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お許しあそばして。お嬢様なんて柄じゃございませんの。
敵は後方にあり。今すぐ頭部への攻撃をやめなさい。
しおりを挟む「やめっ、やめろ加納ガールズ!」
ポコポコというよりも、ボコボコという音が正しいと思う。
「日頃の恨みですわ!」
「ざまぁごらんなさい!」
「背後がガラ空きですわよ!」
現在体育祭の移動式玉入れの競技中である。
なのだが、私は加納ガールズに一方的ドッジボールをされていた。玉入れ用の玉の中には小豆のような物が入っており、当たると当然ながら痛い。
同じブロックで味方のはずの巻き毛は去年同様私を狙い撃ちしてくるし、違うブロックの敵であるロリ巨乳と能面は今年狙ったかのように移動式玉入れに出場して、巻き毛と同じ様に私を攻撃してくる。玉入れってこんな競技だったっけ?
攻撃されながら私は敵方のリーダーが背負うカゴに玉を投入していく。その間も背後に迫りくる玉。ぶつかると地味に痛い。
「櫻木さん達ったらコントロールが下手なのね」
瑞沢嬢がうふふと笑っているが、違うそうじゃない。私はいじめられているんだぞ。
彼女らがこんななのに、審判は誰も声を上げない。学校ぐるみでのいじめか。金の力を使って、ねじ伏せているのか…?
ボコッと頭に、肩に、背中に玉が当てられる。
加納ガールズの暴言にいつもハイハイと流しているけど、私だって人間なんだから我慢の限界はあるんだぞ?
彼女達の一方的な攻撃は収まる気配がない。いい加減にイライラしたので、私は玉を投げ返した。
「きゃあっ」
身体に当たればいいなと思っていたんだけど、思ったよりも巻き毛が近くにいたので、彼女のおでこにヒットした。私は軽く投げたつもりだったが、巻き毛はおでこを手で覆って悲鳴を上げていた。
「まぁ、なんてこと! 櫻木さん、お怪我は!?」
「女性の顔に当てるだなんて、この乱暴者! 今の狼藉を慎悟様に報告いたしますからね!」
今まで散々玉をぶつけてきたくせに、私の一度の反撃に対して、加納ガールズは好き勝手に文句をつけてきた。…うん、あんたらはそういう人達だよね。
だけどね、加納ガールズみんなで私を攻撃している姿も慎悟は見てると思うよ。
おでこを怪我していないかと巻き毛がピーピー騒いでいるが、私だって体操服を脱いだら青あざがひとつくらいは出来ていると思うよ。
反撃については、後で慎悟から大人げないと言われるかもしれないけど、知らないもんね。
反撃に驚いた加納ガールズたちが攻撃をやめたので、この隙に私は競技を続行した。最後の体育祭なんだ。少しは楽しませてくれ。今年の相手方のリーダーは、去年のサッカー部の生徒とは違って俊敏ではなかったので玉入れしやすかった。
奮闘の甲斐あって、ロリ巨乳と能面のブロックに勝利した。巻き毛は競技途中で抜け出して救護所に駆け込んでいたが、なんともないよと養護教諭に言い渡されてギャンギャン騒いでいた。
訴えてやりますわ! と巻き毛から言われたので、私も背中に出来ているであろうアザの写真を撮影しておいたほうがいいのだろうか。
応援席に戻ると巻き毛が慎悟に何かを訴えていたが、訴えられた本人は「お前たちが喧嘩を売るからだろう」と巻き毛を冷たく一蹴して、「ぶつけられた箇所は大丈夫か?」と私を心配してきた。
「あとでぴかりんに背中にアザが出来ていないか見てもらう。今回のはお互い様だから、喧嘩する気はないよ」
慎悟は自分のせいだと気にしているようだ。だけど慎悟がいくら注意しようと、彼女らは鎮まらないと思う。今までがそうだったもの。
大丈夫、私もやられっぱなしではない。
いちいち争い事するのは時間も気力も勿体ないので、喧嘩両成敗で収めよう。私は折半案を出したつもりだったけど、やっぱり巻き毛はぴーぴーやかましかった。
今一度、慎悟が口頭注意していたけど、加納ガールズたちは全く反省する素振りを見せなかったのだった。
慎悟はこれが面倒で、今まで加納ガールズを放し飼いしていたのかな…。彼らのことが躾の下手くそな飼い主と猛犬3匹に見えるよ。
■□■
私達がお付き合い始めてから加納ガールズは神経過敏になっているように思える。
「近いですわよ!」
「慎悟様にベタベタなさらないで!」
「私達お付き合いしてるんですけど!?」
今日は天気がいいし、なんたって体育祭だ。皆室内に戻って食事をしているが、せっかくなので外で食べたい。
二階堂家住み込みのお手伝いさんがわざわざお弁当を包んでくれたんだ。なんと慎悟の分まで作ってくれたんだよ!
