お嬢様なんて柄じゃない

スズキアカネ

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お許しあそばして。お嬢様なんて柄じゃございませんの。

きれいなものはきれいなのにどうして顔をしかめるの。

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 湖のある公園から歩いて移動して、百貨店にあるショコラ専門店のカフェブースに腰を落ち着けた私達。
 私はそこでアイスコーヒーとチョコレートアソートを頼んだ。慎悟は逆にアイスのチョコレートドリンクを頼んでいた。前回と逆である。
 慎悟とお茶をしながら、最近宝生氏と廊下ですれ違うと怯えた顔をされるという話をすると「あんたが脅したからだろ」と冷静に返された。
 脅したんじゃないよ。至極まっとうなことを言っただけじゃないの。

「宝生氏は私がエリカちゃんじゃないって気づいているくせに、未練がましいこと言うんだもん。腹立っちゃって」
「…宝生も、賀上も、速水も…家の事業が不振でそれを改善すべく、家のために政略婚約したんだ。…俺たちが知らない何かが色々あったんだろう」

 瑞沢嬢を取り巻くハーレム男たちは皆、似たような境遇なのか。
 そういえば賀上氏の婚約者である武隈嬢は、「彼は私には逆らえない」となかなか高飛車な発言をしていたことがあるな。彼女が賀上氏をどういう目で見ているのかは不明だが、武隈嬢のほうが、立場が上であるのだということはわかる。
 ……宝生氏の背負っているものは普通の高校生には重すぎる責務だ。それはわかるんだけどさ。これまでにも私の周りで色々あった。色々見てきた。
 あの、瑞沢父を見ていたら……今の宝生氏のままでは厳しいんじゃないかな。なんたって娘に金持ちの男の子と仲良くしろと命じるくらいだもの。娘が略奪した相手の元婚約者に対しても礼儀のない態度で振る舞う親だ。宝生氏に利用価値がないとわかったら切り捨てる気がする。2人の仲は認めてもらえないだろう。
 ……宝生氏が自分で考えて、自分から動かなきゃ本当に、すべてを失ってしまう。

「…笑さんが考えてもどうにもならないよ。あいつが解決しないと意味がない」
「わかってるよ」

 婚約破棄した両家の間は縁が切れてしまった。私だってそうだけど、二階堂パパママだけでなく、二階堂本家のお祖父さんや伯父さん達も宝生家をあまり良くは思っていない。必要以上の接触は避けた方がいいだろう。
 大体私には何の力もないので、首を突っ込んだ所で何も出来ない気がする…今回だってエリカちゃんに対する今更な話をされて、イラッとした私が文句言っただけで終わったもの。

「それにあんたは他人の事どころじゃないだろ?」
「あ、嫉妬? 私が他の男子のことを気にしているから嫉妬なの?」

 デート中に別の異性の話をされると楽しくないよね。ごめんごめん。
 私が嫉妬しているのかと聞くと、慎悟は鼻で笑っていた。何だよ違うのかよ。

「もうすぐインターハイ予選があるのにいいのかって意味で言ったんだよ」
「大丈夫だよ! 今回も予選を勝ち抜いてみせるよ」
「…やる気があるのは結構だけど、無理だけはするなよ」

 去年はインターハイ途中で天に召されたこともあるので今回は最後まで突き進みたいのだ。心配せずとも、ちゃんと自己管理してるってば。
 慎悟は私を心配そうに見てくる。なので私は自分が注文したチョコレートアソートセットの中から一番甘そうなチョコを摘んで慎悟の口元に持っていった。
 それに対して、慎悟は口を閉ざして沈黙してしまったので、その口にぐいっとねじ込んであげた。

「もー、心配しすぎなんだって。楽しんでバレーするから大丈夫」

 慎悟が口元をモゴモゴ動かしながら眉間にシワを寄せてしまった。新たにもう一枚与えようと思ったら、逆にそれを奪われて口に押し込まれた。…このチョコレート苦い。カカオ何%なんだろ。
 でもカカオは頭に良いって言うし、いっぱい摂取しておこうとチョコレートを沢山味わっておいた。
 
 そうだ、今の私は試合が何よりも大事。インターハイに向けての予選試合が迫っているのだ。
 油断しなければ決勝で誠心高校との対戦は叶うはずだ。依里も、お世話になった監督ももうあそこにはいないけど、母校のチームと全力で戦いたいと考えている。

「応援に来てくれるよね?」

 私はテーブルに身を乗り出して問いかけた。バレーの試合、是非とも観に来てほしいな。慎悟が観てるとわかるとますます頑張れる気がするんだ。

「もちろん」

 仕方ないなと苦笑いに似た笑顔だけど、柔らかいその笑顔はとても綺麗だ。
 私はそのキレイな笑顔に見惚れて、うっとりしてしまった。

「…慎悟は綺麗だね…」

 ついつい本音が口から飛び出した。私の裏表ない素直な感想だ。なのに慎悟はストン…と真顔に戻ってしまった。
 真顔も美形だけど、笑った顔はもっと美人なのにもったいない!

