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さようなら、エリカちゃん。ごきげんよう、新しい人生。
当事者なのにのけ者扱い、これ如何に。
しおりを挟むキャットファイト上等だ! 来るならかかってこいと意気込んでいると、後ろから肩を掴まれて身体を引き寄せられた。トン、と背中に人の体のようなものがぶつかる。
「…心配しなくてもソレには惚れない。…あんた、怪我は?」
上を見上げたのと同時に声を掛けられたので、相手が慎悟であるとすぐに分かった。…慎悟はなんだか疲れた顔をしていた。
どうした、そんな顔して。なにがあったんだ?
「あっ慎悟! ちょっと聞いてよ! 上から花瓶落とされたんだよ! 怪我はないけど危なかったんだよ!」
「花瓶云々は聞こえていたから知っている。それとトイレで水をかけられたというのも風紀委員にさっき聞いた……お前が諸々の主犯だったんだな。滝川」
慎悟は氷のような眼差しで滝川を睨みつけていた。
…慎悟は何処から何処まで把握しているのだろうか。諸々の主犯って…その言い方だと腕時計の事もこの滝川が…?
「あ…ち、違うの…私は…被害者よ、その人がいきなり掴みかかってきたの!」
慎悟に睨まれた滝川はこの期に及んで被害者ヅラして訴えていた。その発言には反省の色が見えない。
私のお説教は彼女には届かなかったようである。
「女子更衣室からこの人の私物を盗んで噴水に遺棄した件も…お前が第三者に指示したことなんだろ?」
疑問の形はしていたが、慎悟の中ではすでに確信を持っているような問い方であった。
「そ、そんなの私知らない! 証拠は? 私がやったという証拠はあるの?」
滝川は否定していた。瞳を潤ませて、縋るように慎悟に訴えていた。しかし、慎悟は彼女の怯えてうるうるした目を見ても動じなかった。慎悟にその手は通用しないぞ。
これまで証拠がなくて犯人の目処が立たなかったが、ここへ来て犯人につながるなにかを見つけたのだろうか。
「…残念ながら証拠はない。だが証言だけなら得ることができた。俺はこの数日間、あの日のあの時間、授業に途中参加・欠席した生徒を片っ端から確認してきた」
慎悟は一旦話を止めると、自嘲するように鼻でハッと笑っていた。出た、慎悟の皮肉な笑み。
慎悟は目を細めて、滝川の一挙一動を観察していた。その目に滝川は怯んだ様子を見せたが、彼女が自供する気配はまるでない。
「……俺はてっきり生徒が犯人だと思っていたのだが、盲点だったよ。お前に依頼されて、指定のロッカーをピッキングした上で中の物を盗み、噴水に遺棄したと供述する男性職員が現れた。現在職員室で聴取を受けている最中だろう」
「はぁ!? …そんなの、その人が嘘をついているだけでしょう!?」
トカゲのしっぽ切りなのか、はたまた本当に何もしていないのか…ていうかロッカーの中身持ち逃げ犯はこの学校の職員なの!? その事実がショックだわ!
エリカちゃんの冤罪事件みたいな例もあるから、早まらないほうがいいと思うけど…私が慎悟の顔を見上げると、慎悟は肩を竦めて首を横に振っていた。
「その可能性はある。…だが、今お前が故意に花瓶を落としたのは事実で、このクラス内にも複数の目撃者がいるはずだ。その件は言い逃れできないからな」
「手を滑らせただけよ! わざとじゃない!」
「わざとで殺されてたまるか! あんた反省してないでしょ! わざとじゃなくても殺人未遂の事実は変わんないんだよ!」
「話が進まないからあんたは黙ってろ」
「なんでよ!」
滝川がまた勝手なことを言っていたので文句を言ったら、慎悟に止められた。
私は被害者よ! 言いたいことも言えないのか!
「いつまでもここで話していても仕方がない。滝川、風紀委員会室まで同行願おう」
「だからわざとじゃ…!」
「…聞こえなかったのか? その件は言い逃れさせないと」
慎悟はツンドラのような視線を滝川に送っていた。あの目怖いよねー。慎悟は美形なので尚更怖い。なんでやろ。
とばっちりで私までゾッとして震えていたら慎悟がこっちを見て「あんたは早く着替えてこいよ」と言ってきた。
滝川は慎悟の氷の眼差しに震えて、抵抗する気をなくしたようだ。彼に腕を掴まれるとおとなしく連行されていった。
「…うぅっ寒い!」
怒りが冷めたら寒くなってきた。
私は1組の教室を出ると、ジャージに着替えるために小走りで部室に向かっていったのである。
■□■
「はぁ!? 滝川がやれって言ったんでしょ!?」
「あの女に嫌がらせしたら、知り合いの男子大学生を紹介してくれるって言ってたじゃない!」
「知らない、私は何もしてない! ピッキングなんて…そんなの泥棒じゃないの! そんな事頼むわけないじゃない!」
「花瓶落としたくせによく言うよ!」
「あんたの言うとおりにやって損した!」
私が部活のジャージに着替えて風紀室に到着すると、中では女子たちが罪の押し付け合いをしていた。あれ全員犯人か…?
そういえば実行犯のひとりである職員はここにいないようだけど、更衣室のロッカーをピッキングしたって聞いた。すごいなその技術、どこで手に入れたの…? 学校の職員に必要な技術かな?
