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紅蓮のアゲハの娘は恋を知らない
無自覚なアゲハ蝶【3】
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「んー…無理かぁ。まぁ、お前ならそういう反応をすると思っていたけどさ」
何を思ったのか、アシンメトリー野郎は拘束していたその手を離した。ポイッと捨てるかのように解放された紬ちゃんは目を白黒させながら、地面にドテッと転倒していた。
相手の考えは読めない。だけど人質が離されたそのタイミングを逃さない。私は地面を蹴りつけると、アシンメトリー野郎との距離を詰める。そして右手をおおきく振りかぶって、奴の腹に叩き込んだ。
しかし、それを難なく薙ぎ払われると、相手からの反撃がやってくる。前回手合わせしたときも思ったけど、動きが速い。これまで相手にしてきた人間の中でも素早い。
……これが、兄貴に負けたっての? 信じられない。下手したら兄貴より強いのに……。空手? ボクシング? わからないけど、アシンメトリー野郎は急所を的確についてくる。私はそれを避けるのに必死になって防御に徹していた。……逃げ場を失ったと気づいたのは、壁に追い詰められたときである。
「無駄な足掻きはよせよ」
前回と同じ状況に追い込まれてしまったのだ。抵抗できぬように身体を抑え込まれた私は足掻いたが駄目だ。
「女は男に媚び売ってるものだと思ってきたけど、あげは、お前は違う。お前は喧嘩しているときが一番キレイだな」
「な、何言って…」
「一目惚れしたんだよ。わからないか?」
はぁ? と間抜けな声を出しそうになったときだ。
生暖かい、柔らかい肉がムニョッと唇に当たったのだ。私は目をカッと見開く。
……き、キスされている…!?
「んんっ! っんぐっ…」
やめろ、と叫ぼうとして口を開けばすかさず潜り込んでくる舌。私の背筋が一気にゾゾッと悪寒に震えた。
いやぁぁぁ! したっ舌入ってキタァァ!!
顔を動かしてそらそうとするが、顎を固定されて口の中に唾液を流し込まれる始末である。
ちょーっ! 汚い!
何すんだこいつ!!
抵抗するにも身体を固定されている。
嫌だ、嫌だ。
なんでこんな目に合わなきゃなんないんだ…!
私は泣きそうだった。
こんなの、こんなのってない。
誰か助けて……!
涙が私の頬を伝った。
「──ぶっ殺してやろうか」
地の底を這うようなその声。
直後、アシンメトリー野郎は離れた。いや、引き剥がされたのだ。
グシャッと音を立てて、壁にキスをさせられているアシンメトリー野郎。なんだか既視感を覚える。
「……嗣臣、さん…」
私はそこにいる人を見上げて呆然とつぶやいた。
彼は秀麗なその顔を悪鬼のように凶悪に歪め、アシンメトリー野郎を睨みつけていた。その大きな手でアシンメトリー野郎の後頭部を押さえつけ、さらに握りしめていた。
「お、おまえぇぇ…一度ならず二度も…!」
「お前みたいなクズが、あげはちゃんに相手してもらえるとでも思ってんのか…? 殺すぞ」
おぉーっと、嗣臣さんのヤンキーモードが発動したぞぉ? 嗣臣さんってそんな言葉使うんだ……どストレートに殺すとか言ってるじゃないですか……。
嗣臣さんって一見ヤンキーらしくないからちょっとビビってしまったぞ。
「お前あげはの男じゃねーんだろーが!」
「うるせぇんだよ……馴れ馴れしくあげはちゃんを呼び捨てするな…!」
2人は私を置いて喧嘩を始めてしまった。ガチの殴り合いである。もうボッコボコだ。嗣臣さんのきれいな顔に拳が入って本気の殴り合いしてるし…!
