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紅蓮のアゲハの娘は恋を知らない
幕間・香桜里【三森香桜里視点】
しおりを挟むあたたかい家庭が欲しかった。
望んだのはただそれだけだったのに。
同級生は当たり前のように家族の話をしていた。
今度どこに連れて行ってくれるのだ
お父さんが何を買ってくれた
お母さんが迎えに来てくれる
『香桜里ちゃんちは?』
そう問いかけられる度にあたしは何も返せなかった。
『あんたを産んだからあたしはこんな惨めな生活をしてるんだ』
そう言うなら離婚をすればいいのに、母は私に恨み言をブツブツ言うだけだった。
父の顔が見たくないという母は毎日出歩いていた。何をしているのかはわからない。電話しても出ないから。
『まだあいつは帰ってきてないのか!』
父と母は完全にコミュニケーション不足だった。お互いにそれを放棄して、お互いを傷つけあっていた。
食事の準備やら何やらかんやらを放棄する母にブチギレて、私の前で物に当たる。怒鳴りつける。
それは日常茶飯事。
直接手をあげられていないだけマシだけど、それでもあたしは怖かった。
食事が用意されることはまれだった。
幼少期はいくらかマシだったかもしれないけど、小学生になってからはインスタントヌードルばかり与えられるようになり、最終的にはそれが台所に放置されるだけになった。冷蔵庫には野菜もなにもない。
あたしはいつもそれで空腹をしのいだが、足りるわけがない。お腹が空く。成長期に必要な栄養は学校給食で栄養をとっていたようなものだ。あたしはいつも貧血気味だった。
あたしの胸が膨らみ始めたとき、最初にブラジャーの必要性を説いたのは当時の友人だった。それを母に言えば面倒くさそうな顔をされた。
初潮があったとき、母は「金がかかる」と文句を言っていた。
母はあたしが【女】になることを嫌悪しているようにも見えた。
うちはこんな感じだったので、あたしは勉強だけはちゃんとしたかった。高校に通いたかった。別に私立とかじゃなくて公立高校で構わなかった。
だけど……
『高校? なにいってんだい。うちにはそんな金ないよ。中学卒業したら就職して、家に金を入れるんだよ』
学費は自分でアルバイトして稼ぐ、少ないけど新聞配達で稼いだお小遣いがある。足が出た金は必ず返すと訴えたが……
母の提示した条件は、定時制の高校。結局は日中働けってことであった。
そのころのあたしは、世界で一番自分が可哀想だと思っていた。
自分の世界が狭すぎて、周りが見えていなかった。世界規模で言えば、自分よりも悲惨な生活を送っている人もいるのに、とにかく自分が惨めで情けなかった。
特にキラキラした高校生活を送る同年代の姿を見ていたら尚更。
定時制の生徒だという肩書きで、あたしはコンプレックスを持ち、親を責め……自分の未来が描けなかった。
どうせ今と同じようなしみったれた人生を送るんだ。なら真面目に生きていても仕方がないんじゃないかって。
やけだった。
このイライラを発散したかった。
サンダースというレディース軍団を知ったのもその時。同じ定時制に通う同級生が自慢げに根性焼きの痕を見せてきたのがはじまりだ。
あたしはそのレディースに直談判して仲間に入れてもらった。
そこで喧嘩を覚えた。酒も覚えた。煙草の味も覚えた。……男も覚えた。
『カオリ、あんたはどうにも危なっかしいね。そりゃああたしたちはツッパってる集団だから暴走してなんぼ何だけどさ……男に喧嘩売っちゃ駄目でしょ。力の差を考えなよ』
『ですけどアゲハさん、あいつが先に!』
当時の総長だった人の名は【アゲハ】だった。あたしはその人を敬愛していた。不良なんだけど、どこか懐の広い人で不安事や悩み事を聞いてくれた。当然他のメンバーにも慕われていた。
この不良軍団サンダースは行き場を失った少女たちの居場所になっていた。
あたしはそこで青春を過ごした。
暴力に暴走行為、深夜徘徊に飲酒喫煙。警察に捕まったこともある。
だけど親が迎えに来ることはなかった。私はそのころには家に帰らなかったから。学費も生活費も食費も、全て自分のバイト代で賄っていた。住居は男の家に泊めてもらっていた。
よく家に泊めてくれたのは竜二という男だ。あいつは巷で黒竜と呼ばれて恐れられているそうだ。帰るところがないといえば「うちに来いよ」とあっさり。
当然のことながら、下心あってのお誘いだったらしく、あたしは黙ってそれを受け入れた。
