お嬢様なんて柄じゃない

スズキアカネ

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さようなら、エリカちゃん。ごきげんよう、新しい人生。

一生大切にする。私の第二の人生を刻んでくれるものだから。

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「笑、あんたそんなに泣くと目が腫れ上がるわよ」
「だって卒業証書貰えるなんて思わなかったんだよ…」
「その卒業証書に油が付くから、いい加減にしまいなさい」

 私は渡された卒業証書を見ながら思い出し泣きをしていたが、お父さんとお母さんに注意されたので仕方なく証書を収めた。
 涙の卒業式の後、私は予約していたお店に家族&依里と一緒に飲食店に来店していた。場所は二階堂グループの焼肉店だ。全国にチェーン展開しているので私の地元にもお店があるのだ。
 
「ほらほら笑、お肉焼けたよ…コルァッ! 渉あんたは人が焼いた肉を奪うんじゃないよ!」
「依里ねーちゃん、俺と姉ちゃんの扱いに差がありすぎ!」

 依里は率先してお肉や野菜を焼いていたが、それを掠め取ろうとする渉のおでこを引っ叩いていた。ペシーンといい音が響く。

「そういえば姉ちゃんは進路どうするの?」

 依里に怒られたので仕方なく自分で肉を焼いていた渉は、私の進路について問いかけてきた。
 誰にも聞かれなかったから今まで話さなかったけど、この中で将来のビジョンがはっきりしていないのって私だけだよね。

「…二階堂パパママの事業を手伝って役に立ちたいなぁとは思っているけど…」
「えぇ~! 姉ちゃんがぁ? てっきりバレー関連の仕事を選ぶと思った」
「…生憎ねぇ…私はサポートするより自分がプレイしたいタイプなんだよ…大学でも部活に入るし、社会人になっても趣味で続けるつもりだよ」

 マネージャーのようにサポートする側より、自分がプレイしたいから裏方というのは性に合わないんだよなぁ…
 私はこれからも楽しくバレーできたらいいなと思っている。私にはまだまだインターハイと春高大会に出場する目標がある。まだまだ夢への未練はあるが、プロとかアマとかに固執しないで楽しむのが私の最終的な目標である。

「大学には何学部に入るの?」
「うーん、経営学部が濃厚かな…パパママは経営側だからそっちの分野を学んでおいたほうがいいって慎悟に言われたから…」
「…慎悟って…あの綺麗な男の子だよね? 夏のインターハイで、救急搬送時に付き添っていた…」

 依里の言葉に私は目を瞬かせた。私が召された直後、同じ会場にいた依里には搬送される姿を目撃されていたのだった。
 そういえば依里と慎悟は直接顔を合わせたことがなかったな。お互い名前と存在は把握しているはずだけど…

「エリカちゃんの縁戚の子でね、早いうちから私が松戸笑だって気づいていたの。その後色々サポートしてくれてさ」

 出会った当初のことを思い出すと、今はすごい仲良くなった気がする。あの頃は何だあのクソムカつく野郎と思っていたのに、人の縁とは奇なものだ。

「え、何もしかして付き合ってるの?」
「…付き合ってないよ」

 依里の抜き打ちチェックに私の反応は遅れた。家族がいる前でそんな質問やめてよ、気まずいじゃない。

「…普通なんとも思っていない相手のサポートしてくれるかなぁ?」
「……」

 依里の探るような目に耐え切れなくなった私はそっと目をそらした。依里は私の反応を見て「ま、今度聞くから、今はいいわ」と見逃さない宣言をしていた。私は後日追及される運命のようだ。

「2人共高校卒業おめでとう。これお祝いね」

 両親が私と依里に卒業祝いを用意してくれていたようだ。
 渡された小さな箱には色違いの腕時計が入っていた。裏にはイニシャルが刻印されている。サーモンピンク色のベルト、アナログ式の時計本体はシンプルだ。私はその贈り物をひと目で気に入ってしまった。
 早速腕に取り付けてみる。依里もかなり喜んでいて、お互いの時計を見せびらかした。

 サプライズが含まれた誠心高校の卒業式だったけど、私には一生モノの思い出になったと思う。
 その日、二階堂家に帰った私は貰った卒業証書を眺めながら、また泣いてしまった。
 これは悲しいからじゃない。嬉しいから涙がでるのだ。


■□■


「おはよう慎悟! いい朝だね!」
「……なにがあった?」
「ふふふ、ちょっとここでは言えないなぁ~」

 翌朝、下駄箱で遭遇した慎悟に声を掛けたらぎょっとされた。仕方ないじゃん。泣き疲れてそのまま寝てしまって、朝起きたら瞼が腫れていたの。冷やしてみたけどまだ腫れが残っている状況なのだ。
 私が勿体ぶるような返事をすると、慎悟は眉をひそめて訝しげに私を見下ろしてきた。

