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紅蓮のアゲハの娘は恋を知らない

ギャグハーとかお姫様とか夢見がちも大概に【1】

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「あんたが三森あげは?」

 正門前で待ち構えていた小柄な女子高生は初対面であるのに、敵対心バリバリで睨みつけてきた。
 また兄関係かなと内心どころか表にもゲンナリした様子を出すと、相手はムッとした顔をしていた。

「…どうみても、守りたいと思われるのは私の方じゃない……この女、身長高いし、顔は派手だし…」
「誰ですかあなた」

 なんか貶された気がするけど…まずは自己紹介してくれないかな。

「あんたには負けないから! 私がこの町の姫になるんだから!」

 うわ、姫になるだって…現実と妄想の区別がついていない人かな……うわ、怖…。

「…はぁ、頑張ってください……」

 ヤバい人だと察知した私は後退りしそうな足に力を入れて、愛想笑いを浮かべて応援の言葉を掛けた。こういう人は刺激しちゃ駄目だ。適当におだてて、さっさとご帰宅願おう。

 兄貴ー…変な女に手を出すなとアレだけ口酸っぱく注意したのに…よりによってなんでこんなアクの強そうな女を選ぶかな。

「私は小柄だし、顔はこんなに愛らしいじゃない? 間違いなくあんたよりも私が選ばれるはずだと思うのよね。……なのに……! なにが女帝よ! ふざけないでよ!」

 自画自賛してうっとりしていたかと思えば、ギッと鬼の形相へと変貌して、唾を飛ばす勢いで私に噛み付いてきた。
 ……女帝がなんだって? なんの話をしているんだ、この人は。

「あの、話が見えないんですけど。あとカラーコンタクトがずれてますよ」
「あの男と同じこと言わないでよ! 失礼なところそっくり! 流石兄妹ね!」

 だって目の中に黒目が2つあるみたいで怖かったんだもん。

「あの、さっきからあなたなんですか? あげはちゃんに対して失礼ですよ。あげはちゃんのお兄さんに対する苦情ならお兄さんに言ってもらわないと困ります」

 この状況を見かねた茉莉花が間に入って私を庇ってくれた。
 そうだ、今はちょうど帰宅時間。雪花女子学園の女子生徒たちが帰宅している時間なのだ……遠巻きにして生徒たちがこちらを眺めているのに今気づいた。
 違うんだよ、私は絡まれた側で、やばいのはこの女だ。私は何もしてないからね。
 女はといえば、周りの視線を気にも止めずに、割り込んできた茉莉花を不快そうに見上げ、そしてカッと目を見開いた。

「…て、天然美少女だからって調子に乗らないでよね!!」
「…天然?」
 
 やばい。茉莉花にもわけのわからない言いがかり付けているし。茉莉花は困惑している様子であったが、気を取り直して目の前の電波女と向き合っていた。

「まずはどちら様ですか? ご用件はなんですか? お話はそれからでしょう」
「あんたには関係ないでしょうが! 引っ込んでなさいよっ」

 至極まっとうな事を言う茉莉花に腹を立てた女は茉莉花を突き飛ばそうと腕を伸ばした。

「キャッ…!」

 ドンッと音を立てて茉莉花が突き飛ばされた。咄嗟に腕を伸ばして支えようとしたが、私よりも先に別の第三者が茉莉花の華奢な背中を支えた。
 茉莉花は衝撃に備えてギュッと目をつぶっていたが、誰かに支えられたとわかると恐る恐る目を開き、支えてくれた人物を見上げた。

「ヒッ…!」

 金髪に髪を染め、トレードマークと化している黒マスクで顔半分を覆い隠している男の姿に茉莉花は血相を変えた。
 男から慌てて離れると、私の背後に隠れてブルブル震えていた。極度の男性恐怖症の茉莉花には男が至近距離にいる事自体が苦行なのだ。

「あ、ありがとうございました……」

 毒蠍共は前科ありなので、怯えられても仕方ないとは思うけどね。それでもしっかりお礼は言う茉莉花。律儀である。
 金髪黒マスクが気分を害していないかなと思って相手の様子を窺うと、奴は茉莉花の怯える姿に寂しそうにしつつも、「可憐だ…」とうっとりしてやがる。おめでたい頭でなによりだ。

「お前こんなところにまでやってきて…あげはさんに喧嘩売って命が惜しくないのか?」

 電波女と知り合いなのか、赤モヒカンが制服のポケットに手を突っ込んだままダルそうに声を掛けていた。
 お前ら知り合いだったのか。

「そうだ! 可憐な茉莉花さんになにすんだ、てめぇ! あげはさんと違って茉莉花さんはか弱いんだからな!」
「黒マスク、お前後でツラ貸しな」

 正義感なのか、気になる女の子を守るためなのかは知らないが、金髪黒マスクが電波女に抗議していた。
 それ自体はいいんだけど、なんで比較対象に私の名を出すのか。茉莉花は確かにか弱いさ。だけどその言い方だと私は図太いみたいじゃないか。心外である。こんなにも可憐でか弱い淑女はどこにもいないと思うな。
 君はちょっとお話し合いが必要みたいだね。

 私が個別呼び出しをすると、失言に気づいたらしい黒マスクが「すいやせん! 口が滑りました!」と頭を下げてきたが、見逃してやらん。
 赤モヒカンが「悪気はなかったんですよ、許してやってください」と黒マスクを庇っている。仲間思いなのはいいが、それとこれとは別問題だと思わないか?