日陰にシートを敷いてそこで慎悟と一緒にお昼ごはんを食べていたら、そこに彼女らが割り込んできた。
「ふん、そんな茶色いおかずで慎悟様を籠絡しようと考えていますの?」
腕を組んで、偉そうに口出ししてきたのは巻き毛である。彼女のおでこは腫れてもいないし、擦りむいてもおらず、大丈夫そうだ。
お昼ごはんも食べずに、わざわざ嫌味を言いに来たとはご苦労である。
「おい、櫻木やめろって」
「これはうちのお手伝いさんが作ってくれたものだよ。この道30年の登紀子さんに失礼だよそれ」
登紀子さんは二階堂家に30年勤めている。元は本家で働いていたのを、二階堂パパがママと結婚して独立したときに、お祖父さんが登紀子さんをこちらに送り出してくれたそうだ。
ちなみにいつも送り迎えしてくれる運転手さんは登紀子さんの旦那さんである。
大体、巻き毛が言う茶色いおかずは唐揚げやウインナーじゃないの。肉系はどうしても茶色くなるの。仕方ないでしょうが。その代わり野菜入りの卵焼きやアスパラ・人参のベーコン巻きなどで彩りを作ってるんだよ? 登紀子さんは私のリクエストを聞いてお弁当を作ってくれたんだからね!
加納ガールズは昼食をとっている時も私と慎悟を引き剥がそうと躍起になっていて、私たちは彼女たちの相手をするために昼食を中断する羽目になってしまった。
「…二階堂様のおっしゃるとおりですわ。…人の作ったものにそんな失礼な物言いをして貶すのは、あなた方の品位を疑います。慎悟様だけでなく、周りの方々にどんな目で見られるか…あなた方は意識なさっていますの?」
「…丸山さん」
ギャーギャーとお嬢様らしかぬ振る舞いをする加納ガールズたちに注意したのは丸山さんだった。
…慎悟と私が付き合うまでに色々とあった彼女だが、今は私と慎悟の応援をしてくれており、彼女自身も前に進み始めたようである。この間お見合いした相手とお友達としてお付き合いを始めていると報告を受けたばかりだ。
その丸山さんは加納ガールズを呆れた目で見ていた。
「…あなた方が慎悟様をお慕いされて、想いを諦めきれないというのは理解できますけど……」
丸山さんは言いにくそうに言葉を切っていたが、ふう、とため息を吐くともう一度口を開いた。
「あなた方の今の振舞いを見た周りの方々はどう思うでしょうか。そのうちあなた方にも縁談が持ちかけられると思いますが、今までの行動が原因で相手方からお断りをされる可能性もありますのよ?」
加納ガールズたちはいつでも、恋は盲目状態だったけど、ちょっと過激がすぎる部分がある。…周りはそんな彼女達を怖いと思っているかもしれない。
いや、でも見た目は美少女だし…どうなのかな…
「慎悟様がそれを見て、どう思っているかを考えたことがございますか?」
「…慎悟様は血迷っているだけ。私達は慎悟様に正気を取り戻して欲しいだけですわ」
「今は物珍しい珍獣に夢中になっているだけです」
「この女狐の化けの皮が剥がれたら、慎悟様も目が覚めるはず」
珍獣ってなんだ。そりゃ私はお嬢様らしくはないけど、そこまで言わなくてもいいだろう。
私が唇をかみしめて堪えていると、慎悟に肩をぽんと叩かれた。彼の顔を見上げると、首を横に振られた。…なにそれ、どういう意味なんだろう。
加納ガールズの反応に、丸山さんは呆れた顔をして閉口していた。気持ちはわかるよ。暖簾に腕押し状態だよね。わかる。
「…そもそも、人が物を食べているときに邪魔をするだなんて…何処でそんな躾を受けましたの? あなた方高校3年生ですよね? もうちょっと行動を改めるべきですわ…」
丸山さんは首を軽く横に振って諦めた様子だった。
加納ガールズはお勉強が出来る優秀な子たちだけど、慎悟が関わると途端に頭が悪くなっちゃうんだよ。
「この方々は置いておいて…二階堂様、ちょっとご相談があるのですけど」
「…相談?」
はて、私に相談とは?
