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お許しあそばして。お嬢様なんて柄じゃございませんの。
奥義・ダブルスパイク! 母校だろうが強豪だろうが、黙って負けてやらん!
しおりを挟む先程ぴかりんとのコンビネーション・ダブルスパイクで得点を奪えた私達であるが、あれは連続で打てるものではない。まずはタイミングが合わなければ打てない。
私達が誠心高校バレー部の研究をしているとはいえ、あちらも同様のことだろう。私達の癖や弱点を徹底的に叩いてきて、簡単には得点を奪わせてくれない。
続くラリー。
ボールを見過ごさないように、目を皿にして追っていた。私よりも背の高い誠心高校のスパイカーが高い位置からのアタックを仕掛けてくる。標的は私だ。
「拾います!」
そう声を掛けられたので避けると、後方にいたリベロの子が滑り込んでそのボールを拾った。高く上がったそれ目掛けて、私はバックアタックを仕掛けた。
ネットすれすれを通過したボール。誠心のブロッカーたちは私のその動きを予測していなかったらしく、ボールはそのまま後方に流れていった。英学院側にポイントが入る。
得点を奪えた私はガッツポーズをする。リベロの子とハイタッチをして健闘を称え合った。
「あの3番に気をつけろって言ったろうが!!」
誠心高校側の監督が怒鳴り声を上げているのが聞こえてきた。こちらにまでビリビリ届いてくる。
要注意人物と思われて光栄です。自分で言うのは何だけど、私ってエリカちゃんの身体でよくやってると思わない? すごいよ! 私とってもすごい!
だがしかし、調子に乗っている私は相手から厳重にマークされてしまった。先ほどの比ではない。一挙一動を監視されて、ことごとく防衛されちゃうんだ。絶対に誰か1人が私の前に立ちはだかるの。
その目、アサシンの如し。
ヒェェ、本気になられると怖いよぉ。
目をつけられたなら仕方がない。他のメンバーにスパイクボールやフェイント攻撃をしてもらって、ポイントを奪ってもらうしかない。私は後衛に回ろう。
きっと他のメンバーも同じように考えているはずだと思っていた。
──だけど、彼女は違ったらしい。
「二階堂先輩!」
「えっ…」
ズビシと音を立てて叩かれたスパイクボール。後衛がレシーブしたボールを珠ちゃんがスパイクしたのだが、その方向が間違っていた。
珠ちゃん待って、スパイクは誠心高校側にしようか。なんで私に向けて放つの?
ぴかりんのマネしちゃ駄目。それ以前に打つなら合図送ろう?
私の頭上目掛けて放たれたスパイクボールは、ぴかりんのそれよりも早い。私は焦って両膝両足に力を込めて跳び上がった。
手の平にビシッと当たったスパイクボールは重かった。渾身の力でぶっ叩いて、誠心高校側にアタックする。
相手チームの選手はそのボールを阻止しようとブロックしていたが、奥義・ダブルスパイクの勢いが強すぎて受け止め損ねていた。
誠心高校側のコートに叩きつけられたボールはボーンと後方へ元気よく跳んでいった。
それを見送った後に手の平を見ると、更に真っ赤になってしまった。
そりゃそうだ。スパイカーからのスパイクボールは重いに決まっている。ぴかりんのスパイクも痛いけど、期待の1年である珠ちゃんのボールなんて更に重くて痛いに決まっている。
「ナイススパイクです!」
「珠ちゃん、駄目。私の寿命が縮むから合図なしのダブルスパイク攻撃は駄目」
何度もいうが、エリカちゃんの身体は小柄だ。筋肉はつきにくいし、ジャンプの高さにも限界がある。
…その代わり身軽という長所がある。つまり、反射的に素早く動くことが出来る。小回りがきくのだ。なので先程の攻撃にすぐに反応できたが、私も万能ではないので失敗する恐れもあるのよ。
珠ちゃんを注意したら、彼女は「えー…」としょんぼりしていた。
「お前ら! 体制を整えんかぁ! 優勢だからって調子に乗るんじゃない!! そんなんだから得点奪われとるんぞ!」
誠心高校側の監督の檄が飛んできた。
確かに劣勢なのは英学院側だ。ここでセットを落としたら誠心高校側の優勝となるもの。
誠心高校は地区予選大会常勝校だ。ちょっと位は驕りが出てしまうことがあるよね。格下の高校なんて相手にもならないって。……だけどその考えは危険である。
