お嬢様なんて柄じゃない

スズキアカネ

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さようなら、エリカちゃん。ごきげんよう、新しい人生。

松戸笑としての卒業式。私を憶えていてくれてありがとう。

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 月が変わって3月1日、英学院高等部の卒業式が行われた。
 大半の生徒が上の大学部に進学することになるが、卒業式の雰囲気に泣く3年の姿も見受けられた。
 式を終え、学び舎との別れを惜しむ卒業生の群れに目立つあの人はいた。背が高いから頭が飛び出てて見つけやすい。彼はさっきまで女子生徒に囲まれていたのでタイミングを図っていたのだが、やっと1人になったよ。

「二宮さん、ご卒業おめでとうございます。あとこれ、ホワイトデーのお返しです」
「ちょ…チョコパイ箱ごとって!」
「なんですか。特別にリボンを付けてあげたのに」

 ホワイトデーの日に登校してこないとわかっていたので、バレンタインに沢山お菓子をおすそ分けしてくれた二宮さんにお返しのチョコパイ(市販)を渡したら、二宮さんが大笑いしていた。そのままだとなんか言ってくると思ったので、部屋にあったリボンを付けて持ってきたのに。
 チョコパイ美味しいじゃんよ。私に気取ったお返しを求めちゃいけないってものだよ。

「いやー、卒業しちゃったから、エリカちゃんの奇特な行動を見られなくなるのが寂しくなるなー」
「失礼な……来年どうせ私も大学進学しますよ。またバレー部に入るつもりですし」
「あ、そうか。じゃあエリカちゃんが入学するの待ってるね」

 何故か二宮さんは記念品の入った紙袋や学校のカバンを地面においた。どうしたんだろうと思ったら、私の脇の下に空いた手を差し込み……

「ほーら高いたかーい」
「……」

 私を高い高いしてきた。
 おわかりだろうが、ここには大勢の生徒たちがいる。そんな場所で高い高いなんてされたら目立つこと間違いなしである。
 誰がこんな事を要求したか。

「ぐえっ」
「ホント二宮さんたらお茶目なんだからー!」
「首絞まってるよ! 喉に指めり込んでる!」

 イラッとしたので、二宮さんの首を絞めておいた。
 なんだろうな。妙に妹扱いをされている気がする。本来ならこの人と同じ年なんだけどね?

「…いい加減降ろしてもらえませんかね」
「あ、王子様が来ちゃった」

 慎悟がそれを不機嫌そうな顔で注意すると、二宮さんはあっさり私を地面に降ろした。
 ようやく高い高いから開放されたと思えば、次いで慎悟から腕を引っ張られて二宮さんから距離を取らされた。
 私が視線を上に向けると、慎悟は眉をひそめていた。王子様って呼び名に困惑しているのだろう。
 体育祭の仮装リレーでの格好のことを揶揄っていたのだろうか。あれどっちかと言うと王様だったけど

「…王子ってなんですか」
「まぁまぁ。坊っちゃんも来年大学部に進むんだよね? また会おうね」

 二宮さんはいつもの二宮ペースで再会を願ってきた。今まで周りにいなかったタイプであろう二宮さんを前にして、慎悟は閉口していた。からかってくるけど悪意を感じないから、慎悟も反応に困っているのだろうか。

「じゃーね、2人共!」

 荷物を持った二宮さんは右腕をブンブン振って、あっさり学び舎を去っていった。別れを惜しむようなタイプじゃないのだろう。
 ぴかりんの彼氏である卒業生の小池さんなんて、ぴかりんとの別れを惜しみ、いちゃついてますけど。ぴかりんは半泣き状態で小池さんに縋りついている。イチャイチャベタベタと……付き合ってるんだからまた会えるだろうに…

「二階堂さん」
「あ、寛永さん。ご卒業おめでとうございます」
「ありがとう」

 二宮さんを見送っていると横から声を掛けられた。女神のように美しい寛永さんは卒業式の今日も光り輝いていた。コスプレ大好き令嬢のギャップがすごい人だった。
 彼女は私と慎悟を見比べて、ふふふ、と意味ありげな笑みを浮かべていた。

「大学部でまた2人と会えるのを楽しみにしているわ。元気でね」
「寛永先輩もお元気で」
「加納君も……頑張ってね」

 彼女が意味深な言葉をかけると、慎悟は深々と頷いていた。え、なに? ふたりの間で一体どんな意思疎通が…
 私達に別れを告げると、寛永さんも正門に向かっていた。去っていく彼女を複数の男子生徒が見送っているが、彼女は気にも留めない。
 卒業生達が学び舎を去っていく姿を見守りながら、私はひとりここに置いていかれてしまったような心境になっていた。

