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三森あげはは淑女になりたい

蝶のように舞い、蜂のように刺す!【2】

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「茉ー莉花! おっはよー!」
「あげはちゃん、おはよう」

 女の園、雪花女子学園。
 ここが私の修行場である。カトリック系のミッションスクールであるここは小中高一環の女子校だ。高校から入学した私は日々ここでレディとはどういうものなのかを学んでいた。
 お嬢様学校とは言うが、一般家庭出身の子もこの学校に通っている。泊付けのために入れたがる親がいるそうだ。

 私の友人の茉莉花は中等部からここに通っている。今は祖父母の家に下宿して通っているそうだ。
 茉莉花は男性が苦手で、自ら望んで女子校に進んだそうだ。どうして男性恐怖症になったのかは不明だ。彼女も話したくないだろうからそっとしておいている。だが茉莉花は目鼻立ちが整っており、手足もスラリと細いきれいな女の子であるのにちょっと勿体ないなとも感じている。
 一般家庭出身で、なにか特別な習い事をしていたわけでもない茉莉花は中等部からこの学校に通っているからこんなにも女の子らしくお淑やかなのだろうか。決して意志が弱いわけじゃない、魅力的な女の子だ。何故私とこう差が……
 あ……育ちの差…?

 残酷な真実に気づいた私はハッとしたが、頭を振って気を取り直す。
 私は普通の女の子になるのだ。そうだ、その為にこの女子校に入ったんだ。…中学の頃のように、同級生ならず先輩にも怖がられたり、何もしてないのに姉御と呼ばれて謎の子弟が出来ないように、お淑やかなレディになるのだ…!
 
「そういえば今日は家庭科の課題の提出締め切りだけど、あげはちゃん、エプロンは完成したの?」
「…はぁぁ! 忘れてた!!」

 茉莉花の指摘に私は顔面蒼白になった。
 そうだ、今日は洋裁の課題の提出締め切りだったんだ…!
 居残って洋裁室で課題をやろうとは思っていたけどついつい引き伸ばして…!

「昼休み返上でやれば間に合うかな…?」
「全くもう、あげはちゃんたら」

 茉莉花が私をみてクスクスと笑っている。口元に手を当てる仕草すら女の子らしい。
 …だって洋裁苦手なんだもん。間違って自分の手を縫ってしまいそうで…まち針で指刺しちゃうし…

「三森さん!」
「おっと、どうしたの」

 洋裁の課題を思い出してげんなりしていた私に飛びついてきたのはクラスメイトの綿貫 わたぬきさんだった。茉莉花が香り立つ花の精なら、小柄で可愛らしい綿貫さんは砂糖菓子の妖精のような子。
 そして私はそれをついばみに来る蝶か……あげは蝶と言っても虫の分類だもんね。…あー、改名したい。三森かぶとむし…いやいや、もう少し落ち着いた和風の名前にね。

 おっと、話がそれてしまったな。彼女はどうやら焦っている様子。朝のご挨拶をしに来たわけではなさそうである。
 宿題を忘れたとかであろうか。私はこれでも成績はいいほうだ。勉強は頑張っているから。……ただ洋裁とか料理とか行儀作法が苦手…あ、ミサの時間も苦手かもしんない。だって私キリシタンじゃないもん…法事のお経並みに苦手だ。

「また宿題忘れたの? 今日授業で当たる日だったっけ?」
「あっ、宿題! リーディングのノート見せてぇ! …違うそうじゃない! いや違わないけど私困っているの!」

 違うのか違わないのかどっちなのだ。宿題を忘れたことではなくて、別のなにかで困っているのか。彼女は大きなお目々をうるうるさせてなにかに怯えている様子である。
 145cmだという綿貫さんは167cmの私の隣に立つとめっちゃ小さいのがよくわかる。彼女を見ていると、背の高い男性が小柄な女性を好むのは何となく分かるぞ。守ってあげたくなるよな。
 ただしロリコン、テメーらだけは論外だ。幼い少女好きは二次元の中だけにしろよ。幼女・少女に近づきたいなら、去勢してから来い。その覚悟がなければ半径3メートル以内に近づくんじゃねぇぞ。じゃねーと私がシバく。徹底的にシバく。ごめんなさいと言っても止めてやらねぇ。

 日本人男性の8割がロリコンだから仕方ないと言われるだろうが、そんなの知ったこっちゃない。多数派だからと開き直るな。そんな民主主義クソくらえだ。
 害悪は潰してなんぼ。人口が減ろうがなんだ。被害に遭って苦しむ女の子が減ったほうが平和でいい。性犯罪は魂の殺人なんだからな。
 それを念頭に置いて、ロリコンどもは統制を取り、大人しく二次元の世界に戻りなさい。二次元の森へお帰り!

