サイキック・ガール!

スズキアカネ

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私はサイキック・ガール!

第28話 彼女の発したSOS

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 めぐみちゃん乱入事件の起きた翌日、いつものように図書館に行くと日色君がいた。私が声をかけると、彼はハッとして頭を下げてきた。
 私はそんなに謝らなくていいよと言ったけど、彼は「めぐみを甘やかしすぎた僕にも非がある」と深く反省しているようだった。

 私は彼らの関係性をあまり良く知らないし、めぐみちゃんはともかく、日色君が彼女をどういう風に思っているのかはわからないが……日色君も大変だなって思った。
 めぐみちゃんの発言云々には思うところはあるけど、それで日色君を責めるつもりは毛頭ないんだけどなぁ…

「私は今まで通り日色君と仲良くしたいんだけど、大丈夫かな?」
「…めぐみはちょっと僕に依存している部分があって…僕の側に誰かがいるのに良い顔しないんだ。大武さんにまた嫌な気持ちを味わせることになるかもしれないよ…?」

 日色君は私のご機嫌を伺うような視線を向けてきた。
 やめてくれ、そんな離れる前兆みたいな空気醸し出すのは。沙羅ちゃんに引き続き日色君まで離れてしまったら私は立ち直れない。
 
「大丈夫! これからも私達は友達だよ!!」

 私は身を乗り出して彼の手を両手で掴んだ。
 私の勢いに日色君は目を丸くして驚いていた。握られた手と私の顔を見比べると、頬を赤らめてハニカミ笑いを浮かべていた。
 その笑顔を目の当たりにした私までつられて照れくさくなってしまったので、手をぱっと離すと「勉強しようか!」と話を無理やり変えた。

 照れ笑いが可愛くて、ちょっとキュンとしたじゃないか。


■□■


 この学校の夏休みは短い。あっという間に終わったよ。私の思い出、図書館で勉強くらいな気がする。
 私だってね、女友達と可愛いお店回ったりしたかったのよ。……ダメ元で沙羅ちゃんにお手紙を送ったんだけど、駄目だった……。お昼ごはんを一緒にできないと言われた時点で気づいていたが、私は沙羅ちゃんに避けられている。
 私がなにか気に触ることを言ってしまったのか…? 沙羅ちゃんに限ってそれはないと思うけど、普通クラスの生徒と絡むのが嫌になったとか……

 いや、沙羅ちゃんは本当に忙しいんだきっと! と心を奮い立たせては落ち込むのループを繰り返していた。


「あ」
「…藤ちゃん」

 夏休み明けての学校生活で、私は久々に沙羅ちゃんと会った。
 私は売店で安定の食パンを購入していて、沙羅ちゃんも同じく売店に用があったようだ。…だけど彼女の手には飲み物しか握られていない。

「久しぶり。…ごめんね、夏休みお誘いしてくれたのに」
「ううん、忙しそうだもんね」

 ちゃんと話をしてくれたとホッとしたのも束の間、彼女が私の目を見てくれないのに気がついた。…それに、彼女の表情の暗さもさながら、顔色の悪さも気になった。

「…沙羅ちゃん、顔色が悪いよ?」

 私の指摘に沙羅ちゃんはぎくりと身体をこわばらせた。…今のは変な質問だっただろうか? どうして、そんな怯えた表情を浮かべるのであろうか。

「だ、大丈夫。ごめんね、私もう行くね」

 沙羅ちゃんは私の問いかけから逃げるように去って言った。
 彼女の態度に違和感を覚えた。沙羅ちゃんは私と目を合わせなかっただけでなく、あちこちに視線を彷徨わせて何かに怯えているようであった。

 私は自分が嫌われたのかなとちょっぴり不安に感じていたが、そうではないのかもしれない。1学期のときよりも彼女は痩せていた。眼の下に隈をこさえて、顔色も格段に悪くなっていた。ふわふわだった髪も艶がなくなり、肌も15歳の少女の肌とは思えないくらい衰えて見えた。
 尋常じゃないくらい怯えて、精神的にも不安定に見えた。あまりにも異常である。

 食パンの袋を握った私はぐっと拳に力を込めた。
 放っておけない。あのまま沙羅ちゃんを放置していたら大変なことになるかもしれない。私は地面を蹴りつけると、沙羅ちゃんが向かった先に駆けていった。まだ遠くまで行っていないはずだ。
 やっと笑顔をみせてくれるようになったのに。
 今の彼女は出会った頃の憂鬱そうな彼女よりも更に状態が悪く見える。絶対に何かあったんだ。
 彼女はフラフラと力なく歩いていた。身体が鉛のように重くなったかの如く。

