お嬢様なんて柄じゃない

スズキアカネ

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さようなら、エリカちゃん。ごきげんよう、新しい人生。

解決、そして自覚。

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 あの一連の嫌がらせの顛末だが、はじめの事件、女子更衣室でロッカーをピッキングして私の荷物を盗んだ上に噴水の中に放り込んだのは、英学院の男性職員だった。
 産休中の先生をフォローしている臨時の男性職員は滝川に頼まれ、そのような犯行に及んだ。その職員は滝川にただならぬ思いを抱いていたそうだ。
 あの日の体育の時間前に、滝川は人がいなくなった女子更衣室の扉を開けて男性職員を通し、私の利用したロッカー番号を告げたそうだ。そして彼女は後のことを任せて体育の授業をサボること無く参加してアリバイを作る。自分の手を汚さないスタイルの嫌がらせを間接的に行ったというわけだ。
 実行犯の彼は臨時とはいえ教職員だ。こっちがなにか言う前に学校側から重い処罰を下されるであろう。その上、二階堂家からの制裁が待っている。

 次に女子トイレ水責め&閉じ込め事件だが、あれも「二階堂エリカに嫌がらせをしてくれたら大学の男子学生を紹介する」と滝川が実行犯たちに唆したそうだ。一般生である実行犯達は元々セレブ生にいい印象がなかった。私に特定の恨みがあるわけじゃないけど、鬱憤晴らしも兼ねて犯行に及んだと。
 しかし嫌がらせに対する私の反応は想像していなかったらしく、今では猛省しているようだ。彼女らは1週間の停学処分になっている。
 私が怒らないとでも思ったのか? バカにし過ぎだろう。

 最後に滝川が頭上めがけて花瓶を落とした事はどう足掻いても言い逃れできない、滝川単独で行った犯行だ。
 1組の生徒の中に複数の目撃者がいたこと、本人が反省していないこと、悪質でもあるため、彼女は自宅待機という名の無期停学処分になった。これから英学院の理事会や職員で話し合いが行われて彼女の処遇は決まるそうだ。

 滝川の狙いは、見目麗しい慎悟の恋人の座であった。自分の隣にふさわしい美男だと、ちょっと前から目をつけていたらしいが…いくらなんでも射止めるための手段が拙すぎた。
 滝川は、慎悟の側にいる私のことを以前からずっと疎ましく思っていたらしい。 
 可愛くて男にモテる滝川だったから、慎悟を落とす自信があった。だがその慎悟は中々なびかない。それに苛ついて、私を引きずり下ろすことにムキになったのかな…
 勿論滝川に対しても二階堂家は制裁を下す予定だ。弁護士も警察も既に動いているし、私も止めてやる気はない。
 滝川のなにが怖いって…悪い事をしているのに自覚がないのが怖い。

 学校側も今度更衣室のロッカーを最新式のセキュリティ万全のものに付け替えると言っていた。
 それより職員が事件起こしたことを反省してくれよ。親御さん達が信頼して大事なお子さんを学校に預けてんだからもうちょっとさぁ…


■□■


 バレンタインの日に西園寺さんから頂いたエリカの鉢植えは未だ健在だ。育てるには難易度が高い花なので、何処まで維持できるかが私の腕にかかっている。
 バレンタインのお返しも兼ねて、日曜の今日は西園寺さんとお食事にやってきた。西園寺さんの好きなものを…と思ったのだけど、西園寺さんが私の好きなものでいいと言ってくれたので、今回もカレーを選ばせていただいたのだ。

「おまたせしまシタ、カレーです」

 相変わらず商品名すべてカレーで統一するカレーの国の人が私達の頼んだカレーと焼きたてのナンを運んできてくれた。私は手を合わせると早速カレーにありついた。

「本場のカレーは美味しいですね。私この間久々に自分でカレーを作ったんですけど、本場の人の味には負けます」
「エリカさんが、カレーを?」

 私がカレーを作ったと言うと、西園寺さんは興味深そうな顔をしていた。
 私もカレーの腕は上達したはずなのだが、やはり本場の人が作るものとは違うな。沢山香辛料を駆使しているからであろうか? 今日はキーマカレーにしてみた。とても美味しい。

「はい。いつもお世話になっているから、バレンタインで慎悟に作ってあげたんです。彼は沢山チョコレートを貰っているから、負担にならないようにと思って」
「…加納君に……そうですか…」

 今回は以前、慎悟と一緒に来たことのあるお店に私が連れてきてあげたんだ。窓越しにナンを振り回すカレーの国の人を観察できるから楽しいと思って。
 カレー以外のお店もいいと思ったけど、この辺のお店をあまり良く知らなくてねぇ。あと他のカレーも食べてみたかったとも言える。

「この店も慎悟が見つけてくれたんですよ。ナンを焼いている姿がここから見られるの、楽しいですよね」
「…エリカさん」

 カレーの国の人が窯の中にナンを入れる姿を観察しながら私が笑っていると、目の前の西園寺さんが真面目な声で名前を呼んできた。
 私が顔を正面に戻すと、先程まで笑顔だった彼は無表情に変わっていた。どうしたんだろうか…

「…僕と一緒なのに、他の男性の話はしないでくれませんか?」
「え、あ…すみません…」

 彼の前で慎悟の話はまずかったようだ。怒ってしまっただろうか。西園寺さんも知っている相手だから盛り上がるかなと思ったのだけど…
 私が謝罪すると、それっきり会話が途絶えてしまった。 

「え、えっと…西園寺さん、大学は何学部に進むんですか?」

 沈黙が気まずくて話題を振ってみたら、西園寺さんは返事をしてくれたけど、先程までの和やかな雰囲気が一変してしまった。西園寺さんは何処か浮かない表情をしていたから、きっと私が気に障る発言をしてしまったのであろう。
 カレーの話題がよろしくなかったのか。またカレーかよ、この女何処までカレーなんだよとか思われていたりして…。もしかして…西園寺さん、慎悟と仲が悪いとか…?

