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お許しあそばして。お嬢様なんて柄じゃございませんの。

今は自分ができることに集中しよう。怪我ならきっと治るから。

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「うーわ…でっかい家…」

 海で青春大会をしてスッキリした私は、依里の運転する車で家まで送ってもらった。初めて二階堂家を見た依里は大口を開けてぽかんとしていた。高級住宅街の中でも目立つその豪邸に驚いているのであろう。
 私も当初はそんな反応だったが、何年も経過すると慣れが生まれるよ。でもやっぱり実家の広さのほうが落ち着くし、生活しやすいよ。

「送ってくれてありがと」
「うん、まぁ程々に頑張りなさいよ。あんたが焦る気持ちはわかるけど、空回りしたら余計に悪化するだけなんだから」
「…うん」

 流石長年の付き合いの依里である。よく私の性格をわかっていらっしゃる。

「…依里も体には気をつけて…今度試合の応援に行くよ」
「うん。見てなさいよ。のし上がってやるから」

 バレーボールに限らず、スポーツの世界はシビアだ。中高大と活躍を見せて、実業団入りしても、プロの世界ではレギュラー入りできなかったり、活躍することもなく引退する選手がいる。バレーボール選手の寿命は30代辺り。そう長くはない。それまでの間にどれだけ活躍できるかが肝となる。
 結果がすべての世界なのだ。

 依里は企業チーム所属のバレーボール選手になっているから、食うには困らないけど、世の中には嘱託しょくたくという形でアルバイトをしながらバレーボール選手として契約しているという人も存在するのだ。
 そこから先、どう活躍を見せるか、それとも燻ったままで夢破れるかは選手の努力と運に左右されると言っても過言ではない。

「…依里なら出来る。きっと」
「…当然でしょ」

 依里は不敵に笑っていた。
 怖がってばかりじゃ生きていけない世界だ。依里は自分の行く道を自分で選んで、迷わず突き進んでいる。

 …私も見習わなければ。勉強つらい、習い事つらい、バレーつらいと弱音ばかり吐いていないで、私は私のなすべきことをしよう。

「じゃあね」
「うん。気をつけてね」

 車のウィンドウ越しに別れを告げると、依里は車をゆっくり発信させた。
 依里の乗った車が高級住宅街から去っていく。私は車のテールランプが見えなくなるまで見送り、そして頬を叩いて気合を入れ直すと、玄関の扉に手を掛けたのであった。


■□■


「二階堂さん! 見ましたわよ。昨日男性と一緒に車に乗り込んでいたでしょう?」
「…彼女、女性だよ。長身だから遠目で見ると男性に見えたかもしれないけど、正真正銘女性」
「そんな訳ありませんわ! 写真も撮りましたのよ!」

 翌朝、登校してきて教室に入ったそのタイミングで巻き毛に捕まった。スタンバイしていたんじゃないかと聞きたくなった。
 彼女は私と依里のツーショット写真を見せてきてキーキー騒いでいる。『慎悟様という方がおりながら云々』と文句をつけてくるが、私と依里は女同士で親友同士なだけだ。
 依里の髪型はベリーショートだし、身長もその辺の男性よりも高いので、遠目で見たら男性に見えたのかもしれないが……頑なに否定するのは失礼だぞ。

「正門前で慎悟とも話したから、慎悟は相手が女性だと知っているよ」

 なんなら慎悟に確認取ってみたらいい。まったく朝からやかましい巻き毛だこと。
 この学校の校則に「自分の家以外の車に乗ってはいけません」という決まりはなかったはずだぞ。別に怪しい異性の車に乗ったわけじゃないんだからいいだろうが。

「おはよう」
「あ、おはよ慎悟」

 巻き毛がキーキー騒いでいる中、慎悟が声を掛けてきた。今日は私のほうが学校に到着するのが早かったようだ。
 彼は巻き毛の存在には気づいているようだが、横で「慎悟様聞いてくださいな!」と告げ口しようとする巻き毛の言葉に耳を傾ける様子がない。もしかしたらさっきのやり取りを全て聞いていたのかもしれない。

「…昨日はゆっくり話せたか?」
「うん。依里に話を聞いてもらって…心の整理ついた。もう大丈夫。心配掛けてごめんね」

 慎悟には随分心配させてしまった。もう大丈夫だと両手を握って、元気アピールしておく。

「完治するまではバレーできないけど、その間の時間を活用して勉強や習い事に力を入れようと思うよ」

 そうそう、すっかり忘れていたけどお花のお稽古先のお師匠さんから、作品を出品するように言われてたんだ……初心者だからと出品辞退したんだけど、いい機会だからと上品に押し切られてしまったんだ。それが丁度今週の日曜に開催なんだ…
 あー絶対に私の作品は会場でも浮くんだろうな。会場で知り合いに見られたくないな…
 どうせ部活に参加できないんだから土曜にちゃっちゃと作品を仕上げてそのまま展示してもらおう。月2のペースで土曜の夜からお花のお稽古しているけど、やっぱり私には花のこころが理解できないんだ……
 今は6月だから、梅雨をイメージしてそれらしい作品に仕上げたらなんとか見れるものになるんじゃないの…

「慎悟様聞いてください。二階堂さんは昨日他の殿方が運転する車に乗っていたんです! これは裏切り行為ですわ!」 
「…話は全部聞いていたから知ってる。昨日この人と一緒にいた人は女性だ。あまりしつこいのは失礼に当たるからな」

