お嬢様なんて柄じゃない

スズキアカネ

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お許しあそばして。お嬢様なんて柄じゃございませんの。

世界一おいしい食べ物マッサマンカレー! 女子の分しかないので悪しからず。

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「二階堂先輩、カレーはなにを作ってくれるんですか?」
「それはお昼のお楽しみ」

 合宿2日目の午前練習中、珠ちゃんがワクワクした様子で質問してきた。3時間前に朝食を食べたというのに珠ちゃんはもうすでにお昼ごはんのことを考えているみたいである。
 運動しているとお腹すくよね、わかるよ。


 今回はピーナッツペーストとココナッツミルクを使用したマッサマンカレーとダールタルカというインドの豆カレーの2種類にした。昨晩の内にカレーを仕込んでおいたので、後は仕上げをするだけだ。
 私はカレーだけを作って、主食のご飯やサラダなどはマネージャーに準備をお願いしている。もちろん女子部全員の分だけしか作っていない。

 食堂の一角に2種類のカレーと、ごはん、シンプルなサラダに、フルーツゼリーがバイキング形式で並べられた。そこへ練習でへとへとになった女子部員が食堂に入ってきたので、元気よく呼びかけた。

「女子部員のみなさ~ん、お皿を持ってこっちに並んで下さーい」

 カレーを楽しみにしてくれた女子たちの
「はーい!」というウキウキした声が返ってきた。皆の口に合うといいけど。これ食べて午後の練習も頑張ろうぞ。

「なんでそっちのカレーだけ豪華なの?」

 ツッコミが来るだろうなと思ったら、案の定来た。
 男子のお昼ごはんもカレーだが、そっちは男子部のマネージャーに一任しているのでごく普通のカレーである。それでも十分美味しいと思うよ。
 
「女子部1年生からのリクエストで私がカレーを作ったの。これは女子の分だけだから、男子の分はないよ」
「…なんか一昨年も同じ事があった気がする」
「気のせいだよ」

 差別じゃなくて区別だよ。だってほら、私マネージャーじゃないから。

「うわぁ、二階堂先輩料理できるんですね! 俺、料理できる女性好みなんですよー」

 そこに声を掛けてきたのは1年男子……誰だ君は。1年生だってのに髪染めてチャラチャラして…あ、ピアス開けてら。英って私立の割に校則がゆるいからピアス開けてもいいのかな。私はエリカちゃんの体を傷つけたくないので開ける予定はないけども。
 ……料理はできるに越したことないけど、これからの時代、女性に甘えまくるってのもどうかと思うよ。

「…得意料理なんだ。でも、カレー以外の料理はそんなでもないよ…」
「カレー好きなんですか? 意外! お嬢様でも舌は庶民的なんですね! 親近感湧くなぁ」

 まぁ、根っからの庶民なんで。フォアグラのソテーや子羊のローストも嫌いじゃなくてよ。
 私が先程まで喋っていた3年の顔見知りの男子部員が眉をひそめていた。もしかしてこの子が、例の扱いの難しい1年なのだろうか。
 私達も1年生女子と衝突したけども、最初にぶつかったお陰で今ではこうして打ち解けているが……男子はそうは行かないのであろうか。 

「二階堂先輩、俺にも手作りカレー食べさせてくださいよ」
「…え? 男子の分は男子部のマネージャーが作っているでしょう」
「いいじゃないですかちょっとくらい」
「…ごめんね? 他の男性に手料理を食べさせたことが彼氏に知られたら、彼が嫉妬しちゃうからダメなんだ」

 それで慎悟は怒ったりはしないだろうけど、面白くは思わないと思うんだ。慎悟はああ見えて結構ヤキモチ妬き屋なんだ。
 それに女子の分しか作っていないんだ。例外を認めたら不公平になるだろう。本格カレーが食べたいなら自分たちで作ればいい。
 1年男子がそれに何かを言おうと口を開こうとすると、その間に割って入ってきた人物がいた。それはお皿を持ってウキウキした様子の珠ちゃんである。

「二階堂先輩、おかわりってしても大丈夫ですか?」
「女子部メンバー全員分配膳した後なら構わないよ」

 珠ちゃんは既に白米を山盛り持っていた。この子食べる気だぞ。おかわり希望なのに初っ端から飛ばすつもりだぞ。私もこうしてはいられない。お皿に盛ると、昼食をとるために席についた。
 カレーは大盛況で、おかわり希望者によって綺麗に食べられた。ここまできれいに食べてもらえると作った甲斐があるというものだ。

「お前ら俺達の分まで残しておけよ…」
「すいません。…今からチャーハンでも作りましょうか?」

 ちょっと外に出ていた女子部の顧問とコーチの分を考えずに食べてしまったので、彼らにはマネージャーがチャーハンを作ってあげていた。
 多めにカレー作ったつもりだったけど、女子たちが全部食べ尽くすとは思わなかったんだよ。


■□■


「えぇ!? 二階堂先輩、肝試し裏方なんですか!? そんなの他の奴にさせたらいいじゃないですか!」
「…自分が立候補したことだから大丈夫だよ」

 2日めの夜のイベント、肝試しの時間になった。
 今日は日中日差しも強く、夜になった今もまだ暑さが残っている。部員たちに涼んでもらうつもりで、ノリノリで仮装の準備を進めていたら、1年男子に驚愕された。また別の1年だな。今年の1年はよく絡んでくるな。