「あ、あげはちゃん…」

 私の後ろに隠れていた茉莉花が怯えながら声を掛けてきた。
 どうしたんだろう、毒蠍が恐ろしくてたまらないのかな。…だけど彼女の視線は毒蠍ではなく、電波女に向いていた。
 茉莉花の視線を追いかけて、電波女に目を向けると、相手は俯いてわなわな震えていた。いかんせん身長が小柄な子なので、どんな表情を浮かべているのかがわからない。

「な、なによなによ! なんでこの女なのよ!」

 癇癪を起こしたかのように叫ぶと、八つ当たりをするかのように学生カバンを地面に叩きつけていた。バフッと音を立てて叩きつけられたカバン。
 その荒々しい行動に後ろの茉莉花がぎくりと身体をこわばらせた気配がした。

「私は姫になって、強くてかっこいい男たちに囲まれて沢山愛されたいのよ! 私を巡って男たちには争ってほしいの! …それなのになによ女帝って!」

 …なんかさぁ、その“姫”設定ってクラスメイトの綿貫さんがオススメしてきたWeb小説の設定に似てるよね。そういう小説を読みすぎて現実との剥離が生まれちゃったのかな……

「敵対勢力のリーダー同士に好かれた私は、奪い愛をされるの! 沢山の血が流れるけど、そこから確かな愛が生まれるのよ!」

 彼女はよくわからない単語をばーっと吐き出して怒鳴り散らしているが、大体が理解できない。
 通行人の生徒らも、毒蠍も、茉莉花も私も、宇宙人を見るかのような目で彼女を見ていた。
 …なんだか彼女が可哀想になってきてしまった。

「…ん?」

 ──ふと、私の足元に小さな冊子が落ちていることに気づいた。

「…なにこれ?」

 くるっと回して表面を確認すると、顔写真つきの生徒手帳。そこには生徒名が表記されていた。

黒岩くろいわ志津子しづこ……?」
「いやぁぁ! なに人の生徒手帳見てんのよっ!」

 電波女が発狂して生徒手帳を奪い去っていった。
 何故そんなに慌てているのか。別に写真も名前もおかしいところなどなかったのに。

「なによ! 内心馬鹿にしてるんでしょう! 古臭い名前だって馬鹿にしてるんでしょうがァァ!!」
「……?」

 電波女は顔を赤くして泣きそうな顔で騒いでいるが、何故彼女がそんなに狼狽するのか理解できなかった。
 古臭い名前? 志津子が?

「いい名前じゃない、私なんてあげはだよ? アゲハチョウって虫だよ? それに比べたらしっかり意味を込められた綺麗な名前じゃない」
「嫌よ! こんなババ臭い名前! 私は煌梨という名前に改名するの!」

 えぇー…何故そんな方向転換するのか。
 今はいいけど、おばさんになった時浮くからやめたほうがいいと思う。……おばさんになった自分があげはと呼ばれる場面を想像してゾッとした。

「覚えてなさいよ、あんたをあっと驚かせてやるんだから!!」

 志津子改め、自称煌梨は興奮した様子で宣戦布告をかますと、一人駆けだしていった。

「…追いますか?」
「放って置いていいよ」

 赤モヒカンに後を追うか確認されたが、触らぬ神に祟り無しだ。余計に状況が悪化すると思う。
 …志津子、いい名前だと思うけどな。
 どっちかといえば私のほうが改名案件だと思うんだ。


「うわぁー…なにあれ。三森さん大丈夫?」

 そろそろと近寄ってきたのはクラスメイトの綿貫さんだった。先程の流れを一部始終見ていたらしい彼女は同情的な眼差しで見上げてきた。

「綿貫さんの好きなWeb小説ヒロインみたいな人だったよね」

 彼女ならわかってるくれるだろうなと思って話を振ってみた。
 私の周りには変わったヤンキーらが多くいるが、それとはタイプの異なる規格外が登場してきて私は少しばかり動揺していた。

「はぁ!? ドラスティック★ラブのヒロインはあんな電波じゃないよ! 三森さん今の発言撤回して! 私と作者さんに失礼!!」

 何が不満なのか、プンプン怒る綿貫さん。
 えー…似たようなものだと思うけど……好きなものを汚された気がするのか? だけど私から見たら同じものに見えるんだけどなぁ……

「だってあれギャグハーだっけ? さっきの子が言ってたやつと同じ」
「逆! ハー! 沢山の男性に言い寄られることだよ! ギャグにしちゃダメ!!」

 ポコポコと憤慨する綿貫さんに叩かれた。
 頬をパンパンに膨らませてて怒っている様は小動物のようである。
 
「ごめんごめん、ぜんぜん違うね。あっち電波だもんね」
「そうだよ! 一緒にしないで!」

 素直に謝ると、綿貫さんはプンスカしながらも納得してくれた。
 ああいう小説が好きな綿貫さんでさえ、現実と妄想の区別がついているのに、彼女は一体どうしちゃったのか……
 叱ってくれる友達はいないのだろうかと私は余計なお世話になりそうなことを考えていたのである。
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