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本編
慣れているから。だけど傷つかないわけじゃない。
しおりを挟む「今日はどうする?」
「ストロベリーブロンドにしてみたいんですけど」
「かしこまりました。髪は少し切っちゃう?」
「あー…毛先をちょっとだけ」
今日は美容室にて髪を染め直した。髪を切ったり染めたりすると生まれ変わった気分になるから好きだ。
夏休み中のバイトの給料が入ってきたからテンションが上って違う色に染めてみた。金髪とはちょっと色味が異なるが、なかなかイイ感じ。
髪を染めて家に帰ってももう家族は驚くことはない。このギャル姿にもう慣れたのだろう。
私はこの間のことが心の奥底で引っかかっていたが弟に尋ねることは…いや、ちょっとしそうになった。
あの事があった日の夜、私がお風呂から上がった時にちょうど帰ってきた和真とリビングで遭遇したのだが、どうしてもあの事が気になってじぃー…と弟をガン見していた。
『…俺の顔に何か付いてる?』
『和真、なにか私に言いたいことない?』
『……眉毛剃りすぎじゃね? 柴犬の眉毛っぽいよ』
『………』
自覚はあった。手元が狂って剃りすぎたのは否めないが、それを指摘されてイラッとしたので弟の尻にキックを喰らわせた。
それで弟と喧嘩になり、聞きにくくなってしまったのだ。
弟に害がないならそれでいい。
だけどあの林道寿々奈がヒロインちゃんのセリフをそっくりそのまま言っていたのがどうにも気味が悪くてやっぱり引っかかっているのだ。
…ちょっと注意しておこう。
そういえば話は変わるが私は最近ランニングの他に、空手や拳法の無料動画を見様見真似をするようになった。そのお陰なのか和真に蹴りを入れた時、なかなかキレの良いキックができた気がする。
なぜ始めたのかというと、腕がなかなか細くなってくれないので上半身も動かそうと思った結果だ。ボクシングする人が使うサンドバッグをガチで買おうかと思ったけどやめた。
私は痩せたいのであってマッチョになりたいわけじゃない。
バイト中はランニング距離を抑えていたが最近元に戻した。それをこなしながら私は理想体型を目指して日々努力している。
うちの学校は二学期に文化祭がある。公立高校なので私立ほど豪華ではないが、それでも生徒たちが作り上げる文化祭はOB/OGだけでなく、近隣の人が遊びに来るほど素晴らしい出来であると自負している。
9月の半ばから計画し、10月上旬の中間テストが終わった後から準備に入るのが毎年の流れだ。
テストが終わった後なので皆が燃えに燃えて準備に力が入ると言うわけだ。
うちのクラスもホームルームの時間を使って話し合いがなされた。
「じゃあうちはお化け屋敷ということで」
「お化け役とか誰がすんの?」
「もう全員でいいだろ。受付もお化けでいいよ。全員コスプレしようよ」
「テキトーだな」
うちのクラス委員長は真面目メガネに見える男だが中身は結構アバウトだ。だけどそんな潔い(?)性格、私は嫌いじゃない。
「お化けの衣装は各自準備なの?」
「そうなるが、あまりにも豪華すぎたり、適当すぎると苦情が来るかもしれないから程々にな。で、話が変わるけど中間テストの数A試験範囲変更の連絡が来てる」
メガネ委員長の言葉にクラスメイト達がうへぇ~と顔をしかめていた。例には及ばす私も渋い顔をしている自覚はある。
このテスト後の文化祭も乙女ゲームイベント満載だ。
だがとりあえずテストを乗り切らねばならぬ。
私に前世チート(?)はあっても完全じゃないからね。成績維持はしたい。
ホームルームが終わり、今日の授業をすべて終えたため帰る準備をしていると『2-A田端あやめさん。至急風紀指導室に来てください。繰り返します…』と呼び出しがかかったのであった。
呼び出したのは案の定、風紀副委員長様である。私は相変わらずロックオンされていた。
学年違うのに私の髪色が変わったのに気づいたのかこの人。
ちなみにあのチャラ男会計は風紀委員長が目をつけており、所々で口論している姿を見かける。風紀委員長は私のことは眼中にないのか、ばったり会ったとしても眉をひそめて終わるだけである。
目をつける基準がよくわからん。
「…田端、お前な」
「昨日染めたばっかりなんですよーピンク入ってて可愛いと思いませーん?」
「…はぁ…校則違反だと何度言えばわかる」
