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お許しあそばして。お嬢様なんて柄じゃございませんの。
初恋は美化される。理想と現実は異なるってこと。
しおりを挟む「ふっ、ふふっ……今、なんて言ったの? …もう一度言ってくれるかしら…」
武隈嬢の口元は笑っていた。だが、その目は全く笑っていない。その目に浮かぶは怒りだ。
武隈嬢の高圧的な態度が婚約者との距離を生んでるんじゃないか云々は置いておいて、彼女が怒るのは仕方がないと思う。武隈嬢にだってプライドがある。いくら親が決めた婚約者であっても、相手に裏切られ、外野から揶揄されるような事があれば腹を立てるのは当然のことだと思う。
ぎりぎりぎり、と賀上氏の腕を力いっぱい握りしめてそのスーツにシワを作っているが、賀上氏は依然として沈黙を守っている。…見事に逆らえないんだな、この人。
ピンクドレスたちが何処のお宅のお嬢様だかわからないが、二階堂家や武隈家と敵対してもいい間柄なのであろうか。このパーティには主催者の取引先が招待されていると聞いたのだが、後々の付き合いを考えなくても大丈夫なのかな。
「金で婚約しておいて、その婚約者を繋ぎ止められない魅力のない女だと申したのよ」
ピンクドレスが火に油注いでるし。さっきまでヒィヒィと引き攣った声出していたくせに何でまた強気になるのこのお嬢様方。情緒不安定か。
もしかしてライバル企業の娘なのかな。喧嘩売って競争から叩き落としてやろうという魂胆…それって娘同士でも有効なのであろうか。
妙齢のレディたちがパーティ会場のど真ん中で舌戦を繰り広げているのに、周りの人達は遠巻きに見ている。皆ヒソヒソ話をしながらこちらを見ているが……誰も止めないのか。
これが、社交界か。肉食獣集うアフリカのサバンナの間違いじゃないのか。私の中のお嬢様像が崩れていくではないか……
「なんですってぇ…!?」
「武隈さん、私が言うのは何だけど一旦落ち着こう。相手にしないほうがいい」
さっきキレかけて、相手に詰め寄っていた私が言うセリフじゃないけど、武隈嬢がキレたから逆に冷静になってしまった。ここで暴れるのはマズイ。一旦クールダウンしよう。
呼びかけてみたが、武隈嬢は怒りでわなわな震えて、持っていたグラスから液体が零れそうになっている。
「そこの婚約者様は育ちの良くない庶子に夢中だとか。いいご趣味ですこと。やはり婚約者がそのような女性ですから、変わり種に興味が湧いたのですか?」
瑞沢嬢のことを侮辱されると賀上氏は少し表情を変えたが、悔しそうに歯噛みして沈黙を守っていた。
3人の御曹司が囲む瑞沢ハーレムの内、賀上と速水の両者はただ瑞沢嬢を慕って、側にいるだけである。瑞沢嬢と恋愛関係にあるのは実質宝生氏だけだ。
まぁそれでも婚約者以外の女性にうつつを抜かしているから不貞に……なるのかな?? 賀上氏も自分がしていることが拙いことだと頭ではわかっている。そのため婚約者の前で瑞沢嬢を堂々と庇えないのであろうか。
……婚約破棄騒動の後に私やエリカちゃんには堂々と敵対心向けてきたんだ、同じくらいの意地を見せたらいいのになんだかなぁ。
「そういえばそこの二階堂さんもそうでしたね。宝生家に沢山出資したのにお可哀そう…」
「そんな傷物を掴まされた慎悟様のほうがお可哀そうですわ!」
とばっちりで再度私に言葉の刃が降りかかる。前者は私のことではないが、エリカちゃんを侮辱するのは許さんぞ!
私が彼女たちを睨みつけて口を開こうとしたら、私よりも先に我慢の限界を迎えた人間がいた。
「言わせておけばァァ!!」
「武隈さん! ストップ!」
怒りで冷静さを失った武隈嬢は持っていたグラスの中身をお嬢様方に振りかざした。
さっきのピンクドレスと同じことしようとしてるよこの人!