そもそもその男は女遊びが激しい男だという噂だったので、それまでの関係だと思っていた。だから、アイツが他の女とベタベタしている所を見かけてもなんとも思わなかった。
その内あたしが総長の役柄を拝命し、前総長の【アゲハ】という源氏名も受け継いだ。
あたしが総長になってからもメンバーの入れ替わりがあった。そのどれも家庭や学校でなにかがあった子ばかり。あたしはその子達の話を聞いてあげながら思った。自分が生きていた世界は狭すぎたのだと。
もちろんあたしたちみたいな問題のある家庭環境じゃない、いい家庭に恵まれ、順風満帆に生きている子もいるだろう。だけど……それでも皆何かしら抱えているものなのだと知った。
そうだとしても、親を許す、認める気にはなれなかった……
『なぁなぁカオリ、今日ウチ来ねぇ?』
『あたしはアゲハだっつってんだろ。さっきイチャついてた女はどうしたんだよ竜二』
『何だよー妬いたのかよ。かーわいいなぁ』
ベタベタと腰回りを撫でてくるこの男は飽きもせずあたしの周りに出没した。
学校に通うのが馬鹿らしくなり、定時制高校を中退したあたしは、浮いたお金で安い部屋を借りていた。それで何を思ったのかこの男はその家に転がり込んできた。
あたしが作った料理を美味しいと言い、一緒に洗濯物を片付けたり、掃除したり、買い物にでかけたり。夜は同じ布団で眠る。
贅沢は出来なかった。こいつ、いつまで居座るんだろう…と思ったことすらある。
だけどあたしの中で情がわきはじめ、竜二の側が居心地いいと感じるようになった。
あたしはただ穏やかな家庭が欲しかった。こんな風になんてない毎日を家族と過ごしたかった。
両親がいて子どもがいて…別に贅沢は必要としていない。
ただ娘として甘やかしてほしかった。
親の顔色伺ってビクビクする生活には戻りたくない。
愛されたかっただけなのに。
あたしのお腹に生命が宿っているとわかったのは17の時だった。
あたしはフリーターで、竜二は18。まだ高校生だった。
親に相談なんて出来なかった。
竜二にいえば堕ろせと言われるかもしれないと思ったあたしは隠していた。
やっと家族ができる。
この子には自分のような思いをさせたくない。
自分が守るんだって。
まぁその後彼にバレて、親を巻き込んで騒動が起きたのだけど。
竜二のご両親は不始末をやらかした息子を締め上げて、竜二に責任取らせると最終的には産むことを認めてくれた。
自分の親にも一応伝えたけど、何も援助はしてやらんと返ってきただけ。
それからは半絶縁状態。
竜二の両親である三森夫妻の援助を受けて、あたしは息子の琥虎をこの世に産み出したのだ。
生まれた時の幸福感は忘れない。
絶対に幸せにすると誓った。
自分の親のようにはならないって。
その息子は今では立派な不良に育った。
まぁ、それは反抗期とか生まれ持った気性であると思いたい。グレていた自分たちがどうのこうのいう権利はないし……
旦那と息子の琥虎に、娘のあげは。時折集まってくる息子の友だち。
賑やかで大忙しだけど、あたしは今が一番幸せだ。
時々嵐はやってくるけど、大したことじゃない。
自分が親にしてもらえなかった事をこの子達には与えてあげよう。自分の血を引いた子どもたちには自分と同じ気持ちを味合わせたくない。
親になって子育てを経験して、子どもが成長していく過程を見てきてはじめて、当時の親も大変だったのかなと1ミリくらいは理解し始めた矢先だった。
「父さんが仕事をやめたんだよ」
「ばあさんが痴呆になったんだ」
「ちょっとばかし金を貸してくれない?」
その度に金の無心に来る母親。
あたしはその度にもやもやした気持ちを抱えていた。
あんなにもあたしに対して金を使うことを渋っていたくせに、二言目には「あんたを育てるのにどれだけ金がかかったと思ってるんだ」だ。
最低限。本当に最低限しか使わなかったくせにと罵倒したくなるのだ。
そんな自分の闇に気づいてしまい、自分が恐ろしくなった。
あたしは未だに親に縛られたままなのか。
いっそ無関心になれたら良いのに。
結婚して、別の姓を名乗っても親子関係という血縁は死んでも解けない。
まさに呪縛だ。
血というのは呪縛のようなものだと思う。
あたしは自分を産んだ両親を心の奥底から憎悪してしまっている。
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