「すいませーん。だけど風紀副委員長様、私以外の人にも同じように注意してくださいよ。じゃないと話し合いには応じたくありません」
「それはそれ、これはこれだろ。今俺はお前と話しているんだ」
こうなると橘先輩は説教ママの如く話が長くなる。
私はうんうん頷きつつも決して染め直すことはしない。これは私のポリシーだから。ていうか今だけだから。社会人になれば黒髪にせねばならないのだから。
前にも言ったとおりうちの高校は校則がゆるいので染めたくらいでは停学退学にはならない。
口頭注意されるだけである。
「いいか田端、女は大人になれば嫌でも化粧しないといけないんだぞ。今は堂々とすっぴんでいられる貴重な時期だ。それにな化粧をしてると肌がダメージを受けて傷むんだぞ。今の肌を維持するためにも後々のことを考えて…」
「女子か! いやちょっとそこまで熱弁されると引くんですけど」
「田端! 俺は真剣な話をしているんだぞ!」
「もーそんな怖い顔しないでくださいよー」
もしかして調べたのだろうか。気になるけど突っ込んだらまた説教が長くなりそうなのでそんなことは聞かない。
どのくらいやり取りしてたかはわからないが、もう時刻は6時になっていた。
「む、もうこんな時間か」
「暗くなり始めたんでもう帰っていいですか」
「…そうだな。変質者の出る噂もあるし送っていこう」
「えっ」
そうして私は真面目な橘先輩と下校することに。
私は高校近くまで電車で来ている。ちなみに最寄り駅近くに夏休みバイトしたファーストフード店がある。
橘先輩の家も同じ駅が最寄りだそうだが、方向は反対方向だという。少し遠回りするだけだから大丈夫と押し切られ私は送られることとなったのである。
『ご乗車ありがとうございます。次は…』
「橘先輩のクラスは文化祭なにすんですか」
「……」
学校近くの駅から電車に乗った私達だったが、沈黙が退屈だったので隣に座っている橘先輩に話を振ってみる。
だがその問いに彼は眉をひそめる。げんなりというか文化祭の日が来なければいいのに。といった意思を感じる顔をしている気がする。だが私は返事を待った。
3年って文化祭最後だから力入れてそうだけど一体何をするのか。気になる。
「………執事・メイド喫茶だ」
たっぷり溜めた割にベタな。何が嫌だというのか。私はメイドさんの格好してみたいぞ。
「男女逆転のな」
「…あはははっ!」
「おい…だから言いたくなかったのに」
「見に行きますよ! 友達連れて!」
「来なくていい」
私は笑いを隠しもせず、ニヤニヤして橘先輩を見た。橘先輩は引きつった顔をして額に青筋を立てていたが全く怖くない。
だって、ごついこの男前が、メイド服…
「やだ男前のお顔が台無しですよー?」
「来るなよ絶対に」
「えーどうしようかなー」
自分のクラスの出し物の準備も楽しみだけど、また楽しみができた。
ちょっとウキウキしていると、「亮介?」と男の人の声がして、橘先輩が「…兄さん」と呟いていた。
そういえば橘先輩の名前亮介だったね。
私は橘先輩に声をかけた人物を見上げた。
彼は私を見るなり顔をしかめる。随分なご挨拶だ。
黒縁の細いフレームのメガネをして髪を整髪料で整えている所を除けば、橘先輩は数年後こうなるんだろうなって感じの男の人。橘先輩のお兄さんか。こちらも風紀にうるさそうな人だな。
だけどもう一つ異なるのはその目だ。顔は似ているがその瞳は蔑みの色を含んでおり、冷たそうな人間だと思った。
「亮介…常日頃から言っているだろう。付き合う人間は選べと。お前の行動一つで俺にも迷惑がかかるとわかっているのか」
「兄さん! 彼女に失礼だろう! 彼女はそういう人じゃない」
「どうだかな。お前はただでさえ落ちこぼれなんだ。女を見る目も大したことがないだろう。…とにかく、そんな安っぽい女と付き合うのは止めることだな」
「だからっ」
『〇〇駅、〇〇駅降り口は右側です…』
最寄りの駅についた。
私は立ち上がって橘先輩のお兄さんにお返しの一瞥をくれてやると、橘先輩に声を掛ける。
「先輩帰りましょ」
私は怒りも泣きもしなかった。
比べられるのは慣れているから。
…いや、ちがう。
知らない人にこんな事言われても痛くも痒くもないと考えようと感情を押し殺していたのだ。
ホントは腹を立てていた。
私の何を知っているのだと。
私が地味な格好をしていたら地味だと馬鹿にしてくるくせに。派手にしてたら安っぽいと言われて。 初対面のくせに好き勝手に言ってくれるな!
