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紅蓮のアゲハの娘は恋を知らない
兄の友達以上、恋人未満。
しおりを挟む嗣臣さんは実家にいるのが大嫌いだそうだ。家にいるのが嫌でグレたようなものだと話してくれたことがある。
非行は褒められたことじゃないけど、今となっては彼がグレてしまっても仕方ないのかなって思う面もあったりする。
そんな嗣臣さんは、3月になったら即家を出て行くとか言っていた。もうアパートも契約済みらしい。……まだ、国立大学の合格発表以前に試験も始まっていないのに。
多分、本命に受かる自信があるんだろうな。ナルシストな一面のある彼のことだ。きっとそうだろう。
国立大学の試験日は月末に行われるらしい。嗣臣さんは今頃勉強しているのだろうか。
■□■
私は今、ある高校前にいた。
正門前で待っていると、下校途中の生徒からすごい視線が集中してきた。多分雪花女子学園の制服が珍しいんだよね…だよね? 私から溢れ出す淑女オーラに圧巻されてるんでしょう?
髪がボサボサになっているのかなと手ぐしで直していると「誰か待ってるの?」と親切な男子生徒さんに声を掛けられたので、うなずいておいた。
男女ともにブレザーの制服の進学校。うちの高校とはまるっきり空気感が違うな……男子がいるからであろうか。「彼氏? 友達?」と聞かれたので、曖昧な返事を返しておいた。
……嗣臣さんって私の…友達ではないし、兄の友達ってだけだもんなぁ。…彼氏でもない。説明が難しい。なんだろう。
私は嗣臣さんの通う高校前に立って彼を待ち伏せしていた。彼は最後の追い込みで学校の図書館で勉強しているそうだから。
別に特別な意味はない。色々世話になってきたからね。ちょっと差し入れするだけだ。どうせまともな食生活を送っていないんだろう。…中身はお母さんが作ったものを詰めてきただけだけど……差し入れには変わりないからいいんだよ!
手に握った紙袋がカサリと音を立てる。
…まだかな、早くこないかな。
私はソワソワしていた。遅くまで残っていると聞いたから、すれ違いにはなってないと思うんだけど……
「西くんっ」
軽やかな甘い声が耳に飛び込んできた。西というのは、嗣臣さんの名字だ。私はその名につられて顔を上げた。
──視線の先には、擬態している嗣臣さんが女の子に呼び止められている姿があった。
同じ学年なのだろうか。ネクタイの色が同じだ。彼を呼び止めた女子は頬を赤くして、背の高い嗣臣さんを見上げている。
恋愛ごとに疎い私でもすぐに分かった。彼女は嗣臣さんに好意を抱いているのだなって。
当然だ。嗣臣さんはイケメンなのだ。メガネして真面目に擬態しても、ただのイケメンメガネ男子なだけだ。たとえ眼鏡で魅力が減少していても、その魅力に惹かれる女子はいるだろう。
眼鏡をしていてもモテるだろうなぁと思っていたけど、案の定である。
「どうしたの、山下さん」
「あの、話があるの…ちょっと時間いいかな…?」
あ、告白されるのか。
共学だもんね。卒業シーズンにはあるあるかもしれない。告白のお邪魔になっちゃいけないな。
……そう思い、すぐに踵を返して立ち去ろうと思ったのだが、何故か私の足は動かなかった。
ジリジリと胸を焦がすような不快感に私は息が詰まりそうになった。
何故だろう…すごくなんか嫌な感じ。
面白くない。
「……あげはちゃん?」
「!」
「どうしたの? 珍しいね、俺の高校までやってくるって。なにかあった?」
固まっていた私の存在に気づいた嗣臣さんが声を掛けてきた。
まずい、と思ったが、私を目に映した嗣臣さんはとても嬉しそうに表情をほころばせていた。なんなの、この砂糖を振りまいたような笑顔…心臓に悪いわ。
「…あ、西くん彼女、いたんだ……」
それを誤解した同級生らしき彼女はかすれそうな声で苦笑いしていた。だけどその顔は泣きそうに歪んでいる。
「やっぱなんでもない! じゃあまた明日ね! お互い受験頑張ろう!」
「うん、さようなら」
何もなかったかのように彼女は元気よく挨拶すると、走り去ってしまった。
私は彼女の告白の邪魔をしてしまった。それに罪悪感を覚えていると、嗣臣さんは「どっちにせよ、彼女の気持ちには応えられないからあれで良かったんだよ」と全てを悟ってる風な言い方をしていた。
流石モテる男は言うことが違う。
「…なんかすいません……差し入れを持ってきただけなんですけど」
「差し入れ? あげはちゃんが作ってくれたの?」
「まさか! お母さんが作ったものですから安心ですよ」
私は力いっぱい否定した。
私の料理スキルを知っていて何を言っているんだこの人は。そんな大事な受験目前にお腹を壊しそうなものを提供するわけがなかろうが。
「そっかー…あげはちゃんの手作り食べたかったなぁ…」
なのにこの男は残念がっていた。
私が作った得体のしれない料理を食べたいと思うとか……やばくないか? 恋は盲目なの?