私の隣に座ってきた丸山さんだが、そこにはさっきまで慎悟が……あれ…
慎悟の姿がいつの間にか消えていたので、私が首を動かして探すと、10メートルくらい離れた場所で加納ガールズと何かを話していた。
巻き毛が「そんな!」と騒いでいるのが聞こえてきたが「二階堂様?」と丸山さんに話しかけられてしまったので、私はそちらに意識が向いた。
ちなみに丸山さんの相談というのは、お友達として付き合い始めたお見合い相手がもうすぐ誕生日で、彼は私と同じくスポーツをする人だから、そのプレゼントのアドバイスを頼まれたのだ。
話を聞いている限り、彼女のお見合い相手は慎悟とは正反対。だけどなんだかんだで順調のようだ。丸山さんは彼の話をしているととても楽しそう。他校の人であるため休日にしか会えないみたいだけど、頻繁にデートをしているみたい。本格的な交際に発展するのも時間の問題だろう。
丸山さんは切り替えが早いな。元々、好きな人を追ってきたあたり行動力がある子だなとは思っていたけど…。
彼女はとてもいい子だし、きっと幸せになれるはず。いや、幸せになってほしいな。
アドバイスを終えると、丸山さんがお礼を言って立ち去った。その直後に入れ替わりの形で慎悟が戻ってきた。
彼はなんだかとても疲れた顔をしている。加納ガールズの相手に疲れたのであろうか。
私は慎悟の手を引っ張って横に座らせた。
「お疲れ様。昼休みの時間残り僅かだよ。早く食べちゃおう」
午後から慎悟は障害物競走に出場するんだ。ちゃんと食べなきゃ力が出ないだろう。加納ガールズのせいで本当に時間がない。
ゆっくり食べたかったけど、おしゃべりしないで食事を済ませた。
「障害物競走って、ハードルと、ネットくぐりと、平均台だったっけ? 私めっちゃ応援するから1位目指してね!」
「プレッシャー掛けるなよ」
プレッシャーというわけじゃないよ。最後の体育祭だから記念も兼ねて頑張ろうって応援してるんだよ。
昼休みが終わって、応援席に向かうと、生徒たちが戻ってきていた。あと10分くらいで午後の部が始まり、各ブロックごとの応援合戦が始まる予定だ。すでに入場門には応援団が待機している。
昼休みが終わる前にお花でも摘みに行くかと私は1人で校舎に足を向けた。
校舎側はもう人はまばらだ。みんなグラウンドに集まっているのであろう。人の話し声より、中庭の噴水から溢れる水が水面に落ちる音のほうが大きく聞こえた。
──ザァァー…
──ぐすん、ひっく…
…その水の音と重なって、すすり泣く声が私の耳に入ってきた。
まさか噴水で溺死した女子生徒の霊か…?
また学校の七不思議かなと思っていると、中庭の木陰下のベンチに瑞沢嬢の姿があった。彼女は大きなお弁当箱を膝に載せたまま、グズグズと泣いていたのだ。
「…瑞沢さん…? なに、また嫌がらせされたの…?」
私は恐る恐る彼女に声を掛けた。
放っておくことも出来たけど、見捨てるのは私がすっきりしないんだ。
話を聞くだけ聞いてみようと思って声を掛けたのだが、私の声に反応して顔を上げた瑞沢嬢は、また顔面液体まみれだった。
彼女は顔の色んな部分をテカテカと光らせながら「二階堂さぁん…」と弱々しく名前を呼んできた。…泣き方が変わらないなこの子は。
私は瑞沢嬢の傍に歩いて近寄ると、彼女は更に泣き出してしまった。ダラダラと涙を零しながらしゃくり上げている。
「頑張って、お弁当…作ったけど、倫也君あまり、食べてくれなかったの…」
お弁当? それは瑞沢嬢の膝の上にあるお弁当のことかな?
…作ってきてあげたのか…女子か。
彼氏と食べるお弁当をその道のプロの登紀子さんに作ってもらった自分の女子力のなさにちょっとグサッと来たが、とりあえず優先すべきは目の前の瑞沢嬢だ。
泣き続ける瑞沢嬢を見下ろして、私は深いため息を吐いたのであった。
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