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お許しあそばして。お嬢様なんて柄じゃございませんの。
白色のエリカ
しおりを挟む「二階堂さん、パパが迷惑を掛けてごめんなさい! パパはうちから追い出したから!」
「いや…うん…瑞沢さんがしたことじゃないからいいよ…って追い出した?」
月曜日、朝練を終えて教室に入ると、瑞沢嬢が私に頭を下げてきた。瑞沢嬢の耳にもあの【カツラふっ飛ばしセクハラ事件】の情報が入ってきていたようである。
土曜のパーティで丸山さんのお父さんは瑞沢家に苦情を入れたらしい。本人がアレなので、製造物責任でそのお父さん…瑞沢嬢のお祖父さんに連絡がいった。
いい年しておいて、老いた父親に叱られるって…恥ずかしくないのか瑞沢父……
他にも色々やらかしていたらしい瑞沢父はとうとう親子の縁を切られ、放逐された上に失業したそうだ。
瑞沢嬢の存在の時点でもうアウトだけどね。責任取らずに長々と放置してさ……もっと早く決断できなかったのかな。血の繋がった息子だから見捨てられなかったのかな?
いい大人だし、社会人経験もあるから放逐されても、仕事を選ばなければなんとでもなるだろう。あのオッサンは傲慢すぎるのでどうなるかはわからないけど。
そんでもってパーティ時に一緒にいた水商売風の妊婦は瑞沢父の愛人だった。しかし、お腹の子は他の男の子どもらしい…。玉の輿の可能性が消えたとわかると、興味を失って去っていったそうだ。
また…托卵か……未遂だけど。
「馬鹿よね、パパったら」
そう呟いた瑞沢嬢の表情は諦めと呆れが混じったものであった。
親の愛に飢えていた彼女は、母親に続いて父親とも袂を分かつような形で別れることになってしまい、大丈夫だろうか……。彼女は情緒不安定な部分がある。年齢の割に幼い子供のようで危ういなと感じる部分も多かった。
瑞沢嬢は私の視線に気づくと、曇っていた表情をパッと笑顔に変えた。
「倫也君頼りないから、ヒメ頑張る! 二階堂さんにひどいことをして奪ってしまったのだもの、ヒメは最後まで責任を取る! それがヒメの選んだ生き方!」
瑞沢嬢の宣言に私はぽかんとしてしまった。まさか彼女の口からそんな言葉が飛び出してくるとは夢にまで思わなかったのだ。
彼女はもう出会った頃の彼女とは違うんだな。ちゃんと成長している。宝生氏は頼りないし大丈夫かなと思うけど、瑞沢嬢が変わったのなら、ちょっとは安心かも。
お祖父さんお祖母さんと和解して、色んな経験を積むようになって彼女の世界が広がったお陰なのかもしれないね。
両親には恵まれなかったけど、祖父母がちゃんと向き合ってくれる人達で本当に良かったね。
■□■
「クリア…! クリアしたよ慎悟! 私大学進学できる!!」
「大げさだな」
「私のアホさを知っているでしょ!? 秀才2人が加わっての合格だよ…! ハァァー…よかったぁぁ~!」
試験から約1週間程度で結果が判明すると言われていたが、発表の仕方は個別だった。通知表みたいな紙を1人ずつ手渡され、その中に結果が書かれているのだ。……希望の学部への進学が厳しい場合は、面談の日程を書かれているそうだ。
私に渡された紙には経営学部への進学を認めると書かれている。三度見くらいしたぞ。
安心して気が抜けた私は慎悟に抱きついて感動の涙を流した。めっちゃ怖かったの。考えないようにしてたけどプレッシャーは感じてたから。
4月から私も大学生か。年齢的には浪人した気分だが、なんだか新鮮だ。
後もう少しで高校卒業だが、この学校の生徒はほぼエスカレーター式で英学院の大学部に進むからあまり寂しくない。学部は違うけど、友人たちも同じ大学だもんね。
「4月からまた同じだね。よろしくね」
「……」
その声が聞こえてしまった私は、慎悟の胸に顔を押し付けて何も聞こえないふりをした。
無視、無視だ。相手にするな。
「あれ、どうしたの? 嬉しくて泣いているのかな?」
無視しているんだよ、見てわからないのかあんたは。
「お前と同じ学部なのを嘆いているんじゃないのか?」
「それを言ったら僕だって加納君がいなければよかったのにって思ってるよ?」
「奇遇だな、俺も同じ気持ちだ。でもまぁ、同じ学部生になることだし、学業は学業で割り切ろう」
また慎悟と上杉がチクチクやり取りはじめた。私には無視することを覚えろって言ってきたくせに、慎悟は上杉と喋っちゃうのか。
中等部の頃から順位争いをしてきた慎悟と上杉は大学生になっても争い続けるのね。間に私を挟んで…。
「ちょっと二階堂さん! また慎悟様にくっついて!! 本当にはしたない人ね! 公衆の面前で恥ずかしくありませんの!?」
巻き毛がそこに首を突っ込んできて、私を慎悟から引き剥がそうと腕を伸ばしてきた。私が慎悟から離れるよりも先に、巻き毛の手が届きそうだった。私は思わず身構える。
それを見かねた慎悟がすかさず腕を回してそれをブロックした。
「慎悟様!?」
「いちいち手を出すなよ。…櫻木、お前は暴力的すぎる。彼女が怪我したらどうするんだ」
「心外ですわぁ!」
巻き毛がショックを受けている様だが、彼女のこれまでの行いが過激だったせいだと思うの。
私が真正面から加納ガールズに向き合っても返ってくるのは反発だけ。まともなやり取りは期待できない。話し合いでなんとかなるならここまで苦労はしていない……
「あんた達まだ帰らないの? …そうだ、エリカ。2年が修学旅行でいないから、今日は1年達交えて練習試合しようと思うんだけど」
「あ、いいね!」
私は慎悟の胸から顔を上げて、ぴかりんの提案に瞳を輝かせた。
バレーだバレー! 後輩たちとプレイできるのも残り僅かなんだ。今のうちに思う存分プレイしたい!
