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清く正しく美しく! 三森あげはを夜露死苦!

聖なる夜は神に祈りを捧げる日。決してカップルのイベントじゃなくてよ!

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「来年はあげはとともに炊き出ししてるはずだからぁ!!」
「うん、桜桃さんは受験勉強優先してね」

 家庭教師・嗣臣さんから与えられた宿題を抱えた濃桃色の特攻服姿の少女は唇を噛み締め、苦しそうな顔をしていた。
 炊き出しなんて大して楽しいものじゃないのに、物好きだな桜桃さんは。

 12月に入った。私はこの間まで期末テストがあったので、ようやく一息つけた。しかし桜桃さんの勝負ははじまったばかり。来年行われる入試試験に合格するまでが戦いなのだ。
 じわじわと上昇し、たまに下降していった彼女の成績。これがどう転ぶかは私も予想できない。私はてっきり音を上げて、レベルを下げた高校を受験すると言い出すと思っていたのだが、彼女は諦めなかった。
 もしかしたらもしかするかも。来年の4月には彼女が後輩になっている可能性もあるぞ……

 宿題を手提げ鞄に入れた桜桃さんはトボトボと冬の空の下を歩いて帰宅していた。…ノイローゼというわけじゃないけど、ちょっと勉強漬けの毎日に嫌気が差してきてるのかな。もうちょっとの辛抱だ、頑張れ。


 桜桃さんの言葉で思い出したけど、もうすぐクリスマス。雪花女子学園の中でクリスマスといえば炊き出し会なのだ。今年も材料運搬係に任命されたいな。
 未だに女子力が身につかない私は包丁の恐怖に震えていたのである。


■□■


 文化祭の時にシスターがお誘いしていたからか、炊き出し会当日は朝から嗣臣さんがやって来ていた。率先してテントの設営とか力仕事をしてあげており、シスターにめちゃくちゃ頼りにされている。私も一緒になって力仕事をしているが、彼女たちは嗣臣さんばかり褒める。
 好きな人を褒められて嬉しいが、同じことしている自分は何も言われないのが切ない。

「材料も揃いましたし、調理を始めましょうか」

 エプロンに三角巾をつけた私はげっそりしていた。今年も食料運搬係になれると思ったのに、今年は調理班に割り当てられたのだ。

「あげはちゃん、包丁は怖くないから頑張ってみよう?」
「……」

 茉莉花に促されるまま、私はまな板の上に乗っている包丁を握り、すぅ…と息を吸った。
 私の隣ではストトト…と軽快な音を立てて包丁を操る嗣臣さんの姿。その包丁の速さに私は息を呑む。
 無理、指詰めちゃう。
 私はプルプルしながら、白菜をカットする。時折ツルッと滑って危うく指ならぬ手首を切りそうになる。自分の不器用加減に嫌気が差してくるぞ。自然と私の呼吸が荒くなっていく。
 切っても切っても追加が出てくる。茉莉花は厳しい。私が包丁に怯えているのを知っているくせに、次の野菜を差し出してくるのだ…。可愛い顔して鬼である。

「あのっ、私が代わりましょうか?」

 その救いの言葉にバッと顔をあげる。
 しかし人違いであった。私に掛けられた言葉でなく、隣で包丁を操る嗣臣さんへの言葉だったのだ。相手は1年生。彼女たちはキラキラした目で嗣臣さんを見上げていた。
 嗣臣さんは包丁を一旦下ろすと、ニッコリ笑う。

「ううん、大丈夫。でもありがとうね」

 彼が辞退とお礼を告げると、彼女たちはその笑顔に見とれた様子でうっとりしていた。

「うわ、睨んでるよ」
「こわーい」

 なんか背後で悪口を言われた気がする。振り返るとそこにはこっちを観察している風の同級生。違うクラスの子だ。私が言うのは何だが、この雪花女子学園の生徒にしては派手と言うか、なんというか…ボス猿みたいな雰囲気を持つ人達。
 別に私は睨んでないよ…ただ見ていただけじゃないか…。自分の顔がキツめなのは知っているが、表情がないと怖いとか怒っているように見えるみたいで気にしてるんだよ一応。

「あの、三森先輩とお付き合いされてるんですよね?」
「かっこいいですね彼氏さん!」

 嗣臣さんに話しかけていた1年の子に話しかけられたのでぱっと顔を元に戻すと、1年の子たちはキャッキャとはしゃいだ様子だった。
 相変わらず私達は付き合っていると思われているらしい。しかし付き合うという話は出てきたことがないんだ。まだその手前であって…

