちゃんが声をかけてきた。私は階段を降りかけていた足を止めて振り返る。
 私が上を見上げたその時、丁度階段を登っていた女子生徒がヒロインちゃんとすれ違おうとしていた。女子生徒の肩がヒロインちゃんにぶつかり、そして…

 スローモーションのようにゆっくりと、本橋花恋の体はバランスを崩した。


(…あれ、これどっかでみたような)

「きゃ…!」  
「…! あぶな…!!」

 ヒロインちゃんが階段から転落してる。これはイベントだ!
 周りに攻略対象がいないとかそういう問題は今の私の頭にはなかった。

 私は手すりを右手でしっかり握ったまま、左腕を広げる。落下してくるヒロインちゃんを抱きとめるつもりで。

 ──ドサッ!!
 私はなんとか踏ん張りきってヒロインちゃんを受け止めたのだが、私の左腕はピキリと鋭い痛みが走った。

「い゛っ…!」

 私はその痛みに目をギュッと瞑り、歯を食いしばって痛みを堪える。
 やばい、これ痛めたかも。

「…っ、田端さん!? ごめんね大丈夫!?」 
「ヒ……本橋さんは怪我ない?」
「私は大丈夫! 田端さんは」
「大丈夫だよ」

 やせ我慢である。
 私はジワジワ痛みが強まっていく左腕を右手で庇いながら笑みを作ってヒロインちゃんの無事を確認する。
 すると気の所為かヒロインちゃんは頬を赤くして目を潤ませていた。怖かったのかな?

 ここでやり取りしてても仕方ないので、ヒロインちゃんは教室に戻るように促して私は保健室へ寄り道することにした。


 ヒロインちゃんとぶつかったのは山浦大志の彼女真優ちゃんだった。ヒロインちゃんを庇おうとしたその時、振り返った彼女の顔を私は確認した。
 あの一瞬、真優ちゃんがヒロインちゃんの肩にわざとぶつかっていたように見えた。

(…気のせいかな。)

 階段から落とすなんて殺人未遂で訴えられても仕方ないことだ。本当にするわけがない
 真優ちゃんは嫉妬深いところはあるみたいだけどそんなひどい事する子じゃない。

 きっと事故だ。
 そうに決まってる。

 私は自分にそう言い聞かせながら、保健室の扉を引いた。
 あ。そういえばここの養護教諭も攻略対象だった。女性不信気味のめんどくさい攻略対象。

 私が扉を開けると彼はゆっくりと振り返る。
 落ち着いた雰囲気で大人の魅力がたっぷりの彼の名は眞田さなだ達彦たつひこ。現在27歳のはずである。
 銀縁の細めの眼鏡の奥には涼やかな瞳がある。唇は薄めで…なんと言うんだろうこういうの塩顔というのだろうか。
 とにかく私は攻略対象を観察しに来たわけではないので、声を掛けることにした。

「失礼します。すみませんちょっと腕を捻りました」
「腕? ちょっとここ座って診せてみなさい」

 丸椅子に座るよう促され、座ると左腕を差し出した。先生が患部に触れるとその手は冷たくてぎょっとした。眞田先生…末端冷え性なの?まだ外はけっこう暑いと思うんだけど。

 そんなくだらないことを私が考えてるなんて思いもしないだろう眞田先生は私の怪我の様子を確認して訝しげにした。

「どうしてこうなったんだ?」
「あー…ちょっと階段から転落してる人を受け止めました。そしたらこう…ピキッと」
「どんな状況でそうなったか知らんが、あまり無茶はするんじゃない。多分今夜腫れるぞ」

 グニッと患部をピンポイントに押された私は「う゛ひぃっ」と変な悲鳴を上げた。

(怪我人に何すんだこいつ! …あ、こいつそういえばサド気質だったっけ…)

 私はプルプルと痛みを堪えていた。
 眞田先生は私の腕に湿布を貼ると剥がれないようにネットガーゼを装着してくれる。

 ねぇ手当にさっきの拷問は必要ありましたか?
 なんで私は痛い目に遭わせられたの?