「じゃ、慎悟また明日ね!」
「怪我するなよ」
「だーいじょうぶ! 心得てますとも!!」
【生徒のお呼び出しを申し上げます。二階堂エリカさん、二階堂エリカさん、お客様がお待ちです。至急正門前守衛室までお越しください】
私の気持ちが部活に切り替わったタイミングで呼び出しがかかった。はて、正門前の守衛室…? 特に約束事はないが一体誰であろうか。
首を傾げながらも、私は正門前まで向かうことにした。
呼び出された先にいたのは、西園寺さんだった。何故、彼がここにいるのだろうか…?
目を丸くして彼を見ていると、西園寺さんは穏やかに優しく微笑んでいた。
「エリカさん、こんにちは」
「こんにちは…どうしたんですか?」
「お祝いを直接渡したくて。ご婚約おめでとうございます」
そう言って西園寺さんに手渡されたのは綺麗にラッピングされた鉢植えの花だ。異種混合の可憐な花たちで組み合わされた寄植えの中にエリカの花が混じっていた。
白い可憐なエリカの花。
白色のエリカの花言葉は確か…“幸せな愛”だったかな。
「ありがとうございます…」
わざわざ手渡しでお祝いに来てくれるとは……西園寺さんお人好しすぎないか? お祝いしてくれる気持ちはありがたいけどね。
横からチクチクと誰かさんの嫉妬の視線が刺さってくるが、西園寺さんはお祝いだって言っているだろう。嫉妬するな慎悟。
「加納君もおめでとう。……わかっていると思うけど、君の行い次第では」
「わかっています」
「……なにを?」
…ふたりして意思疎通できているみたいだけど、一体何の話をしているの?
慎悟と西園寺さんが謎の会話をしていたので、慎悟の腕をクイクイ引っ張って尋ねると、慎悟は口をへの字にして言った。
「あんたは知らなくていい」
なにそれ、仲間はずれ? 西園寺さんもなんだか苦笑い気味だし。
「もういいからあんたは早く部活に行けよ」
「でも、西園寺さんが」
「俺が丁重にもてなしておく」
グイグイと私を校舎側に戻そうと背中を押してくる慎悟。だけど西園寺さんがはるばる来てくれたのに、お花もらって「はい、さようなら」ってのも失礼だと思うんだよ。
慎悟と西園寺さんの間に変な空気が漂っているのでこのまま2人にしておいて大丈夫なのか心配だし……
「僕のことはお気になさらず。部活頑張ってくださいね、エリカさん」
だけど西園寺さんに言われたら頷くしかない。私は彼らをその場に残すと後ろ髪引かれる思いで部活に向かった。
歩く振動で、胸に抱えた寄植えの植物が揺れる。視界に映る鉢の中の白いエリカが、何故かエリカちゃんに見えて、私は感傷的な気持ちになってしまった。
慎悟との婚約が決まり、進路も決まった。もうすぐ私は大学生になる。
“私”が年を取ることはないが、“エリカ”はこれからも歳を重ねる。年下の少女だったのに今はもう、私よりも年上になったエリカちゃんの身体。
少女から大人の女性へと変わり、いずれ妻となり母となる。そして孫ができたら祖母となり、老婆へと変わるのだ。
老いるということは、生き物全てに課せられる自然なこと。最後は皆同じように物言わぬ躯となり、荼毘に付される。
行き着く先は皆同じだ。死は特別なものではない。誰しも身近に存在するもの。
今は私の身体になってしまった“二階堂エリカ”は更に輝きを増し、美しくなるのであろう。年を重ね、味を増して、彼女の色んな表情を見ることが出来るであろう。…私は鏡の中に映るエリカちゃんとしか会えないけれど……。
エリカちゃんはここにはないけども、彼女の生きた証はこの世に残っている。…彼女の身体とともに私はこれからも生きていこう。
エリカちゃんと私は一心同体のようなものだから。
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