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紅蓮のアゲハの娘は恋を知らない

そんな顔するあなたを私は知らない【4】

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 雪花女子学園クリスマス炊き出し会は、食糧難の時代にこのグラウンドで畑を耕していた当時のシスター、女学生たちが飢えにあえぐ人々に心を痛め、せめてもの施しとして炊き出しをするようになったのが始まりだそうだ。
 小さなクズ野菜を浮かべた味の薄いスープを美味しそうに飲んでいる人達の姿を見たシスターたちは自分たちも貧しく余裕がないのに信仰する神の教えに従って、困っている人々のために炊き出しをするようになった。

 それが形を変えて、クリスマスの開催となったのだ。今ではご近所の方々の持ち寄り会にもなっているが、近隣の皆さんとの交流ということで結構好評なのだ。
 本当に困窮している人も参加しているので、その人達にはちょっと多めにお持ち帰り用の食べ物をさり気なく渡すのだ。最近は見た目からして貧しいって感じの人は減っているけど、見えない貧困があるのですとシスターが神妙な顔でおっしゃっていたな。

 一食しか差し出さないのは、その場しのぎの偽善と周りに思われるかもだけど、何もしないよりは、やる偽善のほうがよほどすごいことだと思うんだ。
 
「おらよっ! …なんだ、もっといるか!」
「い、いえもういいです…」

 不良によって、コートのポケットというポケットにお菓子やみかんを詰められている人は怯えていた。
 普通逆だよね、有り金すべて奪うのが不良のイメージだよね。「金がない? なら、飛んでみろよ。小銭があるじゃねーか」って感じで。

 炊き出し会にヤンキー。
 発想できない組み合わせに恐れを隠せないのであろう。ポケットをパンパンにさせたまま、汁物が入った器とラップに包まれたおにぎりを持ったその人はビクビクしながらストーブが置かれたテント下に入っていった。簡易的にだけどビニールで風避けもしてあるので、多少はあたたかいかと思われる。

「なんで桃色なのー? その服なにー?」
「なんかダサーい」
「変な格好ー」
「このクソガキぃ……」

 噂を聞きつけてやってきた桜桃さんはシンボルの濃桃色の特攻服姿にサンタ帽子をかぶっていた。そして小さな幼児たちに絡まれ、イライラしている様子であった。
 その格好に問題があるんだよ、と指摘してあげたいが、この格好が彼女の勝負服なので敢えて何も言わない。
 イキっている彼女であるが、小さな子どもに手を出したり怒鳴りつけたりはしないらしい。その代わりイライラは隠さないし、握られた拳がわなわな震えているけど。
 …子どもって残酷だよね。

 桜桃さんは飲み物を配る係だ。差し入れされたお茶やジュースを紙コップに注いで配っているのだが、ちびっこに絡まれて任務が遂行できていない模様。
 一緒に配っていたリーゼント集団リーダーが代わりに倍頑張っている。

 異様だ。
 淑女が集う雪花女子学園に、柄の悪い不良共。いや奴らが集ったのは私のせいなんだけどさ。
 相容れないであろう両者が協力して炊き出し……淑女を目指しているはずなのに、何故私の周りには変な人が集まるのであろうか…わからない……


「おいしいね」
「あったかぁい」

 小さな呟きが聞こえた。
 後ろを振り返ると、テント下でストーブを囲む人々がニコニコ笑顔で笑い合っていた。
 
「…よかったね、喜んでもらえているようで」

 腕まくりしていた服を戻しながら、嗣臣さんが私に声をかけてきた。先程まで三角巾をしていたので、ちょっとだけ髪に癖がついている。いつも抜け目ない嗣臣さんにしては珍しいことだ。
 彼は炊き出しされたものを食べる人々の笑顔を見て、つられて笑っていた。

 先程、両親の離婚の話し合いの場に居合わせた無表情の彼とは思えない、優しい表情だった。
 良かった。受験生に手伝わせるのはいかがなものかと思ったけど元気が出たようで良かった。
 ……そもそも、親だよ。嗣臣さんの両親が受験生の息子を連れ回してることからしておかしいんだ。元はと言えばあの人達が悪い。他所様の親だけど、どうかしてるよ全く。

 私は炊き出し会に集まった人達をザッと見渡した。
 炊き出し会とかってボランティア精神を持たない人には面倒くさい試みに感じるけど、やってみたら意外とやり甲斐があるよね。
 私は神を信じていないけど、こういう奉仕の精神を持つというのは大事だと思う。少しでも幸せを感じてくれたら嬉しいじゃないか。

「楽しいね、クリスマスって」

 嗣臣さんの言葉に私は目を丸くしてしまった。
 クリスマス…そうね、今日はクリスマスだ。キリスト系のこの学校では重要な行事。
 日本のクリスマスはカップルの為みたいな感じだけど、本来のクリスマスはイエス・キリストが生誕した日で、家族とゆっくり過ごす日なのだ。

「……世間一般のクリスマスと少し違いますけどね」

 ここには華美な飾りはない。
 良く言えば清貧、悪く言えば殺風景な学校と、飾り気のないテントと華やかさのない炊き出しの食べ物しかない。
 ケーキもチキンも存在しない。サンタなんて濃桃色特攻服を着たエセサンタだ。
 人々にささやかな施しを与え、皆のお腹を満足させるしかできない。
 
 私は苦笑い気味に返事した。だけど嗣臣さんは笑顔のままだった。

「きっとあげはちゃんがここにいるからだと思うよ」

 その笑顔は優しかった。
 いつものイケメン無駄遣いスマイルだ。
 なのだけど…彼の黒曜石のような瞳の奥から別の感情が溢れ出してきそうで……直視した私の胸が高鳴った。

「調子に乗らないでくださいよ!」

 なんという目で私を見てるんだ。
 そんな、愛おしいものを見るかのような目で見られたら落ち着かなくなるじゃないか!
 ──あれ、そういえば私いつもそんな瞳で見つめられていたっけ……?

 私は急に恥ずかしくなって嗣臣さんの目から視線をそらした。

「どうしたのあげはちゃん、ごめんね?」

 私に向けて優しく笑うのも、その瞳で見つめてくるのも、普通のコトだと思っていたけど彼にとっては普通ではなく……
 彼が私にガチ恋しているのだと…想われているのだと今になって意識してしまったのである。
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