 いろいろ不満はあったが手当はしてくれたのでお礼は言う。人として当然のことだからね。

「ありがとうございます。どの位で治りますか」
「二週間は見ておいたほうがいい。できるなら整形外科で診てもらったほうがいいかもな」
 「ウッス。ありがとうございました」

 私はペコリと頭を下げて保健室を後にした。
 そして予定通りホームセンターに行って足りないペンキを買い足すと極力左手は使わぬように持って帰った。

 片手で持つと結構重い…あ、でも筋トレになるかもとくだらないことを考えながら自分の教室の前に到着した。

 中では大騒ぎとなっており、私の眼の前に広がっていたのは修羅場だった。
 なんと私達のチームが鋭意作成していた看板が白く染まり台無しになっていた。
 そしてその前では二人のカップルが言い争い、その側でヒロインちゃんがオロオロ。クラスメイトは遠巻きに野次馬をしていた。

「真優! お前っなんてことを!」
「だって! この女が!!」
「本橋はクラスメイトだって言ってるだろ!」
「嘘つき! 夏祭りの日もそうだったし、さっきもベタベタしてたじゃない!!」
「だから誤解だって!」
「怪我して学校来なくなれば良かったのに!」

 山浦くんと真優ちゃんはクラスの真ん中で痴話喧嘩をしていた。
 看板を白くした犯人は真優ちゃんらしい。

 あぁ、真優ちゃんはヒロインちゃんに対して嫉妬してるのか。それでどうして看板に白いペンキをかけてるの? 作ってるのヒロインちゃんだけじゃないんだけど? 本気で意味がわからないんだけど。
 さっきの階段でのこともさ、わざとなわけ? わざと、怪我をさせようとしたの?

 …そう…そっかぁ…

 私はそんな事を考えつつ、別のことも考えていた。白く染まった看板を見て悲しくなったのだ。

(…けっこう、力作だったんだけどなぁ…)

 私はこの看板にかなり力を入れていた。文化祭の出し物の顔である看板だ。時間をかけて作成し、後もう少しで完成というところだったのだ。

(怪我はするし、努力は無駄になるし…私、何してんだろ…)

 無意識に唇を噛んでいた。
 私は右手に持っていた重いペンキを乱暴に床に置いた。ゴン! といい音を響かせたそれに驚いたクラスメイト達が注目した。

 私は自分がキレているという自覚はあった。二重三重と怒りが重なって抑えきれなかったんだ。
 私の顔を見て渦中のカップルがギクッとしてるけど、そんな事どうでもいい。

 私はチッと舌打ちすると、ペンキの缶を足で蹴飛ばした。ゴトン! と鈍い音をさせてペンキ缶は倒れる。
 その音に真優ちゃんがビクリと震えたが私はそれすらも苛ついた。
 被害者ヅラすんのやめてくれないかな?


「──マジやる気失せるわ…私帰るわ」
「え、」
「痴話喧嘩とか余所でやれっつの。…マジうぜーんですけど」

 私はそう毒づいて教室を突っ切る。
 自分の鞄が置いてあるところに近づくとモーゼの十戒の如くクラスメイト達が避けてくれたので簡単に鞄を回収できた。
 鞄を持ったのでさぁ帰ろ。と思ったけどふと言い残したことがあったので立ち止まってくるりと振り返った。
 私は真優ちゃんを思いっきり睨みつけた。

「……人を怪我させる方法使ってんじゃねーよ。あんた、殺人未遂だからね?…巻き込まれる方もたまったもんじゃねーわ」

 その言葉に私の左腕に白い湿布が貼られていることに気づいたらしい真優ちゃんは顔色を変えた。

「田端さんっそれっ!」
「じゃーねーさいなら~」

 ピシャン!と私は力任せに教室のドアを閉めた。こんな事親にバレたら怒られるけど、私はイライラが収まらずに険しい表情で家に帰ったのである。

 その後どうなったのかは知らない。
 スマホに着信とかメッセージがたくさん来てたけど全部スルーして私は早々に寝たから。
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