サイキック・ガール!

スズキアカネ

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私はサイキック・ガール!

第49話 散る恋心【狩野めぐみ視点】

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 高等部への時期外れの編入生。
 そんな人間に隆ちゃんが興味を示すなんて思わなかった。

 その女は隆ちゃんに馴れ馴れしかった。嫌な予感がしたので、近づくなと牽制してみたものの、あの女…大武藤は徐々に隆ちゃんと親密になっていった。──彼は、あの女に惹かれていった。
 私ではなく、別の女に恋をしたのだ。
 いつだって隆ちゃんは私を優先してくれると思っていた。私が好きだって言えば私を選ぶと思っていた。私の気持ちをわかっていると思っていたの。
 なのに、そうじゃなかったのだ。

 キスをして、ってお願いしたら拒否された。
 私はこんなに想っているのに、ずっと側にいたのに、隆ちゃんはあの女を選ぼうとした。
 ──許せなかった。耐えられなかった。

 だから、隆ちゃんの中からあの女に関する記憶を消した。

 あの女への恋心を忘れた隆ちゃんは元通りになった。記憶を色々消し去ってしまえば、あの女のことなんでどうでも良くなるに決まっている。
 これで全てうまくいく。

 ……そのはずだった。


 文化祭2日目があっという間に終わり、校舎内では生徒たちが出し物の片付けに追われていた。私はクラスを抜け出し、高等部の校舎に入ると1年S組の教室に出向いた。
 裏方だという隆ちゃんを呼び出してもらうと、私は彼の腕に飛びついた。
 私は特別なのだ。こんな事他の女は出来ない。周りの女達は私が特別だとわかっているから、手出ししてこない。周りから飛んでくる視線にほくそ笑むと、私はにっこり笑顔を作って彼を見上げた。

「ねぇ、後夜祭は一緒に花火一緒みようね」

 後夜祭では打ち上げ花火が上げられるのだ。生徒たちは毎年それを楽しみにしている。
 私は毎年隆ちゃんと後夜祭に参加しているのだ。今年は自由時間がかぶらなかったから文化祭を一緒に回れなかった。後夜祭くらいは一緒にいたい。

「あ、ごめん。他の人に誘われてるんだ」

 耳を疑った。
 毎年一緒に過ごしているんだ。約束せずとも一緒に過ごしてくれると思っていたのに。

「まさか、あの女なの?」

 そんなまさか。あの女との思い出は消したはずなのに。恋心を消し去ったはずなのにどうして…!

「隆ー。売上集計終わったからもうそろそろ上がっていいよー。藤っち待たせてるんでしょー?」

 クラスの中から隆ちゃんのクラスメイトが上がってもいいと言っている声が聞こえた。
 そんな、彼はあの女のもとへ行ってしまう。止めなくては。間に合う。今ならまだ…

「やだっ! 行かないで! あんなひとどうでもいいじゃない、なんであんなミソッカス相手にするのっ」

 隆ちゃんの腕にすがりついて訴えかけると、彼は眉をひそめて渋い表情を浮かべていた。

「こら、そんな言い方しては駄目だよ。どんな能力でも僕らの仲間であることは変わりない。彼女の能力は使い方によっては人を守る、人を救う能力なんだから馬鹿にしちゃいけない」
「…なんで、どうしてあんな人のことを気にするの!?」

 私はずっと隆ちゃんの側にいた。奪われたくないから、周りの女に牽制してきて……いつか隆ちゃんも私のことを意識するに決まってると思っていたのにどうして……!

「…めぐみこそ、なんでそんなにムキになるんだ。いつまでも僕にくっついてばかりじゃなくて、友達とも仲良くしないと」

 全然わかってくれない。
 あの女への恋心を消しても、隆ちゃんは変わらない。再び、大武藤に惹かれていくのだ。

「好きなの!」

 感情のままに吐き出したら悲鳴のような声が出てしまった。冷静に可愛くなんて無理だ。隆ちゃんにはストレートに伝えなきゃ理解してくれない。
 
「私、隆ちゃんの彼女になりたいの。おねがい、あの女じゃなくて私を選んで!」

 私は涙ながらに訴えた。校舎内に残っていた高等部生たちの視線が集まってくるが、そんなのどうでも良かった。私が気になるのは目の前の隆ちゃんのことだけ。
 一縷の望みだった。

「ごめん、めぐみのことは妹としか見てない……そういう対象としては見れないんだ」

 だけどやっぱり隆ちゃんは。

 私が呆然と突っ立っているのをどう思ったのか、彼は申し訳無さそうに、気まずそうな顔をしていた。

「大武さんが待ってるから」

 そう言って踵を返すと、私に背を向けていた。
 あの日と同じ。

 あの女への恋心を忘れさせても、結局は…
 それならば、あの女の恋心を消してしまえばいいのだ。
 私はゆっくりと足を動かした。隆ちゃんに気付かれないように。大武藤と待ち合わせしている場所に向かう隆ちゃんは振り返りもしない。

 彼は2階と3階の中継地点の階段踊り場にある非常口扉に手をかけた。そこには簡易なベランダがあり、外を一望できる様になっていた。
 そこに大武藤はいた。あの女は普段つけないようなヘアアクセサリーを付けて、手鏡で何度かチェックしているようだったが、扉の開閉音で隆ちゃんが来たのだとわかると、ポケットに手鏡をしまい込んでいた。