「あっちでくじ引き始めてるから早くひいておいでよ」
「…二階堂先輩、2人で抜け出しません?」
「しません。馬鹿言ってないでいきなさい」

 生意気にもお誘いをしてきたが、私はそれを一蹴してあげた。
 何を言っているんだ1年のくせに。全くふしだらな。私には彼氏がいるんだよ。行く訳がないだろう…

 それはそうと肝試しの準備の途中だった。虫さされ予防に虫除けスプレーを全身にふりかけて対策をとる。ここ虫が多いんだよねぇ。

 ──パシャリ
「!」

 ブシュワーという虫除けスプレーの噴射音とは別に、どこからか聞こえてきたシャッター音に私はピクリと反応した。合宿場内部では感じなかった視線は、肝試しのために外に出た瞬間、再び纏わりついてきた。

 去年の肝試しの時は地獄からお迎えがやってきていたそうだが、それとは違う。霊感ゼロの私には鬼の気配を察知することが出来なかった。だからこの謎の視線も鬼ではないと感じている。
 再憑依した私をメンテナンスしに来ているとかだったらちょっとホッコリするけど…

 考えすぎかな……その辺りで部活生達がスマホで記念撮影でもしているのかな。その音が聞こえただけかもしれないと思ったけども、どうにも気になって仕方がなかった。


 私は白ワンピースを着用、髪の毛をボサボサにして突っ立っていればいいと言われていた。なので肝試しルートの一角でボーッと立っていた。
 時間が立つにつれ気温が下がるかなと思ったけど暑いもんは暑い。日中よりもマシだけどじっとり暑い。地球が温暖化している証拠だな。

 肝試しでチェックポイントにやってくる生徒たちとすれ違ってきたけども、私は彼ら以外の人の気配を感じ取っていた。
 さっと振り返って見えたのは中年のおっさんだ。多分知らないおっさんである。
 おっさんは私が振り返ったことに気づいて、慌てて草むらに隠れていたが、反応が遅すぎるのだ。見えているからな。夜の闇に慣れてきて、月と星明かりでなんとなくの人影は見えているんだぞ。

 誰だおっさん。女子高生マニアなのか。それとも偶然、可憐なエリカちゃんを発見してストーカーしているのか。どっちでもいいが、いい迷惑である。
 知らないふりを続けるのも我慢ならなかったので、思い切って声を掛けてみた。

「おじさん、私に何か用?」

 返事はなかった。風が吹いて、辺りの草木がぶつかる音が響く。肝試しの次のペアがチェックポイントにやってこないため、この辺りは静かなものである。
 返事がないならこっちから出向いてやろうと思って、足を一歩動かして不審者に近づいた。

「女子高生を盗撮しに来たの? それともただのストーカー? どっちにしろ警察を呼ぶけどそれでもいい?」

 私が尋問を始めると、おっさんは両手を上に上げて無抵抗アピールをしてきた。別に武器を持っているわけではないのだが……大げさなおっさんである。
 身なりはこの山中だというのに半袖カッターシャツとチノパン姿だ。現在白いワンピース姿の私も人のこといえないが、そんな格好では虫に刺されてしまうよ。靴だって革靴で…歩きにくいだろうに。

「ま、待ってくれ、決して怪しいものでは…警察を呼んだとしても私は逮捕されない」
「はぁ? こんな場所で人のこと監視しておいてよくもまぁ抜け抜けと…誰かーっ! ここに盗撮犯がいまーす!」

 逮捕されないと言い切ったおっさん。ますます怪しい。私は大声を出してバレー部関係者に助けを求めた。こっちは大事な時期なんだ。そんな時期に周りを理由もわからずチョロチョロされたらたまったものじゃない。
 ここは大人を交えてじっくり尋問することにしようと思ったのだが、おっさんはそれを拙いと思ったのか、罪を認めずに往生際の悪い行動に出た。

「おじさんそっち危ないよ!」

 足元の見えない夜道。そしてここは山の中。頂上ではないが、簡単な舗装しかされていない。柵など無く、散歩道を外れると足場の悪い獣道へとまっ逆さまだ。一昨年悪意で突き落とされたから知っていたことである。
 だから私はここで肝試しのお化け役をする時も無駄に動かずに銅像のように立って、部活生たちを脅かしていたのだ。おっさんはこの辺の地形を把握していなかったのか、それとも慌てていたせいでど忘れしていたのか…

「うわっ、うわぁぁぁぁ…!」

 ガサガサと音を立てて獣道へと滑り落ちていくおっさん。
 私は手を伸ばしたが、おっさんに届くわけもなく、おむすびがすってんころりんと転がっていくようにおっさんは滑落していった。私はその様子を大きく口を開けた状態で目撃することしか出来なかった。
 
 私の助けを求める声と、おっさんの悲鳴を聞きつけた部活関係者がここに駆け寄ってくる気配がした。窪んだ場所に転落して呻いているおっさん。今のところは生きているようだが大丈夫だろうか。

「二階堂! 今の声は!?」
「あそこに落ちました!」

 駆け寄ってきた顧問の工藤先生は持っていた懐中電灯を獣道に当てて険しい顔をすると、ポケットから携帯電話を取り出した。
 会話の内容からして、どうやらここから一番近い交番に電話をかけているようだ。電波の繋がる場所で良かった。

 不審者が出たと叫んだら、逃げようとしたおっさんが転落した……これって私が逮捕されちゃうパターンなのだろうかと漠然とした不安を抱えつつ、お巡りさんの到着を待つことになった。
 もちろん、この後肝試しは中止になったのである。

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