風紀室に一歩足を踏み入れると、中にいた慎悟から「入るな」と肩を押されて追い出されてしまった。
「…私は当事者なんだけどな?」
「あの場にあんたが居ても、アイツらは大人しくならないから入ってこなくていい」
いや、私も事情説明しなきゃいけないでしょうよ。
「二階堂さんは別室で話を聞くよ。こっちに来てもらってもいい?」と委員に声を掛けられ、風紀室の隣の会議室で風紀委員からの聴取を受けたのだが、こっちの部屋まで犯人たちの金切り声が聞こえてきていた。隣の部屋だもんね。醜い争いの声が聞こえてくる…彼女たちは友達ではないのであろうか。
以前、エリカちゃんに悪意を持って陥れようとしてきたセレブ生とはまた違うな。今度は一般生か…監視カメラがない所を狙って、複数の人間を使っての犯行とは…この数時間で色々ありすぎて疲れてしまったよ。
聴取を終えた私は、会議室を出て独り言を呟いた。
「…どうやってママたちに報告しようか…」
「もう連絡した。弁護士を挟んでの告訴の話を進めているそうだ」
「…いつの間に」
会議室の外で待機していた慎悟が先回りして二階堂パパママに連絡してくれていたらしい。仕事が早い男である。
弁護士、告訴。思ったよりも話が大きくなりそうだ。…でも、下手したら死人が出ていた。この身体はエリカちゃんから頂いた大事な身体だ。だからこそこの事を許すわけには行かない。
ここで許しても滝川のためにはならない。彼女はしっかり罰を受けるべきである。
「…二階堂の娘に喧嘩を売ったんだ。当然のことだろう……なんか悪かったな。原因が俺みたいで」
慎悟は自分が原因で大ごとになったと気にしているらしい。いつもよりも元気がなかった。
「…全くだよ。慎悟は女の子を誑かし過ぎなんじゃない?」
「…そんな事してない」
冗談で言ったのだが、慎悟のレスポンスには勢いがない。いつもならピシャリと否定してくるのに今日は返しが弱々しいな。
「あんたは必死に犯人探しをしようとしてくれたじゃない。それで許してあげるよ」
「…ごめん」
しおらしい慎悟は不気味だ。私は元気注入するために背中を叩いてあげた。バシバシ叩いているが、慎悟の顔は沈んだままである。
「解決したじゃない。そんな暗い顔しないでよ。私がそんな弱い性格に見える?」
腰に手を当てて、私が一笑すると、慎悟は目を細めて私を見てきた。
「…時計が壊れて泣いていたじゃないか」
「あれは…大事なものが壊されたら泣くでしょ。慎悟だって大切にしているものを壊されるの嫌でしょ?」
あそこで泣いたことはなかったことにしたいんだよ。突っ込んでくれるな。
しかし、何故慎悟狙いの彼女は私に嫌がらせをするのか。もっとすることが他にあると思うのだけど。
それとも私がナメられやすいのかな。…私はもうちょっと威厳というものを身に着けなければならないのかな…威厳ってどうしたらつくんだろう。
それはそうと目の前の慎悟である。先程からしみったれた顔をして…調子が狂うじゃないの!
「もー! 慎悟がそんな顔すると私まで気分落ち込むじゃん! じゃあ慰謝料でホワイトデーにはカレーをちょうだい!」
「…俺はあんたを満足させるようなカレーを作ることは出来ない」
「そこはあんたの家の会社の輸入商品があるでしょ。世界各国のカレーでよりすぐりのものを選んで私に贈ってよ!」
この間加納のおじさんの会社に行った時、イートインスペースのある別棟からカレーの匂いが漂ってきたから、間違いなくカレーも取り扱っているんだよね。
慎悟が作るカレーも興味はあるけど、自信がないならカレーのレトルトでも全然いいよ。
「約束ね!」
「…なんなら今週の日曜にでも食事おごるけど…」
「あ、ごめん。その日は西園寺さんとご飯行くんだ」
「…は?」
ホワイトデー前の日曜日になるのだが、バレンタインにお花を貰ったお礼に食事に行くことになっているんだ。
それを言ったら慎悟は顔を顰めた。
何その顔。別にやましいことはないよ。ただ食事に行くだけだもん。
「だって西園寺さんはバレンタインの時にお花を贈ってくれたんだよ? 慎悟だって女の子たちにお返しするでしょう? それと同じ事だよ」
「ぜんぜん違うだろ」
慎悟は心配しているみたいだが、西園寺さんは紳士だ。友達なんだ。大丈夫だと思うんだ。
それに、貰ったもののお返しをすることくらいは許されると思うんだけど。
「もう約束しちゃったもん。西園寺さんは私の友達なんだよ。大丈夫だって」
「俺が面白くないんだよ」
面白くないか…なにも起きないと思うから信じてほしいのだけど…
慎悟は完全に不機嫌になってしまった。別に悪いことをするわけでもないのに私は気まずい気持ちになった。
「…春休みになったら2人でご飯に行こう? その時カレー奢ってよ。あ、ホワイトデーのお返しとは別でカレー奢ってね」
「……」
「あっ教室にチョコレートがあるから、チョコレートあげようか!」
「…あんた、俺がチョコレートで機嫌を治す男だと思っているのか?」
ダメか。
だって西園寺さんはわざわざ出向いてバレンタインに物を贈ってくれたのに、お誘いを断るのも気が引けてねぇ…
「エリカー!」
「ご無事ですか二階堂様!」
「1組にカチコミに行ったとお聞きしたのですが!」
カチコミって幹さん。私はヤクザか。
私を心配して風紀室まで駆けつけてくれた友人たちの登場で、私と慎悟の会話は中断された。
「トイレで上から水をかけられて閉じ込められた後に、3階から花瓶落とされてさぁ」
簡単に状況説明した所、怒ったぴかりんが未だカオス状態の風紀室に乗り込もうとしていたので、それを止めるのが大変だった。
だから、彼が煮え切らない表情でこちらを見ていることに私は気が付けなかったのだ。
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