なぜなら、相手がいつまでも弱いとは限らないからだ。
「エリカ、手と膝はどう!? まだ打てる?」
「打てるけどさぁ…でも失敗することもあるのよ?」
「このまま負け戦をするつもり無いよ。誠心に一泡吹かせてやる! じゃあ神崎、さっきのまたやるよ。あたし達がボールを拾うから、同じようにエリカが打ちやすいスパイクを打ってあげて!」
失敗するリスクも有るって説明していたのに、ぴかりんは私の体の調子がいいとわかると、もう一度やるぞ! と意気込んでいた。
身体は大丈夫だけど、心臓がバクバクしてプレッシャー半端ないんですけど。
だけど、普通の攻撃じゃ誠心高校に敵わない。いつだって誠心高校は上を歩いていた。以前まで私はそこにいて、その時は何も考えていなかったけど、他人の体でプレイする度に実感する。
誠心高校はやっぱり強い。
エリカちゃんの身体で、誠心高校に挑むのであれば工夫をせねばならない。
弱気になるな自分。…いくらリスクがあろうとやるしかないのだ。
私は思いっきり自分の頬を両手で叩くと気合を入れ直した。
「っしゃー!! 打つぞ! ポイント奪うぞ!」
拳を振り上げてチームメイトに呼びかけると、仲間たちは力強く頷き返してくれた。
現在3セット目。2-0で誠心高校側が圧勝。もう1セットを取られたら試合は終了。
ここで足掻いても、まだまだ私達の力は及ばないかもしれない。だけど試合を見ている後輩達がいる。次代の後輩たちに見せるんだ。
たとえ負け試合だとしても、最後まで諦めずに勝ちに行こうとする姿勢を、バレーを心ゆく楽しむ姿を見せるのだ。
自分たちが満足して大会を終えることが何よりも重要だ。ここで諦めたら、私達は絶対に後悔する。戦って戦って戦い抜くことが今の私達に出来ること。
春高大会に出られるとはわかっているけど、ここで諦めて負けてしまうのは絶対に嫌だ!
サーブが放たれ、ラリーが始まった。
誠心高校側の選手はピリッと緊張した様子で、先程よりも鬼気迫る表情でプレイしていた。だけどそれは私達も同じこと。
「先輩!」
繋がれたボールを珠ちゃんがスパイクする。
私は地面を蹴り上げて、ジャンプした。
不思議なことに、先程よりも身体が軽く感じた。
私の周りだけ重力が消えて無くなったかのように、私は高く跳んだのだ。
私は利き腕を大きく振りかぶり、重く強い球ちゃんのスパイクボールを相手コートめがけて叩き込んだ。
身体は疲れているし、ボールを叩いている手の平は痛いはずなのに、その時の私は全く疲れ知らずだった。
どこまでも、どこまでも高く跳べそうで、もしかしたら誠心高校を撃破出来るんじゃないかと思った。
■□■
「うぅぅぅ…」
「エリカ、あんたはよくやったよ、泣き止みなって」
私達は頑張った。めちゃくちゃ奮闘した。
3セット・4セット目はなんとか勝ち取ったが、結局5セット目で誠心高校に負けてしまったのだ。最後まで粘ってみたけど、やはりあと少しのところで誠心高校に負けてしまう。
膝をアイシングしながら、私はしくしく泣いていた。悔しくて悔しくてたまらんのだ。
春高大会では多分対戦できないので、これが最後の試合だ。私はもう少しで高等部を卒業して大学部に進学する。そうなればもう誠心高校とは戦えないと考えると倍悔しい。
「あ、加納君! ここ、ここ。この子悔し泣きしちゃってるのよ」
私が泣き止まないでいると、ぴかりんが声を張り上げて慎悟を呼んでいた。
今回も応援に来てくれた慎悟はこちらにやって来ると、ポケットからハンカチを取り出して私の顔を拭いだした。
「…まだ終わってないだろ。来月、春の高校バレー大会がある。…まだ泣くタイミングじゃない」
「うぅ、だって」
「試合すごかったよ。…あんたが一番活躍してた」
ポンポンナデナデと私の頭を撫でてくる慎悟の声は優しかった。私はたまらず慎悟のお腹に抱きついた。
慎悟が苦笑いした気配がしたが、彼は私をそのままにしてくれた。
「…立場が変わっても、背が低くても、心折れることがあっても……一途にバレーを愛し続けるあんたは、誰よりも格好良いよ」
優しい声で囁かれた言葉。心の中がムズムズする。
「…惚れ直した?」
私は慎悟のお腹から顔を離して質問した。