「…本当なら、私も卒業式を迎えていたんだけどなぁ…」

 私のボヤキに慎悟は何も言わなかった。私もなにか返事が欲しかったわけではなくて、ただ自然と口から飛び出していた言葉なのであまり気にしていない。
 本当なら、依里達と卒業式を迎えていたはずなのに…

「明後日が、誠心高校の卒業式なんだ……ん?」

 今日が3月1日で、明後日は3月3日のひな祭りで、その日に松戸家に帰る…?
 なんだろう、家で卒業祝いでもしてくれるのだろうか。まぁいいか。久々に皆に会えるのだから。

「そうそう聞いてよ慎悟、ウチの弟の渉がね、春から誠心高校に通うんだよ。私と同じスポーツ推薦! すごいでしょ!」

 3日に渉と依里と会えたらお祝いを言わなきゃと考えながら、私は慎悟に弟のことを自慢した。

「そのうち笑さんのように注目されるんじゃないか?」
「だといいな! …私が叶えられなかった分、頑張るってあいつ言っていたから」

 依里も渉も、私に夢を見せてあげると言ってくれた。それを叶えられる位置にいる2人が羨ましい……けど、私は私に出来ることをやらなきゃ。

「そうだ。慎悟はさ、大学の希望学部は決めてるの?」
「経営学部か経済学部辺りかな」
「やっぱり決まってるんだ…」

 前から聞こう聞こうと思っていたけど、タイミングを逃していた慎悟の進路のこと。聞いてみたら案の定しっかり決めていたようだ。
 私も進路決定のために大学見学に行こうとは思っているのだが、なかなか時間が作れなくて…もしかしたら見学に行くのは新年度に入ってになるかもしれない。
 以前二階堂ママとも進路について話し合ったけど、自由にしていいと言われてしまった。だが未だに自分が何をすればいいのかがわからない。それ以前に私の頭でついていけるのかが謎である。

「もしも二階堂のおじさん、おばさんの仕事を手伝う気なら、経営学を学んだほうがいいと思う」
「経営学かぁ…」
「経営学部でなくとも、経済学部で学んだ内容も役に立つかもしれない」
「うーん…」

 慎悟がアドバイスをくれるが、私には難が有りすぎて辛い。私の頭の残念さを知っているだろう?
 彼は私の反応が微妙なことを察すると、ため息を吐いていた。悪いね。折角考えてくれたのに…

「…ありがと…ちょっと候補に入れてみる」
「あまり深く考えずとも、大学には上から下までいるから気負わなくても大丈夫」
「うん? つまり私はバカだけど入れると言いたいのかな?」

 慎悟の言葉に引っかかった私は今言われた不適切な発言を指摘した。慎悟は軽く笑うと「教室に戻るぞ」と言って先に歩いていった。

「待ってよ! あのねぇ、そりゃ私はあんたに比べたらアホだけど、傷つくんだからね?」
「あんたの地頭は悪くない。後は持ち前の根性でなんとかなるさ」
「なにその投げやり感!」

 とりあえず勉強しろっていいたいの? わかっとるわそんな事!

 慎悟と一緒に教室に戻りながらふと思ったことがある。そういえば新年度はまたクラス替えがあるのだろうか? って。
 皆と違うクラスになったら寂しいなと考えながら私は歩を進めて行った。


■□■


 3月3日はひな祭り…だが私は今、卒業式に参列していた。 
 前日に二階堂家の車で松戸家まで送ってもらった私は実家に一泊した。その翌朝、お母さんに「英学院の制服姿でいいから準備しなさい」と言われ、よくわからないまま車に乗せられた。

 そうして連れてこられたのは懐かしき我が母校だ。あの事件の日以来の誠心高校。その正門に立つと、じわりと目頭が熱くなってきた。

「笑、おいで。もうすぐ式が始まるよ」
「お母さん、え、でも私」
「いいから」

 私はここの生徒だったが、死んだことで除籍扱いになったと思う。言い方はアレだが中退のようなものであろう。
 それにエリカちゃんとなった私が参列してもなんというか…いいのか?