「やめっやめて! 喧嘩すんな! 嗣臣さん、私は大丈夫だから!」
私は嗣臣さんの背中に抱きついて制止をかける。するとピタリと彼は止まった。喧嘩を再開しないように、彼らの間に入って引き離しておく。
嗣臣さんの美形なお顔が男前に変わってしまっている。嗣臣さんって冷静に見えるのに急にどうしちゃったんだ。
私は持っていたハンカチを濡らそうとトイレの手洗い場に向かった。
「うそ、うそよ…優しい嗣くんが喧嘩…?」
蛇口から流れる水音と一緒に聞こえたその声にふと思い出した。
そうだ、義妹の紬ちゃんがいたんだった。
「……ごめんね? 俺は紬ちゃんが想像しているような優しい男じゃないんだ。あげはちゃんを守るためには暴力もいとわない男なんだよ」
ハンカチを持って外に出ると、嗣臣さんは苦笑いを浮かべていた。彼は紬ちゃんの頭を撫でて「巻き込んでごめんね、怖かったね」と小さく謝る。
その撫で方は年下の女の子を慰める撫で方だ。紬ちゃんはじわわと瞳に涙を浮かべると嗣臣さんに抱きついていた。
私はそれを見て、胸の奥底がジリジリっと焦げた気がした。
ドゥルルル…
パーリラパーリラ
パープー
面白くない気持ちになっていると、シリアスな空気を崩すかのように奴らは現れた。
「あげは姐さーん」
「決闘なら誘ってくださいよー」
「助太刀に来ましたよー」
そこにいたのは、自称舎弟のリーゼント軍団。
うちの学校周辺に現れるなと言っているのになぜいるのか。
問いかけると「紅蓮のアゲハネットワーク舐めちゃいけませんよ!」と返ってきた。なにそれ怖い。
リーダー格のリーゼントはキメ顔でサムズアップしてきた。
「紅蓮のアゲハがいるところに俺らはいるんすよ!」
……いやいやいや…
「紅蓮のアゲハって呼ぶんじゃねぇ!」
だから言ってるでしょ! それはお母さんの二つ名であって、私は無関係なんだって!
私は不良じゃなくて淑女! おしとやかなレディになりたいの!
「あげはちゃん」
私がリーゼント軍団に呼び名について注意しようとすると、後ろから声を掛けられた。
私が振り返ると嗣臣さんがいつの間にか背後にいた。
「消毒しておこうね」
そう言って彼は私の頬を包み込むと、奪うようにキスをしてきた。
目の前に嗣臣さんの長いまつげが見える。
なんで私キスされてんだ?
とか
人前なんですけど。
というツッコミは色々あったのだが、それよりも私は気づいてしまった。
先程アシンメトリー野郎にキスされた時はあんなに気持ち悪くてたまらなかったのに、嗣臣さんとのそれは違う。
行為自体は同じキスのはずなのに、ぜんぜん違う。
キラキラと、目の前の彼が眩しく見えるんだ。
彼の舌が口の中を余すことなくなぞる。私は熱い息を漏らしてそれを受け入れるしか出来ない。頭がポヤポヤして、先程まで力が入っていた身体が弛緩した。
むしろもっとキスして欲しいって身体が欲している。私は自分から嗣臣さんの熱い舌に自分のそれを絡めていた。
しばらくキスを交わしていたが、チュッと音を立てて離された唇。
目を開くとその先に嗣臣さんの顔がそばにある。…このひと、こんなにキラキラしてたっけ…? いや元々か……
「うわ、すっげぇベロチュー…」
リーゼント軍団の誰かのつぶやきが耳に入ってきて、それまで恍惚としていた私は一瞬で我に返った。
わ、私今何をした!? ひ、人前だし、それにっ!
カァァッと顔面に熱が集中する。
淑女になりたいってどの口が言っているんだ。はしたない。どこからどう見てもふしだらな女じゃないか!! 淑女失格である!!