 私達は口数少なく、静かに食事を続けた。 
 バレンタインのお返しだからとそのランチのお代を持とうと思ったのだけど、西園寺さんが払うと言って聞かなかった。そのため、私は御馳走になることになってしまった。


 その後、近くの公園までふたりで足を伸ばしたのだけど、私達の間には会話もなく。私は公園内の湖をぼんやりと眺めていた。
 ホワイトデーのお返しなのになにも返せていない気がする…無理やりカレー屋で支払いしておいたほうが良かったのではないだろうか…ギフトなんて買ってきていないし、この雰囲気で百貨店に行って買ってきてもいいですかとか聞けないし…
 私がグルグル考えていると、隣にいる西園寺さんが口を開いた。

「…本当は今日、僕はあなたに告白をしようと思って来ました」
「…え?」

 彼が発した単語に私は思わず聞き返す。告白だと? 
 …一度は彼から好意を伝えられたけども、私はお断りをした。お友達になりましょうという話に落ち着いてからは、それからずっといい友達だと思っていたのだけど……告白。

「ですけど、望みは薄そうですね。…僕が吹っ切れるために、告白だけでもさせてもらってもいいですか?」
「…あ。はい…」

 まだモテ期は続いていたのか…エリカちゃんの美貌すごいなぁ…じゃなくて、告白は真面目に聞かなきゃな。
 西園寺さんはいつもの温和な表情ではなく。真面目な顔で私を見つめてきた。

「僕はエリカさんが好きです。…本当は友達としてじゃなくて、恋人になりたいと考えています」

 告白の言葉は、前に告白された時よりも重く感じた。あの時はまだお互いによく知らなかったし、学校の前でだったもの。
 …あの時よりも更に、西園寺さんの瞳は真剣だった。本気で私に告白をしてくれてるのだとわかった。 
 …だけど、私の心は揺れなかった。斎藤君の時もそうだったけど、真剣な告白なのに惹かれることはなかった。彼らが真面目に思いを伝えてくれているのはわかっているけど、私は…

 ふと、文化祭の時に慎悟が告白してきた時のことを思い出した。二階堂エリカではなく、松戸笑が好きだとハッキリ告げて、無理やりキスしてきた慎悟のことを。…初めて口づけたあの唇の感触を今でも覚えている。
 あの時の私はひどく動揺していた。心臓が暴れて苦しくて……
 ユキ兄ちゃんに失恋したときとは違う。ユキ兄ちゃんとはぜんぜん違うのだ。…慎悟と一緒だと私は一喜一憂してしまう。…他の人ではあそこまでの気持ちにはなれない。
 慎悟の言葉や態度の一つ一つが私には特別に感じてしまうのだ。

「…だけど、あなたの心はもうすでに決まっていたのですね。加納君が…好きなんでしょう?」
「…へっ!?」
「ごまかさなくてもわかります。あなたは過去の婚約破棄で深く傷つき、恋愛ごとから目を背けようとしていますけど…あなたの瞳や言動からは、加納君に対する想いが伝わってきます」

 えっ…? 西園寺さんは一体何を言っているのだ…私の瞳や言動から慎悟に対する想いだと?
 それ以前に婚約破棄に関して私は全く傷ついてないよ! 私個人は宝生氏に特別な感情抱いていないし。

「あの、私は…」
「エリカさん、素直になったほうがいいですよ。…悔しいですけど、僕にはあなたを幸せには出来ないようです。あなたは加納君の話をしている時が一番楽しそうですから…」

 好き? 私が慎悟を?
 まさかの西園寺さんが投下した爆弾に被弾した私は放心状態になった。
 確かに私と慎悟は仲がいい。慎悟に好意を告げられたこともあるし、デートっぽいことをしたこともある…キスだって…されたことがある…
 いや、でも…

「自分の気持ちから逃げないでください」
「…西園寺さん…」
「僕は次こそ自分を見てくれる女性を見つけてみせます。ですから、エリカさんも自分を大切にしてくれる男性と幸せになってください」



 本当はランチの後、その辺りをブラブラする予定だったが、そういう空気ではなくなったので、私達は早い時間に解散した。
 二階堂家に帰り着くと、私はフラフラと部屋のベッドに倒れ込んだ。

 すき、私が…あの慎悟を……好き。
 西園寺さんに言われたその言葉を思い返すと、私は心がムズムズした。
 あれだけ、もう恋は沢山だと思っていたのに私は愚かにもまた恋をしていたのか。しかも相手があの慎悟。
 …私、態度に現れていたのかな? だからぴかりん達がくっつけようと工作していたの…?
 …下手したら、慎悟にそれを気づかれている…?

「うわぁぁぁー!!」

 私は枕に顔を押し付けて叫んだ。
 明日は月曜。学校がある。慎悟と会ったら、私はどんな顔をしたらいいのだろうか。 
 私は感情の赴くまま、フカフカで大きなベッドの上を転げ回った。
 思い返してみれば、あれもそれもこれも、心当たりがありすぎた。何故いままで気づかなかったのだろうか。エリカちゃんの身体で生きると言うことに意識が向きすぎて、芽生えた気持ちを無意識に蓋していたのだろうか。

 それを、告白してきた人が気づいて、自分は言われるまで気づかないとか……西園寺さんに酷いことをしてしまった…

 激しく転げ回った私だが、西園寺さんが最後まで紳士的に私の応援をしてきた姿を思い出してしまって……とても申し訳なく、自分が情けない気持ちになったのであった。

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