「でもありがとう。おばさんにお礼を言っておいて」
「わかりました」
「駅まで一緒に帰ろうか」
私と嗣臣さんはそのまま一緒に歩き出した。…なんか変な感じだ。同じ高校の先輩後輩みたい。
彼の実家はうちの正反対なので、一緒に帰れるのは駅までである。そればかりは仕方ない。だって受験生だもん。受験が終わったらまた会える……
「俺が好きなのはあげはちゃんだからね」
「えっ」
「さっきの子のこと気にしているのかと思って」
突然の発言に私は目を白黒させてしまった。こんな道端で大胆に告白するとか……
私は恥ずかしくなってしまって、カッと頬が熱くなった。
「な、何言ってるんですか! そんなわけ無いでしょ!」
「……かわいいね、キスしてもいい?」
な、何を言っているんだこの人は…!
彼は私の頬をそっと撫でてとんでもない発言をする。
ここ、道端よ? しかも嗣臣さんの高校のそば!
お伺いを立てる形で聞いてきたくせに、嗣臣さんは身をかがめて、ゆっくり顔を近づけてきた。その黒曜石の瞳がキラリと光る。私は怯みそうになった。
あぁ駄目だ。これ以上は……!
──パシッ
「だ、ダメです!」
私は彼の口を手のひらで抑え、拒否した。
だってだめだよ、私達はそういう関係じゃない。はしたないと言うか、ふしだらと言うか…!
「怖いことしないでください…」
多分私は情けない顔をしていたと思う。だって恥ずかしくて胸がムズムズして耐えきれなかったんだもの!
その顔がよほどおかしかったのか、ぽかんと目を丸くしていた嗣臣さんは目元を手で抑えてため息を吐くと沈黙してしまった。
「ちょ、笑わなくてもいいじゃないですか! こ、こういうことは順序を追って行うべきであって…私は淑女として…」
確かに嗣臣さんからは告白されたけど、私はそれに応えたわけじゃなくて、なんというか兄の友達としてしか見てないと言うか、それ以前に往来でキスするのははしたないと思うんだ!
「うん…笑ってるわけじゃなくて……すごく…衝撃的だったと言うか……」
「は…?」
嗣臣さんの声はなんだか弱々しかった。
衝撃的? 何を言っているんだこの人は。
「…あげはちゃん、今さっきの顔、他の男に見せちゃダメだよ……見せたら俺どうなるかわかんない」
自分の顔は鏡がないと見えないから、さっき自分がどんな顔をしていたのかわかんないんですけど。
どうなるかわかんないって何だよ。
「つ、嗣臣さんは受験勉強してください! 私もう帰ります!!」
居た堪れなくなった私はそう叩きつけると、小走りで先に向かった。後ろ
から嗣臣さんが追いかけてくる気配がしたけど、止まらなかった。
心臓がバクバクして、いつもと違う。
どうにも落ち着かなくて、走って誤魔化すしかやりようがなかったのだ。
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