「沙羅ちゃん!」
 
 私の声に億劫そうに振り返ると、ぐらりとその華奢な体が傾いた。
 私は滑り込んで彼女の身体を支えた。

 冷たい。
 8月も終わり頃だが、まだまだ暑い時期だと言うのに彼女の身体は冷たかった。冷房冷えじゃないかと言われたらそれまでだが、それだけじゃないように見える。

「沙羅ちゃん、医務室に行こう。体調が悪いんでしょう?」
「藤、ちゃん…」

 私が彼女の腕を首に回して支えてあげると、沙羅ちゃんは泣きそうな声で私を呼んだ。その瞳には涙がじわじわと溜まり、彼女は嗚咽を漏らさぬよう、唇をきつくかみしめていた。
 私は彼女を支えたままゆっくり歩き始める。彼女はよたよたと歩を進めるが、状態はあまり良くなさそうである。

 彼女の腰を支えると、腕に伝わってくる薄い背中の感触。女の子なら少しばかりお肉がついていてもおかしくないのに、あまりにも細すぎて私は怖くなった。拒食症とかそういうのじゃないよね? って。

「うっ…うぅ……」

 沙羅ちゃんはすすり泣き始めた。
 よほど体調が悪いんだな。周りのクラスメイトや教師は気づかないのか? 何をしているんだ。医務室につれてくことくらい出来るだろうが、と私は腹を立てていた。
 普段特別視してるのに、こんな時に放置して本当とんでもないな!

「藤ちゃん…」
「ん?」
 
 涙声で呼ばれた名。私が沙羅ちゃんに視線を向けると、彼女はボロボロ大粒の涙を流しながら、縋る目でこちらを見上げていた。

「わた、わたしね…校長先生に言われて、命の水を作っているの……」

 その言葉に私はしょっぱい顔をしてしまった。
 それに気づいていたにもかかわらず、日色君と信頼できる筋にその件を投げてしまっていて、私は何も出来ていない。
 沙羅ちゃんの口からでてくると、私が見て見ぬ振りをしていたみたいで心が傷んだのだ。

「嫌わないで、ほしいの…」
「嫌ってないよ! 今のは自分に嫌気が差しただけだから!」

 いかんいかん。沙羅ちゃんが誤解しているじゃないか。私は表情を切り替えて、先を促した。
 沙羅ちゃんは嗚咽を漏らしながら苦しそうに言った。

「外の、国の偉い人に高値で売っているの……今に始まったことじゃないわ……ずっと前から、私は陰で指示をされたら命の水を作り出して……」

“そうしたら、お母さんと会わせてくれるって言ったから…”
 沙羅ちゃんは悲痛な声で言った。
 ──国の偉い人。……夏休み中に見かけた黒い車から出てきたあの人。あの人も沙羅ちゃんの命の水を買うためにここに来たんじゃないのか? …あくまで推測だけど。
 お母さんに会わせてあげるという甘言で沙羅ちゃんの能力を悪用していたのか。彼女の弱さを利用して。

「だけど、いつまで経ってもお母さんと会えないの。……それなのに校長先生は水を作れっていう。高い宝石や洋服、バッグを私に買い与えてくれるけど、私が欲しいのはそんなんじゃないのに……校長先生は人を助けるためだからって……」

 嫌だって言っても、私は水を作り続けるしかないの。それが私の生まれてきた理由だって。
 
「嫌なのに…私の能力はその為にあるんじゃない…」

 沙羅ちゃんは苦しそうに泣いていた。
 彼女は明らかに衰弱している。歩くのもやっとな千鳥足状態。
 私は一旦彼女から腕を離すと、しゃがんで背中を向けた。

「沙羅ちゃん、おんぶしてあげるから乗って」

 この学校に入学したての頃聞かされた話を思い出した。命を削るタイプの能力者と、枯渇して衰弱死する能力者の話を。
 沙羅ちゃんがどちらに当てはまるかはわからないが、素人目に見ても、沙羅ちゃんの状態は悪い。悪すぎるのだ。このままでは生命の危機に突入する恐れもある。

 彼女が背中に乗ったのを確認すると、私は食パンの袋を口に咥えて立ち上がった。
 やっぱり軽い。軽すぎる。
 私よりも小さい沙羅ちゃんだが、平均身長くらいはあるのでもっと重くてもおかしくないのに、細すぎた。

 沙羅ちゃんを苦しめてのは孤独だけじゃないんだ。
 金に狂った汚い大人に利用されていて、助けを求められないくらいに追い詰められていたのだ。
 親から引き離され、大人に騙され、同年代からは特別視され、一人ぼっちだった沙羅ちゃん。彼女の苦しみが如何ほどだったか、私には想像し尽くせない。

 私は速歩きで医務室を目指した。
 食パンの袋を咥えた私と気分が悪そうな沙羅ちゃんを見て、生徒たちがぎょっとしているが、私の鬼気迫る表情におののいて、あちらから避けてくれる。

 もしかしたら沙羅ちゃんの担任の教師も中等部校長のグルかもしれない。医務室の先生はどうだ?
 信頼できる先生が誰なのか日色君に聞いておけばよかった!

 溢れんばかりの怒りで私の顔が鬼の形相になっているのだろう。すれ違う人みんなが私の顔を見て怯えた顔をしているもの。
 だけど私はそれどころじゃない。
 
 私は怒っていた。
 誰にって……沙羅ちゃんを利用し、悪用し、見捨てようとする人間全てにだ…!
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