私は顔を両手で隠して俯いた。恥ずかしくてたまらない。
「あげはちゃん?」
「なーかしたなーかした、アーニキに言ってやろー」
リーゼント軍団が面白がって囃し立ててくる。小学生か。
いつもならそんな奴らを叱るのに、私はそれどころじゃなかった。
私は気づいてしまったのだ。
今のでようやくわかった。嗣臣さんにキスされても嫌じゃなかった。他の男と彼は違うんだ。私は彼を特別な目で見ていたのだ。
私は彼のことを好きなのだ。
私はいつの間にか嗣臣さんに恋をしていたのだと気づいてしまったのだ。
何を思ったのか、アシンメトリー野郎は拘束していたその手を離した。ポイッと捨てるかのように解放された紬ちゃんは目を白黒させながら、地面にドテッと転倒していた。
相手の考えは読めない。だけど人質が離されたそのタイミングを逃さない。私は地面を蹴りつけると、アシンメトリー野郎との距離を詰める。そして右手をおおきく振りかぶって、奴の腹に叩き込んだ。
しかし、それを難なく薙ぎ払われると、相手からの反撃がやってくる。前回手合わせしたときも思ったけど、動きが速い。これまで相手にしてきた人間の中でも素早い。
……これが、兄貴に負けたっての? 信じられない。下手したら兄貴より強いのに……。空手? ボクシング? わからないけど、アシンメトリー野郎は急所を的確についてくる。私はそれを避けるのに必死になって防御に徹していた。……逃げ場を失ったと気づいたのは、壁に追い詰められたときである。
「無駄な足掻きはよせよ」
前回と同じ状況に追い込まれてしまったのだ。抵抗できぬように身体を抑え込まれた私は足掻いたが駄目だ。
「女は男に媚び売ってるものだと思ってきたけど、あげは、お前は違う。お前は喧嘩しているときが一番キレイだな」
「な、何言って…」
「一目惚れしたんだよ。わからないか?」
はぁ? と間抜けな声を出しそうになったときだ。
生暖かい、柔らかい肉がムニョッと唇に当たったのだ。私は目をカッと見開く。
……き、キスされている…!?
「んんっ! っんぐっ…」
やめろ、と叫ぼうとして口を開けばすかさず潜り込んでくる舌。私の背筋が一気にゾゾッと悪寒に震えた。
いやぁぁぁ! したっ舌入ってキタァァ!!
顔を動かしてそらそうとするが、顎を固定されて口の中に唾液を流し込まれる始末である。
ちょーっ! 汚い!
何すんだこいつ!!
抵抗するにも身体を固定されている。
嫌だ、嫌だ。
なんでこんな目に合わなきゃなんないんだ…!
私は泣きそうだった。
こんなの、こんなのってない。
誰か助けて……!
涙が私の頬を伝った。
「──ぶっ殺してやろうか」
地の底を這うようなその声。
直後、アシンメトリー野郎は離れた。いや、引き剥がされたのだ。
グシャッと音を立てて、壁にキスをさせられているアシンメトリー野郎。なんだか既視感を覚える。
「……嗣臣、さん…」
私はそこにいる人を見上げて呆然とつぶやいた。
彼は秀麗なその顔を悪鬼のように凶悪に歪め、アシンメトリー野郎を睨みつけていた。その大きな手でアシンメトリー野郎の後頭部を押さえつけ、さらに握りしめていた。
「お、おまえぇぇ…一度ならず二度も…!」
「お前みたいなクズが、あげはちゃんに相手してもらえるとでも思ってんのか…? 殺すぞ」
おぉーっと、嗣臣さんのヤンキーモードが発動したぞぉ? 嗣臣さんってそんな言葉使うんだ……どストレートに殺すとか言ってるじゃないですか……。
嗣臣さんって一見ヤンキーらしくないからちょっとビビってしまったぞ。
「お前あげはの男じゃねーんだろーが!」
「うるせぇんだよ……馴れ馴れしくあげはちゃんを呼び捨てするな…!」
2人は私を置いて喧嘩を始めてしまった。ガチの殴り合いである。もうボッコボコだ。嗣臣さんのきれいな顔に拳が入って本気の殴り合いしてるし…!