私はそれを阻止しようとしたが、時既に遅し。
バッシャ──! とブドウ色の飲み物を頭から浴びる羽目になったのである。
顔を流れる液体が唇に流れてきた。
うん…これはブドウジュースだな。
■□■
「ほんっとうにごめんなさい!」
「いやいや、ドレスにジュース掛けられていたから、どっちにせよ退場していたことだし。なんかこっちこそ悪いね、部屋とドレスを用意してもらっちゃって」
既にドレスは汚されていたけど、追いブドウジュースで頭からブドウジュースまみれになった私を見た武隈嬢は冷静になったようだ。
平謝りする武隈嬢の姿はとてもめずらしいものらしく、隣で棒立ちしている賀上氏が驚愕していた。賀上氏の中の武隈嬢はどれだけ女王様なのよ。
お詫びとして、汚れたドレスはクリーニング手配&武隈さんの親が経営しているブティックから代わりのドレスをすぐに手配してくれるという。私は「そこまでしなくてもいい。今日はもう帰る」とは言ったのだが、どうしてもお詫びをさせてほしいと押し切られた形である。
パーティ会場と併設しているホテルの一室を借り、私はブドウジュースでベタベタの体をシャワーで流した。
用意してもらった部屋は普通の客室なのだが、随分見晴らしのいい部屋を取ってくれたらしい。煌々と輝く街なかが一望できる。……まだ高校生の身分なのにこんな高そうなホテルでシャワー浴びて…なんかセレブっぽい…。
これにワイングラスを持ったら完璧なセレブだよね。法律で禁止されてるからお酒飲めないけど。
備え付けの冷蔵庫を開けると、水とビールとお茶とジュースが入っている。ホテル利用料金に含まれてますと書いていたので、ありがたくお茶をもらった。
今日私が着ていたドレスに似た系統のものを見繕って戻ってくると武隈嬢が言って…20分くらい経過したと思う。どのくらいで戻ってくるのかな…戻ってきた頃にはパーティ終わっちゃうんじゃないかな。
私は窓の外を眺めながらハッと思い出した。
慎悟と西園寺さんはどうなったのであろうと。もういい加減話は終わって、会場に戻ってきているであろう。
もしそうなら、私が会場にいないことを不審に思うはずだ。大変だ、連絡しておかなきゃ。私は貴重品を入れていた小さなバックからスマホを取り出した。
【ピンポン♪】
「あ」
ホテルのドア備え付きのチャイムが軽やかに鳴った。
武隈嬢が戻ってきたのであろう。私は彼女を出迎えようと、相手を確認することなく扉を開けた。
「…あれ、慎悟」
そこには先程ぶりの慎悟の姿。目がバッチリ合った。私の頭の先から爪先まで目で追った慎悟は私の肩を掴むと、中に押し戻した。
いきなり押されたので私が目を白黒させていると、頬を赤らめた慎悟に「相手を確認してから扉を開けろ!」と怒られてしまった。
「だって武隈さんだと思ったんだもの」
「馬鹿! ここには沢山の人間がやって来るんだ! もしも相手が不届き者だったらどうするつもりだ!」
「慎悟だったからいいじゃない」
「もしもの話をしているんだ、その格好を他の男に見られていたらなにが起きるかわからないだろうが!」
何も起きなかったからそんなに怒ることないのに。
格好って…今のバスローブ姿のことを言っているのか? 仕方がないだろう。服がないんだから。
「だってブドウジュースまみれになって体がベタベタしていたんだもん。シャワー浴びてたし、ドレスはクリーニングに出したし」
「格好を責めているわけじゃない! …頼むから危機感を持ってくれ」
まぁ確かに慎悟の言っていることは正しいな。心配してくれているのはわかる。
「ごめんごめん、考えなしだったよ」
「…本当にわかってるか?」
私は部屋の奥に戻ると、再度冷蔵庫を開けた。
「なんか飲む? まぁ落ち着きなよ」
「……」
慎悟はなんだか疲れた顔をしていた。そんなカッカするなよ。
適当にお茶を手に取ると慎悟に渡した。私はベッドに座って、ぼうっとドア近くに突っ立っている慎悟を見上げた。
「立ってないで座りなよ。ほら、このベッド座り心地がいいよ」
「…笑さん…」
慎悟はなにかモノいいたげな顔をしていたが、私の方が色々問い質したいのだ。
まずは落ち着いて話をしようよ。
「それで? 西園寺さんの話は何だったの?」
「……」
「ここに来たってことは、私に謝りに来てくれたんでしょ?」
私はまだ怒ってるんだぞ。自分のことを棚に上げて勝手に疑った慎悟のことを。
言っておくけど私と西園寺さんとは身体的接触を全くしていないし、友人の距離感で会話していたんだよ。話も聞かないでひとりでプンスカ嫉妬されても困るよ。
慎悟は眉間にシワを寄せて難しい顔をすると、苦しそうな顔をした。
「…笑さんは、西園寺さんのような男が好きか?」
「…はぁ?」
謝罪が来るかと思ったら違う質問が来た。私が間抜けな顔で聞き返すも、慎悟はひとりシリアスになっているようであった。
「…西園寺さんを異性として好きになった覚えないけどな?」
「笑さんの従兄と雰囲気が似ている。笑さんの好みに一致していると思うんだ」
何故ここで好みのタイプが西園寺さんになるのか。…私の好きなタイプは、背が高くて、温和で年上の包容力のある人だった。まさに初恋のユキ兄ちゃんのような人。
だけどそれはあくまで理想。理想と現実は異なる。私が恋した慎悟は条件がちょっと外れる。ビターな性格も年下も美形もお坊ちゃんも条件に入っていないのだ。なのにあんたのことを好きになったんだぞ。あんたの優しさや真っ直ぐな想いに私は惹かれたのだ。
大体それを言うなら慎悟はどうなんだ? 私のようなガサツなバレー馬鹿を何故好きになったんだ。
「…そんな事言うけど、慎悟だって理想の女の子は私とは正反対でしょう? …それを気にしてもしょうがないよ」
「俺が好きなのはあんただ」
なんだなんだ、どうしたんだ慎悟は。
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「慎悟が私を想ってくれているのはわかってる。…ユキ兄ちゃんと西園寺さんが似ているように感じたのかもしれないけど、私からしてみたら全く違うし、ユキ兄ちゃんは過去の初恋相手。今はただの従兄。……今の私は慎悟が好きなんだよ?」
言い聞かせるように話してみたが、慎悟の不安を払拭できなかったようだ。その瞳は不安げに揺れる。
西園寺さんは一体何を言ったんだ。あんな温和な顔をしていて実は毒舌家なのか? それとも前から不安に思っていた気持ちが揺さぶられる発言でもされたのか?
私はベッドから立ち上がると、慎悟に近づいた。
「…なにが不安なの?」
そっと尋ねると、慎悟は腕を伸ばしてきた。
私は彼のその腕の中に閉じ込められた。
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