 まだその話をしているのか巻き毛。違うと言っているだろうが。わからん奴だな。

「あんな地味な車を女性が運転しますの!? どう見ても殿方が乗る車でしたわ!」

 慎悟が注意したというのに巻き毛は納得しない。どう言えば大人しくなるのか。

「あれ、私の友達のお父さんが乗っていた車を中古でもらったんだって。免許取り立てはぶつけたり事故ったりする可能性が高いから練習用としてもらったんだよ」

 今はもらい事故もあるし、中古だとしても頑丈な普通自動車のほうが安全だ。ドライブレコーダーも搭載してると言っていた。
 練習用としてそれを乗り潰して、お金貯めてから自分好みの車を購入すると依里も言っていた。そもそも車の好みなんて人それぞれだよ。
 なんで巻き毛はこんなに噛み付いてくるのか…女性だと慎悟も言っているのに何故納得しない。面倒くさいから相手にしなくてもいいかな。

「そういえば車でどこに行ったんだ?」

 慎悟にとって、その件はもう終わった話らしい。巻き毛のことはスルーして、私に行き先を尋ねてきた。

「2人で海に行ったんだ。今シーズン前で人少ないんだよ。今度2人でいこう?」
「あんたの怪我が治ってからな」

 街なかデートはしてきたが、たまには違う場所にも行ってみよう。シーズンに入ると人が増えてしまうから、それを避けて海に行きたい。

「慎悟の行きたい場所にも行かなきゃだね。どこ行きたい?」
「私の前でいちゃつかないで頂戴…!」

 私の行きたい場所ばかり付き合わせては悪いなと思って慎悟の希望を確認したら、般若の形相をした巻き毛にグワシッと肩を掴まれた。

「…痛い」
「…2人きりで海? 水打ち際で水の掛け合いっことか、砂浜で追いかけっこするんでしょう…!? 羨ま憎たらしい…!」

 えぇ…私達がそんなバカップルな行動すると思う? そうか、巻き毛は慎悟とそういう遊びがしたいのか。慎悟がその遊びに付き合ってくれるとでも思っているのだろうか。
 …水掛け合いっこなら仕返してくれそうだけど、追いかけっこはねぇ…私が多分本気になって走っちゃうし、2人で砂浜運動会になりそう。
  
「あの、二階堂様…呼ばれていますが…」
「え?」

 巻き毛の言い掛かりにうんざりしていた所で、クラスメイトから声を掛けられた。1年生である珠ちゃんが、出入り口付近から教室の中を覗き込んでこちらを見ていた。

「二階堂先輩! 昨日小平選手に車で送ってもらっていたと聞いたんですけど本当ですか!?」
「…珠ちゃん」
 
 ここ1週間ほど部活に寄り付かなかったので、珠ちゃんと話すのも久々な気がする。
 彼女は全く変わらない。いつもの珠ちゃんである。私が身勝手な嫉妬をしていたとは露ほど知らず、相変わらず夢と希望に瞳を輝かせていた。

「うん…友達なの」
「ウワァーすごいなぁ! 小平選手は企業所属選手になったんですよね! 松戸選手の相棒と言われていた彼女が親友の意志を継いでスパイカーに転向したという話は有名ですよね! 一緒にドライブかぁいいなぁ!」

 羨ましがる珠ちゃんに私は苦笑いするしか出来なかった。
 珠ちゃんは私達の本当のことを知らない。周りが勝手に邪推していることしか耳にしていないんだろう。それは仕方ない。依里がどういう気持ちでスパイカーに転身したかは知らなくて当然なのだ。

「…依里は私と同じでバレーが大好きなんだよ。器用な子だからスパイカーでもセッターでもなんでもこなすんだ」
「わかります! あの人オールマイティーですよね! 私、中学時代の松戸選手と小平選手のコンビネーションが一番大好きだったんです。2人が並んで戦っている姿を見てると、お互いを信頼しあっているのがよくわかりましたもん!」

 そうか、この子は中3の私を知っているから、私と依里が並んで戦う姿を目にしていたんだ。高校生になって私が先にレギュラー入りしたから並んで戦うことはなかったけど、中学までは試合で依里が私の隣にいた…依里なら安心して任せられた。
 もう今は隣にはいないけど、バレーを想う気持ちはあの頃と変わらない。私の親友が依里である事実も変わらない。

「…うん、私もそう思う」
「ですよね! 私あの2人の関係性が理想なんですよー。2人ともカッコいいですよねー」

 そう言われると照れるし…ちょっと切なくなるけど、それでも嬉しいな。
 珠ちゃんははしゃいだ様子でハイッと紙袋を渡してきた。

「これ、鶏むね肉のママレードソース煮です。捻挫にはタンパク質とビタミンが重要なんですよ! これ私のお母さんが作ったものなんです。美味しいですよ!」

 …本当にいい子だなぁ。
 なんで私はこんなにいい後輩につまらない嫉妬していたんだろう。

「…ありがとう、お昼にいただくね」
「はいっ! 早く怪我を治して部活に戻ってきてくださいね!」

 それじゃあ! と珠ちゃんは元気よく立ち去っていった。
 その後ろ姿が眩しくて、私は目を眇めた。
  
「…あの後輩、ちょっとあんたに似てるよな」

 慎悟にそう声をかけられた私は、フフと声を漏らして笑ってしまった。 

「…ファン第一号だからね……私もいつまでもうじうじしていられないな。頑張ろう!」

 私はそう自分に言い聞かせると、松葉杖を操作して自分の机に戻った。放置していたカバンを開けて準備をはじめたのだ。

 自分のできることを一つ一つこなしていこう。それが私に出来ることだ。
 そして早く怪我を治して、インターハイで目標の3回戦出場を目指すんだ!


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