「田端!」
先を歩く私に橘先輩が声をかけてくる。
私が立ち止まらないとわかると通せんぼするかのように前に立ちふさがってきたので私は足を止める。
「すまん、兄が失礼なことを言って」
「大丈夫です」
「田端あのな」
「先輩、私慣れてますから」
「なれっ…田端、そんな事ない、慣れることなんてない。お前は今でも傷ついてるんだよ。だからこういう格好を始めたんだろう?」
「…先輩、悪いんですけど私、先輩のお兄さん嫌いです」
「あ、あぁ…」
「橘先輩に似てるけど、あの人性格がめっちゃ悪そうだし。私は腹立ててますけど先輩に怒ってるわけじゃないですから先輩が謝る必要はありません」
「だが」
「先輩に謝られてもスッキリしませんし。とりあえず帰りましょう」
申し訳なさそうに萎縮する橘先輩にそう促して家まで送ってもらう。家までの道中、お互いに会話はなかった。
家の前につくと私は先輩にお礼を言おうと顔を上げた。
「せんぱ …」
「田端、俺はわかってる。お前は見た目派手な格好しているが、後輩のためになりふり構わず一生懸命に走ることができる優しい人間だって知っているから。バイトでも笑顔で働いてて…立派だよ。決してお前は安い女なんかじゃない。俺が証明する」
「……は、はぁ」
「じゃまた明日。…また、メールする」
「…あぁ、はい。さようなら…」
私は橘先輩の後ろ姿を呆然と見つめていた。
なんだ今の。
フォローか? …フォローだよね?
「あやめっ! 何だ今の男は!?」
「ちょっとお父さんもあやめも玄関先で何してるの!? ご近所にご迷惑でしょ!!」
丁度帰宅してきた父に問い詰められていたが私はさっきの橘先輩のことを思い出して頬が熱くなるのを感じた。
…さすが攻略対象。照れるわ…
「あやめ聞いているのか!」
「…なに? なんの騒ぎ」
「あら和真お帰りなさい。…いえね、あやめが男の子と帰ってきたからお父さんたら」
「…大志兄じゃねぇの?」
「どうやら違うみたいなのよ」
でも、あのお兄さん、橘先輩を『落ちこぼれ』と言っていたけどどういう意味なのだろう。
うちの高校は公立だがなかなかの進学校だ。橘先輩も風紀副委員長を任せられるほどなのだから優等生にはいるというのに。
…もしかして、先輩は家族から比べられてきたのだろうか。だから親身になって話をしてくるのだろうか。
乙女ゲームではそんな描写はなかったが、ゲームとは違う差異はすでに色んな所で生まれている。
現実なんだというのはわかっているが。流れを改変したらどんな影響が出るのだろうか?
私は今更ながらに攻略対象やヒロインちゃんと近づきすぎたのではないかと恐れを抱いたのである。
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