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紅蓮のアゲハの娘は恋を知らない

幕間・チームの姫【?視点】

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 姫になりたい。

 おとぎ話の姫じゃなくて、チームの姫に。
 強くてかっこいい男たちに囲まれて沢山愛されたい。奪うようにキスをされて、ドロドロに溺愛されてみたい。私は男たちに攫われて、それをヒーローが助けに来るのよ。そして私を巡って敵対勢力同士が争うの!
 私は姫としてたくさんの男にかしずかれるの!

 自分で言うのは何だけど、私は黒髪ナチュラルメイクの清楚で可愛らしい顔立ちの守ってあげたくなるような容姿をしている。身長なんて150もない小柄体型だし、自分の魅力を知るための研究は怠らない。
 きっとそんな私をひと目見た瞬間から彼らは私に夢中になるに違いない。

 狙うのはこの一角にその名を轟かせる、三森琥虎という男だ。…ここ最近目立った活躍を聞かないが、最盛期の勢いはすごかったそうだ。
 彼は女に大変よくモテ、その周りには沢山女が群がっていると聞く。その中に私のような可憐な少女が紛れ込めば目を引くこと間違いない。
 私は最大限自分をめかし込み、彼のいる工業高校の校門前に立った。
 すれ違う男子生徒らがこちらを振り返ってくる。私はその視線に優越感を感じながらもそんな態度をおくびにも出さず、ビクビクと可憐な少女を演じた。冷たい風が吹くと髪が乱れる。私はそれを手で抑えて憂いの表情を浮かべる。 
 …きっと、彼は一瞬で私に恋に落ちること間違いなしだわ…!
 
 ──ザッと人の波がはけて、その中央を悠々と歩く青年を生徒たちが畏怖の眼差しで見つめていた。
 その中央にはサイドを刈って長めのソフトモヒカンにした黒髪の男がいた。その耳には派手なピアス。制服を着崩し、カッターシャツではなく黄色のパーカーを羽織っているその姿はお世辞にも品行方正とは言えない。

 彼は1人で歩いていた。周りのことなどその辺の塵芥かのように一瞥すらしないでスマホを見ながらぶらぶらと歩く。
 ──視界にも入れずに、私の前を通過していった。

「ち、ちょっと待ってよ!!」

 想定外だ。掃き溜めの中に咲く一輪の花のような私を目を留める予定が、私まで見逃すなんて……!
 慌てて彼の腕を掴んで引き止めた。

「…あ゛…?」

 その切れ長の瞳に鋭く睨みつけられた私はビクッと反応して、すぐさま手を離した。
 彼は相手が他校の女子だと分かると、訝しげに見下ろしてきた。私は気を取り直そうと咳払いをする。

「あなた、三森琥虎でしょ? ここら辺で暴れまわってるというのはあなたね」
「……いや、ここ最近は大人しくしてるけど」
「えっそうなの? まあいいや…ねぇ、私を見てなにか感じない?」

 ホンモノめっちゃイケメン…!
 見惚れてしまいそうな所を自制して、私は、魅力的な笑顔を浮かべてやる。緊張で声が震えてしまいそうだったが、この男を落としてしまえばこっちのもんだ…。
 三森琥虎は私の顔をまじまじと見つめると、ゆっくり口を開いた。

「カラコンずれてんぞ」
「そうじゃない! そっちじゃない!」

 それは気づいていても指摘しちゃいけないところ! そこじゃないでしょうが! こんな可愛い女子前にしても反応しないとか、女たらしなだけある!

「私はね、煌梨きらりっていうの」
「へぇ」
「あなたに会いに来たのよ!」
「わりぃけどオンナは間に合ってる」

 嘘でしょ…! こんなに可愛い女の子がアプローチしているのに、歯牙にもかけないなんて……! こいつ目大丈夫? 
 三森琥虎はあくびを噛み殺しながら、「じゃ」と素っ気なく通り過ぎようとしていたので、私はその腕を掴んで止めた。

「待って!? そもそもなんで不良やめたの!? そんなの困る!」
「はぁ…? なんでお前が困るんだよ……受験があるからそういうのやめた。もうすぐ大学生だし、第一ダセェしな」