 卒業式が執り行われる体育館には在校生と職員、保護者が揃っていた。まだ卒業生は現れていないらしい。
 私はてっきり自分は保護者席に座るものだと思っていたのだが、そこではなくて職員席の隣に用意された席に座るようにとお母さんに言われた。

 なんで? と問いかける私を置いて、お母さんは保護者席に向かっていった。こころなしか、セレブ校の制服を着た私は浮いてしまっている気がする。いや、エリカちゃんの美少女さに注目が集まっているのかもしれないけど…とりあえず用意された席に座っておとなしくしておいた。

【只今より、〇〇県立誠心高等学校第○回卒業式を執り行います。卒業生が入場します。拍手でお迎えください】

 卒業式の開始の言葉と同時に、体育館後方の扉が開かれ、胸元に白い花を付けた生徒たちが入場してきた。
 同じクラスになったことのある生徒の姿を見つけて私は懐かしい気持ちになっていた。当然ながらみんな大人っぽくなっていた。その中に依里の姿を見つけた時は、私は激しい拍手を送った。
 4月から実業団入りする依里。私は彼女の活躍を追うつもりだ。なんたって私は彼女のファン第一号なのだ。依里が世界を相手に戦う、東洋の魔女となる姿を見るのが私の新たな夢なのだ。今から楽しみである。

 校長先生の挨拶と在校生の送辞、卒業生の答辞を聞きながらしんみりしつつ、私は何処か他人事のような気持ちで卒業式の進行を見守っていた。
 卒業証書授与に移り、生徒一人ひとりが校長先生から卒業証書を受け取っていた。私は来年エリカちゃんとして、英学院高等部を卒業することになるけれど…その時どんな気持ちで卒業証書を受け取るのであろうか…
 そんな事をぼんやり考えながら、授与式を眺めていた。

 最後のクラスの渡辺さんで、ようやく卒業生全員に卒業証書が授与された。長かった授与式がやっと終わり、私は軽くため息を吐く。
 すると隣に座っていた女性職員が肩を叩いてきた。なんだろうと顔を隣に向けると、彼女が手をスッと壇上の方に向けて「あちらへ移動してください」と言ってきた。

「…えっ?」

 いやいや、今まだ校長先生がいるよ? 私ここでは完全なる部外者なのよ? なぜ?
 私がわからないと言った顔をして女性職員を見つめていると、名前を呼ばれた。

【3年D組、松戸笑!】
「へっ!?」

 まさかの私の名前を呼ばれ、私は素っ頓狂な声をあげてしまった。その声は静かだった体育館に反響して、生徒だけでなく、保護者達が一斉に私の方を向いた。
 集中した視線に私はギクリと息を呑んだ。

「さ、壇上へ」
「えぇ…あ、はい…」

 何だこの状況は。お母さんもお父さんも渉も依里だって何も言っていなかったじゃないか。私は席を立ち上がると、早歩きで壇上に近づいた。
 おかしくないか? 誠心高校のブレザー服の中に唯一人他校のセーラー服が混じっているのは。そして今の私は二階堂エリカなのに、何故故人の名前が呼ばれるのか。

 私はひどく混乱していた。
 心臓がドキドキしているのは、なにも注目をされているからではない。松戸笑と呼ばれたからだ。
 私が世間の人には忘れ去られてしまった過去の故人なのは間違いないだろう。だけど学校が、私の母校の人は私を忘れてはいなかった。
 家族や友人が忘れていないのとは別の意味で、嬉しくて苦しかった。

 壇上に登ると、私は校長先生のいる場所に歩み寄っていった。私がいた時と同じ校長先生。部活中に何度か声を掛けられたことがある。熱血スポ根な誠心高校の教師にしては温和な校長先生で、生徒達に慕われていた。

「卒業証書、授与。3年D組松戸笑。本校に置いて、普通課程を卒業したことを証する」

 校長先生が私の名前を読み上げ、私の名前が書かれた卒業証書を手渡してくれた。
 私の視界は涙で滲んでしまって校長先生の顔が歪んで見えた。
 泣いちゃダメだ。しっかり受け取ってから、退場するまでが私の任務だから。

「…しっかり、生きるんだよ」

 その言葉はきっと、私が庇った相手であるエリカちゃんに掛けた言葉なのだろう。
 だけど私にもその言葉が重く響いた。
 生きるのは楽しいことばかりではない。辛いことだってある。だけど私は望んでいた明日を生きることが出来ているのだ。エリカちゃんの体を頂いて。
 だから、しっかり明日を生きなくては。彼女に恥じない生き方をせねば。

 校長先生から証書を受け取ると、私は深々とお辞儀し、壇上の中央に取り付けられた階段から降りた。頑張って堪えてきたけれど、頬に涙が伝う感触がした。
 だけどここで泣き崩れるのは格好悪い。私はしっかり前を見て、指定席まで辿り着いた。
 席に到着すると、緊張の糸が解けてしまって、私はハンカチに顔をうずめてしまった。きっと周りからは松戸笑を思い出して悲しんでいるように思われるだろう。実際はそうじゃないけれど……

 嬉しかった。松戸笑の名前で、卒業証書だけでも授与してくれるその厚意が嬉しかったのだ。
 
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