三森あげは、淑女を目指す!~紅蓮のアゲハって呼ぶんじゃねぇ~

スズキアカネ

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紅蓮のアゲハの娘は恋を知らない

ギャグハーとかお姫様とか夢見がちも大概に【3】

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「──そんなにキスがしたいならさせてやるよ」

 無感動な声だった。
 いつもの穏やかな、ちょっと砂糖が混じっているみたいな彼の声とは違い、感情というものが含まれていないように聞こえた。

「がっ!!」

 先程まで壁に押し付けられていた腕が軽くなったと思えば、横でガツンッと叩きつけられるような硬い音が聞こえた。
 私がそろりとそちらに視線を向けると、真面目スタイルの進学校生が如何にもヤンキーな男を壁ゴンしている風景があった。

「ほら…お前の大好きなキスだよ……たんと味わえよ?」

 アシンメトリーの髪を鷲掴みにして、何の躊躇いもなく壁ゴンしたのは言わずもがな嗣臣さんである。アシンメトリー野郎は公園トイレの壁にべっとり顔を押し付けられていた。

「誰の許しを得て、あげはちゃんにキスしようとしてるの? ……そんなにキスがしたいならトイレの壁と好きなだけキスさせてやるよ」
「て、てめぇ……!」

 嗣臣さんは静かに切れていた。
 アシンメトリーは鼻血を出しながら、嗣臣さんを睨みつけている。まさに一触即発の空気が流れた。
 私もだが、この公園にいた当事者全員が息を呑んでその光景を凝視していた。

「あいつ…! 策略のツグじゃね?!」
「アイツのせいで痛い目見たんだよ! 潰されるぞ!!」
「やべえっ逃げろ!」

 不良共は嗣臣さんを知っているらしく、ひどく恐れていた。…なるほど。嗣臣さんがお相手してあげたことがあるのね。
 先程までの勢いはどこに言ったのか、不良共は蜘蛛の子を散らすようにして逃げていった。この場にリーダー格らしいアシンメトリー男を残したまま。

「ちょっと待ってよ! 煌梨のために戦ってよ!」

 置いていかれた志津子がまたお花畑なことを叫んで追いかけていく。
 おい志津子、謝れ。
 私と茉莉花と黒マスクに謝ってから逃げろ。ギャグハーだかお姫様だか知らんが、周りの人間を巻き込むんじゃないよ電波女め。何が煌梨だ、ふざけんな。

「あげはさんに怯みやがった! 流石俺らの女帝!」
「やめろ!」

 殴られてグッタリしていたものの、意識はあったらしい金髪黒マスクが顔をトマトソース(鼻血)だらけにして歓声を上げていた。
 おい、今のは私じゃなくて嗣臣さんが追い払ったんだよ! 私がボコボコにしたみたいな言い方しないでよ……いや、ちょっとボコったけどさ……


「っ…!」

 黒マスクが呻いた。

「痛いですか? ごめんなさい」
「ま、茉莉花さん、綺麗なハンカチが汚れてしまいますよ!」

 茉莉花は涙をホロホロ流しながら、黒マスクの腫れ上がった顔に水で濡らしたハンカチを当てていた。
 黒マスクはハンカチの心配をしているが、彼の顔はなかなかひどい惨状だ。ハンカチどころじゃないと思うんだ。

「…どうして、私を庇おうとしたんです」

 茉莉花はポツリと呟いた。
 どういう流れで黒マスクが不良共に暴行されていたのかと疑問に思っていたが、どうやら茉莉花が襲撃されそうになっていた所に黒マスクが救出に乗り込んできたみたいだ。
 茉莉花の手は未だに震えていた。そりゃそうだ、彼女は重度の男性恐怖症なのだ。
 だけど、自分のために身体を張って守ろうとしてくれた黒マスクに精一杯手当してあげようとその恐怖と戦っているのだ。

 黒マスクはへにゃっと眉を八の字に緩めた。その表情は柔らかい。金髪の黒マスク姿で普段は怖い印象のある黒マスクだが、素顔はベビーフェイスだ。その顔面は未だにスプラッター状態だが。