 ダサい…?
 私の中でガラガラと崩れ去っていく音がした。自分の夢まで否定されたような気分になったからだ。
 私が脱力すると、三森琥虎は訝しんだ顔で見下ろしてきたが、やがて興味を失ったかのようにその場から立ち去っていった。
 私は呆然とそこに取り残されてしまった……


「お前、琥虎さんに遊んで欲しいって女か?」

 見かねて声を掛けてきたのはリーゼントスタイルの男たちだ。昭和の時代からタイムスリップしてきたかのような髪型をしている。

「琥虎さんは女に不自由してないぞ? だいたいあんなに美人な妹さんがいるんだ、目が肥えてんだよ」
「悪いことは言わねぇから他所行ったほうがいい」

 …は?
 美人な妹?
 目の前にこんなに可愛い私がいるのにシスコンだっていいたいの? ありえないんだけど……

「おう、久しぶりだな」
「何だお前ら来たのか」

 私がわなわな震えていると、そこに新たな不良が現れた。隣町のヤンキー校の制服を着た赤毛のモヒカンと、金髪に黒マスクをした男だ。リーゼントたちの知り合いらしく、軽く挨拶している。
 彼らは…! 三森琥虎に毒尾を折られたという不良チーム毒蠍ではないか…? そうだ、彼らでもいい。よく見たら整った顔立ちをしている。私がその隣にいたらきっと絵になるはずだ…!

「ねぇ! あなた達毒蠍よね? 三森琥虎に負けたという」
「あ゛ぁ!? んだこのアマ…!」

 射殺すような目で睨みつけられて、私はヒュッと引きつった声を出してしまった。図星をつかれて相手の癇に障ったみたいだ。
 だけどここで怯んではダメよ、煌梨。私がチームの姫になるんだから!

「私の名は煌梨! ねぇ、三森琥虎に勝ちたくない?」

 そうだ、私が勝利の女神となるシナリオも素敵だ。毒蠍の自信を取り戻し、昔のように悪名を轟かせるのだ…!

「いや、忠誠を誓った方のご迷惑になるからそれは諦めてる」
「なにそれもう姫がいるの!?」

 なんてことだ! もうすでに彼らには姫が存在していた。

「はぁ? あげはさんは姫じゃなくて女帝だ!」
「あの方が守られるだけのピーチ姫なわけがないだろが! あげはさんはこの街を支配する女王だ!」

 女帝? …女王…!?
 そもそも誰よあげはって!
 リーゼントもうんうんと深くうなずいて納得してるし、もう意味分かんない!
 予定通りなら、三森琥虎が私に一目惚れするはずなのに……なんなのよ! 誰よ、来る者拒まずの三森琥虎って言ってたの!!

「わっ私は守られたいの! 女王だか女帝だか知らないけど、そんな女よりも私みたいなか弱い女のほうが好きよね?」

 そうよ、いくら強くても、女でそれだと男は敬遠するに違いない。いつの時代も女は一歩下がってなんぼ。男よりも弱くないと、好まれないってものだ。
 腕っぷしが強く、男よりも権力のある女なんか誰も好んだりしない……

「はぁ? 馬鹿じゃねーの?」
「そもそもガキにはキョーミねーわ」

 なのに奴らと来たら、私をシッシッとあしらってきたではないか…! 失礼しちゃう! こんな可愛い女の子前にして何よ!
 大体ガキって、私はあんたたちと同じ高校生!

「私は高校1年生なのよ! 子供扱いしないでよ!」

 黙っていられなくて言い返すと、赤モヒカンの男が私の頭から爪先をまじまじと見つめ、薄笑いを浮かべた。

「もーちょい胸と尻が育ってから出直しなー」

 興味がないとばかりに手をひらひら振って踵を返す。他の奴らも赤モヒカンに続く。ぞろぞろと不良グループがその場から立ち去って残された私は屈辱に震えていた。

「最低!」

 なによ! なによ!
 最低! 女の子の体のこと揶揄するなんて本当に最低! 
 見る目がなさすぎる! アイツらは私にふさわしくない! 
 私は姫になる女。強くて逞しい男たちに愛される女なんだから!

 ……そもそも、アゲハって誰よ。
 この私を差し置いて……
 私は唇をかみしめて、怒りにわなわな震えた。

 ……そんなに大切なら、潰してやる。
 誰が一番なのか、知らしめてやる…!
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