「え、なんで真顔になるの。笑ったままでいいのに」
「…綺麗と言われて喜ぶわけ無いだろ」
「褒めてるんだけどなぁ」

 複雑な男心なのかな。本心なんだけどなぁ。からかっているわけじゃないのに、なぜそんな反応をするのか。

「じゃあカッコいいよ」
「その取ってつけたような褒め言葉も嬉しくない」
「わがままだなぁ。…でもボートのアクシデントのときは本当に惚れ直したんだよ?」

 これは本当。慎悟がいなければ私は湖にドボンしていた運命だよ。めっちゃ頼もしく感じたよ。カッコよすぎてキュンキュンしたわ。
 それを言ったら慎悟は黙りこくってしまった。
 だけど慎悟の頬は薄く色づいており、照れているのはバレバレだ。私がフフ、と笑って慎悟の顔を観察していると、照れ隠しにチョコレートを口に押し込まれたのである。
 次のチョコレートはほのかにオレンジの味がした。


■□■


 6月に入るとジメジメとした湿気が増した気がする。梅雨入りしたということは聞いていたが、身体がベタベタする気がしてとても不快。
 英学院女子生徒の夏服は白のセーラー服と臙脂えんじ色のプリーツスカートで、男子はカッターシャツにネクタイ、黒のスラックスと言う形。この時期は薄くて涼しそうな男子制服が羨ましい。
 
 ──サワッ
「今日は結んできたんだ? ポニーテール可愛いね」
「ギャァァァ!」

 下駄箱で靴を履き替えていると、後ろから髪を触られた。スルッと指で梳く感触が頭皮に伝わってきたではないか。
 外は湿気でムシムシしており、決して寒くはないこの時期に私は悪寒に震えた。

「朝から元気だね」
「こんのセクハラサイコパス! 髪を触るなと言っているだろうが!」

 気温が上がってきたので、私はセミロングの長さになった髪をポニーテールにして縛っていた。何の変哲もないポニーテールなのだが、それに釣られる変態が一匹いたようである。
 私は髪を守りながら、ニコニコ笑う上杉と対峙した。ほら、髪の毛が伸びたらこんなことになる。やっぱりショートカットにしたほうがいいんじゃないの!?

「いいじゃない、減るもんじゃないんだから」
「減るわ! 確実に私の何かが!」

 油断も隙もない! 髪が好きなら、伸びた髪をカツラにしてコイツに…いや、それはそれで私が嫌だな。影でカツラを愛でている上杉を想像するだけで怖い。エリカちゃんの髪が穢されてしまう。
 下駄箱の扉を締めて、さっさと教室に向かおうとした私の背に向けてヤツは言葉を投げてきた。

「ねぇ、足の調子はどう?」
「…え?」

 足の調子?
 上杉の質問の意味がわからなかったので、私は足を止めて振り返った。上杉はニッコリと微笑んで、去年から経過観察している膝蓋腱炎の患部を意味ありげにじっと見つめてきた。
 膝周りにじっとり絡みつく視線を感じて私はゾッとした。
 
「もうすぐ、バレーの試合でしょ? 無理はしないでね」
「…呪いみたいだからやめて? 縁起でもない」

 急に心配してくるのやめて。あんたのそれは善意なのか、何かを企んでいるのか判断付かないから。
 先程よりも余計に寒くなってきた。私は鳥肌の立った腕を両手でさすりながら早歩きで教室に戻った。

 怪我のことは現状維持出来ている。以前のような無茶はしていない。問題ないよ。
 …それに、高校3年である今年が最後だ。当然ながら高校を卒業したら高校のインターハイには出場できなくなるのだ。依里のようにプロにはなれそうにない私だが、出来るところまでは突き進みたいのだ。
 それだけは諦めないためにセーブしてきたんだ。きっと大丈夫。

 ただ…上杉の不気味さも相乗して、私は微妙な気分になったのであった。


■□■


 とうとう待ちかねていたインターハイ予選大会初日を迎えた。
 いつもの事ながら英学院バレー部は県の中でも強い部類に入る。特に問題なく順調に勝ち進んでいたのだが、私は朝から膝の違和感が気になっていた。
 無茶はしていないし、試合前後にケアもしている。なのになんだか膝に違和感が残るのだ。サポーターも付けているし、体調も万全なのに膝だけおかしい。
 ……上杉があんな事を言ってきたからだろうか…?

 だが、さっきの試合でもいいスパイクを打てたんだ。全然問題ない。それに次の1試合を終えたら、続きは明日の2日目に続く。しっかりケアした後に今日は早めに休めばいい。
 最後のインターハイなんだ。ここで諦めたくはないのだ。



「あんた膝の調子が悪いんじゃないのか?」

 バレーボールのプロでもないのに私の異変に気づいた慎悟が観覧席からわざわざ移動してきて、次の試合まで待機中だった私に確認してきた。
 心配してくれるのはありがたいが、ここにはコーチや顧問もいる。選手交代させられる恐れがあるので、この話をあまり聞かれたくない。私は慎悟の腕を引っ張って、コソコソ話した。 

「多分気圧の変化だよ。梅雨になっていきなり湿気が増したでしょ? 雨の日に古傷が痛むっていうじゃない。そのせいだよ」
「なら」
「私はインターハイを諦めたくないの。このまま戦わせて」

 私の固い意志を前にして慎悟は顔をしかめてしまった。慎悟は私のバレーへの想いを知っているからこそ、それを言われたら止めることが出来ないのだろう。
 ごめんね。だけど私は戦えるときに戦いたいのだ。

「二階堂先輩? 次の試合もうすぐ始まるそうですよ?」
「あ、うん。じゃ観ててね慎悟」

 後輩の珠ちゃんが次の試合の開始を教えてくれたので、慎悟との話を無理やり切り上げた私は急いでチームメイトたちの元に戻っていった。
 
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