「…はぁ?」
「とっても嬉しいことがあったの! 後で教えてあげるね」

 私は靴を履き替えると、足取り軽やかに教室に向かった。教室で挨拶を交わした友人たちにもなにがあったのか聞かれたので、とても嬉しいことがあって嬉し泣きしすぎたと説明した。嘘ではないもんね。
 スマホだけを持つと、私はスススと慎悟の席に近づいた。私がニヤニヤしながら近づいてきたので、慎悟は胡乱にしている。

「これ見て」

 私は昨日撮影した誠心高校の正門前でお母さんと依里と3人で並んで撮影した記念写真と、卒業証書の写真を慎悟に見せた。

「当日までなにも知らなくてさ、行ったら卒業証書を受け取りに行けって言われちゃってさ…嬉しくって泣いてたらこんな顔になっちゃった」
「良かったじゃないか。こういう事をしてくれるところは中々ないと思うよ」
「うん! それでね、両親からお祝いに買ってもらったんだ! 依里と色違いの腕時計なの」

 私が話していることは自慢の内に入るであろう。だが慎悟は頷いて静かに聞いてくれる。その瞳が優しげなのは気の所為ではないはずだ。

「腕時計は大事にすれば長いこと使えるから大切にしたらいい」
「うん!」

 私は手首につけた腕時計を指で撫でながら強く頷いた。
 部活の時はボールが当たってしまうかもしれないから外しておかなきゃな。大切にしよう。

「あの…ご歓談の所申し訳ありません…加納様、1組の女子がお呼びですけど…」
「…誰?」

 焼肉食べたんだー、と引き続き昨日の話をしていると、クラスメイトの菅谷君が恐る恐る声を掛けてきた。
 
「一般生の滝川たきがわさんです」
「…あぁ…わかった。ありがとう」

 慎悟は菅谷君にお礼を言うと席を立って教室のドアに足を向けていた。
 教室の出入り口は開けっ放しになっており、そこに1人の女子生徒がいた。天然パーマ気味のふわふわ髪は色素が薄く、柔らかそうに見える。その子の顔の中で一番印象深いのがその目だ。パッチリ大きく、その瞳は自信に満ち溢れている。
 エリカちゃんもだけどその子もお人形さんのように可愛らしい。しかもその子はエリカちゃんよりも更に小柄で華奢だ。150cmもないかも。
 エリカちゃんの身体の場合、私が逞しくさせた所為だけどね。…程よく筋肉があったほうが健康的でいいと思うな! 筋肉は裏切らないし!

 慎悟が応対すると、彼女は瞳を輝かせてなにかを話していた。慎悟が頷く仕草を見せて何処かに行こうと方向転換したその時、彼女がこちらに目を向けた。
 くっきり二重のパッチリした瞳が鋭く細められ、私をギロリと睨みつけたように見えた。それは一瞬のことで、彼女…滝川さんは慎悟の後ろを小走りで追いかけていった。
 今ので慎悟と親しくしている私に対して、敵対心を持っているのだとハッキリわかったけども……私は加納ガールズや丸山さんで変な耐性が生まれていた。それに慣れてしまっていた為あまり気にしなかった。
 何故かって、慎悟を慕う女の子たちは誰も彼もが正々堂々としているからである。慎悟に好意を持つ女の子で、裏でコソコソしてくる人は…私の知る限り今までいなかった気がする。
 だからこの時もそこまで危機感を抱いていなかった。

 
 卒業式を終えた英学院の校舎は3年生がいなくなって、途端に静かになった気がする。次は自分がその3年生になるのだと思うとしみじみしてしまう。
 次が最後のインターハイ、最後の春高大会だ。それに出場するには予選突破が要となるし、自分がレギュラー入りすることが条件である。
 油断せず、しかし膝に負担を与えないように頑張ろうと思う。

 修了式までは通常通り授業が行われるが、授業内容は次の学年で習う範囲の予習である。…私はノートを取ることで精一杯な毎日を過ごしていた。
 そんな私が元気になるのは部活、そして体育の時間である。

「あれ、エリカその時計どうしたの?」
「親がイニシャル入りの時計をプレゼントしてくれたんだ。体育で壊れるのが怖いからしまっておこうと思って」
「そうされた方がいいと思いますよ」
「皆さん、もう行けますか?」

 更衣室で着替えていた私は腕時計をロッカーに預けておいた。今日の体育はバレーボールなのだ。絶対に私は張り切ってしまうので、腕時計はロッカーでお留守番をしていてもらう。
 バレーボールということで私は浮足立っていた。私は自分に向けられた悪意に気づいていなかった。

 何者かが私が使用していたロッカーの鍵を解錠し、中に入っていた物を持ち去ってしまったのだ。
 その中には貰ったばかりの大切な腕時計も含まれていた。

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