「三森さんと西さんは付き合ってないよ。だって文化祭の時三森さんが言ってたもん。だよね?」

 後ろから割って入ってきたのは、先程私に対して聞こえるように悪口を言ってきた同級生の一人だった。彼女は私を見て目を細めると、隣にいる嗣臣さんの腕に抱きついた。
 そう、抱きついたのだ。

「私、今は彼氏いないんですけど、私と付き合いませんか?」
「あー…ごめんね?」
「えー? 三森さんとは付き合ってないんですよね? ならいいじゃないですか」

 べたべたとくっつく彼女に嗣臣さんは苦笑いしている。包丁を持ったままだったので、それをまな板に戻して腕をほどこうとしているが、彼女はべったりくっついて離れないみたいである。

「いいよね? 三森さん。だって彼女じゃないんだし」

 その言葉に私の心へ重しが乗せられたみたいにずっしり重くなった。自分で普段否定していることなのに、第三者に否定されると、こんなにも複雑な気持ちになる。
 私が何もいえずに固まっていると、嗣臣さんがこっちを見てきた。私は彼としっかり目が合った。いつも彼の黒曜石の瞳に見つめられるとなかなかそらせないのに、今はその目が怖くて私はサッとそらしてしまったのだった。



 煮込まれるスープの具材をグルグルかき混ぜながら私がぼんやりしていると、つん、と腕を突かれた。隣を見ると、そこにはムッとした顔をした茉莉花がいた。

「あげはちゃん、さっきのはよくないわ。嗣臣さんきっと傷ついてるはずよ」

 さっきの、というのは…さっきのことだろう。
 そんな事言われても私に何を言えというのか。彼女でもないのに他の女と付き合うこと反対するとか…厚かましくない?
 私が困惑しているのに気づいているはずの茉莉花だが、彼女は私に言い聞かせるように言った。

「付き合ってないなら、ちゃんとけじめとして言わなきゃ駄目よ」
「あげはちゃんが尻込みしてる理由がわかんないな。どう見ても両思いなのに」

 そこに琉奈ちゃんまで話に入ってきて、私は参ってしまった。『嗣臣さん可哀想だった』と茉莉花や琉奈ちゃんに言われて、まるで責められている気分になるのだ。

「あげはちゃんは残酷よ、あんなに想われてるのに…。そんなんじゃ、他の女の子にとられちゃうよ?」

 実の妹に彼氏を寝取られた経験のある琉奈ちゃんの言葉は重い。彼女は面白がっているのではなく、心配して私に忠告してくれているのだ。それはよくわかっている。
 
「デートしてキスして、抱きしめあって好きって言われ続けていたらそれはもう男女交際してるってことなの! あぁ素敵! ドラスティック★ラブの2人みたい!」

 夢見る綿貫さんまで話に割って入ってきたが、彼女は志津子みたいなことをぼやいていた。Web小説に夢見る彼女の言葉を思わずスルーしそうになったが、彼女の言っていることも一理あるな。
 デートはもちろんキスは何度もした。ハグされて好きだって言われるのも日常茶飯事だ。
 ただ、私が素直になれないだけ。私から好きだって伝えていないだけだ。……私は彼の優しさに甘えているだけ。素直になれずに彼を困らせているのだ。

 私は振り返って、嗣臣さんの姿を探した。彼は未だに包丁を扱っているが、その周りにはたくさんの女子生徒が群がっていた。
 【紅蓮のアゲハ】とか呼ばれて怖がられてるくせに、好きな人には素直になれない、お付き合いするのが怖いとか……今まで倒してきた不良たちがこんな私を見たらきっと指差して笑われるんだろうな。

 嗣臣さんは何時だって素直に気持ちを向けてくれるのに、私はそれに甘えている。

 彼を見ていると、嗣臣さんにくっついているボス猿同級生と目が合った。彼女はニヤリと私に笑ってきた。見せつけられているようで、ムカッとする。
 私は一度でもあんな風に彼に甘えた事なんてあっただろうか? 可愛く抱きついたりしたことあっただろうか…?

 ──他の女の子にとられちゃうよ?

 琉奈ちゃんの言葉が耳から離れなかった。
 あぁ、胸焼けしたみたいに、胸がジリジリ焦げて不快だ。
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