 シクシクと泣き出した綿貫さんをなだめながら、ここにはいないロリコン犯罪予備軍達の脳へと無差別に念を送っていると、彼女はスッと私の目の前にスマホを持ってきた。

「…? 見てもいいの?」

 綿貫さんがコクリと頷いたのを確認すると、スマホを受け取り画面を確認した。
 それはメッセージアプリ画面だった。

【いいの? お前の個人情報をWebに上げるけど】
【住所をSNSで拡散するよ?】
【雪花女子学園って校則厳しそうじゃん。バレたら退学になるかもしれないな】

 文の面々からは、脅迫されているのだと窺えた。上のメッセージをスクロールして確認すると、相手側から電話の応答や面会を要求されており、それを断っていると相手もムキになって強気に出てきたみたいである。

「…なにこれ?」
「SNSで知り合った人……こんな人だとは思わなかったの…」
「…この間シスターが“SNS上のお付き合いは危険を伴う”って注意していたじゃん…なにしてんの…」

 私は呆れを隠せなかった。
 学校側があれだけ口酸っぱく注意しているってのに、それを無視して変な男と関わって…完全に自業自得じゃないの。
 大体何故私に相談してくるんだ、親に相談しなさいよ。警察は…実害がないと動いてくれないだろうから相談して終わるかもしれないだろう。まずは親だ。クラスメイトに助けを求めてどうする。

「だって、だってぇ…お母さんに怒られちゃうもん…」
「綿貫さんが馬鹿な事したんだから大人しく怒られておきなよ」
「うぇぇ、三森さんが冷たい…」

 私が冷たいのはあなたが馬鹿なことをしたからですよ。そこの所忘れるな。反省しなさい。
 私にどうしろっていうのさ。

「三森さん一生のお願い、助けて!」
「えぇー…」
「代わりにエプロン仕上げてあげる! 三森さんだけ今日締切の課題提出されてないって洋裁の先生が言ってたの聞いたわ。まだ完成できていないんでしょ!?」
「……」

 それは、取引だろうか? 私はサッと綿貫さんの顔を見た。
 ──世の中はギブ・アンド・テイクで成り立っている。決してずるではない。そう、これは対等なビジネス…

「あげはちゃん、ダメよ。ちゃんと自分で作らなきゃ。あげはちゃんは淑女になりたいんでしょ?」

 茉莉花に窘められ、私はギクッとした。それを言われると胸がズキリと痛む。だけどね、人には不得意分野というものがあるんだ。本当ミシン怖い。尖った針怖い……大人になってどれだけミシン使う機会あるよ、別にお裁縫できなくても死なないよ……

「で、でもー…綿貫さんが困ってるし」
「そんな事言って、さっきまで助ける気皆無だったじゃない。…それにそんな事してくる男の人、怖いじゃない。警察に言ったほうがいいよ…」

 茉莉花が注意したのはそれだけじゃない。私の心配をしてくれているのだ。
 一方の綿貫さんは親に知られたくない学校にバレたくないという。
 私はガシガシと後頭部を掻きむしり唸った。

「……兄貴…自分のお兄ちゃんに立ち会いしてもらって話をつけるってのはどうかな」
「お兄さん? あ、そっかあげはちゃんお兄さんがいるんだったね」
「うん。男の人が間に入れば、相手も乱暴な真似しないでしょ」

 すごく、危険な賭けだ。
 なんたって私はこの学校の人に兄を紹介したことがないからである。なんでって見た目からしてヤンキーだからだよ! 言わせんな恥ずかしい。
 それが学校の人と遭遇したら……私の淑女計画は水の泡となる…!! きっと目の前にいる茉莉花も私を恐れるようになるに違いない…! やっと友達ができたのに、高校でも怖れられてボッチとか絶対に嫌だ!

「…それならいいけど…でもね、エプロンは自分で仕上げなきゃダメよ?」
「ぐっ!」
「綿貫さんも、あげはちゃんがお人好しなのをいいことに頼るのはよして。危険なことに巻き込まないでね」
「はぁーい…」

 ぐさ、ぐさと釘を差してくる茉莉花。可憐で優しげな見た目とは違ってしっかり者の茉莉花は少し不満のようだが、帰ってきた後に連絡するようにと条件で、今回は見送ってくれるみたいだ。
 学校の人に目撃されませんように…!
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