「日色君!」

 その声を聞いただけで、腸が煮えくり返りそうになった。なんでこんな女なんかに、隆ちゃんを盗られなきゃならないのか。

 ──大武藤の恋心を消す。
 あの女が悪いの。私から隆ちゃんを奪おうとするから……

 扉のドアノブに手をかけ、私は深呼吸した。飛び出したら、大武藤に掴みかかって消す。
 手首をひねるとがちゃり、とドアノブが音を立てる。私はそのままドアを押し出そうとしたが、後ろから肩を掴まれて引き寄せられてしまった。

「!?」
「だめよ。行かせない」

 私の動きを封じたのは、辛気臭いと思っていた“奇跡の巫女姫”水月沙羅。
 なぜこの女が高等部に。私の動きを封じようとするのか。色々疑問が湧いた。

「なんであんた…!」
「騒がないで」

 邪魔をされたことに腹を立てた私が怒鳴り返そうとしたら、水月沙羅が口元に人差し指を持っていって静かにするように言ってきた。
 私はパッと非常口ドアのガラス窓の向こうへと視線を向けた。そこには笑顔の大武藤と、見たことのない顔で笑う隆ちゃんの姿があったのだ。
 彼の笑顔はたくさん見てきた。それこそあそこにいる大武藤よりもたくさん。
 でも、あんな風に好きな人に向けるような笑顔を私は見たことがない。いつだって、彼が私に向ける笑顔は妹に向けるような優しい笑顔だけ。

「…日色先輩から藤ちゃんへの想いを消しても、また恋に落ちたの、気づいたでしょ?」

 その指摘に私はギクッとした。
 ……水月沙羅は気づいていた…? 他の人は気づいていない様子だったのに。
 私の表情で私の気持ちが理解できたのか、水月沙羅は「こういう状況になったのを見るのははじめてじゃないから。あなたがこの学校に来たばかりの時、同じことがあったでしょう?」と説明してきた。
 そうか、この女はずっと同じクラスだった。
 …だから気づいたのか。私が超能力を使って隆ちゃんの記憶を改ざんしたこと。

「虚しくならない? 人の心を超能力で歪めちゃ駄目よ…」

 憐れむような目を向ける水月沙羅。それが無性に腹がたった。
 恋すらしたことない女に偉そうに言われたくないって。綺麗事ばかり言うんじゃないって。
 私は水月沙羅をにらみつけた。
 相手はそれに怯むことなく、落ち着いた様子でこういった。

「あなたの能力はトラウマのある人の悲惨な記憶を消し去るためにある、人を救う能力じゃないの…」

 その言葉に目を丸くした。
 似た言葉を昔、彼にも言われたことがある。私の能力は人を救う能力なんだって……

 幼い頃、能力を暴走させてしまい、個室に閉じ込められたときに会いに来てくれた優しい隆ちゃんの記憶を思い出した。
 大人たちもお手上げだった私の能力を怖がることもなく、学校が終われば毎日のように会いに来てくれた。とても嬉しかった。
 私は死にものぐるいで能力のコントロール方法を身に着けた。隆ちゃんの側にいたかったから。

 好きだったのよ。これからも私がずっとそばにいるのだと信じていたの。
 悔しかったのよ。一緒にいた私より、途中から現れた女を選ぼうとする隆ちゃんに腹がたったの。

 頬を熱いものが流れる。
 好きな人が幸せならそれだけで、なんて嘘。それに加えて自分まで幸せじゃなきゃ満足できなかった。結局私は自分が一番だったんだ。
 私は他の女と楽しそうに会話する隆ちゃんの後ろ姿を見てただ涙を流して見ているしか出来ない。

「…わかったわよ、戻す。隆ちゃんの記憶を元に戻せばいいんでしょ」
「わかってくれてありがとう。でもそれはあとでにしましょ」

 2人の邪魔になるし、今あなたそれどころじゃないでしょ、と言って水月沙羅は私の手を引いてどこかへと向かった。
 階段を登り、どこかへと……
 行き止まりの先には屋上につながる扉。

 そのドアノブを回して明けると、夜の闇が私を出迎えた。
 ──ドドォーン!
 冬の空に花火。
 普通は夏じゃないのかと思われるが、空気の澄んだ冬の空の下で見る花火は格別で。

 何故か私はいけ好かない巫女姫と一緒にそれを見上げているけど。

「……あんたのこと、やっぱり嫌い」
「あらそう、私もよ」

 この女、こんなに口が回ったのね。思わず閉口する。
 いつもしみったれた顔をした暗い女だったのに……。だけどそんな女に気付かされた。…私は能力者としても人としても最低な行いに手を染めてしまった。…こんな私じゃ隆ちゃんにふさわしくないって。
 私は空を見上げたまま、こみ上げてくる涙をそのままにして、滲む花火をその瞳に映した。

「だけど昔の人形みたいなあんたより、今のほうがいいと思う…」

 それがあの女のおかげってことなのよね。
 隆ちゃんはそんなところに惹かれたのかもしれない。

「…私も同じこと考えてた」

 小さくつぶやかれた言葉。
 隣で水月沙羅が笑った気配がした。
 
 ……近いうちに隆ちゃんに接触して、彼の記憶を戻さなきゃ。それでもって謝らなきゃ。
 夜空に花火が散る。

 こんな風に私の恋心が空に散ってしまえばいいのにな。ツンとしびれる鼻の痛みに私はギュッと目を閉じた。目を閉じれば、幼い頃私を助けてくれた隆ちゃんの姿が浮かぶ。

 私の恋心は花火とともに大空に散ってしまったんだ。
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