慎悟に褒められるのが何よりも嬉しい。バレーを好きになるついでに、惚れ直して更に私のことを好きになってくれたらそれはそれは嬉しい。
「……惚れ直すどころじゃないさ」
慎悟は照れ隠しで私の頭をグシャグシャにしながら小さく呟き返してくれた。仕方がないなぁと言いたげな顔であったが、慎悟は優しく微笑んでくれていた。
その笑顔を見ると胸が高鳴った。
嬉しくて照れくさくて、感情が高ぶってしまった私は慎悟のお腹に再度抱きつく。顔をグリグリ押し付けていたらくすぐったいと言われたが、離してやらん。
…たまらん、好きだぞ慎悟。
「おいおい…こんな場所でイチャつくなよ」
「…代わってやんないよ」
「結構だよ。快調だったなあんた。もうちょっとだったじゃん」
なんだよ、三浦君も観戦しに来ていたのか。
…おかしいな、彼は受験生なのに。…文化祭にも来ていたよね? 大丈夫なの本当に。
「……まぁ、上には上がいるからな。悔しいって気持ちはよくわかる。…準優勝でも、負けたことには変わりないもんな」
テニス強豪校にいた三浦くんだからこそスポーツ世界の厳しさがよくわかっている発言だ。この辺は慎悟よりも彼のほうが理解しているのだろう。
何かを思い出した様子の彼は、いたずらを思いついたような子供のような笑みを浮かべてニヤニヤした。
「相手校めっちゃ焦っていたぜ? すげぇよな、チビなのによくやったよ」
「三浦君、喧嘩売っているのかな」
チビって言うな。
エリカちゃんとしての人生を歩むと決意しているけど、チビと言われて受け入れられるほど私の心の容量は広くないんだ!!
全体的な平均でいえば別にチビじゃないんだよ? ただ、このバレーボール大会会場では高身長の選手たちに囲まれて小さく見える効果が……うぅ…
私は慎悟のお腹に逆戻りして、悔し泣きした。
「三浦、余計なこと言うな。彼女はそれを気にしているんだ」
「本当のことじゃん」
「げっ! またこの人いるんですか!?」
その声に顔を上げると、珠ちゃんが三浦君を不快そうに顔を歪めて見ていた。
この2人…というか、珠ちゃんは未だに三浦君のことを嫌っているんだよなぁ。三浦君も性格に癖がある。そもそも出会い方が違っても、2人は気が合わないとは思うんだ。残念なことに相性の悪い人間はどこにでもいる。
「ごめんね、珠ちゃん。この三浦君は慎悟のことが好きすぎて手の施しようがないの。先日の暴言が許せないって思うのは仕方ない。これからはちょっと目立つ置物と思って無視しよう?」
「二階堂先輩がそうおっしゃるなら…」
「おい、あんたらさぁ…俺に失礼だと思わないの?」
仲良く出来ないものは無理して仲良くなる必要はない。多分これから彼らも接触は増えないからそれでいいだろう。
三浦君は置物扱いが気に入らないようだが、平和に解決するための案なので我慢して欲しい。
「みんなー! 閉会式と表彰式が始まるよ!」
ぴかりんの声に反応した私はゆっくりと椅子から立ち上がった。
さて、表彰式だ。悔しいけど今回も地区大会準優勝。
表彰台で部長のぴかりんが準優勝校代表として表彰されていた。その姿は隣にいる誠心高校の代表よりも晴れ晴れとした顔をしていて、私はそんなぴかりんを誇らしく思えた。
大会後に部員全員で記念撮影した写真の中の私は笑えていた。エリカちゃんの顔をしていても、私は私だった。
松戸笑として初めてして出場した4年前の春高予選試合とは違って、私は別人になってしまっているけど……写真の中に居るのは確かに私だった。
エリカちゃんに憑依した年とは違う。以前の私は未来がないと自覚していたから、未練をなくすために生き急いでいたけど、今は違う。
私はこうして未来を見つめて笑えている。
どんな形だとしても、私は一生懸命に生きるんだ。改めてそう思えた。
気持ちを切り替えて、最後になる春の高校バレー大会に向けて頑張っていこう!
エリカちゃんに憑依して初めて、エリカちゃんの姿で撮影した写真を部屋の写真立てに入れて飾った。
またひとつ、エリカちゃんは私で、エリカちゃんは私であると、私の一部であると認められた気がする。
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