「怪我がなくてよかった……前はひどいことをして茉莉花さんを怖がらせてしまったんで、今度は守ってあげたかったんス…」

 黒マスクの言葉に茉莉花は目を丸くしてぽかんとしていた。
 彼が茉莉花にどことなく思慕を抱いているのは勘付いていたが……好きな子を守るために体張ったのか……
 お前……! 成長したな! ボコボコにされてたじゃんとかは置いておいて、ちょっと感動したぞ私。
 
「あげはちゃん、怪我はない? このクズにひどいことされてない?」

 私が黒マスクの男気にウンウンとうなずいていると、ぬっと嗣臣さんが目の前に現れた。
 私は彼を見上げて、そして顔面を抑えてうずくまっているアシンメトリー野郎に視線を向けた。

「……何もそこまでせんでも」

 助けるなら他にやりようがあると思うんですよ。アシンメトリー野郎の鼻の骨折ってないよね? 不良同士の喧嘩手加減しなさすぎて怖いわぁ…

「好きな子が他の男に触れられてるのを見て冷静でいられるわけ無いでしょ?」

 私に聞こえるくらいの声音で囁くと嗣臣さんは私の頬を撫でてきた。彼の黒曜石のような瞳が射抜く。
 嗣臣さんのこの瞳に見つめられるとまるで蝶の標本になってしまったかのような気分になる。このまま彼に囚われてしまいそうで、背筋がゾクゾクした。

「なぁ、俺は匠海って言うんだ。よろしくな、あげは」
「……鼻血出てるよ」

 脇から声を掛けてきたのはアシンメトリー野郎だ。綺麗に整えていたはずの髪は嗣臣さんにグシャグシャに握られてセットが乱れている。その上、鼻から出血していてイマイチ格好がついていない。

「お前みたいな女は初めてだ。…覚悟しておけよ、絶対に奪いに行くから」
「……間に合ってます」

 なんか変なのに気に入られてしまった……
 これまさにあの小説みたいな展開じゃないの。志津子にやってあげなよ、絶対志津子喜ぶから……
 
「もう一回壁とキスしたいようだね」
「嗣臣さんストップ」

 嗣臣さんがアシンメトリー野郎にとどめを刺そうとしていたので、それを止めるが大変だった。
 止めてやってるのにアシンメトリー野郎は私の電話番号聞こうとしてくるわ、スイッチが入った嗣臣さんが暴力で会話しようとする……

 暴力は良くない。暴力は何も産まないんだよ。…先程まであんたも暴力振るってたじゃんとか突っ込まない。あれは非常事態だったからいいの!

「どの面下げてあげはちゃんの番号聞こうとしてるの? 随分おめでたい頭だね?」
「テンメェ……この間の恨み、今返してやっても構わないんだぜ!」
「やめておきなよ。またそっちが負けるから」
 
 嗣臣さんが嘲笑するように鼻で笑うと、アシンメトリー野郎はぐぬぬと唸っていた。2人の間をバチバチと火花が交差する。そして彼らはゴチンと頭突きしあっていた。
 ……何故、私の周りには変な人間ばかり集まるのだろうか……

 片や甘酸っぱい片思い劇場なのに、こっちは血なまぐさいヤンキー漫画みたいな争いが勃発してるんですが…
 私、甘酸っぱいほうがいいなぁ……


■□■


「先日はありがとうございました。…甘いものがお好きだといいんですが…」
「えっ! 茉莉花さんが俺のために作ってくれたんスか!?」

 後日、茉莉花が黒マスクに改めてお礼を渡したいというので同席すると、彼女は手作りのお菓子を差し出してお礼を言っていた。
 あくまでお礼なんだが、黒マスクは舞い上がっていた。

 茉莉花は黒マスクに贈り物を手渡すと、すぐさま私の後ろに隠れていた。
 距離が近づいたとかじゃないけど、過去に一度怖い思いをさせた毒蠍の黒マスクはちょっとだけ株が上がったんじゃないか?

「あぁ、可憐だ…」

 奴は茉莉花を見てうっとりとしている。黒マスクにとっては何よりものご褒美みたいだし、まぁいいか。
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