「やめっやめて! 喧嘩すんな! 嗣臣さん、私は大丈夫だから!」
私は嗣臣さんの背中に抱きついて制止をかける。するとピタリと彼は止まった。喧嘩を再開しないように、彼らの間に入って引き離しておく。
嗣臣さんの美形なお顔が男前に変わってしまっている。嗣臣さんって冷静に見えるのに急にどうしちゃったんだ。
私は持っていたハンカチを濡らそうとトイレの手洗い場に向かった。
「うそ、うそよ…優しい嗣くんが喧嘩…?」
蛇口から流れる水音と一緒に聞こえたその声にふと思い出した。
そうだ、義妹の紬ちゃんがいたんだった。
「……ごめんね? 俺は紬ちゃんが想像しているような優しい男じゃないんだ。あげはちゃんを守るためには暴力もいとわない男なんだよ」
ハンカチを持って外に出ると、嗣臣さんは苦笑いを浮かべていた。彼は紬ちゃんの頭を撫でて「巻き込んでごめんね、怖かったね」と小さく謝る。
その撫で方は年下の女の子を慰める撫で方だ。紬ちゃんはじわわと瞳に涙を浮かべると嗣臣さんに抱きついていた。
私はそれを見て、胸の奥底がジリジリっと焦げた気がした。
ドゥルルル…
パーリラパーリラ
パープー
面白くない気持ちになっていると、シリアスな空気を崩すかのように奴らは現れた。
「あげは姐さーん」
「決闘なら誘ってくださいよー」
「助太刀に来ましたよー」
そこにいたのは、自称舎弟のリーゼント軍団。
うちの学校周辺に現れるなと言っているのになぜいるのか。
問いかけると「紅蓮のアゲハネットワーク舐めちゃいけませんよ!」と返ってきた。なにそれ怖い。
リーダー格のリーゼントはキメ顔でサムズアップしてきた。
「紅蓮のアゲハがいるところに俺らはいるんすよ!」
……いやいやいや…
「紅蓮のアゲハって呼ぶんじゃねぇ!」
だから言ってるでしょ! それはお母さんの二つ名であって、私は無関係なんだって!
私は不良じゃなくて淑女! おしとやかなレディになりたいの!
「あげはちゃん」
私がリーゼント軍団に呼び名について注意しようとすると、後ろから声を掛けられた。
私が振り返ると嗣臣さんがいつの間にか背後にいた。
「消毒しておこうね」
そう言って彼は私の頬を包み込むと、奪うようにキスをしてきた。
目の前に嗣臣さんの長いまつげが見える。
なんで私キスされてんだ?
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人前なんですけど。
というツッコミは色々あったのだが、それよりも私は気づいてしまった。
先程アシンメトリー野郎にキスされた時はあんなに気持ち悪くてたまらなかったのに、嗣臣さんとのそれは違う。
行為自体は同じキスのはずなのに、ぜんぜん違う。
キラキラと、目の前の彼が眩しく見えるんだ。
彼の舌が口の中を余すことなくなぞる。私は熱い息を漏らしてそれを受け入れるしか出来ない。頭がポヤポヤして、先程まで力が入っていた身体が弛緩した。
むしろもっとキスして欲しいって身体が欲している。私は自分から嗣臣さんの熱い舌に自分のそれを絡めていた。
しばらくキスを交わしていたが、チュッと音を立てて離された唇。
目を開くとその先に嗣臣さんの顔がそばにある。…このひと、こんなにキラキラしてたっけ…? いや元々か……
「うわ、すっげぇベロチュー…」
リーゼント軍団の誰かのつぶやきが耳に入ってきて、それまで恍惚としていた私は一瞬で我に返った。
わ、私今何をした!? ひ、人前だし、それにっ!
カァァッと顔面に熱が集中する。
淑女になりたいってどの口が言っているんだ。はしたない。どこからどう見てもふしだらな女じゃないか!! 淑女失格である!!
私は顔を両手で隠して俯いた。恥ずかしくてたまらない。
「あげはちゃん?」
「なーかしたなーかした、アーニキに言ってやろー」
リーゼント軍団が面白がって囃し立ててくる。小学生か。
いつもならそんな奴らを叱るのに、私はそれどころじゃなかった。
私は気づいてしまったのだ。
今のでようやくわかった。嗣臣さんにキスされても嫌じゃなかった。他の男と彼は違うんだ。私は彼を特別な目で見ていたのだ。
私は彼のことを好きなのだ。
私はいつの間にか嗣臣さんに恋をしていたのだと気づいてしまったのだ。
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